(※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです)
先日、東京藝術大学大学美術館の『藝「大」コレクション』でたまたま上村松園の「草紙洗小町」を観たのですが、あまりに精緻な着物の文様や体の動きを捉えた線描の確かさに驚いたというか、松園は侮れないなと痛感したばかり。個人的にも松園をあらためて見直したいと思っていたところでした。
松園の作品を観る機会はよくありますし、美人画の展覧会に行けば必ず見かけますが、山種美術館でもここまで松園の作品が揃うのは約2年ぶり。山種美術館は初代館長の山﨑種二氏が上村松園と親しく交流していたそうで、そうした縁もあって松園作品が充実しています。
本展ではその松園コレクション18点全てが公開されているほか、浮世絵から現代日本画家の作品まで美人画ばかりがずらり。出品数は約90点(期間中一部展示替えあり)と見応えもあって、芸術の秋にピッタリな展覧会になっていました。
第1章 上村松園-香り高き珠玉の美
会場の最初には松園の代表作の一つ「蛍」。蚊帳に美人というのは美人画の定番なのか、浮世絵や、それこそ春画でも見ますし、全生庵の幽霊画コレクションにも「蚊帳の前の幽霊」という美しい幽霊の絵があったりします。そばに松園が参考にしたという歌麿の「雷雨と蚊帳の女」がパネルで紹介されていて、構図をうまく借用していることも分かります。松園は“蚊帳に美人=艶めかしい”というイメージではなく、「高尚にすらりと描いてみたいと思った」といいます。寝支度に蚊帳を吊る光景はどこか愛らしく、背伸びしたポーズや白い腕、蛍に目を向ける姿は艶めかしさとは違う自然体の色気を感じます。
[写真左] 上村松園 「蛍」 大正2年(1913) 山種美術館蔵
松園はほとんどモデルを使わず、主に古画の研究を通して美人画の表現を学んだそうです。簾越しの美人は松園が好んだスタイルですが、女性の立ち姿は歌麿や北斎など浮世絵の美人図を彷彿とさせます。どうすれば女性が美しく引き立つか。美人と簾という組み合わせは気品と色っぽさのバランスが絶妙な格好の素材だったのかもしれません。
着物の色や柄から髪型、小物に至るまで、女性ならではのこだわりが感じられるのも松園の美人画の魅力。着物の絞りや刺繍なども実際の染織の装飾技法を意識して描いているそうです。簪や笄とかちょっとしたところに金泥を引いていたり、「蛍」の着物柄は大正時代に流行ったアールヌーヴォー柄だったり、松園も描きながらオシャレを愉しんでいたのではないでしょうか。会場の一角には<松園好みの髪型>というパネルがあって、松園作品に見られる髷の種類についても紹介されていました。髪の毛の生え際や眉なんかも凄く丁寧に描いてますよね。
[写真左] 上村松園 「新蛍」 昭和4年(1929) 山種美術館蔵
[写真右] 上村松園 「夕べ」 昭和10年(1935) 山種美術館蔵
[写真右] 上村松園 「夕べ」 昭和10年(1935) 山種美術館蔵
松園は表装にもこだわっていて、懇意にしていた京都の表具屋には表装に使用した裂地が今も残っているといいます。「娘」は針仕事をする女性の膝の上に松の文様をあしらった晴れ着が描かれているのですが、それに合わせて表装も松の文様だったり、「春芳」は本紙の上下に刺繍を施した辻が花風の裂を使っていたり、表具装を含めて一つの作品という感じがします。
[写真左から] 上村松園 「庭の雪」 昭和23年(1948)、上村松園 「娘」 昭和17年(1942)
上村松園 「詠哥」 昭和17年(1942) 山種美術館蔵
上村松園 「詠哥」 昭和17年(1942) 山種美術館蔵
戦時下で世間は美人画どころでない中も、松園の作品は戦争の影を全く感じさせないのですが、実は微妙にモチーフが変わっているそうなんです。それまではひたすら女性の美の理想を追求していた松園も、戦時中は「娘」の針仕事のような、生活の中の女性を描くようになったといいます。
上村松園 「牡丹雪」 昭和19年(1944) 山種美術館蔵
