2017/01/20

岩佐又兵衛と源氏絵

出光美術館で開催中の『岩佐又兵衛と源氏絵』を観てまいりました。

出光美術館では過去に何度か源氏絵や物語絵をテーマにした展覧会をやっていて、そこで又兵衛も紹介されていましたが、今回は昨今注目度が上がっている又兵衛にスポットを当て、源氏絵の魅力に迫るという構成になっています。

岩佐又兵衛というと奇想の絵師として取り上げられ、「山中常盤物語絵巻」に代表される絢爛豪華な古浄瑠璃絵巻群や洛中洛外図の最高傑作「洛中洛外図屏風(舟木本)」など、ややもするとエキセントリックな作品のイメージが先行している感じもしますが、実際には又兵衛作品の3/4がやまと絵の主題で占められているともいわれます。

本展では又兵衛の源氏絵を中心に、歌仙絵や晩年の作品も交え、また土佐派や宗達の源氏絵を比較対象として提示し、やまと絵から又兵衛、そして浮世絵に至る源氏絵の図様の変容を通して、又兵衛の源氏絵の新しさを探ります。又兵衛の源氏絵を取り上げた展覧会としてだけでなく、福井県立博物館の『岩佐又兵衛展』で紹介されなかった作品も多いので、福井の展覧会の続きという意味でも満足のいく内容でした。


第1章 〈古典〉をきわめる-やまと絵の本流による源氏絵

まずは本流であるやまと絵の源氏絵から。室町時代後期の土佐派の絵師・土佐光信と伝わる「源氏物語画帖」は36の場面から「玉鬘」「藤裏葉」「柏木」など10場面を展示。さらに並んで光信の孫・光吉(光信の子・光茂の弟子説もあり)の「源氏物語画帖」は詞書と絵画からなり、「若紫」「末摘花」「花宴」など8場面が展示されています。伝・光信の画帖は絵具が剥落した見た目も影響してか、やや古様で温雅な印象を受けるのに対し、光吉の画帖は華麗な料紙の美しさもさることながら、金雲も金泥の上に箔を重ねたりと非常に華やかで贅沢な作り。描写の細緻さも目を見張ります。近世土佐派の源氏絵の最高傑作とされる理由も納得の素晴らしさです。同じ段でも光信と光吉で描かれる図様が異なるのも面白い。

 土佐光吉 「源氏物語画帖」より「花宴」「賢木」 (重要文化財)
慶長18年(1613)頃 京都国立博物館蔵


第2章 ひとつの情景に創意をこらす-又兵衛の源氏絵の新しい試み

そして又兵衛。又兵衛とされる現存する源氏絵は、旧金谷屏風の「野々宮図」と「和漢故事説話図」の「夕霧」「須磨」「浮舟」のみで、今回はそのいずれも出品されています(旧金谷屏風の「官女観菊図」は『源氏物語』の「賢木」を描いたものとする説が最近取り沙汰されていますが本展には未出品)。場面全体を俯瞰的に捉える土佐派の源氏絵とは異なり、又兵衛の源氏絵は一枚の画面に一つの情景だけを抄出し描いています。こうして土佐派と又兵衛の源氏絵を比べて観てみると、又兵衛は内容に一歩踏み込んでるというか、演出的な効果を狙っているというか、ドラマティックに描くことで人物にクローズアップした物語世界を浮かび上がらせ、感情移入をしやすいように仕向けているように感じます。

岩佐又兵衛 「源氏物語 野々宮図(旧金谷屏風)」 (重要美術品)
桃山・江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

「野々宮図」は「賢木」の一コマを描いたもの。水墨を主体に、淡い金泥と微かな彩色を施しただけで、土佐派の色彩豊かな源氏絵とは大きく様相を異にします。古くから白描の源氏絵は小絵と呼ばれる小型絵巻などに見られますが、大きな画面形式で描いたのは又兵衛が初めてとか。源氏の姿と鳥居だけを描く構図も過去の図様に例がないそうです。

