2018/10/27

小倉遊亀展

平塚市美術館で開催中の『小倉遊亀展』を観てきました。

小倉遊亀は近代日本画を代表する女性画家であり、昭和から平成にかけての長きに渡り第一線で活躍した日本画家の第一人者。

代表作であれば、東京国立近代美術館の常設展や東京藝術大学大学美術館の所蔵品展などでときどきお目にかかりますし、戦後の日本画や日本美術院をテーマにした展覧会でも割と観る機会のある画家だと思います。つい先日も山種美術館の『日本画の挑戦者たち』で作品を目にしたばかり。ただ、75年にも及ぶ長い画家人生にあって、時代々々の作風、その変遷を意外と知らない画家でもあります。

そんな本展は、戦前から鎌倉に住み、大磯の安田靫彦の家に通い指導を受けるなど、小倉遊亀と所縁の深い湘南での回顧展となります。神奈川県内では17年ぶり、関東でもここまで大規模な展覧会は2002年の東京国立近代美術館の特別展以来ずいぶん久しぶりなのではないでしょうか。


会場の構成は以下の通りです:
1.黎明 画家としての出発
2.飛躍 遊亀芸術の開花
3.挿絵と愛蔵陶器
4.成熟

小倉遊亀 「苺」
1932年 国立大学法人奈良女子大学蔵

小倉遊亀は父の事業の失敗で美術学校への進学を断念し、師範学校で国文学を学び教職になります。その後、安田靫彦に師事し、教師を務めながら画道に精進。教師と画家を両立させていくところなどは同じ時代を生きた片岡球子を思い起こさせます(しかも二人とも長命!) 。1階のホールでは遊亀のドキュメンタリーが上映されていて、遊亀本人が安田靫彦の門を叩いたときのエピソードを語っていたりして面白いですよ。

初期作品は、大正期のもの1点を除いては昭和初期から戦前にかけてのものが展示されていて、俯瞰の構図がユニークな「苺」や、草花を一生懸命に写生する女の子の様子を描いた「首夏」、虫篭を持った浴衣姿の女の子を円窓に描いた「虫籠」など印象的な作品がいくつかありました。強くしなやかな線や清新な色彩はやはり師の安田靫彦や、時代的にも小林古径など新古典主義の影響を窺わせます。

小倉遊亀 「浴女 その一」
1938年 東京国立近代美術館蔵

遊亀の初期の代表作「浴女その一」は古径の「髪」や「出湯」を参考にしてるんだろうなと感じますし、緑の芝生の上で犬が寝そべっている「晴日」はどことなく速水御舟の「翠苔緑芝」を思わせます。2面に一人ずつ着物姿の女性を描いた「夏の客」になってくると戦後にも繋がる遊亀らしい女性画という感じが出てきます。

小倉遊亀 「良夜
1957年 横浜美術館蔵

1951年に東京国立博物館で開催されたアンリ・マティス展に強く感化され、遊亀の画風が一変。明るくヴィヴィッドな色彩、時にデフォルメした自由な造形や明快な構図が現れます。時同じく1951年には日本で大規模なピカソ展が開かれ、日本の美術界に大きなインパクト与えたのは昨年の『日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト』でも詳しく取り上げられていたところ。『月』や『良夜』、『母子』といった1950~60年代の作品からはマティスやピカソの影響を感じることができますし、最早日本画と現代美術の境界さえ曖昧になっているというか、完全に溶解しているというか、大きく変化を遂げる戦後の日本画を取り巻く空気までも伝わってきます。

小倉遊亀 「コーちゃんの休日」
1960年 東京都現代美術館蔵

越路吹雪をモデルにしたことで有名な「コーちゃんの休日」の背景の赤もマティスから来てるんでしょうね。情熱的な背景の赤といい、ウッドチェアに寝転ぶ越路の格好といい、越路吹雪のイメージがとても良く出ていると思います。当の越路本人は完成された作品を観て、「わたしの悪い癖がみんな出てる。手にも足にもどこにも」と言ったというエピソードが残されています。