松園の「牡丹雪」、大好きな作品です。余白を多くとり、灰色の空の広がりとふわりふわり舞い落ちる牡丹雪を見事に表現。真っ白に雪の積もった傘からはその重さが伝わってくるようです。
第2章 文学と歴史を彩った女性たち
ここでは神話や伝説、古典文学などに登場する女性を描いた作品を展観します。
こちらにも一点だけ松園。「砧」は文展出品の大作「草紙洗小町」の次に描いた作品。「草紙洗小町」と同じく能に取材したもので、夫を待ちわびる妻を「肖像のような又仏像のような気持で描いた」といいます。夫を想う妻の心情が滲み出てくるような深い表現性も素晴らしいのですが、細かに描き込んだ打掛や小袖も見どころです。
上村松園 「砧」 昭和13年(1938) 山種美術館蔵
(※本展ではこの作品のみ写真撮影可能です)
(※本展ではこの作品のみ写真撮影可能です)
物語絵といえば、源氏絵。森村宜永の「夕顔」はやまと絵の表現でまとめた古風な一幅。童女が差し出す香を焚きしめた白い扇にはさりげなくユウガオの花も描かれています。金銀の切箔や砂子が散りばめられ、装飾性も高い。古径の「小督」と紫紅の「大原の奥」は『平家物語』。古径の「小督」は人物はやまと絵風なのですが、屋敷や庭の木は薄墨で微妙な風合いを出していて古径らしいなと感じます。
[写真左から] 森村宜永 「夕顔」 昭和40~63年(1965-88)頃
小林古径 「小督(双幅のうち左幅)」 明治34年(1901)頃
今村紫紅 「大原の奥」 明治42年(1909) 山種美術館蔵
小林古径 「小督(双幅のうち左幅)」 明治34年(1901)頃
今村紫紅 「大原の奥」 明治42年(1909) 山種美術館蔵
[写真左] 松岡映丘 「斎宮の女御」 昭和4~7年(1929-32)頃 山種美術館蔵
[写真右] 森田曠平 「百萬」 昭和61年(1986) 山種美術館蔵
[写真右] 森田曠平 「百萬」 昭和61年(1986) 山種美術館蔵
今回の展覧会は戦後の作品も結構多いのですが、そこはやはり山種美術館の御眼鏡に適った作品なので、やまと絵復興の松岡映丘のような画家の隣りに並んでも全く遜色ありません。森田曠平の作品が3点あって、「百萬」にしても「出雲阿国」にしても安田靫彦や前田青邨の流れを感じるものがあっていいなと思います。映丘の「斎宮の女御」は斎宮女御が白描なのですが、口に紅色を施し、よくよく観ると琴の糸は金で描いています。芸が細かい。
[写真左] 小山硬 「想」 昭和56年(1981) 山種美術館蔵
[写真右] 森田曠平 「出雲阿国」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵
[写真右] 森田曠平 「出雲阿国」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵
「天草シリーズ」で知られる小山硬の「想」は、キリシタン大名の大友宗麟の側室で後に妻となるジュリアを描いたもの。覚悟を決めたような表情が印象的です。背景には戦国大名の名が書かれた地図が描かれていて何やら意味深。解説を読むとなるほどと思います。
第3章 舞妓と芸妓
ここは全て戦後の作品。ほとんど明治生まれの日本画家なのですが、伝統とモダンさが同居した絵作りがチャレンジングだし、どれも魅力的です。舞妓や芸妓という同じ画題でもそれぞれの画家の味がよく出ていて、似た構図の作品を敢えて並べて展示してるからか、統一感があって面白い。
[写真左] 奥村土牛 「舞妓」 昭和29年(1954) 山種美術館蔵
[写真右] 三輪良平 「舞妓」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵
[写真右] 三輪良平 「舞妓」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵
橋本明治の作品が3点あって、とても惹かれました。橋本明治も美人画の展覧会ではよく見かけるものの、あまりよく知らなかったのですが、松岡映丘に師事していて、焼損した法隆寺金堂壁画の再現にも安田靭彦や前田青邨らと共に参加しているんですね。なのにこの肉太の輪郭線と独特の色彩感。キュビズムの影響もあるんでしょうか。
