2016/05/10

光琳とその後継者たち

畠山記念館で開催中の『光琳とその後継者たち』を観てまいりました。

日本美術や茶道具などのコレクションで知られる畠山記念館の館蔵品から尾形光琳没後300年記念として光琳の作品を一挙公開するとのこと。

畠山記念館の琳派の展覧会は昨年の『THE 琳派』以来ですが、あのときは琳派イヤーということもあって結構なお客さんで賑わっていましたが、琳派イヤーが終わるとこんなに空いてるのかと思うくらい空いていました。まあ快適でいいんですけど。

さて、タイトルは光琳ですが、作品は宗達・光悦からあって実際には“宗達とその後継者たち”といった趣です。出品数は全33点で、茶道具や工芸品、また絵画の一部を除いて前後期で展示替えがあります。

去年の琳派展とかぶる作品もありますが、初めて観る作品もあって、光琳を軸にまとまっていました。畳の間には水墨の味わい深い宗達の「騎牛老子図」と光琳の「布袋図」があって、特に「布袋図」は愛嬌のある軽いタッチが印象的。乾山のどっしりと量感のある紅白の「立葵図」も面白かったです。葉にはたっぷりたらし込みも。

尾形光琳 「布袋図」
江戸時代・18世紀 畠山記念館蔵(展示は5/5まで)

2週間の限定公開だったのが光琳の「躑躅図」。これが重要文化財なのがいま一つ理解できないのですが、たらし込みで描かれた土坡や没骨法の躑躅などが見どころのようです。墨の濃淡の面白さはあるなとは思います。

尾形光琳 「躑躅図」(重要文化財)
江戸時代・18世紀 畠山記念館蔵(展示は5/8まで)

陶磁器や茶器では乾山の作品が10点あって、ちょっとした乾山祭り。比較的小さな皿や香合などもありますが、薄模様の瀟洒な「黒楽茶碗 銘 武蔵野」や見込みにいっぱいいっぱいの大きな牡丹を描いた「色絵牡丹文四方皿」、かわいらしい白梅をあしらった小さな香合など、こうした洒落たセンスはこの人ならではだなと感じます。

尾形乾山 「結鉾香合」
江戸時代・18世紀 畠山記念館蔵

光琳と乾山合作の銹絵の火入れや向付、光琳デザインの蒔絵の硯箱や茶杓などもありました。蒔絵硯箱は立葵の花を錫で蕾を螺鈿で細工していて見事でした。金屏風に白の萩地文の小袖と墨絵の梅を描いた「小袖貼付屏風」も光琳ならでは。 当時はどんなに粋でオシャレだったことか。

尾形光琳 「白梅模様小袖貼付屏風(右隻)」(重要美術品)
江戸時代・18世紀 畠山記念館蔵(5/7以降は左隻を展示)

今回初めて観た作品では伝・宗達の「芥子図屏風」がなかなかの傑作。金と黒(たぶん銀の変色)の市松模様の六曲一隻の屏風に紅白のケシの花が描かれていて、銀が黒化してるからシックに見えるんでしょうが、これがとってもかっこいい。ケシの花は宗達や伊年印の作品に見る形ですが、モダンに映ります。

光琳の弟子では渡辺始興の「四季花木図屏風」も素晴らしい。色鮮やかで写実の草花とたらし込みの木や岩の対比が面白いですね。ほかには光琳に私淑した酒井抱一や鈴木守一もあります。抱一や夕顔、守一は立葵で、牡丹や躑躅、芥子、藤といった花の絵が多かったのは季節に合わせたのでしょうか。

渡辺始興 「四季花木図屏風」(重要美術品)
江戸時代・18世紀 畠山記念館蔵

作品数は決して多くありませんが、去年の琳派の盛り上がりも落ち着き、静かに作品を鑑賞したい向きにはいいと思いますよ。ここは庭も静かでいいですしね。


【尾形光琳没後300年記念 光琳とその後継者たち】
2016年6月12日(日)まで
畠山記念館にて


尾形光琳: 「琳派」の立役者 (別冊太陽 日本のこころ 232)尾形光琳: 「琳派」の立役者 (別冊太陽 日本のこころ 232)

