2014/05/31

日本絵画の魅惑 [後期]

出光美術館で開催中の『日本絵画の魅惑』の後期展示を観てきました。

前期も面白く拝見し、後期はほとんどの作品が入れ替わるとあって、早速伺って参りました。出光美術館が所蔵する日本画の優品の数々を一挙展示する展覧会だけあり、非常に見応えるのある展覧会です。

前期展示についてはこちら


さて、最初は絵巻から。
「福富草紙絵巻」はお馴染みの放屁もの(笑)。トーハクの『クリーブランド美術館展』で展示されてたクリーブランド美術館本や有名なサントリー美術館本と話の筋は同じようですが、出光美術館本は状態がいいのか絵が割ときれいな印象。

もう一つ、「北野天神縁起絵巻」は北野天満宮の創建と霊験譚を描いたもので、比較的大きな絵巻。筆というよりまるでペンで描いたようなくっきりした線が印象的。まるでマンガのよう。

つづいて仏画。ここでは八大地獄の有り様を描いた双幅の「十王地獄図」がいい。恐ろしい地獄の光景の中にも地蔵菩薩や観音菩薩が描かれ、地獄の中にも救いの手が差し伸べられているのが面白い。

伝・周文「待花軒図」
室町時代 出光美術館蔵

水墨画では周文と伝わる「待花軒図」が秀逸。童子(書生?)が庭を掃いているという何気ない光景の画ですが、よーく見ると屋敷の中に書物が積まれていたりして、恐らく誰かが隠遁生活を送っているのでしょうか。そして名前が“花を待つ軒”。なんと風雅な。

右幅に桃源郷を訪れる漁師が、左幅に瀑布を眺める李白が描かれた岳翁蔵丘の「武陵桃源・李白観瀑図」、ゆったりたっぷりとした墨の表現に思わず唸ってしまった相阿弥の「山水図」も素晴らしい。

「四季花木図屏風」(重要文化財)
桃山時代 出光美術館蔵

やまと絵では、探幽による極書に土佐光信筆とあるという「四季花木図屏風」が絶品。たなびく金や銀の雲霞、琳派を思わせる波紋の美しさ。優美でありながらも華美になり過ぎない品の良さがあります。室町やまと絵屏風の代表的作品とのこと。一部銀が変色してしまっていますが、当時はどれだけ美しかったことだろうかと思います。

「祇園祭礼図屏風」(重要文化財)
室町時代 出光美術館蔵

つづいて奥の部屋には何度かお目にかかっている「祇園祭礼図屏風」。よくある洛中洛外図のように町の賑わいや様々な風俗が描きこまれているというわけではありませんが、祭礼に絞っているだけあり当時の祇園祭の様子がよく分かります。祇園祭礼を単独で描いた屏風では最も古い例で、慶長期(1596~1615)の狩野派によるものと考えられてるとか。誰でしょうね。

初期風俗画では「阿国歌舞伎図屏風」や2つの「遊女歌舞伎図」といった初期の歌舞伎の様子を伝える作品も見どころ。

「見立伊勢物語・河内越図」
江戸時代 出光美術館蔵

浮世絵で興味深かったのが「見立伊勢物語・河内越図」。右手で立褄を取り、左袖を伸ばすポーズが当時持て囃され、寛文美人図など浮世絵の女性の特有の立ち姿に影響したのだそうです(その作例も展示されてます)。

浮世絵では、胸を肌蹴て涼風にあたる女性が妖艶な勝川春章の「柳下納涼美人図」、姉弟にしてはお姉さんが妙に色っぽい歌麿の「娘と童子図」と黄金時代を代表する二人の作品も◎。

浦上玉堂 「雙峯挿雲図」(重要文化財)
江戸時代 出光美術館蔵

文人画では浦上玉堂の「雙峯挿雲図」が面白い。酒に酔った勢いで画を描き、酔いが醒めると手を止める。それで最高傑作、重要文化財といわれるのだから凄い。左上に記した銘も酔いどれ字。

