2019/06/30

塩田千春展:魂がふるえる

森美術館で開催中の『塩田千春展:魂がふるえる』を観てきました。

ご存知のように現代アートには疎く、塩田千春のことも決して良く知っている訳ではないのですが、過去に横浜のKAATやグッチ銀座のコラボ展を観ていたり、最近だとGINZA SIXのインスタレーションも観に行ったりして、割と興味を持っていたこともあり、混む前にと思って開幕早々に行ってきました。

本展は、新作18点を含む、100点以上の作品で構成され、20年にわたる活動を回顧する展覧会になっています。過去のインスタレーションなどはパネルや映像でも紹介されていて、最近の活動しか知らない自分にはとても興味深かったです。

いきなり驚くのが会場に上がるエスカレーターのエントランスホールの天井から無数の糸で吊るされたいくつもの舟。何か暗示めいたものを感じながら会場に入ります。

塩田千春 「どこへ向かって」 2017/2019年

塩田千春 「不確かな旅」 2016年

会場に入ってすぐのスペースには、黒い骨組みだけの舟からまるで血が噴き出すかのように空へ伸びるこれまた無数の赤い糸、糸、糸。血液を想起させる生々しさや息苦しさ、心の奥の深い叫びのようなどこか精神的なものに圧倒されます。いきなりなんだか凄いものを観た感がハンパありません。

塩田千春 「外在化された身体」 2019年

この展覧会のための新作のひとつ 「外在化された身体」のだらんとぶら下がった赤い網状の牛皮はどこか身体の臓器を思わせます。床にはバラバラになったブロンズの手足が落ちています。塩田千春はガンと闘いながら制作活動を続けてきましたが、この森美術館の展覧会が決まった翌日ガンの再発を知らされたそうです。正に死と寄り添いながら、魂も肉体もばらばらになるのを感じながら、制作に打ち込んできたのだろうことが強く伝わってきます。


塩田千春 「小さな記憶をつなげて」 2019年

広いフロアーの一角に無造作に置かれたミニチュアの家具や小物。それぞれを繋ぐ赤い糸は記憶をたぐり寄せる糸でもあり、ぐるぐる縛られた椅子やベッドは過去の苦しさや辛さを表しているようにも感じます。何かトラウマのような悲しい過去を抉り出したかみたいに。

塩田千春 「静けさの中で」 2008年

まるで火事で焼け、黒煙が立ちこめる音楽室かホールのようにピアノと椅子から黒い糸が天井に伸びる「静けさの中で」。幼い頃に塩田の隣家が火事で燃えた記憶が基になったいるのだそうです。この絶望的なほどの重苦しさがズシリときます。

塩田千春 「時空の反射」 2018年

「時空の反射」はウェディングドレスが2着あると見せかけ、実は鏡に映っているだけで、1着しか展示されていないというトリックが。これも何か暗示しているように感じてしまいます。。。

塩田千春 「集積-目的地を求めて」 2016年


森美の広い空間を使ったインスタレーションがいろいろ圧巻なのですが、スーツケースのインスタレーションにも驚きました。糸で吊るされた動くスーツケース。階段状になっているのは旅=人生を意味しているのでしょうか。




同じ日に国立新美術館で『ボルタンスキー展』も観たのですが、塩田千春が命を削って表現したものなら、ボルタンスキーは失われた命というようにも感じました。塩田の魂に対しボルタンスキーは霊魂。どちらもドーンと来た。



注)写真・動画はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際」ライセンスでライセンスされています。


【塩田千春展:魂がふるえる】
2019年10月27日(日)まで
森美術館にて



塩田千春展:魂がふるえる

2019/06/21

夢のCHITABASHI美術館!?