小倉遊亀 「兄妹」
1964年 滋賀県立近代美術館蔵

小倉遊亀 「家族達」
1958年 滋賀県立近代美術館蔵

1950年代後半から1960年代にかけては息子夫婦やその子どもを描いた作品も多く、その幸せそうな家族の日常風景からは遊亀の温かい眼差しや深い愛情が伝わってくるようです。

その最高傑作が「径」ですね。ほのぼの感が最高の作品ではありますが、解説によると、中国の龍門石窟で見たイメージを別のかたちで表現しようとしたとあって、これはお釈迦様と弟子だったのかという事実が衝撃的でもあります。

小倉遊亀 「径」
1966年 東京藝術大学蔵

会場の一角に、遊亀の描いた小説の挿絵が展示されていたのですが、谷崎潤一郎の「少将滋幹の母」の挿絵がまた素晴らしい。白描の淀みない線、墨を掃いた夜の表現。こういう作品も描いてたのかと初めて知りました。

小倉遊亀 「花屑」
1950年 滋賀県立近代美術館蔵

人間味溢れる人物画もいいのですが、師の安田靫彦に“鎌倉の特産物”とまで評された遊亀の静物がまた魅力的です。会場では要所々々に展示されていて、初期から晩年までコンスタントに静物を描いていたことが分かります。いずれも古九谷や赤絵の皿や花瓶と花や果物、野菜などがセットになっていて、器の趣味の良さと果物や野菜からくる生活感のマッチングが面白いし、とてもいいなと思います。会場には遊亀愛蔵の陶器なども展示されていました。

小倉遊亀 「青巒」
1976年 滋賀県立近代美術館蔵

1960年代後半以降の作品では背景に金箔や銀箔を貼った上に絵具を塗ったり擦ったりと技巧を凝らしたものが多くあります。黒色の絵具の上に銀箔を貼り、さらにプラチナ泥をかけたり擦ったりした衝立「月」や、銀箔の上に胡粉を塗って一部だけ拭き取ったという「舞妓」、ラピスラズリの青々とした壮大な富士山と牛の対比、色のコントラストが鮮烈な「青巒」。地唄舞の「雪」を舞う竹原はんをモデルにした「雪」の素晴らしさといったら。晩年の余白の隅々まで神経を使った円熟の技に感心しきりです。小倉遊亀は2000年に105歳で亡くなりますが、その年に描かれた絶筆まであって、年老いてなお果てることのない創作意欲に驚きます。

小倉遊亀 「雪」
1977年 滋賀県立近代美術館蔵

代表作では「O夫人坐像」がなぜか出てないのですが、代表作と呼ばれる作品は大方揃ってますし、出品数も絵画だけで約60点(前後期で一部展示替えあり)あり、非常に充実した展示になっています。


【小倉遊亀展】
2018年11月18日(日)まで
平塚市美術館にて


少将滋幹の母 (中公文庫)少将滋幹の母 (中公文庫)

2018/10/21

野口小蘋 -女性南画家の近代-

実践女子大学香雪記念資料館で開催中の『野口小蘋 -女性南画家の近代-』を観てきました。

野口小蘋は明治期から大正期にかけて活躍した女性南画家。2015年に同館で開催された『華麗なる江戸の女性画家たち』や、実践女子大からも近い山種美術館で同時期に開催された『松園と華麗なる女性画家たち』で小蘋に興味を持ち、ちゃんと作品を観てみたいと思っていた画家の一人でした。

昨年は小蘋の没後100年ということで山梨県立美術館で大規模な回顧展がありましたが、そちらには伺えなかったので、今回の企画は嬉しい限り。

資料館自体が狭いということもあり、小蘋の作品は10数点とこじんまりしていますが、人物画や美人画から南画、花鳥画まで揃い、少ない点数ながらも小蘋の画業の一端を知ることができるのではないかと思います。