個人的に惹かれたのが渡辺華山の「鸕鷀捉魚図」。今まさに鮎を飲み込もうとする鵜とそれを木の上から見つめる一羽の鳥。崋山の写実表現があいかわらず素晴らしい。

鈴木其一 「桜・楓図屏風」
江戸時代 出光美術館蔵

琳派には、出光美術館の琳派系の展覧会ではお馴染みの酒井抱一の「八ツ橋図屏風」と鈴木其一の「桜・楓図屏風」。抱一の「八ツ橋図屏風」は、写真で観るより実物は濃厚感のある光琳の屏風に比べて五月の爽やかな空気を感じさせます。其一の屏風は縦が50cmと小ぶりながら山桜の青楓の対比、構図が面白い。

狩野派は松栄、宗秀、長信の親子、そして江戸狩野に学んだ英一蝶。やはり素晴らしいのが長信の「桜・桃・海棠図屏風」で、八曲一隻の大画面に堂々とした桃の木とピンクと白の花が美しい。ここでは桜も海棠も桃を引き立たせるための脇役でしかありません。桃山の狩野派らしい絢爛豪華な屏風。

狩野長信 「桜・桃・海棠図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵

等伯は「波濤図屏風」。前期のときもブログに書きましたが、2011年の『長谷川等伯と狩野派展』では“禅林寺本によく倣いながらも、また新しい波濤図を創ろうとした、等伯次世代の長谷川派絵師による作品”とされていたものが、本展では“等伯筆”として紹介されています。そう断定するに至ったいきさつや理由は何だったのでしょうか。解説には具体的なことは何一つ触れておらず、等伯の画論書『等伯画説』に著されているとか、禅林寺本に類似しているとかだけで、根拠とするにはあまりに乏しい。ちょっと丁寧さに欠ける気がします。

最後は仙崖。嫁姑問題を野次った仙崖らしい「すりこぎ画賛」だけでなく、ただ座ってるだけでは座禅にならないといったことを賛に書いた「達磨画賛」という禅僧らしい作品もあって、ただのお面白坊主ではなかったのだなと納得(笑)


他にも出光美術館所蔵の古伊万里や古九谷、柿右衛門といった工芸品(こちらは前後期入れ替えなし)も展示されていて、日本絵画というより日本美術の魅惑がいっぱいの展覧会でした。


【日本の美・発見Ⅸ 日本絵画の魅惑】
前期 2014年4月5日(土)~5月6日(火・休)
後期 2014年5月9日(金)~6月8日(日)
出光美術館にて


BRUTUS特別編集合本・日本美術がわかる。西洋美術がわかる。 (マガジンハウスムック)BRUTUS特別編集合本・日本美術がわかる。西洋美術がわかる。 (マガジンハウスムック)


狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)

2014/05/27

オランダ・ハーグ派展

損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の『オランダ・ハーグ派展』に行ってきました。

“ハーグ派”とは19世紀フランスのバルビゾン派の影響を受け、オランダのハーグを中心に起きた美術運動のひとつ。バルビゾン派の風景画や農民画などの自然主義絵画をオランダ的な風土に置き換えて描いています。

オランダ絵画というと、レンブラントやフェルメールといった17世紀の黄金時代のあとは衰退し、19世紀後半にゴッホが登場するといっても彼の活動の場はフランスで、西洋美術史のメインストリームからは取り残されてしまったとばかり思ってました。

しかし、実は19世紀後半にオランダのハーグを拠点とする“ハーグ派”と呼ばれる運動があり、ゴッホも活動初期はハーグ派の流れを汲み、またモンドリアンも影響を受けていたというと、俄然興味が湧いてきます。本展は、知られざる“ハーグ派”にスポットを当てた日本で初の展覧会だそうです。


第1章 バルビゾン派

まずはハーグ派に影響を与えたフランスのバルビゾン派の作品から。
バルビゾン派を代表するコロー、ミレー、テオドール・ルソー、デュプレ、ドービニーらの作品を中心に展示。ミレーはエッチングやリトグラフが多く、油彩画は「バター作りの女」のみ。ルソー、コローも一点ずつでした。

