2018/06/23

江戸の悪 PARTⅡ

太田記念美術館で開催中の『江戸の悪 PARTⅡ』を観てきました。

2015年に同じ太田記念美術館で開催され、好評を博した『江戸の悪』の第2弾。単純に前回の続きなのかなと思ってたのですが、前回の内容をさらにパワーアップして、出品作品数も約220点に倍増し、あらためて焼き直しした展覧会なのですね。

だから、前回の展覧会と被っている作品も結構あります。前回は“悪”をテーマにするならこれを出さなきゃという作品も多かったので、そうした作品がまた観られて、さらに前回ラインナップから漏れた作品も加わるとなれば、こんなに嬉しいことはありません。

今回は前期・後期に分けて2カ月に渡っての展覧会とあり、かなり力が入ってます。前回は間に合わなかった図録もちゃんと用意されていました。解説も読みごたえがあり、江戸の“悪”を知る上で資料性も十分です。展示作品も太田記念美術館の所蔵作品だけでなく、個人蔵の作品も多くて、内容的にも充実しています。


会場の構成もほぼ前回の展覧会を踏襲しています。
Ⅰ 悪人大集合
Ⅱ 恋と悪
Ⅲ 善と悪のはざま
Ⅳ 言葉としての悪

歌川国貞(三代豊国) 「東都贔屓競 二 清玄 桜姫」
安政5年(1858) (※展示は6/27まで)

まずは<悪人大集合>。盗賊、侠客、浪人、悪僧、悪臣、悪女、女伊達、妖術師…。ずいぶん悪い奴らがいるものです。

歌舞伎や人形浄瑠璃といった芝居を題材にしているものがやはり多いのですが、それらも元を辿れば、実際に起きた事件や史実、古くから伝わる伝説だったりするわけで、“悪”というのは、いい意味でも悪い意味でも、昔も今も人の興味を引く格好の素材なのかもしれません。「怖い事件だね~」「嫌な世の中だね~」「くわばらくわばら」などといいながら、目と耳は“悪”に向いていたのでしょう。

葛飾北斎 「仮名手本忠臣蔵 初段」
文化3年(1806) (※展示は6/27まで)

展示作品の多くは19世紀に入ってからのもの。19世紀後半に集中しているのは、華麗でダイナミックな役者絵で人気を博した歌川国貞をはじめとする歌川派の隆盛が大きく関係しているのでしょうが、その裏には幕末の不穏な時代の空気というのもあったのかもしれません。同じ歌舞伎の芝居を題材にした葛飾北斎や歌川広重、勝川派など一時代前の浮世絵師による作品と見比べても、“悪”がずっと引き立てられているというか、魅力的に見える気がします。明治に入ってからの月岡芳年や豊原国周、楊洲周延らの作品も多く、過剰なまでに“悪”の魅力が演出されていると感じるものも多々あります。

落合芳幾 「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」
慶応3年(1867) (※展示は6/27まで)

巨大な蝦蟇の背中に乗った天竺徳兵衛という定番の構図の絵はいくつか観たことがありますが、歌川国芳の「尾上梅寿一代噺」は何匹もの巨大な蝦蟇が画面を覆い尽くすというユニークな作品。ここまで来るともう歌舞伎の舞台演出を超えています。国芳の「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」もさすがのインパクト。四方に走る稲妻と恐ろしげな清盛に度肝を抜きます。『鬼一法眼三略巻』に取材した国周の「明治座新狂言 摂州布引瀧之場」も悪源太義平の亡霊も雷光と炎に包まれるという歌舞伎というより映画的な感じさえします。

残酷な殺害場面がある歌舞伎は多く、『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門や『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢など本展にも惨たらしい殺害シーンを描いた作品がいくつも出ていますが、やはり“無惨絵”の芳年はほんと酷いなと思います(褒めてます)。芳年の「英名二十八衆句」シリーズの「直助権兵衛」や「団七九郎兵衛」は正に血みどろでしたが、今回観た作品の中では『籠釣瓶花街酔醒』の八ツ橋を惨殺する場面を描いた「新撰東錦絵 佐野次郎左衛門」が秀逸。同じシーンを描いた落合芳幾の「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」も迫力がありますが、芳年の「佐野次郎左衛門」は懐紙が宙に舞うストップモーションのような描写と妖刀にべっとりついた血糊のような赤が鮮烈です。歌舞伎の名場面がありありと目に浮かびます。

月岡芳年 「新撰東錦絵 佐野次郎左衛門の話」
明治19年(1886) (※展示は6/27まで)

今回の『江戸の悪 PARTⅡ』に併せて“多分野連携展示”として、関連企画が開催されています。
 
東洋文庫ミュージアム『悪人か、ヒーローか Villain or Hero』
國學院大學博物館『惡-まつろわぬ者たち-』
ヴァニラ画廊『HN【悪・魔的】コレクション~evil devil~』
国立劇場伝統芸能情報館『悪を演る -歌舞伎の創造力-』


この内、東洋文庫ミュージアムの『悪人か、ヒーローか Villain or Hero』と國學院大學博物館の『惡-まつろわぬ者たち-』も一緒に回ってきました。

國學院大學博物館は「悪」の意味するところは何なのかを古代中国の「悪」という言葉の根源から日本に伝わりどのように「悪」が受容されたのかを振りかえるという、少ない展示ながらもとても示唆に富んだ内容でした。東洋文庫ミュージアムは中国と日本を中心に古今東西の悪人列伝といった様相。歴史上の有名な「悪人」(そうでない人もいるけど)を歴史資料や浮世絵などを通して観て行きます。パネル解説も多く、分かりやすくていいですね。こちらもオススメです。


