2016/05/20

我が名は鶴亭

神戸市立博物館で開催中の『我が名は鶴亭』展を観てまいりました。

鶴亭の作品は過去にも千葉市美術館の『若冲アナザーワールド』やサントリー美術館の『若冲と蕪村』などで拝見していて、いわゆる南蘋派を広めるきっかけを作った絵師として以前から強い関心を持っていました。今回その鶴亭の初の展覧会があるということで、しかも長崎と神戸でしか開催せず、東京まで来ないというので、ゴールデンウィークにいそいそと出かけてきました。

若冲も憧れた絵師として話題ですが、実は若冲より6つ年下。長崎に生まれ、南蘋風著色絵画や黄檗絵画といった長崎派と呼ばれる中国由来の絵画様式を身につけて大阪に乗り込み、南蘋風の花鳥画を京阪の絵師に初めて知らしめ、唐画ブームのきっかけを作った絵師として先を行きます。

全出品数約120点(展示替えあり)で、約2/3が鶴亭の作品。残りは沈南蘋や鶴亭の弟子、また伊藤若冲や池大雅ら同時代の絵師の作品も展示されています。


第1章 我が名は鶴亭!

まずは導入部として、1階の広いロビーに3作品。空を舞う鶴や地上でやすらぐ鶴を六曲一双の大画面に描いた「群鶴図屏風」がいきなり素晴らしい。背景に薄墨を刷き、鶴の白は塗り残しになっていて、のびやかでこなれた筆遣いが悠然とした鶴の姿にピッタリ。このあとどんな作品に出会えるのかと期待が高まります。

鶴亭という名はもちろん画号ですが、その名に因んで鶴の絵を多く手がけたといいます。「竹鶴図」はバランスよく立つ鶴と勢い良く伸びた竹の取り合わせが印象的。よく見ると嘴が羽毛の中に透けていたり、鶴の何ともいえない表情など細部まで手が込んでいます。

鶴亭 「竹鶴図」
宝暦5年(1755) 個人蔵


第2章 鶴亭のエッセンス

ここでは南蘋派の祖・沈南蘋や、鶴亭の師で沈南蘋から直接教えを受けた唯一の日本人絵師・熊斐、また同時代の黄檗僧による黄檗絵画が紹介されています。

蘭渓若芝 「群仙星祭図」
寛文9年(1669) 神戸市立博物館蔵

黄檗絵画ってそんなに馴染みはなかったのですが、濃厚な表現と色彩の道釈人物画、また奇矯な造形美というのが特徴のようです。蘭渓若芝の「群仙星祭図」を観ていると、曽我蕭白の「群仙図屏風」あたりに影響を与えてるんじゃないかと思ったりします。一方で、黄檗絵画は自由な墨戯にも特色があって、濃薄の墨で巧みに描き分けた「海老蟹図」なんて、若冲の水墨の自由さにも通じる気がします。

熊斐 「鯉跳龍門図」
江戸時代・18世紀 長崎歴史文化博物館蔵

沈南蘋と熊斐の作品がちょっと少なかったのが残念ですが、沈南蘋のユニークな「獅子戯児図」や熊斐の濃密華美な「鯉跳龍門図」といった個性的な作品に出会えたのは嬉しい。


第3章 鮮烈!花鳥画ワールド

鶴亭というと南蘋派という固定観念があったのですが、実は鶴亭の作品の中で南蘋風の著色花鳥画は3割ぐらいしかないのだそうです。そのほとんどが吉祥画的なもの。描かれる花木も蘭や薔薇、柘榴、菊、牡丹、海棠といった中国の吉祥画によく出てくるもので、鳥も鳳凰や綬帯鳥(尾長鳥の一種)、黄鳥(コウライウグイス)など想像上の鳥や日本原産ではないものばかり。その点は日本の伝統的な花鳥図とは大きく異なるところです。

