2019/06/08

はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ

根津美術館で開催中の『はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ』を観てきました。

2016年からはじまった企画展『はじめての古美術鑑賞』もこれで4回目。すっかり根津美術館の定番シリーズとなりつつあるというか、自分なんかは今年はどんなテーマかと毎年楽しみになるようになりました。

これまでは《絵画の技法と表現》、《紙の装飾》、《漆の装飾と技法》というように技法と装飾といった観点から古美術を観てきましたが、今回は絵画のテーマ(主題)に着目しています。その時代々々でどのような主題が絵画に描かれてきたのか、古美術鑑賞というより、ちょっとした日本の絵画の歴史の勉強といった趣です。



はじめに

6世紀に日本に伝わった仏教は絵画においても画期となり、古墳壁画や正倉院宝物など僅から例外を除けば、奈良時代の現存作例は仏画だけそうです。展示されていた「絵過去現在因果経」は鎌倉時代に写されたもの(いわゆる「新因果経」)とのことですが、素朴な絵の感じも色合いもこれまでに観た「古因果経」と遜色ありませんでした。


第1章 物語絵の世界

王朝文学の隆盛とともに平安時代後期から登場するのが物語絵。展示はいずれも江戸時代の作品ですが、源氏物語、伊勢物語、平家物語と代表的な古典の物語絵がピックアップされています。

土佐光起、住吉派系の板谷広長、復古大和絵の浮田一蕙、それぞれ優品が並ぶ中、白眉は英一蝶の弟子・佐脇嵩之の門人という高嵩谷の「一ノ谷・須磨・明石図」。左右に須磨と明石の景観を配し、中幅に今まさに一ノ谷の険しい崖を降りんとする義経の姿を描いた三幅対の作品で、義経の鎧兜や虎の尻鞘の細密な描写は素晴らしいの一言。


第2章 禅林の人物と中国の神仙たち

祖師図をはじめとする禅宗関係の人物図というのは鎌倉時代に禅の信仰とともに広がったというのは理解していたのですが、仏教とあまり関係のない中国の神仙の図像がどのように日本に入ってきたのか、あまり知りませんでした。解説によると、明時代に集約された神仙の図像が伝わり、やがて画僧たちが描くようになったとありました。時代的に南北朝時代以降でしょうか、神仙が描かれた中国絵画を通して広がったのでしょうね。

展示品の中では虎に乗った鍾馗を描いた祥啓の弟子・啓孫の「騎虎鍾馗図」が印象的。鍾馗は道教の神で、魔除けとして京都などでは今も厚く信仰されていますが、既に平安時代の「辟邪絵」にも描かれていたのだそうです。

「羅漢図」(重要文化財)
中国・南宋~元時代・13~14世紀 根津美術館蔵

宋末元初の中国から将来した「羅漢図」は禅月様羅漢と呼ばれる古様の羅漢図。よく見る羅漢図ともまた違う怪異な風貌も強烈ですが、粗放な水墨による枯木もなかなか不気味。

伝・狩野元信 「達磨慧可対面図」
桃山時代・16世紀 栃木県立博物館蔵

狩野元信と伝わる「達磨慧可対面図」はたぶん雪舟の「慧可断臂図」を下敷きにして描いてるんだろうなと思わせる作品。雪舟と違って、伝・元信の作品は腕を切り落とす前で、達磨と慧可が対面しています。


第3章 中国の故事人物画

室町時代前期、五山の禅僧たちが理想として憧れた中国の文人高士を描いた故事人物画は近世絵画の重要な画題の一つ。室町末期に書院造が広まると、襖や屏風に描かれる主要なテーマとなります。

式部輝忠は小田原狩野派の代表的画人。「観瀑図」は滝を観る李白を描いているそうで、中国絵画の文芸趣味が日本にも受け入れられていることが分かります。観瀑図というと、たとえば芸阿弥の「観瀑図」のように滝を引きで捉えた作品が多い気がするのですが、本作は間近で観瀑し思索に耽る李白にぐっと近寄り、より精神的な趣が強く感じられます。

式部輝忠 「観瀑図」(重要美術品)
室町時代・16世紀 根津美術館蔵

そのほか、印象的だったのが小栗宗湛と伝わる「周茂叔愛蓮図」。中央奥に高く聳える主峰や手前の松が周文の「水色巒光図」を彷彿とさせるも、コントラストの強い墨色や前景の強い筆線と彩色は狩野正信に近い感じもあり、両者を繋ぐ間の作品という印象を受けます。舟の上の周茂叔の顔がかわいい。

祥啓の弟子で、関東画壇を代表する仲安真康の「富嶽図」は富士山を描いた作品としては現存最古の作例の一つとか。奥に白い富士山と手前に三保の松原という富士図の典型的な構図が既にこの時期出来上がっていることが分かります。

仲安真康 「富嶽図」
室町時代・15世紀 根津美術館蔵

墨梅・墨竹・墨蘭といった水墨画によく見る画題の作品がいくつか並んでいたのですが、本格的な画技を身に付けなていなくても描けるということから禅僧の墨技として広まったと解説にあり、なるほどそういうことで禅画によく見られるのかと納得しました。

ほかにも牧谿風の模作や相阿弥と伝わる水墨画、谷文晁の見事な「赤壁図屏風」など個人的には大変楽しみました。2階の特集でも祥啓や岳翁蔵丘、松花堂昭乗など優品が並びます。なかなか渋いところを取り上げていていかにも根津美らしい展覧会でした。


過去の『はじめての古美術鑑賞』の記事:
《はじめての古美術鑑賞 絵画の技法と表現》
《はじめての古美術鑑賞 紙の装飾》


【はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ】
2019年7月7日(日)まで
根津美術館にて


日本水墨画全史 (講談社学術文庫)
日本水墨画全史 (講談社学術文庫)

0 件のコメント:

コメントを投稿