[写真左] 橋本明治 「舞」 昭和41年(1966) 山種美術館蔵
[写真右] 橋本明治 「月庭」 昭和34年(1959) 山種美術館蔵
[写真右] 橋本明治 「月庭」 昭和34年(1959) 山種美術館蔵
[写真左] 片岡球子 「むすめ」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵
[写真右] 橋本明治 「秋意」 昭和51年(1976) 山種美術館蔵
[写真右] 橋本明治 「秋意」 昭和51年(1976) 山種美術館蔵
第4章 古今の美人-和装の粋・洋装の華
春信、清長、歌麿といった浮世絵の美人図が並ぶ中、ひときわ目を惹くのが月岡芳年の「風俗三十二相」。芳年の美人画の代表作で、「おもしろそう」とか「つめたそう」とか「いたそう」とか、みんな「◯◯そう」となっていてちょっとユーモラスなところも(前期・後期で展示替えがあります)。
“西の松園、東の清方”と称された鏑木清方は芳年の孫弟子。清方の作品も2点展示されていて、芳年に連なる美人画の系譜を観ることができます。
[写真左から] 鈴木春信 「柿の実とり」 明和4~5(1767-68)頃
鳥居清長 「社頭の見合」 天明4年(1784)頃
喜多川歌麿 「青楼七小町 鶴屋内 篠原」 寛政6~7年(1794-95)年頃
山種美術館蔵(いずれも展示は9/24まで)
鳥居清長 「社頭の見合」 天明4年(1784)頃
喜多川歌麿 「青楼七小町 鶴屋内 篠原」 寛政6~7年(1794-95)年頃
山種美術館蔵(いずれも展示は9/24まで)
[写真左から] 伊藤小坡 「虫売り」 昭和7年(1932)頃
小林古径 「河風」 大正4年(1915)
菱田春草 「桜下美人図」 明治27年(1894) 山種美術館蔵
小林古径 「河風」 大正4年(1915)
菱田春草 「桜下美人図」 明治27年(1894) 山種美術館蔵
春草の「桜下美人図」は春草にしては珍しい寛文美人風の風俗画。美校時代の作品とのことですが、同時期に描かれた徽宗画の模写や橋本雅邦を意識したような作品が『藝「大」コレクション』にも出ていて、この時期は古画や手本を参考にいろいろ吸収していたんだろうなと思います。
伊藤小坡の「虫売り」は後ろ姿なのでどんな美人か分かりませんが、その佇まいからもさぞかし美しい人なんだろうと思わせます。でもあの華奢な体で天秤棒を担ぐのは大変そう。池田輝方の「夕立」も素敵ですね。女性も美しいけど、男性も美しい。
池田輝方 「夕立」 大正5年(1916) 山種美術館蔵
奥の離れの小部屋には洋装や戦後の和装美人を描いた作品が展示されていたのですが、その中で印象的だったのが和田英作の「黄衣の少女」。ほの暗い照明の中にひときわ明るい色彩が目を惹きます。木暮美千代がモデルという伊東深水の「婦人像」も良い。確かに似ている。
和田英作 「黄衣の少女」 昭和6年(1931) 山種美術館蔵
美人画の展覧会というと、ちょっとパターンが決まったところがありますが、今回の展覧会は松園や清方や深水といった定番の美人画だけでなく、浮世絵や物語絵から現代日本画までバラエティに富んでいて見どころも多いですし、女性だけでなく広い層にお勧めできる展覧会だと思います。
山種美術館に行ったら、1階の≪Cafe 椿≫に寄らずにはいられません。展覧会に出品された作品をモチーフにした和菓子が毎回話題ですが、今回の『上村松園 -美人画の精華-』展の和菓子がまたいつも以上に手が込んでいて、味もヴィジュアルもどれも◎。
【企画展 上村松園 -美人画の精華-】
2017年10月22日(日)まで
山種美術館にて
もっと知りたい上村松園―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
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