ジャン=フランソワ・ミレー 「バター作りの女」
1870年 吉野石膏株式会社蔵(山形美術館に寄託)

個人的には、森の中の穏やかな空気感が伝わってくるようなデュプレの「森の中-夏の朝」や、デュプレの弟レオン=ヴィクトル・デュプレの「風景」、ドービニーのエッチングに惹かれました。

ジュール・デュプレ 「森の中-夏の朝」
1840年頃 山梨県立美術館蔵

同時代のオランダを代表する画家ヨンキントの作品もいくつか展示されていました。ヨンキントはハーグ派の先駆者とされる風景画家スヘルフハウトに絵を学んだといいます。「デルフトの眺め」はフェルメールを思い出さずにはいられない作品。ハーグ派の登場を予感させる高い空とオランダ的な光景が美しい。「シャトー・ミーウング」は色彩分割で描かれ、印象派を思わせるところがあります。

ヨハン・バルトルト・ヨンキント 「デルフトの眺め」
1844年 ハーグ市立美術館蔵


第2章 ハーグ派
セクション1: 風景画

つづいてハーグ派。
バルビゾン派が1830~1870年代が活動期なのに対し、ハーグ派は1860~1880年代が活動の中心。ここではいくつかのテーマに分け、ハーグ派の作品や画家を振り返ります。

バルビゾン村の丘陵地の風景やどんよりとした空や光とは異なる、どこまでも広がる平野、空の高さ、明るい光といった開放的な風景が印象的で、これがハーグ派の特徴なのかなと思います。それと、より写実的で、より明るい色彩を意識しているように感じます。また、17世紀オランダの風景画や19世紀前半のイギリスの風景画家コンスタブルあたりの影響も見えなくもありません。

ヴィレム・ルーロフス 「虹」
1875年 ハーグ市立美術館蔵

ここで一番印象に残ったのがルーロフスの作品。雨の上がりかけの、だんだんと陽が射していく様子を描いた「虹」や、水面に映る高い空と草原のコントラストが清々しい「オールデンの5月」、いかにもオランダ的な風車のある田園風景が美しい「アプカウデ近く、風車のある干拓地の風景」とどれも素晴らしい。ルーロフスはハーグ派の初期から活躍する代表的な画家の一人で、画家を志し始めた頃のゴッホにアドバイスをしたというエピソードもあるようです。

ヴィレム・ルーロフス 「ノールデンの5月」
1882年頃 ハーグ市立美術館蔵


セクション2: 大地で働く農民

ミレーの「種をまく人」のエッチングをはじめ、バルビゾン派の影響の濃い農民画が3点ほど。マタイス・マリスの「糸を紡ぐ女」は女性の上半身だけを描いて糸を紡いでる様子は見せず、糸を紡いでるのだろうな思わせる構図が面白い。闇に浮かび上がる女性の姿や写実的な描法にレンブラントあたりのオランダ絵画の伝統を思わせます。


セクション3: 家畜のいる風景

まず、マリス兄弟の一番下ヴィレム・マリスの「水飲み場の仔牛たち」の水面に反射する光の美しさにハッとします。解説にあった“私は牡牛を描かない。むしろ、その光の効果を描いている”というマリスの言葉になるほどと思います。動物画を得意としていたそうで、生き生きした仔牛の姿も巧い。本展にはヤコブ、マタイス、ヴィレムのマリス三兄弟の作品が展示されています。

ヴィレム・マリス 「水飲み場の仔牛たち」
1863年 ハーグ市立美術館蔵


セクション4: 室内と生活

バルビゾン派、特にミレーの描いた田園生活の描写はハーグ派の着想源になったということですが、たとえばブロンメルスの「室内」などはどちらかというと17世紀オランダの風俗画を彷彿とさせます。プロンメルスは当時のオランダで最も評価された画家の一人だということです。

ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス 「室内」
1872年 ハーグ市立美術館蔵

個人的に惹かれたのが、イスラエルスの「日曜の朝」と「縫い物をする女」。穏やかな朝の光に包まれる室内、ふと窓の外に見る若い女性。縫い物をする女性の姿から伝わる安らぎや温もり。質素で慎ましい生活の光景からは、静かに流れる日々の営みが伝わってきます。

ヨーゼフ・イスラエルス 「縫い物をする若い女」
1880年頃 ハーグ市立美術館蔵


セクション5: 海景画

風車や広い平地を描いた風景画と共にオランダらしさを感じるのが海景画。一世代前のターナーの描いたイギリスの海と異なり、ハーグ派のオランダの海は穏やかです。ただ、ハーグ派が“灰色派”と呼ばれたという由縁でしょうか、どの空もグレーの雲が立ちこめています。

ヤコブ・マリス 「漁船」
1878年 ハーグ市立美術館蔵

色数を抑えた、グレー系の空と海のトーンと雲の描写が素晴らしいマリスの「漁船」、より明るい色彩で空の高さと雲を表現したスヘルフハウトの「スヘフェニンゲンの浜辺と船」、遠く広がる水平線に見とれてしまうメスダッハの「オランダの海岸沿い」が秀逸。漁で穫れた魚を恵んでもらってるのでしょうか、サデーの「貧しい人たちの運命」にはなにか哀しげな物語があり、農民の姿を真摯に捉えたバルビゾン派の流れを感じます。

フィリップ・サデー 「貧しい人たちの運命」
1901年 ハーグ市立美術館蔵


第3章 フィンセント・ファン・ゴッホとピート・モンドリアン

最後はゴッホとモンドリアンを紹介。ゴッホは初期のオランダ時代に、農民などを描いた暗い色調の作品が多いのは私自身も観て知っていますが、そのルーツにハーグ派があったとは知りませんでした。伝道師の道を閉ざされたゴッホが画家として生きることを模索し始めた場所こそがハーグでした。本展で展示されていた「白い帽子をかぶった農婦の顔」や「ジャガイモを掘る2人の農婦」、また今回展示されていませんが、初期の代表作「ジャガイモを食べる人々」などはハーグ派の影響下にあることがよく分かります。

ゴッホ 「白い帽子をかぶった農婦の顔」
1884-85年 クレラー=ミューラー美術館蔵

世代としては少しズレますが、モンドリアンも叔父がハーグ派の流れを汲む風景画家だそうで、恐らく幼少期はハーグ派の作品に触れながら育ったのでしょう。後年の抽象絵画からは想像できないようなリアリズムな作品があったり、既に印象派やポスト印象派からの影響を受けているとはいえ、風車を描いた作品にはハーグ派に通じるオランダ的風景画特有の空気を感じます。

ピート・モンドリアン 「アムステルダムの東、オーストザイゼの風車」
1907年 ハーグ市立美術館蔵

ピート・モンドリアン 「夕暮れの風車」
1917年 ハーグ市立美術館蔵

モンドリアンの「夕暮れの風車」のカッコよさはなんでしょう。モンドリアンの展示作品は初期作品に限定されていますが、その中でも単純化、抽象化していく過程が見えるようで非常に面白かったです。


ハーグ派は初めて観る画家ばかりでしたが、日本でも人気の高いバルビゾン派に近く、より明るい陽光と自然に溢れ、17世紀オランダ絵画の伝統も感じさせ、日本人の好きな絵ではないかなと思います。


【ゴッホの原点 オランダ・ハーグ派展 -近代自然主義絵画の成立-】
2014年6月29日まで
損保ジャパン東郷青児美術館にて


もっと知りたいミレー―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいミレー―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)


「農民画家」ミレーの真実 (NHK出版新書 427)「農民画家」ミレーの真実 (NHK出版新書 427)