2016/05/08

よみがえる仏の美

静嘉堂文庫美術館で開催中の『よみがえる仏の美 ~修理完成披露によせて~』を観てまいりました。

昨年秋にリニューアルオープンしてから続く“リニューアルオープン展”の第三弾。今回は静嘉堂文庫美術館所蔵の仏画や仏像を中心とした展覧会です。

目玉は運慶の作とも囁かれる「木造十二神将立像」で、サブタイトルに<修理完成披露によせて>とあるように、静嘉堂所蔵の7躯の内4躯(残り3躯は修理中)が修理を終え、本展がその修理後初公開となります。

「木造十二神将立像」は浄瑠璃寺旧蔵で、12躯全てが現存。残りの5躯はトーハクにあるのだとか。檜材の寄木造で、会場には修理過程がパネルで解説されていて、解体された様子なども紹介されています。

動きのある造形と表情豊かな面相で、鎌倉時代特有のリアリズムが魅力。かつては色も鮮やかで美しい文様も施されていたようで、肉眼でもその跡は分かりますが、展示パネルでは詳しく説明されています。十二神将なのでシンボルとして十二支に因んだ動物が頭上に飾られています。寅はちょっとどう見ても犬でしたが(笑)

「木造十二神将立像(寅神像・卯神像・午神像・酉神像)」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀  静嘉堂文庫美術館蔵

<静嘉堂所蔵の奈良〜平安時代の経典>には奈良時代の貴重な経典や華麗な紺紙金銀字交書経などがありますが、見ものは「百万塔および百万塔陀羅尼」で「百万塔」が30基、「陀羅尼」が9巻展示されています。百万塔は奈良時代に鎮護国家の祈願のため制作された木製の三重小塔で、東大寺や興福寺、法隆寺など南都十大寺に十万基ずつ分置したもの。塔の中には「陀羅尼」(仏教の呪文)が納められていて、現存する世界最古の印刷物の可能性もあるといいます。

伝・張思恭 「文殊・普賢菩薩像」
元時代・14世紀  静嘉堂文庫美術館蔵

さすが静嘉堂、仏画コレクションの素晴らしさに身震いします。<中国・高麗仏画コレクション>では若冲が模写したと話題の東福寺伝来の「釈迦三尊図」が古色を帯びた厳かさと優美な味わいがあり、秀逸。先日『若冲展』で若冲の「釈迦三尊図」を拝見したばかりですが、若冲のヴィヴィッドな釈迦三尊とは印象が全然違います。単眼鏡で覗くと截金などを使った精緻な文様や彩色にさらに驚きます。

ここでは元は東山御物という牧谿の「羅漢図」や、高麗仏画らしい優美な「水月観音」が出色。特に「水月観音」は透明感のある薄いヴェールを纏い、その繊細な表現に言葉を失います。

「普賢菩薩像」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

<日本の仏画・垂迹画コレクション>もなかなかの逸品揃い。会場入口に展示されていた「普賢菩薩像」がまた素晴らしい。同様の図様の白象に乗った普賢菩薩はいくつか観ていますが、本作は截金や金泥を多用した繊細な表現が光ります。こちらも修理をされたということで、修理作業の様子がパネルで紹介されています。

南北朝時代の重文の「弁財天像」は個人的にかなり惹かれました。緑青を効果的に用いた濃彩の仏画で、独特の味わいがあります。並びの「如意輪観音像」と「千手観音二十八部衆像」も緑青を活かしたところなどが似ていて系統が一緒なのでしょうか。特に後者に二幅は観音様の顔も酷似していて、関係が気になります。


河鍋暁斎 「地獄極楽めぐり図(「盛り場」「市村竹之丞の『保名』」)
明治2~5年(1869-72) 静嘉堂文庫美術館蔵

これを仏画で括るのはちょっと憚られますが、河鍋暁斎の「地獄極楽めぐり図」が出ていて、これも見もの。暁斎のパトロンだった藤田五兵衛の14歳で夭折した愛娘の菩提と弔うために制作された画帖で、女の子が阿弥陀様に連れられ、地獄の高みの見物したりしながら、極楽浄土に行くまでを描いています。歌舞伎が好きだったのか歌舞伎役者の絵があったり、盛り場の場面にも歌舞伎に因んだモティーフが描かれていたりします。40面の内9面が展示されていて、華やかな色合いと細緻な描写、暁斎らしいユーモアが見どころ。あまりに面白くて何周もしてしまいました。