千葉市美術館で開催中の『板橋区美×千葉市美 日本美術コレクション展 -夢のCHITABASHI美術館!?』に行ってきました。

千葉市美術館と、現在改修工事のため休館中の板橋区立美術館(※2019年6月29日にリニューアルオープン予定)の所蔵作品を中心に構成されていて、もしも2館が合体した「CHITABASHI(ちたばし)美術館」があったら?というユニークなコンセプトのコラボ展です。

千葉市美術館も板橋区立美術館も日本有数の充実した江戸絵画コレクションで知られた美術館だけに、市区の美術館の所蔵作品展とは思えない質の高い作品が並び、見応え十分。これでたったの200円で観られるとは。いくらなんでも安すぎでしょ。


第1章 江戸琳派とその周辺

入口入ってすぐに展示されていた俵屋宗達の「許由巣父図」にまず目が留まります。許由と巣父の2幅からなる作品で、墨の広がりや滲みを活かした薄墨のトーンが秀逸。尾形乾山もしくは光琳に学んだとされる立林何帛の「扇面貼交屏風」の乾山風のぼたりとした描きっぷりも面白い。

光琳は所蔵してないのかなかったのですが、‟自称光琳風”と紹介されていた中村芳中による『光琳画譜』や酒井抱一の『光琳百図』といった画譜類がいくつかあって、宗達から光琳、抱一へと繋がる琳派の系譜を辿れます。抱一が乾山を写した『乾山遺墨』は乾山にしてはすっきりした線でまとめられていて、抱一ぽいなと思うところも。 

鈴木其一 「芒野図屏風」
天保後期~寛永期(1830-54) 千葉市美術館

其一も多くて、個人的にも大好きな「芒野図屏風」がまた観られたのも嬉しい。やまと絵の武蔵野図に着想を得たと思われる一面の芒(薄)の野原と漂う靄の流れ。銀箔の上に芒を銀泥と墨で描き分けることで靄の濃さを表現しているのですが、銀が経年の酸化で変色してしまっているものの、より渋さが増しているというか、芒野の静けさや寂しさが恐らく制作当時より深まっているのではないかと感じます。

酒井道一 「桐菊流水図屏風」
明治時代(19-20世紀) 板橋区美術館

もともと千葉市美は琳派が充実していますが、そこに板橋区美のコレクションが加わるともう最強。抱一や其一、また抱一の弟子たちの作品は多く、2011年に開催された『酒井抱一と江戸琳派の全貌』でも抱一以後の琳派について詳しく触れられていましたが、池田孤邨や抱一の孫弟子世代にあたる鈴木守一や野崎真一など、琳派の展覧会では省略されがちな幕末から明治にかけての琳派の流れもまとめて観ることができます。

特に印象的だったのが抱一の雨華庵を継いだ酒井道一の「桐菊流水図屏風」。師・其一に似た濃彩と抱一的な洒脱な構図美、さらには光琳の「藤花図屏風」を思わせる右隻から左隻に伸びる桐の枝葉に琳派の確かな継承を感じさせます。


第2章 ちたばし個性派選手権

個性的な江戸絵画といえばやはり板橋区美。狩野典信の「大黒天図」が圧巻です。横幅2メートルはあろうかという大画面いっぱいいっぱいに力強く描かれた大黒天の迫力がすごい。

狩野典信 「大黒図」
江戸時代(18世紀) 板橋区美術館

千葉市美と板橋区美から一点ずつ展示された英一蝶も面白い。鴨川の川床で月見酒を愉しむ人々の姿を軽やかな筆遣いで描いた「四条河原納涼図」。水に濡れないように投げ縄と剣を外し滝に打たれる不動明王が可笑しい「不動図」。どちらも一蝶らしい諧謔味が感じられます。

加藤信清の「五百羅漢図」がこれまた個性的。1幅に10人、50幅で500人の羅漢を描きお寺に寄進したということなのですが、その羅漢の輪郭線や袈裟の色も全てお経で書かれているという作品。単眼鏡で覗くとその細かさに驚きます。


第3章 幕末・明治の技巧派

柴田是真、岡本秋暉、小原古邨の作品を中心に展示。千葉市美の岡本秋暉、板橋区美の柴田是信のコレクションにそれぞれが所蔵作品を補い、より見どころのある内容になっています。

岡本秋暉というと南蘋派の影響を受けた写実実のある華麗な花鳥図というイメージがあるのですが、水墨の鷲図もあれば、若冲ばりの蓮池図や力強い雲竜図もあって、秋暉の画技の広さに驚きます。返す返すも2011年の『岡本秋暉展』を見逃がしたのが残念。

岡本秋暉 「百花一瓶図」
江戸時代(19世紀) 摘水軒記念文化振興財団蔵

是真は四条派的な「鴨図」から月次絵の「十二ヶ月短冊帖」、漆絵の「貝尽図屏風」や「蜘蛛の巣図」など画法も技法も画題もバラエティに富んでます。漆工に優れた是真だけあり、漆絵の「貝図」の質感が気になってよく観てみると、細かく切った貝や金箔が貼り付けられていたりするんですね。是真らしいユーモアを感じさせる「猫鼠を覗う図」も楽しい。

