2018/07/07

長谷川利行展

府中市美術館で開催中の『長谷川利行展』を観てきました。

気づいたら会期末。やっとのことで府中まで出かけることができました。なんでこんな素晴らしい展覧会を後回しにしていたんだろうと思うぐらい素晴らしい内容でした。

長谷川利行の作品は東京国立近代美術館の常設や、昭和初期の洋画を取り上げた展覧会などでときどき観たりして、もともと好きな画家ではあったのですが、去年でしたでしょうか、Eテレの『日曜美術館』で長谷川利行の特集を観て、その人となり(というか生き方ですかね)に衝撃を受け、なかなかすごい画家だったんだなぁと強く興味を持つようになりました。

本展は、回顧展としては18年ぶり。初期から晩年まで150点近い作品が紹介されています。客層は年配が中心かなと思ったのですが、意外と若い人も多く、近年の利行に対する関心の高さが伺えます。


会場の構成は以下のとおりです:
Ⅰ 上京-1929 日暮里:震災復興の中を歩く
Ⅱ 1930-1935 山谷・浅草:街がアトリエになる
Ⅲ 1936-死 新宿・三河島:美はどん底から生じる

長谷川利行 「夏の遊園地」
昭和3年(1928) 個人蔵

利行はもともとは文学を志していて、歌集を出したり小説も書いたりしていたのですが、いつからか絵画にシフトし、30歳で上京、32歳で洋画の展覧会に初入選します。若い頃、水彩画の指南を受けたりというのはあったみたいですが、絵画はほぼ独学。フォーヴィズム風だけどフォーヴィズムとはどことなく異なる激しいタッチや強烈な色彩は、“イズム”のようなものに縛られない独学故の自由さにあるのかもしれません。

長谷川利行 「汽罐車庫」
昭和3年(1928)頃 鉄道博物館蔵

初期の作品は鉄道や変電所、陸橋、駅といった無機質な都市の風景を主題に選ぶことが多かったといいます。ほかの作品よりもひと際大きい「汽罐車庫」は赤茶けたレンガ色の堂々とした車庫とどっしりとした地面、そして黒々とした蒸気機関車という重厚な色彩感と構図の迫力に圧倒されます。

どう見ても稚拙なんだけど、夏の光の眩しさや遊園地の楽しさが不思議と伝わってくる「夏の遊園地」や、全体的に雑なんだけどカフェの高い天井や人が捌けたのか談笑する女給さんたちの雰囲気がとても魅力的な「カフェ・パウリスタ」など、なんかとても惹かれてしまいます。追加作品として展示されていた「子供」の絵具のチューブから直接塗ったような激しさと青と白の格子の浴衣の可愛らしさのアンバランスがまた面白い。

長谷川利行 「靉光像」
昭和3年(1928) 個人蔵

利行は文学青年だったという知的さもあったのか、面倒見が良かったのか、後輩の洋画家たちに慕われていたといいます。ひと回り下の同時代の洋画家・靉光の家に泊まった際、靉光のパレットとカンヴァスを使って30分ぐらいで描き上げたという「靉光像」なんか観ると、まるで画用紙にクレヨンでさささと描いてしまうような仕事の速さと的確なのに無駄のない筆の動きに驚いてしまいます。

さささと描いてしまう一方で、肖像画の「岸田国士像」は珍しく4、5日かけて丁寧に描いたそうです。岸田の本を持って行っていいの一言に風呂敷で本をありったけ持って行ったとか毎日のように金を無心に来たとか、利行のエピソードもかなりのもの。利行のそうした態度に友人知人も離れていったようです。

長谷川利行 「水泳場」
昭和7年(1932) 板橋区立美術館蔵

今回の展覧会でとても好きだったのが「水泳場」。震災復興事業として墨田公園に造られたという屋外プールを描いた作品で、プールを囲む大勢の人々やプールで泳ぐ人、飛び込む人、プールの賑やかな歓声が聴こえてきそうです。空は眩いばかりの青空、プールの向こうには隅田川の青い水面も望めます。

利行はアトリエを持たず、浅草や新宿といった繁華街や、人々の集まる駅や演芸場など、その場でカンヴァスに絵を描いたといいます。だからなのか、どの作品からも臨場感というか、リアルな感覚に満ちていて、その躍動感に圧倒されます。溢れる色彩と荒く奔放なタッチのその画面からは酒場やカフェの賑わい、汽車の音、街の騒めきが響いてくるようです。昭和初期の東京をここまで魅力的に描く画家が他にいたでしょうか。

長谷川利行 「ノアノアの少女」
昭和12年(1937) 愛知県美術館蔵

個人的に好きな利行の人物画もたくさんあって嬉しい。とりわけカフェの女給や市井の女性たちを描いた作品の味わいは格別。利行とモデルになった女給さんの近さというか、親しさがなんか感じられるようです。そして都会的でモダンな雰囲気と昭和初期独特の退廃的なムード。賑やかさとか温もりとかとは裏腹な寂寥感が見え隠れするところも利行の絵の魅力という気がします。

演芸場やビアガーデンで30分程で描きあげたというエピソードも面白いですね。手拍子したり酒を飲みながらカンヴァスにひょいひょいと描く光景が目に浮かびます。

長谷川利行 「青布の裸婦」
昭和12年(1937) 個人蔵

長谷川利行 「女」
昭和12年(1937) 横須賀美術館蔵

後期は薄塗りになり、時として抽象画のような作品も残しています。晩年は酒の飲み過ぎから胃痛に苦しみ、三河島の路上で倒れ、胃ガンのため49歳で亡くなります。

会場には昨年同じ府中市美術館で開催された『ガラス絵 幻惑の200年史』でも紹介されていた利行のガラス絵も展示されていました。

長谷川利行 「白い背景の人物」」
昭和12年(1937) 個人蔵


【長谷川利行展 七色の東京】
2018年7月8日(日)まで
府中市美術館にて


美術の窓 2018年 4月号 [雑誌]美術の窓 2018年 4月号 [雑誌]

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