2014/05/26

團菊祭五月大歌舞伎


歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』の夜の部を観てきました。

東京で團菊祭も久しぶり。歌舞伎座が閉場していたときは、ずっと大阪で行っていたので、東京では実に6年ぶりなんだそうです。

さて、最初は『矢の根』。
一時期痩せたなぁと思ってましたが、少し元に戻ったか、隈取りも良く似合い、松緑らしい荒事が楽しめます。ただ、なんでしょう、どうも一本調子な感じで、いまひとつ面白味に欠けたように思います。大きさも大らかさもあるのに、たとえば三津五郎のようなパーッとした明るさがなく、祝祭劇の有り難さが伝わってこないのです。田之助さんがお元気そうで何よりでした。

つづいて『幡随長兵衛』。
長兵衛に海老蔵、女房お時に時蔵、唐犬権兵衛に松緑、十郎左衛門に菊五郎。やはり海老蔵の長兵衛は若い気もするのですが、目障りな若造を十郎左衛門が潰すと見れば面白いし、海老蔵の大きさがそれを可能にしてると思います。血気盛んなところを感じさせつつ、ちょっと影のある男というようにも見えました。長兵衛内の場は悲壮感が強いものの悪くなし。時蔵、松緑もしっかり海老蔵に歩調を合わせ、子役も涙を誘います。子分衆は安定の亀三郎、亀寿、名題昇進の荒五郎は巧いのですが、若手がどうも侠客に見えず。右近が珍しく立ち役で頑張ってました。水野邸の場は長兵衛の覚悟の程がいまひとつ分かりづらく、物足らなさが残ります。だまし討ちをするため長兵衛をおびき出してはみたものの、殺すに惜しい人物だということに真実味が感じられなかったのが残念。

最後は菊之助の『春興鏡獅子』。
菊之助の弥生が流れるように滑らかで柔らかく美しく、絶品。獅子頭もまるで生きているようで、獅子に逆らえず本当に引っ張られて行くように見えます。以前観たときはおとなしめに感じた獅子の精もより勇壮に。毛ぶりも以前より多かったように思いますが、そこは丁寧にしっかりと、そして優美に演じ、獅子の風格を感じさせました。これで獅子の豪壮さが加われば文句なし。


團十郎のいない團菊祭は寂しくもありましたが、あと何年かすれば海老蔵の子も菊之助の子も舞台に上がり、賑やかになるんだろうなと思うと益々楽しみな團菊祭でした。


十二代目市川團十郎 (演劇界ムック)十二代目市川團十郎 (演劇界ムック)


悲劇の名門 團十郎十二代 (文春新書)悲劇の名門 團十郎十二代 (文春新書)

2014/05/17

法隆寺 祈りとかたち

東京藝術大学大学美術館で開催中の『法隆寺 祈りとかたち』展に行ってきました。

なんと法隆寺金堂の釈迦三尊像の左右に安置されている吉祥天立像と毘沙門天立像がペアで出品されています。あんな大事な仏像を持ってきちゃっていいんですか!?と思いますが、東日本大震災から3年・新潟県中越地震から10年経ち、その復興を祈念しての特別出品なのです。

先に仙台で開催され、東京のあとには新潟県立近代美術館(7月5日(土)~8月17日(日))で開催されます。東京でこうした法隆寺展が行われるのは20年ぶりだそうです。

展覧会は≪第1章 美と信仰≫、≪第2章 法隆寺と東京美術学校≫、≪第3章 法隆寺と近代日本美術≫の三部構成ですが、会場は少し変則的で、第一会場の地下2階に2章、3章、第二会場の3階に1章があります(1章の「吉祥天立像」と「毘沙門天立像」など一部作品は地下2階にあります)。


まず会場の案内どおり、地下2階から。

最初は≪第2章 法隆寺と東京美術学校≫。今回の展覧会は仏像目当てで来たのですが、絵画にも収穫あり。まず蓮池図が実にいい。薄紅色と白の蓮の花が咲く水辺に白鷺が舞い、つがいの鴛鴦が寄り添う。天上の風景のような高貴で神秘的な美しさに見惚れます。