旧金谷屏風からは「野々宮図」のみの展示ですが、参考として「官女観菊図」と「源氏物語 花宴図」(原本は所在不明)がパネル展示されてます。「野々宮図」も物思うような源氏の表情が印象的ですが、「官女観菊図」と「花宴図」も女性の仕草が艶めかしく、これまでの源氏絵にはなかった登場人物の内面に肉迫した描写が秀逸です。特に「花宴図」は源氏が朧月夜を抱きすくめる様子が直截的に描かれ、こうした扇情的な描写も又兵衛が初めてといいます。やまと絵の伝統の中である種定型化された源氏絵の図様を易々と打ち破り、又兵衛は観る者の想像を掻き立てる生々しくもリアルなものに再構築したといっていいのかもしれません。

岩佐又兵衛 「和漢故事説話図」より「須磨」「浮舟」
江戸時代・17世紀 福利県立美術館蔵

「和漢故事説話図」は十二図からなる元は巻子装(現在は軸装)で、内3図が『源氏物語』を主題にしていて、本展ではその3図とも出品されています。それぞれ一つのエピソードを切り取っていて、情感的な表現に重きが置かれています。物語を知る人にはその情景が具体的に広がり、より感情を伴って見えてくるのではないでしょうか。たとえ物語を知らなくても、ドラマ性の高い場面であることが分かるはずです。

伝・岩佐又兵衛 「源氏物語 桐壺・貨狄造船図屏風」(左隻)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

「源氏物語 桐壺・貨狄造船図屏風」は出光美術館でも何度か拝見している屏風ですが、これまでは「蟻通・貨狄造船図屏風」と紹介されていました。以前より左隻の蟻通明神の場面は『源氏物語』の「桐壷」の可能性があると解説されていましたが、本展では「桐壷図屏風」と改められています。そうなると中国の故事の屏風と『源氏物語』という不思議な組み合わせになるわけですが、右隻の「貨狄造船図」も『源氏物語』の「胡蝶」との関連が指摘されていて、このあたりは専門家による更なる研究が待たれます。


第3章 さまざまな〈古典〉を描く-又兵衛の多彩な画業

又兵衛は歌仙絵も多く残していて、先の『岩佐又兵衛展』でも福井県立博物館所蔵の「三十六歌仙図」を拝見しましたが、本展では出光美術館所蔵の「三十六歌仙図」が6点出品されています。出光美術館所蔵品を見ると、福井県博本ほど線の張りに強さを感じず、歌仙の表情もアクの強さはないのですが、「柿本人麻呂」や「山部赤人」などはポーズこそ少し違うとはいえ、又兵衛の代表作「三十六歌仙図額」(仙波東照宮所蔵)に酷似していることが分かります。

歌仙絵では「三十六歌仙・和漢故事説話図屏風」が面白い。屏風の上部には三十六歌仙図とそれぞれの和歌が配置され、下部には金雲を上下に配した水景に団扇流しのような趣向で団扇形の中に『源氏物語』や『平家物語』、中国の故事、当世風俗などが描かれています。出光の「三十六歌仙図」より歌仙の表情も豊か。「在原業平図」も歌仙絵の一つですが、こうした立姿の歌仙絵は当時としてはかなり珍しいといいます。

岩佐又兵衛 「在原業平図」 (重要美術品)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

「伊勢物語 くたかけ図」も源氏絵と同様に一つの情景を切り取っていて、その繊細な描線や淡彩の趣きは源氏絵に近いものがあります。『伊勢物語』にも古くからやまと絵の図様があり、又兵衛が活躍した時代には『嵯峨本』と呼ばれるその後の伊勢絵の種本となる刷本があったりしますが、そうしたものと見比べても、又兵衛の作品はオリジナリティを感じます。

岩佐又兵衛 「伊勢物語 くたかけ図(旧樽屋屏風)」 (重要美術品)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

ここではほかにも、又兵衛の晩年の作とされる「四季耕作図屏風」と「瀟湘八景図巻」が展示されていて、又兵衛が中国の古画も熱心に学んだのであろうことが見てとれ、興味深く感じました。「四季耕作図屏風」は狩野派が得意とした画題で、右隻に春から夏、左隻に秋から冬を描き、構図も狩野派の四季耕作図でよく見る梁楷様ですが、うねうねと生き物のように伸びる樹木や動きを感じさせる人物表現、肥痩のある巧みな輪郭線はいかにも又兵衛。狩野派の四季耕作図とはまた違う面白さがあります。今は一面茶系に変色していますが、もとは金銀泥引きの美しい屏風だったそうです。


