2019/07/26

原三溪の美術

横浜美術館で開催中の『原三溪の美術 伝説の大コレクション』を観てきました。

原三溪といえば、明治から昭和初期にかけて、生糸貿易や製糸業で財を成した大実業家であり、横浜の人なら知らぬ人のいない‟三溪園”の創設者。日本美術ファンなら、希代の古美術コレクターであり、経済界屈指の数奇者としても有名ではないでしょうか。

本展はその原三溪がかつて所蔵していたコレクションや、パトロンとして繋がりのあった近代日本画家の作品を集めた展覧会。生涯に購入した美術品は5000点以上ともいわれ、本展では三溪の旧蔵品約150点が展示されます。コレクションはいまは散逸し、各地の美術館や個人コレクターの手に渡っていますが、これもあれも原三溪が持っていたのかとその確かな審美眼には驚くばかりです。

開幕最初の週の日曜日に観てきたのですが、地元・横浜の超有名人ということもあり、なかなかの人の入りでした。誰でも知ってる有名な絵師/画家の作品がずらりと並ぶとか、その代表作がたくさん出ているとか、その類の展覧会ではないので、どちらかというとツウ好みの内容ではありますが、どれもが極めて優れた作品ばかりなので、日本美術、とりわけ古美術好きにはたまらない展覧会ではないでしょうか。


会場の構成は以下のとおりです:
プロローグ
第1章 三溪前史-岐阜の富太郎
第2章 コレクター三溪
第3章 茶人三溪
第4章 アーティスト三溪
第5章 パトロン三溪

原三溪 「白蓮」
昭和6年(1931) 個人蔵

原三溪(本名・原富太郎)の母方の祖父は南画の大家・中村竹洞に師事した高橋杏村という絵師で、一時は200人も弟子を抱えていたといいます。いくつか作品が展示されてましたが、幕末期の南画によくある淡く明るい色彩の米法山水で、幼いころから富太郎もこうした芸術を触れていたのでしょうね。三溪は自らも絵筆を持ち、特に蓮を好んで描いたといいます。「白蓮」をはじめ会場にも数点展示されていましたが、淡彩の品の良い色合いとシンプルな線や構図が印象的です。

「孔雀明王像」(国宝)
平安時代後期 東京国立博物館蔵 (展示は8/7まで)

20代の頃から美術品の収集を始めていた三溪ですが、購入した美術品は「買入覚」に記録していて、誰からいくらで購入したのかなど今や貴重な記録となっています。本展の目玉の一つ国宝「孔雀明王図」は明治の大物政治家・井上馨から当時としては破格の1万円(いまの4,000~5,000万円ぐらい?)で購入したといいます。展示されていた「買入覚」に「渡邊省亭 雪中群鶏雨中白鷺 双幅」を明治26年に拾円で購入というのもありました。聞くところによると現在所在不明の作品だとか。中にはその後手放されて行方の分からなくなっている作品も多いんだろうなとも思います。

雪舟等楊 「四季山水図巻」(重要文化財)
室町時代 京都国立博物館蔵

本展では、国宝や重要文化財に指定された作品が31点出品されるそうです(途中展示替えあり)。前期だけでも国宝「孔雀明王図」のほか、雪舟の代表作「山水長巻」に対し「山水小巻」と俗に呼ばれる「四季山水図巻」や、雪村の傑作「琴高群仙図」、鬼が逃げ惑う図が面白い「地獄草紙断簡(勘当の鬼)」など、中世から近世にかけての指折りの逸品が並びます。後期に出品される国宝「寝覚物語絵巻」や、数少ない周文の作品とされる「江天遠意図」など、この作品も三溪が持っていたのか!と驚かされるものばかり。

雪村周継 「琴高・群仙図」(重要文化財)
室町時代 京都国立博物館蔵 (展示は7/31まで)

近年狩野永徳の真筆とされた「松に叭叭鳥・柳に白鷺図屏風」はかつて元信筆とされていたそうですが、三溪は当時から永徳説を唱えていたというぐらいですから、相当自信があったのでしょう。狩野派では伝・山楽の「黄初平・許由巣父図屏風」も実に素晴らしかった。

