2019/02/23

奇想の系譜展

東京都美術館で開催中の『奇想の系譜展 江戸絵画のミラクルワールド』へ行ってきました。

辻惟雄先生の『奇想の系譜』が出版されたのが1970年(1968年に『美術手帖』で連載)、筑摩書房から文庫本が出版されたのが2004年。以来、『奇想の系譜』で紹介された、かつて異端、前衛と呼ばれた江戸絵画の非主流の絵師に関心が集まり、特にこの20年の江戸絵画ブームの火付け役になったのは紛れもない事実でしょう。

本展ではその『奇想の系譜』で紹介された又兵衛、山雪、若冲、蕭白、芦雪、国芳に、さらに白隠と其一を加えた総勢8人の絵師たちの奇想ぶりを紹介しています。まさに江戸絵画の奇想オールスータズ大集合。同書に強く感化された身としては夢のような企画です。

思い返せば、ここ10年ほどの奇想の絵師たちの展覧会の充実は目を見張るものがありました。それまでなかなか作品を目にする機会のなかった絵師も多く、遠い地方であってもわざわざ観に行った人も多いのではないでしょうか。当ブログで紹介した主な展覧会だけでも、以下のようなものがありました。

伊藤若冲
『伊藤若冲 アナザーワールド』(2010年/千葉市美術館)
『若冲と蕪村』(2015年/サントリー美術館)
『若冲展』(2016年/東京都美術館)
『伊藤若冲展』(2016年/承天閣美術館)
曾我蕭白
『蕭白ショック!!』(2012年/千葉市美術館)
長沢芦雪
『長沢芦雪展』(2017年/愛知県美術館)
岩佐又兵衛
『岩佐又兵衛展』(2016年/福井県立美術館)
『岩佐又兵衛と源氏絵』(2017年/出光美術館)
狩野山雪
『狩野山楽・山雪展』(2013年/京都国立博物館)
白隠
『白隠展』(2012年/Bunkamura ザ・ミュージアム)
鈴木其一
『鈴木其一展』(2016年/サントリー美術館)
歌川国芳
『歌川国芳 奇と笑いの木版画』(2010年/府中市美術館)
『破天荒の浮世絵師 歌川国芳』(2011年/太田記念美術館)
『歌川国芳展』(2012年/森アーツセンターギャラリー)
『国芳イズム』(2016年/練馬区立美術館)
『俺たちの国芳 わたしの国貞』(2016年/Bunkamura ザ・ミュージアム)

こうして見ると、本展はこれら過去の展覧会の集大成であり、ダイジェストであり、満を持しての展覧会と言ってもいいでしょう。そうした今や江戸絵画を代表する人気絵師が集まるということもあって、スペースの関係で十分とはいいませんが、それでも代表作を中心になかなかのラインナップが揃ったのではないでしょうか。奇想系(?)ファンにも、若冲だけ知ってるみたいな人にも納得の内容になっていると思います。


伊藤若冲 「象と鯨図屏風」
寛政9年(1797) MIHO MUSEUM蔵

幻想の博物誌 伊藤若冲(1716-1800)

最初に登場するのは、同じ東京都美術館で開催され、最大5時間待ちという大混雑で話題になった『若冲展』が記憶に新しい伊藤若冲。研究も進まず、評価も決して高くなかった若冲を今や知らぬ人のいないぐらいの人気絵師に押し上げたきっかけが『奇想の系譜』なのです。

会場に入るといきなり「象と鯨図屏風」がお出迎え。右隻に鼻を高々と上げた大きな白象、左隻に鯨の大きな黒い背中。もうこれだけで若冲の奇抜さが分かるというものです。「象と鯨図屏風」は2008年に北陸の旧家から見つかった作品なので、『奇想の系譜』には載ってませんが、執筆時に知られていれば、絶対『奇想の系譜』でも取り上げられていたことでしょう。

伊藤若冲 「旭日鳳凰図」
宝暦5年(1755) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵(展示は3/10まで)

代表作の「動植綵絵」は今回出品されていませんが、同じ三の丸尚蔵館所蔵の「旭日鳳凰図」が展示されています。「動植綵絵」以前に制作された作品とのことですが、「動植綵絵」同様に超絶技巧的な緻密な描写と濃密な色彩、そして裏彩色を駆使した、これぞ若冲という作品です。

伊藤若冲 「糸瓜群虫図」
細見美術館蔵(展示は3/10まで)

ここ10年の間に若冲の作品を観る機会はずいぶんあったので、「乗輿舟」や「糸瓜群虫図」、プライス・コレクションの「虎図」など何度か観ている作品もあるのですが、やはり好きな絵師ですし、個性豊かな作品なので、観てて飽きないし驚くものは何度観ても驚きます。ほかにも所蔵先以外での公開は初めてという「雨中の竹図」や新出の「鶏図押絵貼屏風」といった初めて観る作品もあり、興味は尽きません。


醒めたグロテスク 曽我蕭白

インパクトという点では蕭白も江戸絵画屈指の異色絵師。毒々しいぐらいの濃密な色遣いもすれば、コントラストを効かせた水墨画も描き、執拗なまでに精緻な表現も見せれば、描きなぐったような荒々しい筆遣いもする。『ボストン美術館 日本美術の至宝』『蕭白ショック!!』で立て続けに蕭白の傑作の数々を目にし衝撃を受けてから早7年。久しぶりに再会した蕭白はやはりエキセントリックで狂気じみてました。

曽我蕭白 「雪山童子図」
明和元年(1764)頃 継松寺蔵

「雪山童子図」は羅刹(実は帝釈天)の餌食になることと引き換えに真理の言葉を聞いた雪山童子が約束通り身を投げるという場面ですが、けばけばしい色もさることながら、歓喜に満ちた童子の顔と拍子抜けしたような羅刹の顔が強烈な印象を与えます。