河鍋暁斎 「地獄極楽めぐり図(「極楽行きの汽車」)」
明治2~5年(1869-72) 静嘉堂文庫美術館蔵


館内はそれほど広くないのですが、ここは観るべき作品が多いので、いつも軽く1時間以上使うんですよね。静嘉堂文庫の優れた仏像・仏画コレクションを拝見できるまたとない展覧会ですので、この機会に是非。ロビーには国宝の「曜変天目(稲葉天目)」と重文の「油滴天目」が特別出品されています。


【よみがえる仏の美 ~修理完成披露によせて~】
2016年6月5日(日)まで
静嘉堂文庫美術館にて


仏像: 日本仏像史講義 (別冊太陽スペシャル 創刊40周年記念号)仏像: 日本仏像史講義 (別冊太陽スペシャル 創刊40周年記念号)

2016/05/07

春の優品展 -恋歌の筆のあと-

五島美術館で開催中の『春の優品展 -恋歌の筆のあと-』を観てまいりました。

先日もツイートしたのですが、今年は絵巻の当たり年なんです。日本四大絵巻と呼ばれる作品が全て公開されるんですが、こんなことまずないし、ほんと奇跡的。

出光美術館では 「伴大納言絵巻」が全巻公開(上巻5/8まで、中巻5/13~6/12、下巻6/17~7/18)され、奈良国立博物館でも 「信貴山縁起絵巻」が全巻一挙公開。「鳥獣人物戯画」も九州国立博物館で今秋公開されることになっています。ちなみに全て国宝。

そしてもうひとつが「源氏物語絵巻」。「源氏物語絵巻」はもとは約10巻本(諸説あり)の絵巻で、現存するのはその内の1/4ぐらい。現在は詞書と絵が切り離され、額装の状態になっています。絵は五島美術館(蜂須賀本)と徳川美術館(尾張徳川本)が所蔵(ほかに断簡が東博に一点ある)していて、それぞれの美術館で毎年公開されています。わたし自身は10年ぐらい前に五島美術館の所蔵品を一度観ていますが、今回ゴールデンウィークに期間限定で公開しているというので、久しぶりに訪問してきました。

五島美術館にあるのは三十八帖「鈴虫」、三十九帖「夕霧」、四十帖「御法」の詞書9面、絵4面。一部に絵具が剥がれていたり、褪色してしまっているところもありますが、「源氏物語」が書かれて100~150年あとに制作されたといわれ、「源氏物語」に最も近い時代の作品として大変貴重です。何しろ現存する「源氏物語」の最古の写本である青表紙本より時代がさかのぼるというのですから。

「源氏物語絵巻(夕霧) 詞書」(国宝)
平安時代後期・12世紀 五島美術館蔵

詞書は金銀箔や裂箔などをふんだんに使った贅沢なもので、銀箔・銀泥は黒化してしまっていますが、やまと絵風の模様が描かれた料紙もあり、大変華麗で、相当お金をかけて一大プロジェクトして制作されたことが想像できます。

登場人物の顔貌はどれも似ていて、典型的な引目鉤鼻。感情表現は一切ありません。物語を知っているとか、着ているものや坐っている場所などで類推しないと誰が誰だか分からないでしょうね(わたしはよく分かりません)。衣服はかなり丁寧に描きこまれていて、また屏風や襖絵にやまと絵的な山並みが描かれていたり、柩や硯箱に細かな文様が施されていたり、細部まで手が込んでいます。

それぞれの絵の描法や色彩などを詳細に調べて制作した復元模写もありますが、色がどうしてもクリアーすぎて、また頭の中に浮かべる色彩のイメージと少し異なっているので、あまり風雅な味わいはありません。あくまでも参考程度でしょう。

源氏物語絵巻(夕霧)(国宝)
平安時代後期・12世紀 五島美術館蔵

第1会場は五島美術館のコレクションの中から恋歌の筆跡や歌物語の絵画を集めた展覧会で、和歌集の古筆切や歌仙絵、屏風絵など約50点が展示されています。書が読めなくても、和歌と現代語訳が印刷された参考資料が無料で配布されてるので、どんなことが書かれてるのか読みながら回れるから安心。