柴田是真 「猫鼠を覗う図」
明治17年(1884) 板橋区美術館


第4章 江戸の洋風画

板橋区美に寄託されている歸空庵コレクションを中心に、小田野直武や司馬江漢、亜欧堂田善など江戸時代後期に描かれた洋風画を紹介しています。

直武の「岩に牡丹図」は不思議な魅力というんでしょうか、写実的な牡丹も素晴らしいのですが、青い牡丹の妖しさがちょっと怪異的な感じもあって後を引きます。一見西洋の風景画かと思ったら広尾だったという「広尾親父茶屋図」や熱した荏胡麻油に絵具を混ぜて描いたという油彩画など司馬江漢のチャジンジングな作品も面白い。

小田野直武 「岩に牡丹図」
安永(1772-80)年間  歸空庵蔵

司馬江漢や亜欧堂田善は他の展覧会等でも割と目にする機会はあるのですが、今回一番興味深かったのが「ファン・ロイエン筆花鳥図模写」で知られる石川大浪・孟高兄弟の‟洋風画ブラザーズ”の作品で、水墨の「天使図」にまずビックリ。顔はちょっと不気味ですが、ちゃんと陰影をつけ立体感を出した天使や、「火喰鳥図」や「獅子図」など、鎖国のあの時代によくここまで西洋画の技術を見よう見まねで身に付けたなと感心します。


【板橋区美×千葉市美 日本美術コレクション展 -夢のCHITABASHI美術館!?】
2019年6月23日まで
千葉市美術館にて

2019/06/08

はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ

根津美術館で開催中の『はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ』を観てきました。

2016年からはじまった企画展『はじめての古美術鑑賞』もこれで4回目。すっかり根津美術館の定番シリーズとなりつつあるというか、自分なんかは今年はどんなテーマかと毎年楽しみになるようになりました。

これまでは《絵画の技法と表現》、《紙の装飾》、《漆の装飾と技法》というように技法と装飾といった観点から古美術を観てきましたが、今回は絵画のテーマ(主題)に着目しています。その時代々々でどのような主題が絵画に描かれてきたのか、古美術鑑賞というより、ちょっとした日本の絵画の歴史の勉強といった趣です。



はじめに

6世紀に日本に伝わった仏教は絵画においても画期となり、古墳壁画や正倉院宝物など僅から例外を除けば、奈良時代の現存作例は仏画だけそうです。展示されていた「絵過去現在因果経」は鎌倉時代に写されたもの(いわゆる「新因果経」)とのことですが、素朴な絵の感じも色合いもこれまでに観た「古因果経」と遜色ありませんでした。


第1章 物語絵の世界

王朝文学の隆盛とともに平安時代後期から登場するのが物語絵。展示はいずれも江戸時代の作品ですが、源氏物語、伊勢物語、平家物語と代表的な古典の物語絵がピックアップされています。

土佐光起、住吉派系の板谷広長、復古大和絵の浮田一蕙、それぞれ優品が並ぶ中、白眉は英一蝶の弟子・佐脇嵩之の門人という高嵩谷の「一ノ谷・須磨・明石図」。左右に須磨と明石の景観を配し、中幅に今まさに一ノ谷の険しい崖を降りんとする義経の姿を描いた三幅対の作品で、義経の鎧兜や虎の尻鞘の細密な描写は素晴らしいの一言。


第2章 禅林の人物と中国の神仙たち

祖師図をはじめとする禅宗関係の人物図というのは鎌倉時代に禅の信仰とともに広がったというのは理解していたのですが、仏教とあまり関係のない中国の神仙の図像がどのように日本に入ってきたのか、あまり知りませんでした。解説によると、明時代に集約された神仙の図像が伝わり、やがて画僧たちが描くようになったとありました。時代的に南北朝時代以降でしょうか、神仙が描かれた中国絵画を通して広がったのでしょうね。

展示品の中では虎に乗った鍾馗を描いた祥啓の弟子・啓孫の「騎虎鍾馗図」が印象的。鍾馗は道教の神で、魔除けとして京都などでは今も厚く信仰されていますが、既に平安時代の「辟邪絵」にも描かれていたのだそうです。