野口小蘋 「設色美人図」
慶応2年〜明治元年(1866-68)頃 実践女子大学香雪記念資料館蔵

小蘋は関西南画壇の重鎮・日根対山に師事し、その後ほぼ独学で画技を磨いたといいます。明治10年代までは人物画を多く描いたそうで、会場にも浮世絵風の美人画が数点展示されていましたが、傑出したものがあるかというと正直そこまでの個性は感じられません。淡墨のラフな筆遣いによる「柳下二美人図」や、東洋的な円窓が中国の美人図を思わせる「美人読書図」は浮世絵というより文人趣味的な印象もあり興味深い。

野口小蘋 「美人読書図」
明治5年(1872) 実践女子大学香雪記念資料館蔵

小蘋が詩文を学んだという岡本黄石の肖像画は写実的で、深い皺や白髭の表現が秀逸。小蘋の確かな技量を感じます。「菊花見物図」の江戸絵画の風俗描写を思わせつつ、背景は水墨で描くなど実に巧み。

野口小蘋 「甲州御嶽図」
明治26年(1893) 八百竹美術品店蔵

南画はやはり素晴らしく、明治時代にここまでの高い技術を持った女性画家がいたことに驚きます。力強くボリューム感のある山容と鮮やかな彩色の「甲州御嶽図」、白い霞を大胆に配した奥行き感のある構図と桃源郷の緻密な描写が魅力的な「春山僲隠図」など、どれも見事。

中でも白眉は六曲一双の「春秋山水図屏風」。遠近感のある雄大な山容や青緑のグラデーション、桜や紅葉の丁寧な描写、金砂子を贅沢に使った豪奢な装飾性、非常に見応えがあります。

野口小蘋 「春秋山水図屏風」
明治41年(1908) 東京国立博物館蔵 (展示は11/3まで)

小蘋の花鳥も実に良い。『華麗なる江戸の女性画家たち』でも展示されていた「海棠小禽図」の美しさにまず目が止まります。海棠も綬帯鳥も南蘋派に好まれた吉祥画題。南蘋派ほどの濃密さはありませんが、上品で華やか。「春澗栖鳩図」は躑躅や蘭が咲く濃密な構図が南蘋派風でありながら、南画的な賦彩でまとめているところが面白い。

野口小蘋 「海棠小禽図」
明治43年(1910) 実践女子大学香雪記念資料館蔵

野口小蘋は現在では知名度も低く、作品を観る機会もそうは多くありませんが、女性初の帝室技芸員に任命されるなどかつては高く評価されていました。女性の画家が珍しい時代にあって、ここまで才能を発揮し、しかも認められていたというのは凄いことだと思います。

なお、本展は入場無料ですが、資料館が大学内なので警備員のいる受付で名前を書いて入館証をもらう必要があります。作品解説(主要作品のみ)のパンフレット(プリント)もいただけます。


【野口小蘋 -女性南画家の近代-】
2018年12月1日(日)まで
実践女子大学香雪記念資料館にて


2018/10/20

京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ

東京国立博物館・平成館で開催中の『大京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ』を観てきました。

大報恩寺は京都・洛北にある古刹。千本釈迦堂という通称で親しまれています。毎年12月に行われる大根焚きは有名ですね。

それほど大きなお寺ではありませんが、応仁の乱などの戦火を奇跡的に免れた本堂は鎌倉初期の創建時のまま。本堂の柱には応仁の乱のときの刀傷なども残されていて、京洛最古の木造建築物として国宝に指定されています。

ちょうど昨年の秋、櫻谷文庫を訪れた際、大報恩寺も拝観しました。北野天満宮と上七軒とは隣り合わせのような位置にあり、櫻谷文庫(不定期公開)からも徒歩圏内なので、一緒に回るといいと思いますよ。

さて、今回の展覧会は平成館の2階を上がって右を『大報恩寺展』、左を『マルセル・デュシャンと日本美術』に分けていて、いつもの平成館の特別展に比べると半分のスペース。その分、入場料もちょっとだけ安い。