【江戸の悪 PARTⅡ】
前期:6月2日(土)~6月27日(水)
後期:6月30日(土)~7月29日(日)
太田記念美術館にて


悪の歴史 日本編(上)悪の歴史 日本編(上)


悪の歴史 日本編(下)悪の歴史 日本編(下)

2018/06/03

京都画壇の明治

ゴールデンウィークのときの話なので、書くのがすっかり遅くなってしまいましたが、京都市学校歴史博物館で開催中の『京都画壇の明治』を観てきました。

京都市学校歴史博物館と聞いて、どこよそれ?と調べてしまいましたが、四条河原町から徒歩10分圏内。河原町や祇園で買い物や食事をした足で歩いていけるし、バスで五条まで出れば京博にも行けるし、割と都合の付けやすい場所にありました。

そもそもは明治2年に開校した小学校を改修整備して開設した博物館で、京都の学校の歴史や、教科書・教材・教具などの資料が展示されています。ときどきこうした京都にまつわる日本美術の企画展もしているようです。

今回の企画展はその常設展示の奥をはじめ、3つの部屋を使って作品が展示されています。あまり話題になっていないのですが、幕末から明治20年代ぐらいまでの近代京都画壇の作品がなんと100点近く公開されるという結構なボリューム。前・中・後期に分かれていて、わたしが観に行った前期(4/28~5/15)では69点の作品が展示されていました(前中後期あわせて97点が公開されます)。明治初期の京都画壇だけでここまでの数の作品が観られる機会もなかなかないのではないでしょうか。

鈴木松年 「鬼の念仏・座頭」
個人蔵

円山・四条派や土佐派、岸派、森派など江戸から続く流派に始まり、京都府画学校の学校系や如雲社といった団体系など近代京都画壇を特徴づける明治期の動きもしっかり触れられています。

ふだん東京の美術館・博物館ばかりで観ているからなのか、そもそも近代日本画史の中で京都画壇が顧みられていないからなのか、たとえば鈴木派の活躍ぶりなど初めて知るようなこともあり、非常に興味深いものがありました。明治に入り狩野派や土佐派といった幕府や宮廷とつながりの深かった流派が衰退し、円山・四条派や鈴木派のような町絵師が残ったといわれています。

鈴木百年とその息子・松年は京都画壇のことを多少かじっていれば名前ぐらいは知ってますが、じゃあどんな画風かというとパッとは思い浮かびません。百年の門下には今尾景年や久保田米僊といった近代京都画壇の中心になる人がいて、さらに松年の弟子には上村松園もいたりと、鈴木派は幕末から明治前期にかけてかなりの勢いがあったようです。景年の「群芳百蟲図」や米僊の「因掲陀尊者図」なんかを観ると、このあたりはもっと評価すべきところなのではないだろうかと強く感じます。

久保田米僊 「因掲陀尊者図」
明治30年 個人蔵

京都画壇というと円山・四条派の流れを汲んだ画家が多く、望月玉泉、岸竹堂、原在泉などにいくつか印象的な作品がありました。やはり京都画壇の重鎮・幸野楳嶺や今尾景年、森寛斎あたりの作品には優れたものも多く、とくに森寛斎は南画風の「瓢風吹衣図」や伝統的な耕作図に南画的表現も取り入れ再構築した「四季耕作之図」など森狙仙を祖とする森派のイメージと大きく違い、ちょっと驚きました。

森寛斎 「瓢風吹衣図」
明治5年 敦賀市立博物館蔵

森寛斎 「四季耕作之図」
嘉永5年(1852) 横山商店蔵

東京の美校系の近代化した日本画に比べれば、京都画壇は全体的に旧態依然としたところはありますが、その中でも写実への目覚めや西洋画の影響などを見て取れる作品もあり、明治後期の竹内栖鳳や木島櫻谷、西村五雲といった近代京都画壇に移行していくだろうなという過渡期的なものも感じます。フェノロサが京都で行った講演が京都の画家を大いに刺激したこと、そこから京都画壇が新しい時代に入って行ったということも初めて知りました。

幸野楳嶺 「敗荷鴛鴦図」
明治10~20年代 敦賀市立博物館蔵

ほかにも巨勢小石の「白衣観音図」や斎藤松洲の「群鶴図」など、あまり知らない画家にも見どころのある作品がありました。いやいや京都画壇は侮れません。

巨勢小石 「白衣観音図」
明治45年 個人蔵

出品作の半分が個人蔵なので、画家のマイナーさを考えると滅多に公開されないでしょうし、京都画壇に興味のある人はこの機会を逃さない方がいいかもしれませんね。受付の方に伺ったところ、図録(?)は現在製作中で、このブログを書いた時点でまだ販売されていないようです。

時間の関係で残念ながら私は寄れなかったのですが、京都国立近代美術館の『明治150年展 明治の日本画と工芸』(5/20まで開催)と併せて観ると充実した京都画壇体験ができるんじゃないかと思いますよ。


【京都画壇の明治】
2018年6月19日まで
京都市学校歴史博物館にて


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