「羅漢図」(重要文化財)
中国・南宋~元時代・13~14世紀 根津美術館蔵

宋末元初の中国から将来した「羅漢図」は禅月様羅漢と呼ばれる古様の羅漢図。よく見る羅漢図ともまた違う怪異な風貌も強烈ですが、粗放な水墨による枯木もなかなか不気味。

伝・狩野元信 「達磨慧可対面図」
桃山時代・16世紀 栃木県立博物館蔵

狩野元信と伝わる「達磨慧可対面図」はたぶん雪舟の「慧可断臂図」を下敷きにして描いてるんだろうなと思わせる作品。雪舟と違って、伝・元信の作品は腕を切り落とす前で、達磨と慧可が対面しています。


第3章 中国の故事人物画

室町時代前期、五山の禅僧たちが理想として憧れた中国の文人高士を描いた故事人物画は近世絵画の重要な画題の一つ。室町末期に書院造が広まると、襖や屏風に描かれる主要なテーマとなります。

式部輝忠は小田原狩野派の代表的画人。「観瀑図」は滝を観る李白を描いているそうで、中国絵画の文芸趣味が日本にも受け入れられていることが分かります。観瀑図というと、たとえば芸阿弥の「観瀑図」のように滝を引きで捉えた作品が多い気がするのですが、本作は間近で観瀑し思索に耽る李白にぐっと近寄り、より精神的な趣が強く感じられます。

式部輝忠 「観瀑図」(重要美術品)
室町時代・16世紀 根津美術館蔵

そのほか、印象的だったのが小栗宗湛と伝わる「周茂叔愛蓮図」。中央奥に高く聳える主峰や手前の松が周文の「水色巒光図」を彷彿とさせるも、コントラストの強い墨色や前景の強い筆線と彩色は狩野正信に近い感じもあり、両者を繋ぐ間の作品という印象を受けます。舟の上の周茂叔の顔がかわいい。

祥啓の弟子で、関東画壇を代表する仲安真康の「富嶽図」は富士山を描いた作品としては現存最古の作例の一つとか。奥に白い富士山と手前に三保の松原という富士図の典型的な構図が既にこの時期出来上がっていることが分かります。

仲安真康 「富嶽図」
室町時代・15世紀 根津美術館蔵

墨梅・墨竹・墨蘭といった水墨画によく見る画題の作品がいくつか並んでいたのですが、本格的な画技を身に付けなていなくても描けるということから禅僧の墨技として広まったと解説にあり、なるほどそういうことで禅画によく見られるのかと納得しました。

ほかにも牧谿風の模作や相阿弥と伝わる水墨画、谷文晁の見事な「赤壁図屏風」など個人的には大変楽しみました。2階の特集でも祥啓や岳翁蔵丘、松花堂昭乗など優品が並びます。なかなか渋いところを取り上げていていかにも根津美らしい展覧会でした。


過去の『はじめての古美術鑑賞』の記事:
《はじめての古美術鑑賞 絵画の技法と表現》
《はじめての古美術鑑賞 紙の装飾》


【はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ】
2019年7月7日(日)まで
根津美術館にて


日本水墨画全史 (講談社学術文庫)
日本水墨画全史 (講談社学術文庫)

2019/05/31

因幡堂平等寺

龍谷ミュージアムで開催中の『企画展 因幡堂 平等寺』に行ってきました。(といってもゴールデンウィーク(汗))

烏丸通りの四条と五条のちょうど中間という京都の真ん中にある古刹・因幡堂(平等寺)。幾度となく京都には訪れているのに、これまで縁がなく行ったことがなかったのですが、展覧会が評判が良いようなので、お寺とセットで回ってみました。

因幡堂は平安時代の創建で、かつては七堂伽藍を備える大きなお寺だったようですが、幕末の蛤御門の変で全て焼失。いまは明治時代に再建された本堂のみのこじんまりとしたお寺です。展覧会を観た足で因幡堂にお参りに行きましたが、お寺の入り口には奉納提灯がずらりと並び、お参りに訪れる人も多く、賑わっていました。