伝・紀貫之筆 「高野切(第一種)」(重要文化財)
平安時代中期・11世紀 五島美術館蔵

万葉集の最も古い写本の断簡「栂尾切」や古今和歌集の現存最古の写本の断簡「高野切」のほか、後撰和歌集や拾遺和歌集などを書写した作品、また古筆手鑑などもありますし、三蹟の藤原行成など和様の書を愉しむこともできます。

歌仙絵では有名な佐竹本と並んで古い遺品という「上畳本三十六歌仙絵」。歌人が上畳に坐わっているところから「上畳本」と呼ばれているそうです。経年劣化か紙が少しくすんでいますが、絵自体ははっきりしていて、やまと絵的な似絵として優れ、格調の高さを感じます。

「時代不同歌合絵」は白描の歌仙絵絵巻の断簡で、歌人が左右に分かれて歌合せの番号や詠んだ歌などが描かれています。同絵巻の東博本を観たことがありますが、こちらも同様に硬質の細い線で描かれていて、それでいてどこか大らかで雅やかな印象を与える逸品です。

「上畳本三十六歌仙絵 紀貫之像」(重要文化財)
鎌倉時代前期・13世紀 五島美術館蔵

「時代不同歌合絵 伊勢・後京極良経像」
鎌倉時代後期・14世紀 五島美術館蔵

ほかにも宗達・光悦コンビによる新古今和歌集の色紙帖や「伊勢物語」の現存最古の写本や伊勢物語を絵画化した古様の白描絵、「浄瑠璃姫物語」を描いた屏風などが並んでいて、古典の世界にどっぷりつかれます。

なお、徳川美術館所蔵の「源氏物語絵巻」は今年の暮れに公開されるようですね。5年に一度企画されている五島美術館と徳川美術館の所蔵品の合同展示は次回は2020年。今度は五島美術館で開催されます。


【春の優品展 -恋歌の筆のあと-】
2016年5月8日(日)まで
五島美術館にて


国宝「源氏物語絵巻」を読む国宝「源氏物語絵巻」を読む


まろ、ん?―大掴源氏物語まろ、ん?―大掴源氏物語

2016/05/03

髙島野十郎展

目黒区美術館で『没後40年 髙島野十郎展 -光と闇、魂の軌跡』を観てまいりました。

去年の暮れから福岡県立美術館で行われ、好評だった回顧展の巡回展。個人的には名前は知っていても作品をよく知らない画家の一人で、今回の展覧会でその全貌にようやく触れられたように思います。

髙島野十郎は東京帝大農学部水産学科を首席で卒業するも、その後画家に転身したという変わり種で、絵画は独学、画壇とも無縁。そのため生前は広く名を知られることはなく、没後テレビで紹介されたりして、じわりじわり評価が高まっていったといいます。

出品数は約150点。東京では1988年目黒区美術館、2006年三鷹市美術ギャラリーに次いでの展覧会とのことです。


第1章 初期作品 理想に燃えて

帝大在学中に描いたという自画像が衝撃的です。画家の自画像もいろいろ観てますが、首や脛から血を流してる自画像なんて初めて。何か思い詰めてるのか、神経が昂ってるのか、目もどこかうつろで凄い形相です。33歳のときの自画像は片手には青りんご、片手は仏像のような印相で、これまた謎めいた表情を浮かべています。ちょっと変わった人なのかなという印象。

髙島野十郎 「りんごを手にした自画像」
大正12年(1923) 福岡県立美術館蔵

いきなりインパクトのある自画像に面喰いますが、この人の真骨頂は精緻な写実の静物で、初期の作品からその画力の高さは圧倒的です。布の表現にまだ完成されてない感がありますが、果物や花など一貫して徹底した写実表現が素晴らしい。ただの再現性の高い写実というのではなく、何か妖しかったり、どこかおどろおどろしかったり、ちょっとクセのあるフィルターを通しているというか、再構築されているようなところがあり、そこが独特の味になっています。

髙島野十郎 「けし」
大正14年(1925) 三鷹市美術ギャラリー

独学であるとはいえ、同世代の岸田劉生やデューラー、またゴッホなどの影響を受けているようです。特に、自画像や恩師の肖像画などを観ても岸田劉生に近いものを感じますし、デロリ的なものも影響されているのかもしれないと思ったりします。