「蓮池図」(重要文化財)
鎌倉時代(13世紀) 法隆寺蔵 (展示は5/18まで)

経巻の断簡と羅漢図を屏風仕立てにした「十六羅漢図」(重要文化財)も興味深し。断簡もただ並べるというのでなく配置に工夫があり、全体的に仏画というより装飾的な屏風と目に映ります。

面白いところでは、平櫛田中が彫刻した像に前田青邨が彩色した「聖徳太子像」。高村光雲の「定胤和上像」は写実的な表現が素晴らしい。


つづいて、≪第3章 法隆寺と近代日本美術≫。
ここでは、①法隆寺を建立した聖徳太子を主題とする作品、②法隆寺の建築景観を描いた風景画、③法隆寺の仏画・仏像に触発された作品、を紹介しています。

和田英作 「金堂落慶之図」
大正7年(1918) 法隆寺蔵

いにしえの光景を写実的に甦らせた和田英作の「金堂落慶之図」、聖徳太子の妃を描いた「多至波奈大郎女御影」、大観を彷彿とさせる安村行雲「上宮皇子」、描写の美しさが一際目を引く吉田善彦の「五重塔図」や中庭煖華「夢殿桜」が印象的。

「吉祥天立像」(国宝)・「毘沙門天立像」(国宝)
平安時代 承暦2年(1078) 法隆寺蔵

そして、エレベーターホールを挟んで向かい側には金堂壁画(模写絵)と国宝の「吉祥天立像」「毘沙門天立像」が展示されています。「毘沙門天立像」は怒りの表情というより、どこかあどけない感じすらします。 「吉祥天立像」は少しふっくらとした面立ちで、穏やかで品のある表情が印象的。ともに彩色がところどころはっきり残っており、往時の極彩色の様子が窺えます。

金堂壁画の模写絵は、戦前にたびたび金堂壁画を模写し、多くの模写の中でも最も完成度が高いといわれる秋田の仏画師・鈴木空如の模写絵が2/3。残りの1/3は藝大日本画専攻出身者による模写絵。藝大版は焼損前の金堂壁画のコロタイプ印刷を参考に模写しているそうです。

なお、藝大大学美術館のすぐそばにある陳列館で同時開催されている『別品の祈り-法隆寺金堂壁画-』(入場無料)では手彩色を用いた特許技術による金堂の複製壁画が公開されていて、こちらもオススメ。2階の会場は金堂を再現したバーチャルな空間になっていて、なんとも神々しい空気に包まれ、ちょっと感動的です。

鈴木空如 「法隆寺金堂壁画模写(第6号壁画 阿弥陀浄土図)」
昭和7年~11年(1932~1936)頃 大仙市蔵(展示は5/25まで)


つづいて3階へ。

3階会場では仏像や仏具、また奈良時代の染織物の残欠など貴重な仏教美術を紹介。ニコニコしていてこちらまで幸せなになりそうな「薬師如来坐像」、飛鳥時代のアルカイックスマイルが美しい「菩薩立像」がとてもいい。押出仏の原型と考えられる如来三尊像という面白いものもありました。部屋の中央には、特別出品の法隆寺三経院の広目天と多聞天、そして阿弥陀如来坐像が鎮座しています。

「聖徳太子立像(二歳像)」
鎌倉時代(14世紀) 法隆寺蔵

ユニークなのが二歳の頃の聖徳太子を模った「聖徳太子立像」で、満一才で誰にも教えられず東に向かって合掌し、「南無仏」と唱えたという伝承にもとづく仏像といいます。


藝大まで来たならここは是非、東京国立博物館の法隆寺宝物館もセットで観るのがオススメ。東京にいながらにして、より充実した法隆寺鑑賞ができると思います。


【法隆寺 祈りとかたち】
2014年6月22日まで
東京藝術大学大学美術館にて


もっと知りたい法隆寺の仏たち (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい法隆寺の仏たち (アート・ビギナーズ・コレクション)