龍谷ミュージアムからだと、バスだと少し歩いて堀川五条か烏丸通りの烏丸七条まで出て烏丸松原まで行くのですが、バス停での待ち時間を考えると歩いても20分ぐらいなのであまり変わらないようです。自分はちょっと時間の関係でタクシーで行きましたが、10分もかかりませんでした。折角ですから、展覧会と一緒に回るといいと思いますよ。

「薬師如来立像懸仏」
明治19年(1886) 平等寺蔵

さて、展示会は龍谷ミュージアムの4階のワンフロア―。1階のロビーには因幡堂の本堂向拝の軒下に掛けられた懸仏が展示されています(これだけ写真撮影可)。外縁、特に対の昇龍や薬師如来の上部の天蓋など精巧な彫刻が大変素晴らしく、明治時代の工芸のレベルの高さを実感します。

会場の入り口に入った途端、広いフロアーに絵巻やら仏像やら沢山並んでいるのが見渡せて思わずオーッとなってしまいました。平安時代創建の古刹だけに寺宝は素晴らしく、鎌倉時代後期の作という「因幡堂縁起」(重要文化財)は本尊の薬師如来が因幡の海から引き上げられて京に飛んできたというストーリーが素朴なタッチで分かりやすく描かれていて見入ってしまいます。

仏像は20躰近くあって温和なお顔が印象的な11世紀の作という本尊・薬師如来像や古式の清涼寺式釈迦如来像、近年の調査で秀吉が建立した大仏殿の大仏に関わったとされる康正の遺作であることが分かったという弘法大師坐像、やたら大きい大黒天などなど、見応えがあります。ほかにも鈴木松年の迫力ある金剛力士像など見事でした。



【企画展 因幡堂平等寺】
2019年6月9日(日)まで
龍谷ミュージアムにて


京都 傑作美仏大全 (エイムック)京都 傑作美仏大全 (エイムック)

2019/05/24

国宝 一遍聖絵と時宗の名宝

京都国立博物館で開催中の『国宝 一遍聖絵と時宗の名宝』に行ってきました。

「一遍聖絵」といえば、4年近く前ですが、初の全巻公開ということで3会場(スタンプラリーは東博入れて4館)で同時開催された『国宝 一遍聖絵』を覚えている方も多いはず。藤沢と金沢文庫と横浜と上野を何度も行ったり来たりして、「一遍聖絵」を観て回ったあの苦労は何だったのかと思うのですが、1館で(あちこち行かずに)全巻鑑賞できるということと、時宗に関連した仏画や仏像も多く公開されるというので、京都に行ったついでに観てきました。

時宗は鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派。「南無阿弥陀仏」と念仏を称えるだけで極楽浄土に往生できるという浄土宗の教えに、開祖・一遍上人は鉢を打ち鳴らして踊りながら六字名号を称える「踊念仏」を組み合わせ、鎌倉新仏教の中では後発にもかかわらず、たちまち日本全国に一大ムーブメントを巻き起こします。

総本山は藤沢の清浄光寺(通称・遊行寺)で、『国宝 一遍聖絵』も遊行寺宝物館を中心に開催され、やはり地元の人なら誰でも知ってるお寺ということでかなり盛り上がったわけですが、今回は時宗の有名寺院があまりない京都という土地のせいか、いまひとつパッとしないようです。 夜間開館の日(とはいえゴールデンウィーク真っ只中)に行ったのですが、絵巻を観るには理想的な環境(つまりガラガラ)でした。


会場の構成は以下のとおりです。
第1章 浄土教から時宗へ
第2章 時宗の教え 一遍から真教へ
第3章 国宝一遍聖絵の世界
第4章 歴代上人と遊行 時宗の広まり
第5章 時宗の道場とその名宝

遊行寺や神奈川歴博の所蔵品が中心だった『国宝 一遍聖絵』とは違い、こちらは全国の時宗や浄土宗の寺院から集められているので展示品はとても充実していて、小さな展示室に分散して展示されいた展覧会とはやはり規模感が違います。

最初に展示されていたのが、鎌倉仏教の浄土信仰や一遍にも大きな影響を与えたという念仏聖の「空也上人立像」。有名な口から小さな阿弥陀仏が出してるあれですが、こちらは六波羅蜜寺のものではなく、近年発見されたという遊行寺のもの。造形は似ていますが、六波羅蜜寺の「空也上人立像」より一回り小さく、六波羅蜜寺の空也上人が若い修行僧であるのに対し、遊行寺の空也上人は晩年の姿なのだそうです。