髙島野十郎 「百合とヴァイオリン」
大正10年代頃(1921-26) 目黒区美術館蔵


第2章 滞欧期 心軽やかな異国体験

39歳の頃、画家志望だった兄の支援を受けて渡航。誰に師事するでもなく、またパリに集う日本人画家たちと交流するわけでもなく、行く先々でスケッチしたり、美術館に通ったりしていたのでしょう。3年に及ぶアメリカやヨーロッパでの体験は有意義だったようで、レパートリーに風景画が加わり、作風や色彩に変化をもたらします。

髙島野十郎 「日曜日の夕方、巴里のオーステルリッツ橋」
昭和5~8年(1930-33) 個人蔵

ニューヨークやパリ、ヴェネチア、さまざまな場所を描いた作品がありますが、それぞれタッチが違っていて、ユトリロぽかったり、ホイッスラーぽかったり、いろいろと研究していたのかもしれないなとも思いました。野十郎の絵はストイックで、執拗に突き詰めた感じがしますが、研究畑出身ということもあり絵を描くにも学究肌みたいなところがあったのかもしれません。


第3章 風景 旅する画家

帰国後の重要なモチーフとなる風景画を展観。南青山という都心に住んでいたようですが、東京ぽい風景画は皆無で、あっても新宿御苑や石神井公園といった自然豊かな場所や、あとは旅先での山や野、鄙びた村の風景が多いようです。

髙島野十郎 「御苑の春」
昭和23年以降(1948~) 福岡県立美術館蔵

これも海外を旅した影響なのでしょうが、それまでの静物から受ける印象とは打って変わって、明るさと軽やかさが風景画に現れています。野十郎は風景画も人気のようですが、静物ほどの個性はあまり感じられず、個人的にその良さはいま一つ分かりませんでした。遠近感のある広大な風景や季節感のある景色、写生を基本とした忠実な描写は確かに安心感があります。

髙島野十郎 「れんげ草」
昭和32年(1957) 個人蔵

奈良の古刹を描いた作品がいくつかあって、会場の一角に特別に展示されているのが「雨 法隆寺塔」。所蔵者宅から盗難に遭い、数年後発見されるもカビと湿気で酷く傷んだ状態になっていて、今度はその家が火事に遭って煤と熱で変色してしまったという作品で、二度の苦難を乗り越えながらも奇跡的に修復されたと、その過程が解説されています。そぼ降る雨の表現も秀逸で、情緒感のあるとても素晴らしい作品ですが、よくまあここまで修復されたと驚きます。

髙島野十郎 「雨 法隆寺塔」
昭和40年(1965)頃 個人蔵


第4章 静物 小さな宇宙

ここでは主に帰国後の静物が中心。滞欧米前と比べると、行き過ぎた作為性は薄れ、色彩や光がより繊細で、筆致も流れるように素直な感じを受けます。

髙島野十郎 「からすうり」
昭和23年以降(1948~) 個人蔵

髙島野十郎 「こぶしとリンゴ」
昭和41年(1966)頃 福岡県立美術館蔵

野十郎の静物は題材の選択や取り合わせ、画面の構成力にすごく特色があって、何より見た目的な写実の裏にある心の写実というか内面的なものを強く感じます。その絵の醸し出す静謐さ、空気感が心に浸透していく感じがあって、個人的にはかなり好みです。

髙島野十郎 「割れた皿」
昭和33年(1958)頃 福岡県立美術館蔵

煙草のひと筋の煙。写実を超えた深く感情的なイメージが表されているようで、ちょっとドキッとしました。

髙島野十郎 「煙(夜の)」
大正10年(1921) 個人蔵


第5章 光と闇 太陽・月・蝋燭

最後に野十郎がライフワークのように描いた“蝋燭”の絵や、太陽や月を描いた連作を紹介。初期の作品から光と闇、また仏教への関心は見え隠れしていましたが、それが最も特徴的に表れているのがこれらの作品で、野十郎の行き着いた心境を見る思いがします。

髙島野十郎 「蝋燭」
大正時代 福岡県立美術館蔵

ほぼ同一の構図、蝋燭の長さも炎の大きさもほとんど一緒。まるでミニマリズムです。売るために描いたのでなく、多くは知人に譲っていたというのも何か象徴的。月を描いた絵も、太陽を描いた絵も、どこか宗教的ですらあります。静読深思ならぬ静“描”深思とでもいうんでしょうか、極めて高い精神性を感じます。

