昨年国立新美術館で開催された『ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』がすごく良かったので、今回の『ティツィアーノとヴェネツィア派展』も大変楽しみにしていました。
ただ、これはあくまでも個人的な感想ですが、去年の『ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』ほどの感動は残念ながらありませんでした。メインのティツィアーノは大変素晴らしいのですが、ティツィアーノ以外は玉石混淆というか、同じヴェネツィア派の展覧会で何でこんなにクオリティが違うのかというのが正直なところ。
昨年は『ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』のほかにも、『ボッティチェリ展』や『カラヴァッジョ展』、また『クラーナハ展』など、ルネサンス期の優れた作品を沢山観たせいか、期待しすぎてしまったのかもしれません。
展覧会の構成は以下のとおりです:
Ⅰ 1460-1515 ヴェネツィア、もうひとつのルネサンス
Ⅱ 1515-1550 ティツィアーノの時代
Ⅲ 1550-1581 ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ - 巨匠たちの競合
ジョヴァンニ・ベッリーニ 「聖母子(フリッツォーニの聖母)」
1470年頃 コッレール美術館蔵
1470年頃 コッレール美術館蔵
15世紀後半の作品はテンペラ画や板絵が中心。技術的にも未発達なところがあり、たとえば聖母を描いた作品も、顔の向きや構図など画一的なものが目立ちます。その中で目を惹くのがヴェネツィア派第一世代を代表するベッリーニ。イコン画のような前時代的な作品もまだ残る中、ベッリーニの精緻な描写、澄み渡った青空を背景にした明るく大胆な色彩は一歩先を行っている感じがします。
初期ヴェネツィア派では、マレスカルコの『田園の奏楽』も印象的。『田園の奏楽』というとティツィアーノの同題作(本展未出品)が有名ですが、マレスカルコの作品は楽器を奏でる3人の女神がティツィアーノというよりボッティチェリ的でもありました。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 「フローラ」
1515年頃 ウフィツィ美術館蔵
1515年頃 ウフィツィ美術館蔵
約70点の出品作品中ティツィアーノは7点。何と言っても「フローラ」が抜群に美しい。美しさと品を兼ね備えた女神フローラの表情もさることながら、シルクのような肌の質感や柔らかな赤毛の表現力はさすが。色数を抑えながらも、広がりと深みを与えるように丁寧に描かれた色のトーンが実に清新で優美な印象を与えます。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 「ダナエ」
1544-46年頃 カポディモンテ美術館蔵
1544-46年頃 カポディモンテ美術館蔵
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 「教皇パウルス3世の肖像」
1543年頃 カポディモンテ美術館蔵
1543年頃 カポディモンテ美術館蔵
ティツィアーノは「ダナエ」や「教皇パウルス3世の肖像」も素晴らしい。「ダナエ」は深い明暗がドラマティックさを演出。この絵を観たミケランジェロが「色彩も様式も気に入ったが、表現の修練が足りない」と語ったとか。素描を基礎とし、明確な線描で立体的な表現・空間構成を重視したフィレンツェ派のミケランジェロらしい言葉です。
一方のヴェネツィア派は明るく大胆な色彩と自由でのびやかな筆触に特徴があるとされます。 「教皇パウルス3世の肖像」は光と影の強いコントラストが教皇の威厳とどこか近寄りがたい雰囲気を浮き彫りにしています。マントや椅子のビロードの表現も見事。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 「マグダラのマリア」
1567年頃 カポディモンテ美術館蔵
1567年頃 カポディモンテ美術館蔵
ティツィアーノの晩年の作品 「マグダラのマリア」は「フローラ」に比べて筆致の違いが明らか。表現にも放埓さを感じます。マグダラのマリアというとティツィアーノに学んだとされるエル・グレコもいくつか作品を残していて、エル・グレコの同題作も胸に手を当てたり、天を仰ぐポーズをしています。かつての宗教画でマグダラのマリアはイエスの足元に跪く構図が多かったといいますが、胸に手を当て悔悛する構図はいつ頃から生まれたのでしょうか。ティツィアーノの「マグダラのマリア」は大変な人気で、版画化もされたということですから、このあたりから広まったポーズなのかもしれませんね。
パルマ・イル・ヴェッキオ 「ユディト」
1525年頃 ウフィツィ美術館蔵
1525年頃 ウフィツィ美術館蔵
ティツィアーノと同時代の画家では、どうだ!と言わんばかりの逞しいユディトが強烈なパルマ・イル・ヴェッキオの「ユディト」や、劇的な構図で緊張感漂うセバスティアーノ・デル・ピオンボの「男の肖像」が抜きんでていたと思います。
ティツィアーノの次世代のヴェネツィア派画家を代表するティントレットとヴェロネーゼは別枠扱いで紹介。ティントレットは工房作と合わせて3作品、ヴェロネーゼは工房作と合わせて4作品。特にティントレットでは高い技術と表現力を駆使したティントレットの「レダと白鳥」、画面全体が輝くような明るさと柔らかで的確な表現が冴えるヴェロネーゼの「聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ」が印象に残りました。
ヤコボ・ティントレット 「レダと白鳥」
1551-55年頃 ウフィツィ美術館蔵
1551-55年頃 ウフィツィ美術館蔵
パオロ・ヴェロネーゼ 「聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ」
1565年頃 カポディモンテ美術館蔵
1565年頃 カポディモンテ美術館蔵
日本ではほとんど無名の版画家の作品がずらーっと並んでるコーナーもあって、これはこれでルネサンス期の宗教画題の銅版画として興味深いところもありましたが、ヴェネツィア派の絵画(版画ではなく)を観たくて来た展覧会なので、ちょっとがっかり感があります。本展は複数の美術館から作品を借り受けているようですが、企画力の差なのか、資金力の差なのか、実際のところは分かりませんが、ティツィアーノを除くと、それぞれの画家を代表する作品が来てるわけではなく、第一級の作品が並んでるわけでもありません。もちろんヴェネツィア派の優品を一堂に観ることができるのは有り難いことですし、ルネサンス期のイタリア絵画が好きな人には観て損はない展覧会だと思います。
【日伊国交樹立150周年記念 ティツィアーノとヴェネツィア派展】
2017年4月2日(日)まで
東京都美術館にて
ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論 (集英社新書)
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