会場は3つに章立てされています。
大報恩寺の歴史と寺宝-大報恩寺と北野経王堂
聖地の創出-釈迦信仰の隆盛
六観音菩薩像と肥後定慶

まず最初は寺の歴史から。ここで展示に多くスペースを割かれているのが、北野経王堂のこと。北野経王堂は北野天満宮の南側にあった大きなお寺で、本堂は東大寺大仏殿とほぼ同じ規模だったとか。明徳の乱で討たれた山名氏清を供養するために足利義満が建てたもので、江戸時代に荒廃し、その遺物は大報恩寺に残されています。狩野永徳の「洛中洛外図屏風」には北野経王堂が描かれていて、そのパネルと模本が展示されていました。


本展の目玉は、通常非公開の本尊「釈迦如来坐像」。年に何度かご開帳がありますが、本堂内陣に安置された仏像は遠目でしか見ることができないといいます。その本尊が間近で観られるだけでも行く価値が十分です。行快の手になる「釈迦如来坐像」は台座も光背も造像当初のまま。金色にか輝くその姿は800年も前の仏像とは思えないほど美しい。丸みの強い面部や目尻の上がった目の形は行快の特徴なのだそうです。

そして、本尊「釈迦如来坐像」を囲むように配置されているのが快慶の「十大弟子立像」。十大弟子とは釈迦の弟子の中でも特に優れた十人の弟子のこと。昨年、奈良国立博物館で開催された『快慶展』に出品されなかった快慶の代表作です。本展では「十大弟子立像」を快慶一門によるものとしていますが、「目犍連」と「優婆離」は像内の銘文に快慶の名があり、快慶作といわれています(「優婆離」には快慶とともに行快の名も書かれている)。

照度を落とした展示空間で、計算された照明のもと「十大弟子立像」観るとその素晴らしさが際立ちます。リアルなまでの高度な表現力は驚くばかりで、運慶の写実様式に比べても遜色ない写実的な肖像彫刻として優れています。360度展示なので、大報恩寺の霊宝殿では観られない後ろ姿まで観られるのがいいですね。一部にきれいな模様や鮮やかな彩色も残っていて、造像当初はさぞカラフルだったんだろうなと思います。

本堂の仏後壁画のパネル解説のある通路を通ると今度は肥後定慶作の「六観音菩薩像」。肥後定慶は康慶の弟子(運慶の次男説もあり)とされ、同じ慶派仏師で興福寺に所縁の深い“定慶”と区別する意味で“肥後定慶”と呼ばれています。慶派の力強く男性的な鎌倉彫刻とはまた違うボリューム感、個性的な面貌表現がユニーク。中世に遡る六観音で台座・光背が完存する唯一の作例だそうです。10/30以降は何故か光背が外されてしまうらしいのですが、光背の細かな彫刻も見事なので、これはぜひ光背が付いている状態で観て欲しいですね。

ちなみに、六観音のうち聖観音像のみ写真撮影が可能です。


ほかにも鋳造の原型が行快の可能性があるという「誕生釈迦仏立像」や、丸い襞とシャープな鎬の翻波式衣文が美しい「千手観音菩薩立像」など仏像の優品が来ています。

ただ本尊以外の仏像は大報恩寺の霊宝殿でも観られるので、何か期待以上のものがあるかというとそうでもなかったというのも正直な感想。特に残念だったのは、おかめさんについて何も触れられてなかったこと。千本釈迦堂といえばおかめ信仰。美術品でないという理由で展示されなかったのかもしれませんが、千本釈迦堂を象徴する“おかめ”が一つもないのは片手落ちなんじゃないかなぁと思いました。お寺に奉納された様々な“おかめ”がズラーっと飾られた様は感動しますよ。


【特別展 京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ】
2018年12月9日(日)まで
平成館 特別展示室第3室・第4室にて


