昨年、20年に一度行われる“式年造替”があったばかりの春日大社。ちょうど去年の春、特別参拝に行ってきたのですが、宝物殿がまだ改修工事中で拝見できなかったので(昨年10月にリニューアルオープン)、今回の展覧会で春日大社の宝物を観られるのを楽しみにしていました。
とはいえ、春日大社ってどんな宝物を持っているのか。パッと思い浮かぶものといえば、春日鹿曼荼羅や絵巻で、あとはよく知らなかったのですが、そこはさすが“平安の正倉院”。平安時代に遡る古神宝や美術品、さらには神仏習合の仏像や芸能まで圧倒的な物量で紹介していて、思った以上に充実していました。ここまでいろんなものを網羅してるとは思いませんでした。
展覧会の構成は以下のとおりです:
第1章 神鹿の杜
第2章 平安の正倉院
第3章 春日信仰をめぐる美的世界
第4章 奉納された武具
第5章 神々に捧げる芸能
第6章 春日大社の式年造替
「鹿図屏風」(写真は左隻)
江戸時代・17世紀 春日大社蔵
江戸時代・17世紀 春日大社蔵
春日大社といえば、やはり“神鹿(しんろく)”。平城京を鎮護するために建てられた春日大社に武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が鹿島神宮から鹿に乗ってやってきたとされることから、春日大社は鹿を神の使いとして大切に扱ってきました。そのため春日大社にまつわる美術品には、象徴としての鹿が描かれているものが大変多くあります。
会場に入ってすぐのところでまず目に飛び込んできたのが、六曲一双の大きな琳派風の金屏風。右隻は空間を広くとり鹿を描き、左隻には隙間なく鹿を描き、そのバランスが面白い。かなり剥落しているのが残念ですが、宗達派系の絵師によるものではないかとありました。恐らく誰かが宗達の工房かそれに連なる絵師に描かせ、春日大社に奉納したのでしょうか。
「鹿島立神影図」
南北朝~室町時代・14~15世紀 春日大社蔵
南北朝~室町時代・14~15世紀 春日大社蔵
春日大社ゆかりの絵画というと、春日の神鹿を中心に描く鹿曼荼羅をよく見ます。「春日鹿曼荼羅」は鹿の背に榊が立ち、その先に円鏡があるというのが基本パターンで、円鏡がなく代わりに御蓋山(三笠山)が描かれているものもあったりします。後小松天皇が奉納したという「鹿島立神影図」は鹿の上に見えないはずの春日神が具象化された姿で描かれたもの。よく見ると、円鏡の中に本地仏が描かれているのも分かります。
「春日宮曼荼羅」 は春日大社まで日常的に参拝できない人が遠くからでも春日神を礼拝できるようにと作られたものだといいます。曼荼羅には鳥瞰的に捉えた春日大社の景観と御蓋山や春日山、そして春日神やその本地仏が描かれています。中には、神の姿とそれぞれ垂迹した本地仏の繋がりを図解で分かりやすく描いた「春日本迹曼荼羅」や、恐らく浄土思想と関係するものなのでしょうが、本地仏と浄土を描いた「春日浄土曼荼羅」という曼荼羅もありました。こういうのを見ると、神と仏が一体だった神仏習合の背景がよく分かります。
「春日宮曼荼羅」 (重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 陽明文庫蔵(展示は2/12まで)
鎌倉時代・13世紀 陽明文庫蔵(展示は2/12まで)
そして本展の目玉の一つが春日神(春日権現)の霊験を描いた「春日権現験記絵」。作者は国宝「玄奘三蔵絵巻」で知られる鎌倉時代後期の絵師・高階隆兼とされ、全20巻からなる絹本の大変見事な作品です。江戸時代に春日大社から流出し、現在三の丸尚蔵館(宮内庁)に所蔵されているため国宝の指定は受けていませんが、鎌倉時代を代表する絵巻の傑作です。2009年の『皇室の名宝展』で一部の巻のみ公開されましたが、今回も残念ながら部分的な展示。傷みもあってか、なかなかその全貌を観ることは難しいのですが、本展では他の巻を模本で紹介しています。
模本もいくつかあって、江戸時代に制作されたものを中心に、渡辺始興や冷泉為恭などの手によるものが展示されています。絵巻を順番にまとめて並べるのでなく、内容に応じて関連の章に分散して見せるというスタイルが面白いですね。模本は2015年にトーハクの特集展示『春日権現験記絵模本Ⅱ -神々の姿-』でも拝見していますが、さすがに色は鮮やか。原本も経年褪色があるとはいっても深みある色彩やコントラスト、線描の確かさが見て取れます。建物の立体感や炎の描写など平安末期の「伴大納言絵巻」を彷彿とさせるところもあります。(平成館1階でも特集展示『春日権現験記絵模本Ⅲ-写しの諸相-』で「春日権現験記絵」の模本が公開されています)
「春日権現験記絵(紀州本) 巻六」
江戸時代・弘化2年(1845) 東京国立博物館蔵(展示は2/12まで)
※写真は2015年の常設展に出品された際に撮影したものです
江戸時代・弘化2年(1845) 東京国立博物館蔵(展示は2/12まで)
※写真は2015年の常設展に出品された際に撮影したものです
もちろん神宝類も多い。神宝とは春日大社に奉納された品で、本宮に奉納されたものを“本宮御料”、若宮に奉納されたものを“若宮御料”というのだそうです。奉納神宝は式年造替のたびに社家などに撒下(てっか)する習わしとなっていて、春日大社には平安時代にさかのぼる数多くの古神宝が残っているといいます。剣や矢といった神様をお守りする武具から鏡や蒔絵箱まで、その多くが国宝や重要文化財。雀を捕まえようとする猫が描かれた「金地螺鈿毛抜形太刀」や、『水-神秘のかたち』でも紹介されていた「春日龍珠箱」など見ものも多い。驚くのはどれも非常に状態が良いことで、また奉納品なだけに精巧で美しく、まさに“平安の正倉院”という趣きです。
ほかにも春日神と繋がりの深い仏像や神像、春日信仰にまつわる品々など興味深いものがたくさんありました。ちょうど観に行ったのが呉座勇一氏の新書『応仁の乱』を読んでいたときで、『応仁の乱』に主要人物として登場する経覚の書もあり、感慨深いものがありました。
ここ数年のトーハクの特別展は展覧会のアミューズメントパーク化がますます強くなってきていますが、それが良いか悪いかは別として、展示品の見せ方をすごく考えていて知的好奇心をくすぐることが多いのは確か。一般公開されてない本殿の建物(第二殿)を原寸大で再現したり、春日若宮おん祭の遷幸の儀の様子を映像で紹介したり、ここまでやれるのはやはりトーハクだけ。ただボリューミーなので観るのに時間と体力が入ります。閉館時間があったので2時間ぐらいで切り上げましたが、時間があれば、もっとゆっくり観たかった。時間に余裕をもって臨まれるのがいいと思います。
【春日大社 千年の至宝】
2017年3月12日(日)まで
東京国立博物館・平成館にて
芸術新潮 2017年 02 月号 [雑誌]
春日大社 千古の杜
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