鶴亭 「緗梅黄鳥図」
宝暦6年(1756) 個人蔵

精緻な描写と濃厚な色彩。写生的な表現と繊細な輪郭線による花や鳥、墨の濃淡を活かし動きのある木や岩。甘い花の匂いが漂い、楽しそうな鳥のさえずりが聴こえてくるようです。南蘋派は色彩豊かで濃密な花鳥画というイメージがありますが、若冲やたとえば岡本秋暉のような過剰な華美さはありません。どちらかというと筆致は流麗で、色彩は鮮やかだけど派手さはなく、品を感じます。余白を残し余韻を与え、構図にもまとまりがあって、空間の使い方がとても上手いなと思います。びっしりと執拗に描きこむ若冲の花鳥画のような息苦しさはありません。

鶴亭 「蘭石図」
宝暦9年(1759) 個人蔵

蘭を描いた作品がいくつかあって、いずれも蘭(春蘭)の花独特の形と葉の曲線、ユニークな岩の造形が強い印象を残します。自分の勉強不足かもしれませんが、こういう描き方の蘭の絵ってあまり観たことない気がします。

鳥は小禽が多いものの、鷲鷹を描いた作品もあります。武士の間で勇猛な鷲鷹の絵は人気があったようですが、鶴亭の鷲鷹はどちらかというと美しく凛々しい姿が印象的です。これも一種の吉祥画。

鶴亭 「松に白鷹図」
宝暦後期 神戸市立博物館蔵


第4章 墨戯全開

水墨は充実していて、とても面白味を感じます。多くが四君子(蘭竹菊梅)を描いた水墨花木図で、運筆は自由、表現も大胆。筆の力強さや濃淡のリズム、動きがあって、筆墨の情趣を静かに味わうというより、自在な感覚を愉しむといった面白さがあります。

鶴亭 「墨梅図」
宝暦4~8年(1754-58)頃 個人蔵

背景に薄墨を刷き、塗り残しで雪を表現した「雪竹図」は雪のねっとりした感じが若冲を思わせます。「墨梅図」の梅の花なんかも若冲ぽいですよね。このシンクロ感に興味は尽きません。先の花鳥画のコーナーにも芭蕉の絵や、急降下する叭叭鳥とか、こういうの若冲の作品で観たことあるなというものが多くあります。

絵の真ん中に落款を入れていたり、余白に大胆に印章を捺したりしてるのも鶴亭の特徴。鶴亭の強いこだわりを感じるというか、自信の現れという気がします。

鶴亭 「雪梅図」
宝暦5年(1755) 神戸市立博物館蔵


第5章 鶴亭を語るモノ

ここでは画家・鶴亭のもう一つの顔、黄檗僧・海眼浄光、俳諧師・寿米翁としての史料や書簡、俳画を紹介しています。木村蒹葭堂や池大雅との書簡からは親しい交遊関係が窺えます。


第6章 京阪流行る南蘋風/鶴亭風

鎖国だった江戸時代、長崎は海外の情報や文化の発信基地。言ってみれば鶴亭は最先端アートを京阪に持ち込んだ訳で、当時の持て囃されようが想像できます。ここでは鶴亭の弟子や、交流のあった絵師や文化人などの作品が紹介されています。

書・佚山、画・鶴亭 「菊書画押絵貼屏風」
明和7年(1770) 個人蔵

佚山も過去に若冲の展覧会で観る機会がありましたが、今回は絵以外に書もあり、かなり強く惹かれました。書家であり篆刻家であり画家でもあったという佚山。佚山の篆書と鶴亭の水墨の菊を合わせた「菊書画押絵貼屏風」が最高にカッコいい。詩ごとに篆書と隷書の書体を変えた「篆隷唐詩選書巻」も面白いですね。佚山は絵もうまくて、水墨による端正な孔雀と鶴が印象的な「梅竹に孔雀・松菊に鶴図」が若冲的なところもあってなかなか興味深い。