髙島野十郎 「満月」
昭和38年(1963)頃 東京大学医科学研究所蔵

孤高の画家といわれ、美術運動の流行にも囚われることなく、自分の世界を追求した訳ですが、全くブレないというか、どの作品も徹底して考え抜かれた上で描かれている感じがして、こういう画家がいたんだと驚きました。


【没後40年 髙島野十郎展】
2016年6月5日(日)まで
目黒区美術館にて

巡回: 足利市立美術館 2016年6月18日(土)~7月31日(日)


高島野十郎画集―作品と遺稿高島野十郎画集―作品と遺稿

2016/05/01

原田直次郎展

神奈川県立近代美術館葉山で開催されている『原田直次郎展』に行ってきました。

3月まで埼玉県立近代美術館で開催されていた展覧会の巡回展です。埼玉近美でご覧になられた方々の評判も良く、観に行きたかったのですが、ちょうど年度末もあって土日もなかなか時間が取れず結局行けずじまい。残念に思っていたところ、葉山に巡回されてるというので連休最初の休日に伺ってまいりました。

うちからだと、埼玉近美のある北浦和より神奈近美のある葉山の方が全然遠いのですが、新宿駅から湘南新宿ラインで逗子行に乗ってしまえば、電車一本で行けてしまうので、楽といえば楽。逗子駅からはバスで20分ぐらいでしょうか。本数も割と出ているので、駅で時間をつぶすようなこともありません。

場所は葉山の中心・元町や森戸海岸より少し先の一色海岸にあります。浜辺に沿っていくと葉山御用邸もあるという静かで風光明媚な場所。美術館の目の前は砂浜だし、眺めのいいレストランも併設されてるので、観光気分でのんびりするにはもってこいですね。

五姓田義松 「老母図」
1875年  神奈川県立歴史博物館蔵

さて、『原田直次郎展』の会場は同時開催の神奈近美のコレクション展の先にあります。ちょうど今、神奈近美と同じ県立の歴史博物館の所蔵作品で構成された『明治の美術コレクション展』が開かれています。

日本で最初に洋画塾を開いた一人でもある川上冬崖やチャールズ・ワーグマン、そのワーグマンの指導を受けた五姓田義松や高橋由一、義松の父・五姓田芳柳といった幕末から明治前期に活躍した近代洋画の先駆者たちから、山本芳翠や黒田清輝、浅井忠、松岡壽、坂本繁二郎といった明治美術会や白馬会を代表する画家たちまで、なかなか充実したコレクション。明治の洋画界の流れを踏まえた上で原田直次郎を観ることになるので、トータルで明治の近代洋画展といった様相も呈しています。

中でも、義松は『五姓田義松展』でも観た作品も多く含まれ、展覧会で話題になった「老母図」も出品されてます。あまり観たことのなかった義松の父・芳柳の作品をまとめて観られたのも嬉しい。個人的には、川上冬崖やワーグマンに師事するも飽き足らずローマに留学した松岡壽の画風の変遷が明治の洋画の移り変わりと重なって興味深かったです。

松岡壽 「凱旋門」
1882年頃 岡山県立美術館蔵

第1章 誕生 1863-1883

まずは直次郎の出自から。スフインクスの前で撮った侍の集合写真を見たことがある人もいると思いますが、あの中に直次郎の父・一道がいるんですね。備中鴨方藩の武士で、遣欧使節団に選ばれたほどだから相当なエリートだったのでしょう。兄もドイツに留学してたり、直次郎も子どもの頃からフランス語を学んでいたり、相当先進的な家庭だったようです。これ、明治維新の頃の話ですからね。

そんな原田家にまつわる貴重な写真や史料をはじめ、明治黎明期の洋画などが多く展示されています。直次郎は20歳の頃、高橋由一に入門。会場には晩年の由一を描いた肖像画がありました。弟子がここまで技術を身につけていたら、由一もさぞ満足だったのではないでしょうか。

原田直次郎 「高橋由一像」
1893年 個人蔵


第2章 留学 1884-1887

直次郎はドイツに留学し、兄が懇意にしていたという画家ガブリエル・フォン・マックスに師事します。ドイツの美術学校では「古代クラス」を受講していたとありました。労働者を描いた作品や白髭をたくわえた裸の老人の習作がいくつかあるのですが、どれも実によく描きこまれていて、彼の腕の確かさを感じさせます。