狩野永徳 「松に叭叭鳥・柳に白鷺図屏風」
室町から桃山時代 九州国立博物館蔵 (展示は8/7まで)

周文、雪舟、雪村もそうですが、南北朝時代に活躍した日本の初期水墨画を代表する画僧・可翁や明兆の弟子ともいわれる霊彩、関東画壇を代表する祥啓(啓書記)など、中世の水墨画に優品が多く、このあたりは三溪の好みなのだろうかと考えたりもしました。一方で江戸絵画は尾形光琳や渡辺始興など琳派や、円山応挙が多く、華美な屏風などはなく何れも落ち着いた雰囲気と、優美であっても品の良い作品ばかりで、趣味の良さを感じます。応挙の「美人図」や渡辺崋山の「十友双雀図」がまたいいですね。

伝・毛益 「蜀葵遊猫図」(重要文化財)
南宋時代 大和文華館蔵 (展示は8/7まで)

中国絵画では、南宋時代の画院画家・毛益と伝わる「蜀葵遊猫図」がとてもかわいい。長寿を願う吉祥画で、じゃれあう猫も可愛いいのですが、単眼鏡で覗くと立葵の色彩や猫の毛描きなどとても丁寧に描かれているのが分かります。三渓もこうした絵を見て和んでいたのでしょうか。後期は猫に代わって犬を描いた「萱草遊狗図」が展示されます。

茶道具も逸品揃い。井戸茶碗の「君不知」、黒織部の「残雪」、柿の蔕茶碗の「木枯」と茶碗の佇まいもさることながら名前がまた風情があっていいですね。花器として見立て茶席で使ったという東大寺伝来の「鼓胴」などユニークな品も。昨年、畠山記念館で開催された『原三溪 茶と美術へのまなざし』でもとても趣味の良い茶道具が多く展示されていたのですが、そちらに出品されていたものはほとんど出てないようで、それが少し残念。

下村観山 「白狐」
大正3年 東京国立博物館蔵 (展示は7/24まで)

パトロンとしての関係を超え、下村観山や今村紫紅ら主に日本美術院を中心とした画家との交流も興味深い。三溪は紫紅や安田靫彦、速水御舟、小林古径、前田青邨らを三溪園に招いては古美術品を公開して研究会を開くなど、若手の日本画家たちの育成にも尽力したといいます。菱田春草の作品は三溪にピンとこなかったのか、岡倉天心に勧められ購入したもののすぐに手放したというエピソードも。ただ、春草の没後、13点もの春草作品を購入のだそうです。

小林古径 「出湯」
大正10年[改作] 東京国立博物館蔵 (展示は7/24まで)

三溪は自身のコレクション公開のために美術館の建設を夢見ていたそうで、ゆかりの深い横浜の地でこうして展覧会が開かれるというのは、原三溪生誕150年・没後80年という年に相応しいのではないでしょうか。

残念だったのは展示ケースの写り込み。最近はそれなりの美術館はどこも低反射ガラスになっていますが、横浜美術館はまだのようで、展示室の照明が比較的明るいこともあり、いろいろ写り込みがしてとても見づらい。単眼鏡で覗くにもガラスにぎりぎりまで近づかないと逆に見づらくなる始末。何とかならないものでしょうか。


【横浜美術館開館30周年記念 原三溪生誕150年・没後80年記念
原三渓の美術 伝説の大コレクション】

2019年9月1日(日)まで
横浜美術館にて



原三溪の美術 伝説の大コレクション

2019/07/12

遊びの流儀 遊楽図の系譜

サントリー美術館で開催中の『遊びの流儀 遊楽図の系譜』を観てきました。

本展は屏風や絵巻、扇面など絵画に描かれた「遊び」をテーマに、そこに描かれた遊びや舞踊、ファッションをクローズアップするというサントリー美術館らしい企画展。とくに近世初期に流行した遊楽図を中心に、絵の中に描かれたような碁盤や双六、カルタなどが実際に展示されていて多面的に楽しめるのがいいですね。