浄土宗の宗祖・法然の現存最古の画像という「法然上人像」は面貌は精緻に描かれているのが何となく見て取れるのですが、如何せん状態が悪い。一遍が全国を遊行し立ち寄ったとされる善行寺や当麻寺、熊野にまつわる品もあり、「善行寺如来像」や「当麻曼荼羅図」など優れた仏像や仏画も多く展示されています。

「二河白道図」(重要文化財)
鎌倉時代・14世紀 萬福寺蔵 (展示は5/12まで)

興味深かったのは、珍しい作例という時宗系の「二河白道図」(島根・萬福寺蔵)。画面の上段に極楽浄土、下段に現世、その間には火河と水河があり、白道が彼岸と此岸を結ぶというよく見る「二河白道図」の図様ではなく、極楽浄土や現世の様子は描かず、阿弥陀と釈迦の二尊が大きく強調されているのがユニークです。

仏像では、鎌倉後期から南北朝時代にかけての七条仏師による歴代上人の仏像がとても素晴らしい。いずれも写実的な面貌で、その人がどんな人柄だったのか特徴までよく表されています。運慶六代を称した康俊の重文「一鎮上人坐像」も良いのですが、別の七条仏師とされる西郷寺蔵の「一鎮上人坐像」は表情がよりリアル。蓮台寺蔵の「真教上人坐像」は晩年病いで歪んでしまった容貌まで忠実に表し、その中にあって穏やかな表情がとても印象的です。

円伊 「一遍聖絵」(国宝)
正安元年(1299年) 清浄光寺蔵 ※写真は部分

全国を遊行して念仏を広めた一遍上人の生涯を辿る「一遍聖絵」は2階の4つの展示室を使ってゆったり展示されています。全巻で12巻40段、全長130mという長大な絵巻なので、全場面が展示されているわけではありません(会期中場面替えあり)が、展示されていない場面は模本で補っていたりもします。

巻一から巻十二まで全巻が、当たり前ですが順番に並んでいて、各展示室の中央には一遍がどう旅したのかも地図で図解されていて絵巻を見る理解に役立ちます。4年前の『国宝 一遍聖絵』は3つの会場に絵巻が分散され、順番もバラバラだったので、絵を観るのはいいのですが、一遍の歩んだ行程はなかなか分かりづらいものがありました。踊り念仏がどのようにして生まれ、どのように盛り上がっていったのか、初めて正しく理解できたように思います。

円伊 「一遍聖絵」(国宝)
正安元年(1299年) 清浄光寺蔵 ※写真は部分

驚くのは謎の絵師・法眼円伊の優れた技量で、人々の表情や仕草まで細かに描き、髪の毛一本まで丁寧に描いた写実的な人物表現や躍動的な群像表現の素晴らしさ、伝統的なやまと絵に加え当時最先端の宋画技法を用いた山水表現、名所図・景観図としての面白さ、裏彩色まで用いているという鮮やかな色彩、この時代の絵巻にしては珍しい奥行き感のある巧みな構図、鎌倉時代の絵巻の最高傑作とされる理由がよく分かります。現存最古とされる絹本絵巻ということからも、この絵巻に対する制作側の力の入れ具合は想像でき、絵師に抜擢された円伊の腕の高さも納得するものがあります。

「一遍聖絵」の他にも、一遍上人と二祖他阿(真教上人)の伝記を描いた「遊行上人縁起絵(一遍上人縁起絵)」も展示されています。清浄光寺本や真光寺本、金蓮寺本などいくつかの系統が展示されていますが、こちらは 「一遍聖絵」のような謹直な画風ではなく、少し緩いというか、広く模本が伝わったことからも時宗寺院の画僧たちが描いたのだろうなと思わせます。

展示品(仏像以外も含め)には京都の時宗寺院・長楽寺の品も多いのですが、天皇即位の時だけ秘仏の本尊「准胝観音像」が開帳(御開帳は6/16まで)されるということで、次の日に訪れました。長楽寺の宝物館にも七条仏師の仏像が多く展示されてるので、時間があれば一緒に回るのもお薦めです。


【時宗二祖上人七百年御遠忌記念 国宝 一遍聖絵と時宗の名宝】
2019年6月9日(日)まで
京都国立博物館にて


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