原田直次郎 「老人」
1886年頃 東京藝術大学所蔵

直次郎と同じ年にフランスに留学したのが奇しくも同じく回顧展が開かれている黒田清輝。黒田はもともと法律を学びに留学し、後に画家に転向したという経緯がありますが、『黒田清輝展』で観たデッサンや習作と比べても直次郎は卓越しているというか、いきなり絵が上手いことに驚きます。もともと画力の高い人だったのでしょうが、ドイツ時代の作品はメキメキと、というより急速に腕が上がっていくのが分かります。

原田直次郎 「靴屋の親爺」(重要文化財)
1886年 東京藝術大学蔵

何といっても人物画の圧倒的な巧さ。代表作の「靴屋の親爺」が留学時代、言ってみればまだ修業中の身の作品だったということには驚愕しました。なんでしょう、この迫真性!この凄味! ヨーロッパに滞在したのはわずか2年ぐらいのようですが、一体どれだけのことを学び、吸収したのか。並んで展示されていた「神父」の完成度の高さも凄い。写実性の高さもさることながら、頭や白い顎鬚を照らす光の描写の素晴らしいこと。これもドイツ留学時代の作品。

原田直次郎 「神父」
1885年 信越放送株式会社蔵

ここではほかに、師ガブリエル・フォン・マックスの作品やドイツ時代に交流のあった画家の作品なども紹介されています。


第3章 奮闘 1887-1899

直次郎というと、東京国立近代美術館のMOMATコレクション(所蔵作品展)の4階の一番奥にいつも展示されている大きな「騎竜観音」を思い出します。埼玉近美のときはパネル展示だったそうですが、神奈近美では一番最初の部屋に実物が展示されています。

原田直次郎 「騎竜観音」(重要文化財)
1890年  東京国立近代美術館

「靴屋の親爺」と「騎龍観音」が同じ画家の作品というのはどうしてもピンと来なかったのですが、直次郎が帰国後に師ガブリエルに宛てた手紙に「真に日本の様式の絵画」を描きたいということが書かれていて、解説にはそれが「騎龍観音」なのではないかとあり、ようやく何か繋がった気がします。同じように日本の神話を題材にした「素尊斬蛇」(関東大震災で焼失)の写真や画稿が展示されていて、なぜ敢えてこうした日本的な洋画を追求しようとしたのかも気になりますし、その姿は黒田清輝の帰国後の葛藤ともダブります。直次郎は志半ばで亡くなりますが、その先には一体どんな完成形が待っていたのでしょうか。

原田直次郎 「安藤信光像」
1898年 東京国立博物館蔵

直次郎は帰国から10年で亡くなってしまうので作品数は多くはありませんが、評価の高かった人物画や肖像画を中心に、風景画や挿画なども展示されています。黒田清輝がフランスから帰国した年に病に倒れ、黒田が持ち帰ってきた外光派が日本の洋画界を席巻するわけですが、その様子を病床で見ていた直次郎の気持ちはいかばかりだったか。


第4章 継承 1888-1910

最後に、帰国後わずか2年ほどですが、直次郎の画塾で学んだ画家たちの作品を紹介。著名な画家の作品は少なかったのですが、水彩画家として活躍する大下藤次郎や後に黒田清輝に師事する和田栄作などがあります。直次郎の「靴屋の親爺」や「老人」、「風景」といった代表作を模写した作品がいくつか並んでいて、正しく彼の技術を継承しようとしていたんだろうなと感じます。

原田直次郎 「風景」
1886年 岡山県立美術館蔵

近年、川村清雄や五姓田義松をはじめ、この原田直次郎や千葉市美術館で同じく回顧展が開かれている吉田博といった明治黎明期の近代洋画、とりわけ“旧派”と呼ばれた画家たちの再評価が高まっています。奇しくも“新派”を代表する黒田清輝も回顧展が開かれているので、いろいろ観てみるのも面白いでしょうね。


【原田直次郎展】
2016年5月15日まで
神奈川県立近代美術館葉山にて

このあと下記の美術館に巡回します。
2016年5月27日(金)~7月10日(日) 岡山県立美術館
2016年7月23日(土)~9月5日(月) 島根県立石見美術館


原田直次郎 西洋画は益々奨励すべし原田直次郎 西洋画は益々奨励すべし