遊楽図・風俗図は個人的にもとても興味を持っているのですが、これだけの数をまとめて観る機会というのもそうはありません。今回も展示替えが多い(前期・中期・後期と分かれ、全作品観るには3回は通う必要あり)のですが、遊楽図を代表する名品が揃い、遊楽図・風俗図好きには垂涎の展覧会です。


展覧会の構成は以下のとおりです:
第1章 「月次風俗図」の世界-暮らしの中の遊び
第2章 遊戯の源流-五感で楽しむ雅な遊び
第3章 琴棋書画の伝統-君子のたしなみ
第4章 「遊楽図」の系譜①-「邸内遊楽図」の諸様相
第5章 「遊楽図」の系譜②-野外遊楽と祭礼行事
第6章 双六をめぐる文化史-西洋双六盤・盤双六・絵双六
第7章 カルタ遊びの変遷-うんすんカルタから花札まで
第8章 「遊楽図」の系譜③-舞踊・ファッションを中心に

「十二ヶ月風俗図」(重要文化財) ※写真は一部
桃山時代・16~17世紀 山口蓬春記念館蔵 (展示は7/22まで)

季節々々の風俗を描いた「月次絵」は平安時代以来やまと絵の主要な画題の一つとして描かれてきたといいます。「十二ヶ月風俗図」は一月ならお正月の風景、二月は鶯合わせ、三月は鶏合わせ、四月は花売りというように、16世紀ごろ京都の、公家から市井の庶民までの風俗や娯楽が丁寧な筆致でいきいきと描かれています。土佐光吉の作ともいわれる本作品は何年か前に山口蓬春記念館でも観ていますが、同じく京の人々の風俗を描いた洛中洛外図とはまた違った雅やかな魅力があります。

平安時代の貴族たちの娯楽が描かれたものといえば、『源氏物語』などの物語絵。 展示されていた『源氏物語』の画帖や屏風にも男性たちが蹴鞠で遊ぶ様子や女性たちが琴を弾く様子が描かれていました。室町時代の作という「浄瑠璃物語絵巻」にも女性たちが琴や太鼓(鼉太鼓?)を演奏している様子が描かれているのですが、精緻で色鮮やかな調度品や太鼓などを観ていると、岩佐又兵衛もこうした絵巻を参考にしたのだろうかと想像してしまいます。

風俗図という枠からは外れますが、琴・囲碁・書道・絵画といった中国の士君子の嗜みを描いた琴棋書画がいくつかあって、それらが後の遊楽図、特に邸内遊楽図で琴は三味線に、囲碁は双六に置き換わり、いわゆる見立て絵として当世風に受け継がれていったという指摘にはなるほどと思いました。

「遊楽図屛風(相応寺屛風)」(重要文化財)
江戸時代・ 17世紀 徳川美術館蔵 (展示は7/15まで)

遊楽図では「遊楽図屛風(相応寺屛風)」が素晴らしい。花見をしたり、水遊びをしたり、風流踊りをしたり、能や猿廻しを見たり、囲碁やカルタをしたり、宴会をしたりと、当時のありとあらゆる娯楽が細部に渡って描きこまれていて、人々の顔貌表現も細やかで表情豊かに描かれています。邸内に描かれた屏風や襖絵、杉戸絵も実に丁寧で、かなりレベルの高い絵師の手による作品だということが分かります。享楽的な雰囲気は狩野内膳や岩佐又兵衛が描いた「豊国祭礼図屏風」や又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」を思わせ、腰をくねらせ踊る女性の姿は狩野長信の「花下遊楽図屏風」を彷彿とさせます。樹木や人物の描き方など見ると、筆者は恐らく狩野派の絵師なんだろうなと思いますが、誰が描いたのか気になるところです。

「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」(国宝)
 江戸時代・17世紀 大和文華館蔵(展示は7/24から)

