2017/09/25

狩野元信展

サントリー美術館で開催中の『狩野元信展』を観てまいりました。

個人的に今年最も楽しみにしていた展覧会の一つ。狩野派の二代目であり、狩野派を画壇の中央へ押し上げただけでなく、日本絵画史上最大の画派へ成長する礎を築いた最重要人物である狩野元信。意外なことに単独で元信を取り上げる回顧展は初めてだといいます。

サントリー美術館は元信の「酒伝童子絵巻」を所蔵していますが、いずれ重要文化財に指定されたら元信の展覧会を開きたいという希望があったのだそうです。「酒伝童子絵巻」は2015年に重要文化財に指定され、念願叶って企画が実現。国内外に現存する元信筆もしくは工房作とされる作品が一堂に揃い、構成もよく整理され、大変充実した展覧会になっていました。


第1章 天下画工の長となる - 障壁画の世界

まずは元信の代表作である大徳寺大仙院方丈の旧障壁画をじっくり。
元信の作品にはまだ国宝がありませんが、最初に国宝に指定されるとしたら、恐らくこの障壁画なんじゃないかと思います。方丈の中心となる室中は足利将軍家に仕えた先輩格の相阿弥ですが、周囲の4室は狩野派が手掛けていて、その内「四季花鳥図」と「禅宗祖師図」のみが元信の真筆。ほかの障壁画は元信の下、弟子たちが分担したとされています。

狩野元信 「四季花鳥図(旧大仙院方丈障壁画)」 (※写真は一部)
室町時代・16世紀 大仙院蔵 (需要文化財)
(※期間中展示替えあり。但し10/4~10/16は展示がありません)

「四季花鳥図」は去年の東博の『禅展』で全幅展示されましたし、ほかの障壁画も東博の常設などで何度か拝見していますが、やはり「四季花鳥図」の素晴らしさは特筆的。水墨画を基調としつつ、濃彩の花や鳥を取り入れたスタイルは近世障壁画の幕開けを感じさせます。「禅宗祖師図」も人物の的確な表現や霞雲を取り入れた奥行き感など、これまでの日本の漢画系水墨画とは異なる新たな表現が見られ、元信の画力の高さと構成力の巧みさに舌を巻きます。

狩野元信 「禅宗祖師図(旧大仙院方丈障壁画)」 (※写真は一部)
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (需要文化財)
(※期間中展示替えあり。但し展示は10/23まで)

先日、山下裕二氏の記念講演会を拝聴したのですが、その中で、能阿弥、芸阿弥、相阿弥と続いたいわゆる三阿弥のあとを誰かが継承した形跡がなく、恐らく元信は相阿弥が持っていた門外不出の粉本を譲り受けたのではないかという話がありました。将軍家所蔵の中国絵画はそう簡単に観られるものではないでしょうから、そうした粉本を学習することで“真・行・草”という発想も生まれたのかもしれません。


第2章 名家に倣う - 人々が憧れた巨匠たち

室町水墨画の手本とされ、当時の漢画系の画家に絶大な影響を与えたのが馬遠や夏珪、玉澗、牧谿といった中国・宋元の画家たち。馬遠と夏珪の様式は真体、牧谿は行体、玉澗は草体のそれぞれ規範となるわけですが、そうした違いを感じながら観ると、元信の作品だけでなく、狩野派の作品を理解する上でも役立つんじゃないかと思います。

沈恢 「雪中花鳥図」
中国・明時代 15世紀 泉屋博古館 (※展示は10/2まで)

南宋時代の作品が多い中、印象的だったのが沈恢の「雪中花鳥図」。静謐な画面の中にピンク色の梅が華やかに映えます。呂紀の花鳥図を思わせる明代らしい作品です。

個人的には「相阿弥模写梁楷筆耕織図巻」が出ていたのが嬉しいところ。狩野派の伝統的な画題に稲作や蚕織の一連の作業を描いた耕織図というのがありますが、その基とされるのが南宋の画家・梁楷の「耕織図巻」で、「相阿弥模写梁楷筆耕織図巻」はその名のとおり相阿弥が模写したものの更に模写。恐らく元信は相阿弥の模写を見て、耕織図を屏風形式に再構成したのでしょう。相阿弥本は現存しないので、江戸時代に描かれたこの模写本からしか知る術はないのですが、所蔵先の東博でもなかなかお目にかかることができず、ずっと観たいと思っていました。


第3章 画体の成立 - 真・行・草

馬遠や夏珪、玉澗、牧谿といった中国絵画の筆様を、元信は書道の楷書・行書・草書に倣い、真体(楷体)・行体・草体という3つの画体に整理。漢画のスタイルをマニュアル化することで、優秀な弟子を育成し共同制作の効率を高めることに成功します。元信の経営者的能力が評価される由縁です。

狩野派の作品を見慣れてないと、真体・行体・草体という概念はなかなか難しいところがありますが、展示作品のキャプションに「真体」「行体」「草体」と印がついているので狩野派初心者も安心です。

伝・狩野正信 「竹石白鶴図屏風」 (重要文化財)
室町時代・15世紀 真珠庵蔵 (※展示は9/25まで)

元信の父・正信の作品もいくつかあって、中でも白眉が「竹石白鶴図屏風」。正信筆だろうとされているようですが、筆者については諸説あり、元信説もあるとか。山下先生は二扇目の岩の上の小鳥によって強調される斜めのラインを絶賛していましたが、左上の淡墨から濃墨への諧調さが表す奥行き感や湿潤な空気感もまた素晴らしい。

狩野元信 「真山水図」
室町時代・16世紀 京都国立博物館蔵 (※展示は10/9まで)