運慶・快慶と慶派の美仏 (エイムック 4166)運慶・快慶と慶派の美仏 (エイムック 4166)

2018/10/13

中国書画精華 -名品の魅力-

東京国立博物館の東洋館で特集展示されている『中国書画精華 -名品の魅力-』を観てきました。

東洋館の秋の展示といえば、『中国書画精華』。3年前にもブログに取り上げましたが、今年の展示がまた素晴らしいのです。

参考:『中国書画精華 -日本における受容と発展-』 (2015年)

トーハクはかつて東山御物だった宋・元時代の唐物を含め、中国の書画の名品をたくさん多く所蔵しています。いつ行っても国宝や重要文化財クラスの書や絵画が何かしら展示されているのですが、今回は『名品の魅力』とタイトルにあるように、中国書画の名品中の名品がずらり勢揃い。前・後期で59点。内、国宝12点、重文23点。特別展並みの非常に贅沢な内容になっています。

伝・馬遠 「洞山渡水図軸」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

伝・馬遠 「寒江独釣図軸」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

まず前期展示作品から。馬遠が2点あって、そのうち「洞山渡水図軸」は馬遠の数少ない真筆とされる作品。ただ、今回の解説では2点とも馬遠派の作品と書かれていました。馬遠は南宋中期を代表する画院画家で、「洞山渡水図軸」の図上の賛は南宋の理宗皇帝の皇后のものといわれます。「寒江独釣図」は狩野元信や探幽など狩野派の絵師たちにより模写されていて、同様の図様は狩野派の山水画などにたびたび描かれてます。もともとは大画面だったものを切り取り、現在の掛幅に仕立てられたとされていて、まわりにはどんな風景が描かれていたのかと想像するのも楽しいですね。

[写真左から]伝・梁楷 「雪景山水図軸」(国宝)
中国・南宋時代~元時代・13~14世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)
梁楷 「出山釈迦図軸」(国宝)、梁楷 「雪景山水図軸」(国宝)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

南宋の宮廷画家・梁楷は国宝の「出山釈迦図」と「雪景山水図」の三幅対。3幅それぞれに足利義満の印が押された東山御物を代表する名品です。伝・梁楷の「雪景山水画」は梁楷派の作品とされ、もともとは別の作品だったものが梁楷の2幅とともに日本で三幅対として鑑賞されるようになったといわれています。馬遠とはまた違う水墨の精妙な味わいがあります。

伝・趙昌 「竹虫図軸」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

伝・任仁発「葡萄垂架図軸」
中国・元時代・14世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

北宋前期の画院画家・趙昌の筆と伝わる「竹虫図」は草虫図の現存最古の作例とされる作品。竹や瓜。、鶏頭とともに蝶やトンボ、イナゴ、鈴虫などが描かれています。竹が不思議な形に曲がっているのも面白い。

「葡萄垂架図」も水墨の草虫図。これも画巻の一部を切り取られて掛幅にされたといわれています。薄い墨でわずかに濃淡をつけた丁寧な筆触で、アブとクツワムシが葡萄の周りに描かれています。

李迪 「紅白芙蓉図軸」(国宝)
中国・南宋時代・慶元3年(1197) 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

東博を代表する中国画の名品、李迪の「紅白芙蓉図」。『東山御物の美』で初めて観て以来、拝見するのは今回で三回目になります。ただ単に美しいというのではなく、心が洗われるような清浄で神秘的な美しさすら感じます。芙蓉の美しい花には裏彩色が施され、表から色を強調することで鮮やかな色彩が表現されているそうです。

夏珪 「山水図(唐絵手鑑「筆耕園」の内)」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

「筆耕園」は室町時代以降に日本に渡ってきた中国画を集めた手鑑で、収める作品の宋元画を中心に60図を数えるといいます。その中でも有名なのが夏珪の「山水図」。数ある夏珪と伝わる水墨画の中でも、最も夏珪に近いものとされています。2015年に展示されていたときは「伝・夏珪」となっていたのですが、今回「伝」が外れていました。重厚かつ深遠な水墨の味わいは何度観ても唸ってしまいます。