日本美術全集2 法隆寺と奈良の寺院 (日本美術全集(全20巻))日本美術全集2 法隆寺と奈良の寺院 (日本美術全集(全20巻))


1/75 法隆寺 五重の塔(レーザーカット)1/75 法隆寺 五重の塔(レーザーカット)

2014/05/16

バルテュス展

東京都美術館で開催中の『バルテュス展』に行ってきました。

むかし、『ロベルトは今夜』や『わが隣人サド』でピエール・クロソウスキーを知り、その経由でクロソウスキーの弟であるバルテュス(本名はバルタザール・クロソウスキー・ド・ローラ)を知ったのですが、少女ヌードやロリータ的な作品がどうも好きになれず、ずっと苦手意識を持っていました。

だから今回の展覧会も少し躊躇していたのですが、何にしても食わず嫌いというのはいけないですね。スキャンダルな作品ばかりが取り上げられがちだったバルテュスのいろいろの側面を知ることができ、もちろん苦手な作品もありますが、なかなか面白い展覧会でした。こういう作風の絵だと思えば良さも見えてきます。


第1章 初期

バルテュスがわずか11歳の頃、『ミツ(Mitsou)』という絵本を出版してるんですね。少年と仔猫ミツのお話で、当時バルテュスの母と恋愛関係にあった詩人リルケが序文を書いています。その絵はあくまでも子どもが描いた絵の域を出ないのですが、あどけない表現の中にもセンスの良さを感じます。

ここではバルテュスが10代の頃に描いた自画像や風景画、初期イタリアルネサンスの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの作品の模写などが展示されています。風景画はさして特徴のあるものではありませんが、バルテュスの基礎にルネサンスがあったというのは意外でした。ただ展覧会を観ていくと、こうしたベースが晩年のテンペラ技法の作品に繋がっていくことが分かります。

初期の作品ではエミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』の14枚の挿し絵も見どころの一つ。バルテュスが『嵐が丘』に触発(一説には自身の恋愛と重なる部分が多かったからとも)されて描いたもので、出版はされず雑誌に発表されただけのようです。よくある小説のイメージカット的な挿し絵というより、ストーリーの一場面を切り取ったような絵で、ちょっとシュールな感じもあり。後のバルテュス作品との関連性も指摘されています。


第2章 バルテュスの神秘

バルテュスの絵というと、胸をはだけたり、股間を見せたり、淫らなポーズをとったりする少女の姿がすぐ思い浮かびます。大人の女性のヌード画とは異なり、見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥らせます。ここでは大きな反響を呼んだという最初の個展で発表された「鏡の中のアリス」や「キャシーの化粧」、本展のポスターで使われている「夢見るテレーズ」など、バルテュスの代表作を含む20~30代の作品が展示されています。

バルテュス 「鏡の中のアリス」
1933年 ポンピドゥ・センター蔵

どうしてあられもない肢体を描くのか、なぜあからさまに性器を描くのか。この時期のバルテュスの作品は、今観ても十分挑発的で、生々しいものがあります。「鏡の中のアリス」にしても「夢見るテレーズ」にしても、大人のフリをして背伸びしてるような少女たちの姿は痛々しく、そして背徳的です。「美しい日々」も性的なものを強く想起させます。白い洗面器は純潔の象徴だといいますが、この絵から処女性は感じられません。ただこのバルテュスの屈折した視線が逆に少女の内心を引き出し表現しているような気もします。

バルテュス 「美しい日々」
1944-46年 ハーシュホーン博物館と彫刻の庭蔵

バルテュス自身も、話題作りのために敢えてスキャンダルな作品を描いたということを語っています。参考作品として展示されてた「<ギターのレッスン>のための習作」は女教師が少女を折檻している絵で、個展ではこうしたエロティックな作品にカーテンをかけ、一部のお客さんだけが覗き見れるような演出もしたといいます。