正信の掛幅の「山水図」と元信の「真山水図」が並んで展示されていて、いろいろ比較しながらずっと観ていました。正信の縦の構図を元信は横に展開。中央に大胆に余白を入れることで、空間の広がりと奥行き感を出すのに成功しています。右側の屹立した山の描写などは正信の「山水図」をほぼ流用しているのですが、人物をよく見ると(単眼鏡でないと分かりません)、正信は輪郭線が平板なのに対し、元信は肥痩のある線で非常にきっちりと丁寧に描いていて、その性格が分かるような気がします。

「元信」印 「四季花鳥図屏風」
室町時代・16世紀 静岡県立美術館蔵 (※展示は10/9まで)

日本で水墨の花鳥図屏風に色彩を加えるということがいつから始まったかよく知りませんが、着色の折枝画や花鳥図は既に存在しましたし、雪舟の晩年作にも著色の花鳥図屏風があるので、恐らく室町時代後期には先例があったのでしょう。元信も基本的には大仙院の障壁画のように、水墨の花鳥図に色彩を施した程度のものが多いようですが、特筆すべきはやまと絵の要素を大胆に取り入れた、いわゆる和漢融合で、極めて装飾性の高い彩色の花鳥図屏風を残しています。他館に貸し出されているということで代わりに高精細複製品が展示されてましたが、白鶴美術館所蔵の金壁画「四季花鳥図屏風」は元信の幅の広さに驚くと同時に、ここまで完璧にやまと絵の世界を表現できるその実力に圧倒されます。

狩野元信 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
室町時代・天文19年(1550) 白鶴美術館所蔵 (※複製品を展示)


第4章 和漢を兼ねる

歌舞伎の人気演目『傾城反魂香』に絵師・土佐将監の娘と結婚の約束をした狩野元信が将監の娘から土佐家の秘伝を手に入れるという話が出てきます。これは芝居の話ですが、将監はやまと絵の土佐光信がモデルとされ、実際に元信は光信の娘・千代(光久)と結婚したとも伝えられます。元信は多角的な顧客層の獲得や多様化する需要のため、和様の要素を取り入れざるを得なかったのかもしれません。もしくは戦略として土佐派に接近し、やまと絵の領域に進出したのか。そう考えると興味が尽きません。

狩野元信 「酒伝童子絵巻」(重要文化財)
室町時代・大永2年(1522) サントリー美術館蔵 (※場面替えあり)

「酒伝童子絵巻」は『絵巻マニア列伝』に続いての再登場。「酒伝童子絵巻」だけを観ていると、元信作品の中で異色に思えますが、同じく元信筆の「清凉寺釈迦堂縁起絵巻」を観ると、決して特異な作品ではないことが分かります。人物や室内の描写は色彩豊かなやまと絵の絵巻の描き方がされていますが、背景の山並みは漢画的に描かれています。

「二尊院縁起絵巻」は薄い群青のすやり霞など元信の絵巻と共通する点があるのですが、工房作ではないかとのこと。人物の表情も画一的で、これまで観てきた元信の際立った人物表現を思うと、ちょっと違うと感じます。「酒飯論絵巻」は元信説もあるようですが、筆者は不明。ただ、酒好きの男と酒よりごはんが好きな男と両方ほどほどに好きな男が持論を展開するという内容が面白い。絵巻マニア必見です。

「元信」印 「富士曼荼羅図」(重要文化財)
室町時代・16世紀 富士山本宮浅間大社蔵 (※展示は10/9まで)

今回一番観たかった作品の一つが「富士曼荼羅図」。工房作といわれますが、元信の絵巻に共通する薄い群青のすやり霞や、やまと絵の風俗画を思わせる豊かな人物描写、小さな人物も線の肥痩が巧みで丁寧に描かれていて、想像以上に優れた作品でした。何より富士山の山道をジグザグに登る参詣者の姿は感動的。是非これは単眼鏡で覗いて欲しい。


第5章 信仰を描く

今回ボストン美術館から3点の元信作品が里帰りしています。そのひとつが元信の仏画の最高傑作という「白衣観音図」。太くしっかりとした衣文線、暗い背景から浮かび上がる色彩の美しさ、中国や朝鮮の仏画を思わせる岩や波の表現。状態も非常に良く、最高傑作といわれ、なるほどと思う優品です。

狩野元信 「白衣観音図」(重要文化財)
室町時代・16世紀 ボストン美術館所蔵


第6章 パトロンの拡大

狩野永納が著した画人伝『本朝画史』の元信伝には「若くして貧す」とあるといいます。父・正信の晩年は病気などが理由で長く絵師としての活動ができなかったという話もあり、また時代的にも戦国時代の只中、元信は支持基盤を拡大するのに必死になっていたことが想像できます。

「細川澄元像」は現存する元信作品の中では最も初期の作品。有力な戦国武将をパトロンにするという狩野派の戦略もこの頃から始まっていたのかもしれません。澄元の姿がとても緻密に丁寧に描かれていますが、馬の独特の造形も印象的。ほかの展示作品にも類似の馬の表現が見られます。

狩野元信 「細川澄元像」(重要文化財)
室町時代・16世紀 永青文庫蔵 (※展示は10/9まで)

白鶴美術館の「四季花鳥図屏風」が複製だったり、元信真筆の「妙心寺霊雲院方丈障壁画」や元信周辺の画家説のある「洛中洛外図歴博甲本」といった重要な作品が出てなかったり、欲を言えば切りがないのですが、これだけ揃えば十分過ぎるかもしれません。いや、内容は期待以上でした。元信から桃山時代・江戸時代の近世絵画は幕を開けると言っても過言ではないと思いますし、そういう意味では大変意義深い展覧会だと思います。


【六本木開館10周年記念展 天下を治めた絵師 狩野元信】
2017年11月5日(日)まで
サントリー美術館にて


別太131 狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)別太131 狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)

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