第4章 単一場面から複数場面へ-又兵衛の〈型〉とその組み合わせ

又兵衛風の「源氏物語図屏風」は複数確認されていますが、実際にどこまで又兵衛が関与したかは不明で、恐らく多くは又兵衛の工房、または岩佐派と呼ばれる絵師により制作されたものと考えられています。ここでは又兵衛と伝わる主要な「源氏物語図屏風」が5点紹介されています。

伝・岩佐又兵衛 「源氏物語図屏風」
江戸時代(17世紀) 大和文華館蔵

その内、大和文華館所蔵の「源氏物語図屏風」と高津古文化会館所蔵の「源氏物語図屏風(6場面本)」は時代的にも桃山から江戸初期を思わせる屏風で、とりわけ大和文華館本はしみじみとした古様の趣があり、顔貌の描写や繊細かつ流麗な線は又兵衛らしさを強く感じます。ほかの高津古文化会館12場面本や京都国立博物館本、泉屋博古館本はいずれも画面所狭しと『源氏物語』の場面を描いた緊密な構図で、徳川家を中心とした武家社会の中で生まれた江戸時代特有の源氏物語図屏風という印象を受けます。又兵衛風の表現もあれば、ちょっと違うんじゃないと思うものもあったり、雅やかな描写もあれば、風俗画に近い雰囲気の場面もあったりします。


第5章 物語のながめ-いわゆる五十四帖屏風にみる〈古典〉と創造

『源氏物語』の54帖すべてを大画面に納めた屏風を“54帖屏風”というそうです。ここでは土佐派と岩佐派それぞれの54帖屏風が並んでいて壮観です。屏風に行き着くまでの導線には、勝友の「源氏物語図屏風」の全帖をパネルで紹介し、各帖のあらすじが丁寧に解説されています。『源氏物語』の知識がなくても全然OKです。

伝・土佐光吉 「源氏物語図屏風」(右隻)
桃山時代(17世紀) 出光美術館蔵

岩佐勝友 「源氏物語図屏風」(右隻)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

伝・光吉の54帖屏風は最初の章で観たような土佐派の源氏絵の伝統を余すところなく伝える美麗なもので、華やかな中にも非常に端正な印象があります。一方の勝友の屏風は俯瞰的な構図は光吉に似ていますが、よくよく観ると又兵衛風のユニークな描写もあって、またそれぞれの場面に動きがあり、より劇的なものに映ります。たらしこみを樹木の描写に使っていたり、「須磨」の巻には雷神までいて、宗達の影響を感じさせるのも興味深いところ(雷神は京博本にも描かれている)。岩佐勝友は又兵衛の親類もしくは岩佐派の画人とされていますが、それ以上のことは不明だそうです。


第6章 江戸への展開-又兵衛の源氏絵が浮世絵師に残したもの

最後は江戸初期の『源氏物語』の絵入り版本や菱川師宣の肉筆浮世絵を通して、又兵衛の図様が後世に与えた影響を見ていきます。又兵衛または又兵衛風とされる源氏絵を観ていると、又兵衛の古浄瑠璃絵巻や洛中洛外図屏風にも通じる生々しさや俗っぽさを感じることがあります。それは浮世絵にも繋がっていくものがあり、“浮世又兵衛”と呼ばれる由縁でもあるのかなと妙に納得したりしました。



本展は関東では実に久しぶりの又兵衛の展覧会になります。出光美術館所蔵品だけでなく、福井県立博物館や京都国立博物館、大和文華館などの又兵衛や関連の作品が揃い、福井まで観に行けなかったという人にも福井まで観に行ったという人にも十分満足できる素晴らしい内容になっています。


【開館50周年記念 岩佐又兵衛と源氏絵 − 〈古典〉への挑戦】
2017年2月5日(日)まで
出光美術館にて


岩佐又兵衛:浮世絵の開祖が描いた奇想 (別冊太陽太陽 日本のこころ)岩佐又兵衛:浮世絵の開祖が描いた奇想 (別冊太陽太陽 日本のこころ)

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