バルテュス 「地中海の猫」
1949年 個人蔵

『ミツ』しかり、バルテュスには猫を描いた絵も多い。自画像と一緒に猫を描いた「猫の王」、パリのレストランのために制作した「地中海の猫」、全裸の女性と猫を描いた「猫と裸婦」など。時に気高く、時に人なつこく、時にしとやかに、時に狡賢そうに、バルテュスの猫は少女たちがそうであるように、謎めいています。

バルテュス 「窓、クール・ド・ロアン」
1951年 トロワ近代美術館蔵

最後にあった少女も猫も誰もいない、がらんとした室内画に妙に惹かれました。


第3章 シャシー -田舎の日々

ブルゴーニュ地方のシャシーに移り住む50年代の作品を紹介。農村風景を描いた風景画も多く、少女を描いた作品もかつてのような過激さは薄れ、義理の姪(兄ピエールの妻の連れ子)のフレデリック・ディゾンを描いた「白い部屋着の女性」からはかつての不健全で性的なイメージはありません。

バルテュス 「樹のある大きな風景(シャシーの農家の中庭)」
1960年 ポンピドゥ・センター蔵

この時代の作品としては、柔らかな光線が美しい「横顔のコレット」やなんとなくセザンヌを想起させる「樹のある大きな風景」もいい。


第4章 ローマとロシニエール

アカデミー・ド・フランスの館長としてローマに赴任した60~70年代、そしてスイス・ロシニエールで過ごした最晩年の時代の作品を紹介。この時期の絵画制作はさほど多くないのですが、新しい表現方法、たとえば壁画のようなざらりとしたマチエールの追求に余念がなかったようです。また、日本人女性と再婚したこともあり、古典的な日本画に影響を受けた作品も発表しています。

バルテュス 「トランプ遊びをする人々」
1966-73年 ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

「トランプ遊びをする人々」や「読書するカティア」はカゼインとテンペラの技法が用いられ、独特の風合いを醸し出しています。「トランプ遊びをする人々」は歌舞伎に想を得た作品で、男性は見得を切っているのだそうな(ただ横を向いているようにしか見えませんが。笑)。「読書するカティア」は壁の絵肌がとても印象的。よく見ると少しひび割れていて、ざらついた質感が特徴的な効果を上げています。これは写真では決して分からない触覚的な材質感です。

バルテュス 「読書するカティア」
1968-76年 個人蔵

この時期のバルテュス作品には1967年に再婚した節子夫人をモデルにした作品が多くあります。「朱色の机と日本の女」はやまと絵を思わせる平面的な作品ですが、日本画とは異なるテンペラ画特有のテクスチュアがあります。最晩年の「モンテカルヴェッロの風景Ⅱ」は南画を彷彿とさせ、バルテュスの強い東洋趣味を感じさせます。

会場の最後には勝新太郎に贈ったという「裸婦とギター」のリトグラフが展示されていました。 意外な接点に驚きましたが、なんだか妙に親近感が湧いてきます。

バルテュス 「朱色の机と日本の女」
1967-76年 節子・クロソフスカ・ド・ローラ・コレクション蔵

日本は性表現に寛容というか、批判はあっても芸術として受け入れる懐の広さ(ゆるさ?)がありますが、欧米では少女ヌードはたとえそれが芸術であっても小児性愛として捉えられ、最近もバルテュスの展覧会(写真展)が中止になったとも聞きます。バルテュスの海外での評価がどのぐらいのものなのか、よくは知りませんが、誤解されている部分は日本でも海外でもまだまだあるのだろうなと感じます。

ピカソも絶賛した“20世紀最後の巨匠”というのはちょっと誇張が過ぎる気もしますが(ピカソが評価したというのは事実なのでしょうが)、20世紀の重要な画家の一人であることは確かで、こうして現代の美術ファンに問いかけるという意味で、再評価のきっかけになるのだろう展覧会でした。


【バルテュス展】
2014年6月22日(日)まで
東京都美術館にて


ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家


ド・ローラ節子が語る バルテュス 猫とアトリエド・ローラ節子が語る バルテュス 猫とアトリエ


ミツ バルテュスによる四十枚の絵ミツ バルテュスによる四十枚の絵