2013/10/26

上海博物館 中国絵画の至宝

東京国立博物館の東洋館で開催されている『上海博物館 中国絵画の至宝』展に行ってきました。

中国でも最大規模の収蔵を誇るという上海美術館から、中国の国宝にあたる一級文物19点を含む40点の中国絵画が日本にやって来ているわけですが、この展覧会の何がスゴいかというと、かつての日本に伝来しなかった中国の正統派文人画が一挙に観られるということなのです。東山御物に代表される宗・元の中国絵画(宗元画)など日本で収集され、評価されてきた中国の山水画・文人画は実は中国ではほとんど評価されてなく、逆に中国で評価の高い中国絵画は日本に伝来することがなかったのだそうです。

中国では北宋絵画や元代文人画、呉派文人画といった絵画が正統派とされ、日本に伝来した南宋院体画や禅宗絵画、道釈画などのいわゆる“宋元画”はあまり評価されてこず、聞くところによると中国に現存する作品も少ないといいます。

会場は今年リニューアルオープンした東洋館の4階8室。規模は大きくありませんが、中国絵画の流れを知るには十分の貴重な作品が展示されています。これだけの絵画が観られる特別展といっても特別料金はなく、東京国立博物館に入館する通常料金で誰でも観ることができるのが嬉しいところです。


第1章 五代・北宋 -中国山水画の完成-

中国の山水画は唐時代にはすでにジャンルとして存在し、唐代後期にもなると専門の絵師も現れ、技法も確立していたといわれています。北宋時代になると、科挙に合格した者しか官僚になれないよう社会が改められ、それとともに自らの感情を表現する新しい芸術として文人画が興隆したのだそうです。宗代の絵画は伝世作品が極めて少なく、ここではその貴重な作品を展示しています。

王詵 「煙江畳嶂図巻」(一級文物)
北宋時代・11~12世紀 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

「煙江畳嶂図巻」は北宋文人画の代表作で、中国絵画史上に輝く傑作と紹介されていました。パッと見、分かりづらいのですが、よく目を凝らしてみると、大河に浮かぶ小さな漁船や理想郷に遊ぶ人々などが描かれています。墨画の美しさと豊かな詩情に感心しきりの一枚。

「閘口盤車図巻」(一級文物)
五代時代・10世紀 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

昨年トーハクで開催された『北京故宮博物院200選』で話題になった「清明上河図」に匹敵するという「閘口盤車図巻」。似ているところも多く、近い時代のものと推定されているそうです。描写が非常に細かく、かつ丁寧で、単眼鏡で覗くとその表現の豊かさにさらに驚かされます。


第2章 南宋 -詩情と雅致-

つづいて南宋時代。禅でいうところの漸悟(段階的に悟りを開く)と頓悟(にわかに悟りに至る)を北宋と南宋の絵画に置き換え、北宋は漸悟のとおり職業画家の一筆一筆重ねていく技巧的な絵で、南宋は頓悟のとおり文人の天性が発露された絵であると会場内のパネルにありました。

「西湖図巻」
南宋時代・13世紀 上海博物館蔵 (展示は10/29から)

中国絵画で特徴的なのが“題跋”と“鑑蔵印”で、特に元・宗代の作品には、絵巻の巻頭・巻末や書画の余白に意見や賛辞を書いた“題跋”や、代々の所蔵家などが書画に押した“鑑蔵印”がたくさんあることに驚きます。素人目には貴重な作品を台無しにしているようにも見えるのですが、こうした“題跋”や“鑑蔵印”が多いほど作品の価値としては高いというか箔がつくようです。


第3章 元 -文人画の精華-

それまで写実的な傾向にあった中国絵画に対し、元も後期になると表現の中心は写意へと変化していったといいます。

倪瓚 「漁荘秋霽図軸」(一級文物)
元時代・1355年 上海博物館蔵

「漁荘秋霽図軸」は会場に入ってすぐのところに展示されていて、いわば本展の目玉作品といったところ。元代文人画の最高傑作とありました。確かに、第1章、第2章で観てきた写実的な作品に比べると、ある種の精神的な思いが込められているだろうことが伝わってきます。遠くに望む山々の描写も印象的。

このほか、梅花の表現が日本の南画にも影響を与えたという王冕の「墨梅図軸」や、老子などを描いた白描画の「玄門十子図巻」、精緻な描写が見事な夏永の「滕王閣図頁」などがあります。


第4章 明 -浙派と呉派-

北京に遷都され、宮廷画家として活躍したのが浙派。南宋院体画の流れを汲み、日本の水墨画や花鳥画にも大きな影響を与えた流派です。華麗な様式で一世を風靡したといいます。しかし、その激しい筆法は「狂態邪学」と批判され、そこで対抗流派として出てくるのが呉派で、俗を嫌う文人たちによって形成されたのだそうです。

李在 「琴高乗鯉図軸」(一級文物)
明時代・15世紀 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

李在は渡明した雪舟が師事したとされる画家。琴高仙人が鯉に乗って現れるという日本の水墨画でもよく描かれる画題ですが、驚く弟子の様子や吹きすさぶ風の表現が的確で、物語性もあり見入ってしまいます。このほか浙派では、細密な楼閣の描写が素晴らしい安正文の「黄鶴楼図軸」や、美しい花鳥画の呂紀の「寒香幽鳥図軸」が印象的です。

文徴明 「石湖清勝図巻」(一級文物)
明時代・1532年 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

一方の呉派では、詩書画の三絶と称される文徴明の穏やかな「石湖清勝図巻」や、同じく三絶と評価の高い沈周の水郷を描いた「有竹隣居図巻」などがその代表格でしょうか。谷文晁や池大雅あたりにつながるものを感じます。個人的には、どこか周文を彷彿とさせる唐寅の「春游女几山図軸」や、岩山といい木といい川といい、人間といい描写が見事な陳淳の「花卉図冊」も好みでした。


第5章 明末清初 -正統と異端-

日本では浙派は人気が高く、特に江戸時代の花鳥画にも強い影響を与えましたが、中国では浙派は呉派の前に敗れます。しかし、その呉派文人画もその清雅さ、静寂さがだんだんと生気の乏しいものになり、そこに再び対抗する異端が現れたのだそうです。

呉彬 「山陰道上図」
明時代・1608年 上海博物館蔵
 
呉彬の「山陰道上図」はとてもトリッキーな山水絵巻で、その異端の代表なのでしょうが、たとえば狩野山楽や曽我蕭白あたりの、いわば奇想派のトリッキーな山水画に少し慣れ親しんだ身としては非常に面白い作品でした。

惲寿平 「花卉図冊」
清時代・1685年 上海博物館蔵

このほかここでは、文晁ぽい藍瑛の「秋壑高隠図軸」や、没骨法による華麗な花の描写がとても素晴らしい惲寿平の「花卉図冊」が印象的です。

日本の山水画・文人画と何が同じで何が違うのか、中国の山水画とはどういうものだったのか、いろいろな興味が尽きない非常に有意義な展覧会でした。


【上海博物館 中国絵画の至宝】
2013年11月24日(日)まで
東京国立博物館東洋館にて


中国山水画の誕生中国山水画の誕生

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