遊楽図は「遊楽図屛風(相応寺屛風)」を祖型として、邸内の様子を俯瞰で描いた邸内遊楽図が広まり、やがて「松浦屏風」(後期出品)や「彦根屏風」(本展未出品)のように室内の様子を切り出した室内遊楽図に移ったといわれているそうです。

邸内遊楽図では妓楼の遊興を描いた「邸内遊楽図屏風」(サントリー美術館所蔵)もなかなか楽し気。筆致もとても丁寧で細やか。「婦女遊楽図屏風」は人物表現がやや類型的なきらいがありますが、妓楼の男女を全て女性に見立てて描いたのか、抱き合っていたり、胸元に手を入れていたりと艶っぽいシーンも。

一方、野外遊楽や祭礼行事を描いたものでは「祇園祭礼図屏風」が見応えがあります。六曲一隻の屏風の右から左までいっぱいに祇園祭で賑わう通りが描かれていて、ところてんや瓜を食べる人や煙草を買い求める人など、庶民の生活ぶりも描かれていて興味が尽きません。展示がほんの一部分だけだったのが残念ですが、「露殿物語絵巻」もかつての京の遊里に娯楽が鮮やかに描かれていました。

「舞踊図」(重要美術品)
江戸時代・17世紀 サントリー美術館蔵(※途中展示替えあり)

遊楽図に描かれた衣装の色とりどりの美しさ、小袖の意匠にも目を奪われます。「舞踊図」は昨年の『扇の国、日本』でも展示されていましたが、シャレた着物の柄や着こなしはまるでファッション雑誌のよう。もとは屏風と考えられるともいわれ、一面(一扇)に一人ずつ舞う女性が描かれていて、寛文美人図や浮世絵の美人画に繋がるものを感じます。後期の展示ですが、「松浦屏風」なんかも最早雑誌のグラビアを飾るオシャレ系女子たちを見ているような気になります。

今回の展覧会では琴棋書画に描かれたような碁盤や遊楽図と同時代の双六、カルタなどが一緒に展示されています。たとえば、若い男女が小さな射的(雀小弓)を楽しむ様子が描かれた「遊楽図扇面」の隣に「雀小弓」が展示されていたり、蹴鞠で遊ぶ「遊楽図扇面」の隣には「蹴鞠」が展示されていたり、絵と実際の遊具や道具を並んで観ることができるのが良いですね。ただ、この「遊楽図扇面」、いくつかの章に分かれて展示されていたのですが、全部同じ解説のままで、ちょっと丁寧さに欠けたのが残念。

興味深かったのは南蛮文化から生まれた「うんすんかるた」や「天正かるた」で、よく見ると遊楽図にもあちらこちらに登場します。「うんすんかるた」や「天正かるた」はポルトガルから伝わったカルタやトランプを模倣して日本で制作されたものだそうですが、金地に様々な数字や絵柄が描かれた見た目にも豪華なもので、南蛮人が描かれていたり、中国人が描かれていたり、何故か達磨が描かれていたり、いろいろと面白い。「うんすんかるた」や「天正かるた」から派生したとされる「花札」や「いろはかるた」もあり、鎖国になっても日本に根付いた南蛮文化の影響を知ることができました。

あくまでもテーマは<遊び>なので『遊楽図の系譜』という観点から見ると、少々物足らない点もなきにしもあらず。遊楽図が流行した時代や文化的な背景についてはほぼ触れずじまいで、遊楽図の成立の前後の流れについても月次絵や寛文美人図が並んではいるものの解説で多くは語らず、ちょっと深掘りが足らないかなという印象も受けました。それでもこれだけ遊楽図や風俗図を観られるのですから、大満足の展覧会だと思います。


【遊びの流儀 遊楽図の系譜】
2019年8月18日(日)まで
サントリー美術館にて


日本美術全集12 狩野派と遊楽図 (日本美術全集(全20巻))日本美術全集12 狩野派と遊楽図 (日本美術全集(全20巻))