2014/05/27

オランダ・ハーグ派展

損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の『オランダ・ハーグ派展』に行ってきました。

“ハーグ派”とは19世紀フランスのバルビゾン派の影響を受け、オランダのハーグを中心に起きた美術運動のひとつ。バルビゾン派の風景画や農民画などの自然主義絵画をオランダ的な風土に置き換えて描いています。

オランダ絵画というと、レンブラントやフェルメールといった17世紀の黄金時代のあとは衰退し、19世紀後半にゴッホが登場するといっても彼の活動の場はフランスで、西洋美術史のメインストリームからは取り残されてしまったとばかり思ってました。

しかし、実は19世紀後半にオランダのハーグを拠点とする“ハーグ派”と呼ばれる運動があり、ゴッホも活動初期はハーグ派の流れを汲み、またモンドリアンも影響を受けていたというと、俄然興味が湧いてきます。本展は、知られざる“ハーグ派”にスポットを当てた日本で初の展覧会だそうです。


第1章 バルビゾン派

まずはハーグ派に影響を与えたフランスのバルビゾン派の作品から。
バルビゾン派を代表するコロー、ミレー、テオドール・ルソー、デュプレ、ドービニーらの作品を中心に展示。ミレーはエッチングやリトグラフが多く、油彩画は「バター作りの女」のみ。ルソー、コローも一点ずつでした。

ジャン=フランソワ・ミレー 「バター作りの女」
1870年 吉野石膏株式会社蔵(山形美術館に寄託)

個人的には、森の中の穏やかな空気感が伝わってくるようなデュプレの「森の中-夏の朝」や、デュプレの弟レオン=ヴィクトル・デュプレの「風景」、ドービニーのエッチングに惹かれました。

ジュール・デュプレ 「森の中-夏の朝」
1840年頃 山梨県立美術館蔵

同時代のオランダを代表する画家ヨンキントの作品もいくつか展示されていました。ヨンキントはハーグ派の先駆者とされる風景画家スヘルフハウトに絵を学んだといいます。「デルフトの眺め」はフェルメールを思い出さずにはいられない作品。ハーグ派の登場を予感させる高い空とオランダ的な光景が美しい。「シャトー・ミーウング」は色彩分割で描かれ、印象派を思わせるところがあります。

ヨハン・バルトルト・ヨンキント 「デルフトの眺め」
1844年 ハーグ市立美術館蔵


第2章 ハーグ派
セクション1: 風景画

つづいてハーグ派。
バルビゾン派が1830~1870年代が活動期なのに対し、ハーグ派は1860~1880年代が活動の中心。ここではいくつかのテーマに分け、ハーグ派の作品や画家を振り返ります。

バルビゾン村の丘陵地の風景やどんよりとした空や光とは異なる、どこまでも広がる平野、空の高さ、明るい光といった開放的な風景が印象的で、これがハーグ派の特徴なのかなと思います。それと、より写実的で、より明るい色彩を意識しているように感じます。また、17世紀オランダの風景画や19世紀前半のイギリスの風景画家コンスタブルあたりの影響も見えなくもありません。

ヴィレム・ルーロフス 「虹」
1875年 ハーグ市立美術館蔵

ここで一番印象に残ったのがルーロフスの作品。雨の上がりかけの、だんだんと陽が射していく様子を描いた「虹」や、水面に映る高い空と草原のコントラストが清々しい「オールデンの5月」、いかにもオランダ的な風車のある田園風景が美しい「アプカウデ近く、風車のある干拓地の風景」とどれも素晴らしい。ルーロフスはハーグ派の初期から活躍する代表的な画家の一人で、画家を志し始めた頃のゴッホにアドバイスをしたというエピソードもあるようです。

ヴィレム・ルーロフス 「ノールデンの5月」
1882年頃 ハーグ市立美術館蔵


セクション2: 大地で働く農民

ミレーの「種をまく人」のエッチングをはじめ、バルビゾン派の影響の濃い農民画が3点ほど。マタイス・マリスの「糸を紡ぐ女」は女性の上半身だけを描いて糸を紡いでる様子は見せず、糸を紡いでるのだろうな思わせる構図が面白い。闇に浮かび上がる女性の姿や写実的な描法にレンブラントあたりのオランダ絵画の伝統を思わせます。