伝・毛松 「猿図軸」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/24まで)

毛松と伝わる「猿図」は宋代の動物画の傑作。ニホンザルを描いたといわれ、何か物思いに耽るような人間を思わす表情が秀逸です。繊細な体毛の表現には金泥が使われていて、眼球は絹裏に金箔を貼って独特の質感を出しているそうです。

前期展示では写真撮影不可でしたが、昨年の京博の『国宝展』でタイミングが合わず観られなかった清涼寺の「十六羅漢図」(3幅)は涙ものでした。

梁楷 「李白吟行図軸」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/26から)

梁楷 「六祖截竹図軸」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/26から)

さて、後期展示はまず梁楷。前期の「出山釈迦図」と「山水図」の三幅対の味わいとはまた異なる減筆体による「李白吟行図」と「六祖截竹図」が出品されています。同じ簡略な筆とはいっても、淡墨のゆるやかな線が印象的な「李白吟行図」と緩急自在な筆勢で的確に表した「六祖截竹図」、どちらも魅力的。

因陀羅 「寒山拾得図軸」(国宝)
中国・元時代・14世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/26から)

後期の見ものの一つは因陀羅の「寒山拾得図」。因陀羅の禅機図は断簡で5幅あって、いずれも国宝。先日根津美術館で観た『禅僧の交流』展で「布袋蔣摩訶問答図」を拝見しましたが、つづけて東博でも観られるとは思いませんでした。 筆の拙さの中にも独特の味わいがあり、大笑いする寒山と拾得の表情がまたとてもいい。伝・因陀羅とされる対幅の「寒山拾得図」もありました。

伝・陳容 「五龍図巻」(重要文化財)
中国・南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/26から)

いつ観てもその迫力に圧倒されるのが、 陳容と伝わる「五龍図」。この暗然とした闇の中から現れる龍の凄みたるや。昨年、藤田美術館所蔵の陳容の「六龍図」がオークションにかけられ、約300億円で落札されたことが大きな話題になりましたが、これもオークションに出れば相当な金額になるのでしょうか(売っては欲しくありませんが)。昨年開催された『ボストン美術館の至宝展』に来てた陳容の「九龍図巻」を見逃したのが悔やまれます。

そして、宋代水墨山水画の名品「瀟湘臥遊図巻」。湿潤な空気や光までとらえたような淡墨の繊細な筆遣い、細かなところまで神経の行き届いた丁寧な描写がとても素晴らしい。乾隆帝所蔵の四名巻の一つとされ、巻頭の堂々とした賛が乾隆帝の感動を表しているようです。


李氏 「瀟湘臥遊図巻」(国宝)
中国・南宋時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は9/26から)

梁楷、夏珪、馬遠など、それぞれはこれまでにも何度か観ているのですが、ここまで一堂に揃う機会はなかなかないのではないでしょうか。中国絵画ファンならずとも必見の特別展示です。


【中国書画精華 -名品の魅力-】
2018年10月21日(日)まで
東京国立博物館 東洋館8室にて


水墨画 (岩波新書 青版)水墨画 (岩波新書 青版)

2018/10/07

小原古邨 -花と鳥のエデン-

茅ヶ崎市美術館で開催中の『原安三郎コレクション 小原古邨展 -花と鳥のエデン-』展を観てきました。

小原古邨は明治後期から昭和初期まで活躍した新版画を代表する版画家。千葉市美術館で2013年に開催された『琳派・若冲と花鳥風月』で観た古邨の花鳥版画が印象に残っていて、今回まとめて古邨の木版画を観る機会があるということで茅ヶ崎まで行ってきました。

茅ヶ崎市美術館は初めて行きましたが、駅からも徒歩10分圏内と近く、閑静な住宅街の公園にあるモダンな佇まいの美術館でした。この日は時間がなく、駅と美術館の往復となりましたが、時間に余裕があれば、海の方まで散歩してもいいでしょうね。