鶴亭の弟子では鶴洲がいいですね。師譲りの写生的で精緻な描写と色彩感。花鳥画はより華やかに、水墨は味わい深く、センスの良さを感じます。どの鳥も愛嬌があるのが面白い。

鶴亭 「風竹図」
明和後期 長崎歴史文化博物館蔵

伊藤若冲 「風竹図」
宝暦前期 細見美術館蔵

ここでは鶴亭の作品と若冲の類似の作品を並べて、鶴亭の影響や二人のシンクロ関係を探っています。若冲が表立って活動をする頃には鶴亭は大坂で既に有名だったようですし、若冲の画風形成に影響を与えたのは確実ですが、一方で 鶴亭も気鋭の若冲に刺激を受けてたと思われるところがあるのが面白いですね。 鶴亭と若冲に交流があったという記録はないそうですが、大坂でサロンのような役割を果たした木村蒹葭堂や、若冲とも所縁の深い萬福寺など接点はあるので、与謝蕪村じゃないですが、若冲は鶴亭をどんな風に思っていたのかとても気になります。 

伊藤若冲 「群鶏図障壁画」
天明9年(1789) 京都国立博物館蔵

伏見の海宝寺(黄檗宗)伝来の「群鶏図障壁画」が展示されているのですが、これがかなりレベルの高い仕上がり。晩年の群鶏図の基準作とされているようですね。非常に緻密であり、表現が豊かであり、創造的であり、個人的には今まで観た若冲の群鶏図では一番の傑作だと思います。


第7章 鶴亭の花鳥画(かっちょいいが)

最後に鶴亭の“かっちょいい”花鳥画をもう一度。
メインヴィジュアルに使われている色鮮やかな牡丹の花がこの「牡丹綬帯鳥図」。裏彩色を使っていて、若冲ばりの華麗な色合いを魅せる逸品です。「桐に鳳凰図」の鳳凰もまた独特で印象的。

鶴亭 「牡丹綬帯鳥図」
明和6年(1769) 神戸市立博物館蔵

鶴亭 「桐に鳳凰図」
宝暦3年(1753) 個人蔵

こうして観ると、鶴亭は沈南蘋の孫弟子ということもあるし、その遺伝子が濃いというか、あくまでも南蘋風という枠の中で発展させ、さまざまな表現を試しているように思います。その点、若冲はかなり自由に自分なりの演出を加えていて、中国絵画や南蘋派からの脱却を目指していたんだろうなと感じます。

著色花鳥画ではありませんが、銀地の二曲一双の屏風に水墨で竹・菊・蘭・梅を描いた「四君子図押絵貼屏風」、同じく水墨でさまざまな花木を描いた六曲一双の「花木図押絵貼屏風」が出色。巧みな筆捌きと大胆な構図が素晴らしいですし、これは若冲もかなり嫉妬したんじゃないかと思うようなカッコよさ。鶴亭では最大級という金地の墨絵屏風があって、これがまた見応えがありました。

鶴亭 「墨梅菊図屏風」(右隻)
宝暦7年(1757) 個人蔵

鶴亭は自由で奇抜だけど、若冲のような偏執狂的なところはなく、好みの問題ではありますが、この程良い感じがいいですね。これまで若冲に影響を与えた絵師ぐらいの認知度しかありませんでしたが、江戸絵画の大きなムーブメントとなる南蘋派の、言うなればブレイクのきっかけを作った絵師として今後評価は益々高まる気がします。

各作品に付けられたキャプションがどれも丁寧で、ところどころに花や鳥をクローズアップしたパネルがあって、その意味や取り合わせの面白さを分かりやすく解説しています。学芸員の方々の鶴亭に対する思い入れや愛情がそこかしこに溢れていて、観ているこちらも思わずワクワクしてきます。とても素晴らしい展覧会でした。


【我が名は鶴亭】
2016年5月29日(日)まで
神戸市立博物館にて


聚美 Vol.19 (Gakken Mook)聚美 Vol.19 (Gakken Mook) ※鶴亭の特集記事があります。

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