セクション3: 家畜のいる風景

まず、マリス兄弟の一番下ヴィレム・マリスの「水飲み場の仔牛たち」の水面に反射する光の美しさにハッとします。解説にあった“私は牡牛を描かない。むしろ、その光の効果を描いている”というマリスの言葉になるほどと思います。動物画を得意としていたそうで、生き生きした仔牛の姿も巧い。本展にはヤコブ、マタイス、ヴィレムのマリス三兄弟の作品が展示されています。

ヴィレム・マリス 「水飲み場の仔牛たち」
1863年 ハーグ市立美術館蔵


セクション4: 室内と生活

バルビゾン派、特にミレーの描いた田園生活の描写はハーグ派の着想源になったということですが、たとえばブロンメルスの「室内」などはどちらかというと17世紀オランダの風俗画を彷彿とさせます。プロンメルスは当時のオランダで最も評価された画家の一人だということです。

ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス 「室内」
1872年 ハーグ市立美術館蔵

個人的に惹かれたのが、イスラエルスの「日曜の朝」と「縫い物をする女」。穏やかな朝の光に包まれる室内、ふと窓の外に見る若い女性。縫い物をする女性の姿から伝わる安らぎや温もり。質素で慎ましい生活の光景からは、静かに流れる日々の営みが伝わってきます。

ヨーゼフ・イスラエルス 「縫い物をする若い女」
1880年頃 ハーグ市立美術館蔵


セクション5: 海景画

風車や広い平地を描いた風景画と共にオランダらしさを感じるのが海景画。一世代前のターナーの描いたイギリスの海と異なり、ハーグ派のオランダの海は穏やかです。ただ、ハーグ派が“灰色派”と呼ばれたという由縁でしょうか、どの空もグレーの雲が立ちこめています。

ヤコブ・マリス 「漁船」
1878年 ハーグ市立美術館蔵

色数を抑えた、グレー系の空と海のトーンと雲の描写が素晴らしいマリスの「漁船」、より明るい色彩で空の高さと雲を表現したスヘルフハウトの「スヘフェニンゲンの浜辺と船」、遠く広がる水平線に見とれてしまうメスダッハの「オランダの海岸沿い」が秀逸。漁で穫れた魚を恵んでもらってるのでしょうか、サデーの「貧しい人たちの運命」にはなにか哀しげな物語があり、農民の姿を真摯に捉えたバルビゾン派の流れを感じます。

フィリップ・サデー 「貧しい人たちの運命」
1901年 ハーグ市立美術館蔵


第3章 フィンセント・ファン・ゴッホとピート・モンドリアン

最後はゴッホとモンドリアンを紹介。ゴッホは初期のオランダ時代に、農民などを描いた暗い色調の作品が多いのは私自身も観て知っていますが、そのルーツにハーグ派があったとは知りませんでした。伝道師の道を閉ざされたゴッホが画家として生きることを模索し始めた場所こそがハーグでした。本展で展示されていた「白い帽子をかぶった農婦の顔」や「ジャガイモを掘る2人の農婦」、また今回展示されていませんが、初期の代表作「ジャガイモを食べる人々」などはハーグ派の影響下にあることがよく分かります。

ゴッホ 「白い帽子をかぶった農婦の顔」
1884-85年 クレラー=ミューラー美術館蔵

世代としては少しズレますが、モンドリアンも叔父がハーグ派の流れを汲む風景画家だそうで、恐らく幼少期はハーグ派の作品に触れながら育ったのでしょう。後年の抽象絵画からは想像できないようなリアリズムな作品があったり、既に印象派やポスト印象派からの影響を受けているとはいえ、風車を描いた作品にはハーグ派に通じるオランダ的風景画特有の空気を感じます。

ピート・モンドリアン 「アムステルダムの東、オーストザイゼの風車」
1907年 ハーグ市立美術館蔵

ピート・モンドリアン 「夕暮れの風車」
1917年 ハーグ市立美術館蔵

モンドリアンの「夕暮れの風車」のカッコよさはなんでしょう。モンドリアンの展示作品は初期作品に限定されていますが、その中でも単純化、抽象化していく過程が見えるようで非常に面白かったです。


ハーグ派は初めて観る画家ばかりでしたが、日本でも人気の高いバルビゾン派に近く、より明るい陽光と自然に溢れ、17世紀オランダ絵画の伝統も感じさせ、日本人の好きな絵ではないかなと思います。


【ゴッホの原点 オランダ・ハーグ派展 -近代自然主義絵画の成立-】
2014年6月29日まで
損保ジャパン東郷青児美術館にて


もっと知りたいミレー―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいミレー―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)


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