今回の展覧会は、浮世絵コレクターで知られる原安三郎のコレクションを中心にしたもの(古邨の遺族所蔵の作品も一部出品されています)。原安三郎コレクションというと2016年にサントリー美術館で開催された『広重ビビット』が記憶に新しいところ。今回公開される古邨の作品は前後期で230点(前後期で全点入れ替え)。ここまでの規模で古邨の作品が紹介されるのは初めてで、展示作品も全て初公開。摺や保存状態が極めて良いものだけを選んだというだけあり、どれも大変状態が良いのに驚きました。

[写真左から] 小原古邨 「紅梅に鷽」「梅に鶯」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

[写真左から] 小原古邨 「雨中の桐に雀」「雨中の柳に小鷺」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

会場は、春夏秋冬の季節、また吉祥画などで章立てされ、花鳥や動物などを描いた版画がテーマごとに展示されています。どれもほぼ縦36~38cm×横20cm弱のサイズで、季節を表す草花や鳥、動物、昆虫などが見事な構図の中に収められています。版元が小林清親の版画と同じ大黒屋ということもあって、精緻な版画技術と高度な多色刷りは極めて完成度が高く、これ肉筆じゃないの?と見間違えてしまうほど。繊細な筆触までも再現されています。

[写真左から] 小原古邨 「水連に金魚」「蓮に蛙」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

様式的な構図、細緻な表現、落ち着いた美しい色彩、今観ても十分素晴らしいのですが、当時は日本より欧米で高く評価されたようで、作品の多くは海外へ輸出されたといいます。海外から逆輸入の形で日本で再評価されたという点で、やはり日本の抒情的な風景を多く描いた吉田博や川瀬巴水を思い起こさせます。古邨の描く世界は、どこにでもある日本の自然の風景、季節のひとこまであり、今でこそ失われた日本の風情に懐かしさを覚えますが、当時の日本人にとっては綺麗だとは思っても、特別視するようなものではなかったのかもしれません。

[写真左から] 小原古邨 「雪中の梅に緋連雀」「椿に藁雀」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

西洋風表現を取り入れいた写実味あふれる鳥や昆虫の描写は渡邊省亭に通じるものがあります。省亭も花鳥画を得意とし、とりわけ鳥の表現に優れていますが、古邨が師事した鈴木華邨も花鳥画に定評があり、また省亭と同じ菊池容斎の門人ということで、技術的に近しいものがあるのかもしれません。



花の美しさはもちろん、小さなと昆虫や蛙、鳥など生き物への慈しみが感じられ、観ていてなんだか優しい気分になります。小さいものまで、極めて細かく描かれているので、正直単眼鏡でも物足らないぐらい。会場に虫眼鏡の貸し出しがあるので、ぜひ借りて拡大して見るといいと思います。




会場には古邨が祥邨、豊邨名義で発表した大判の版画や、歌川広重などの版画も参考展示されています。


古邨は日本画家として東京美術学校で教授をしていたというのですから、肉筆画も相当の腕前だったのでしょう。今回は木版画のみで肉筆はありませんでしたが、いつか古邨の肉筆画も観てみたいなと思います。来年2019年2月~3月には太田記念美術館でも小原古邨展があるそうで、そちらも今から楽しみです。


原安三郎は茅ヶ崎市美術館が位置する高砂緑地にかつて「松籟荘」という南欧風の別荘(老朽化のため1984年に解体)を持っていたそうで、会場には松籟荘の建築模型なども展示されています。


【開館20周年記念 原安三郎コレクショ 小原古邨展 -花と鳥のエデン-】
2018年11月4日まで
茅ヶ崎市美術館にて


小さな命のきらめく瞬間小原古邨の小宇宙(ミクロコスモス)小さな命のきらめく瞬間小原古邨の小宇宙(ミクロコスモス)