「仙人図屏風」の白痴感のある仙人の表情や個性的でグロテスクな表情ばかりの「群仙図屏風」(後期展示)、鬼より不気味な「柳下鬼女図屏風」(後期展示)など、蕭白の描く人物はどれも超が付くほど個性的。それでいてどこか本質を捉えているのが凄いところです。まるで箒で描きなぐったような「唐獅子図」も一見雑そうに見えて、唐獅子はこうあるべきという荒々しさがよく出ています。

曽我蕭白 「楼閣山水図屏風」(重要文化財)
近江神宮蔵(展示は3/10まで)

蕭白はそのアクの強い作品ばかりに目が行きがちですが、たとえば「富士・三保松原図屏風」はおおらかな淡墨の諧調と奥行きと広がりを強調した構図に雪舟に繋がる水墨画の伝統を感じさせます(富士の山容の奇矯さと江戸絵画にはあまり見ない虹が特異ですが)。奇抜な構図と緻密描写に圧倒される「楼閣山水図屏風」もじっくり見ると、技巧に優れた真体の筆の確かさとダイナミックでありながらも考え抜かれたリアルな空間構成に唸らされます。


京のエンターテイナー 長沢芦雪

こちらも一昨年の『長沢芦雪展』の感動が記憶に新しい芦雪。東京で全然展覧会をやってくれないものですから名古屋まで観に行ったのですが、芦雪の代表作がここまで東京に集まるのは初めてではないでしょうか。しかも前後期合わせた16点の出品作の内、10点は『長沢芦雪展』にも出ていなかった作品。『奇想の系譜』で取り上げられながらも『長沢芦雪展』では観ることのできなかった芦雪の代表作、大乗寺の「群猿図屏風」や西光寺の「龍図襖」、方向寺大仏殿が焼失したときのスケッチを基に描いたという「大仏殿炎上図」が今回出品されているというのは嬉しいところです。

長沢芦雪 「白象黒牛図屏風」
エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵

六曲の屏風からはみ出さんばかりに(実際にははみ出してますが笑)描かれた巨大な白象と大きな黒牛。白象の背中には黒々とした鴉が、黒牛の腹には寄り掛かるように白い仔犬が描かれ、白と黒、大と小の二重構造になってるというその斬新な発想に唸ります。大きな鯨と牛の白と黒の対比は若冲の「象と鯨図屏風」を彷彿とさせますが、図録の解説によると同時期に描かれたものとされ、どちらが先か後かは現段階では不明なのだとか。もしどちらかがどちらかの作品に影響されて描かれたとすると、それはそれでとても面白い気がします。若冲の屏風にヒントを得た芦雪が、さらに誇張しアクセントに黒い鴉と白い仔犬を足したと見るのが自然な感じがしますが、どうでしょうか。

長沢芦雪 「方寸五百羅漢図」
寛政10年(1798) 個人蔵

巨大な白象と黒牛の屏風があれば、3センチ四方の、これまた前代未聞の小ささの仏画を描いたりもするのが芦雪のユニークなところ。「方寸五百羅漢図」は小さすぎて肉眼ではちゃんと見えないので、拡大パネルも展示されています。細かに描かれた羅漢は単眼鏡がないとまず見えません。


執念のドラマ 岩佐又兵衛

そして又兵衛。辻惟雄先生の『奇想の系譜』で一番最初に登場し、最も紙面を割かれているのが又兵衛でした。又兵衛の現存作品は決して多くありませんが、本展にはその代表作が集まり、とても充実しています。又兵衛でこれだけの作品が集まるのは、関東では2004年の『岩佐又兵衛展』(千葉市美術館)以来ではないでしょうか。

岩佐又兵衛 「山中常盤物語絵巻」(※写真は第四巻の一部)(重要文化財)
MOA美術館蔵(展示は3/10まで)

又兵衛の奇想を語る上で外せないのが『山中常盤物語絵巻』。牛若伝説の御伽草子をベースにした全12巻、全長150mという長大な絵巻で、本展では絵巻前半のクライマックスにあたる、常盤御前が盗賊に襲われる第四巻と、常盤が息絶え、母・常盤の夢を見た牛若が山中に辿り着く第五巻が前後期に分けて展示されます。中世・近世を通し、ここまで凄惨な描写の絵巻があっただろうかというぐらい劇的でサディスティックで、なおかつリアル。2年前のMOA美術館での全巻展示(『奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻 』)など、これまで何度か拝見してるのですが、やはりこの絵巻は何度観ても釘付けになりますし、圧倒されます。豊かで独創的な表現や細密描写もさることながら、絢爛豪華な装飾性の高さも大きな見どころです。

岩佐又兵衛 「豊国祭礼図屏風」(重要文化財)
徳川美術館蔵(展示は2/24まで)

福井県立美術館の『岩佐又兵衛展』で最も感動した作品の一つが「豊国祭礼図屏風」。六曲一双の屏風にびっしりと描かれた無数の人、人、人。皆が皆、表情豊かでバイタリティに満ちていて、その生き生きした群像表現や祭礼のグルーヴ感は、傑作「洛中洛外図屏風(舟木本)」(展示期間は2/26〜3/10)に通じるものがあります。又兵衛の絵巻や屏風はほんと1日観ていても飽きないし、何度も観ていても必ず新しい発見があります。


「豊国祭礼図屏風」や「洛中洛外図屏風(舟木本)」は是非単眼鏡でご覧ください。単眼鏡があるとないとでは面白さは雲泥の差です。たけのこおじさんも探してね!

[写真左から] 岩佐又兵衛 「伊勢物語 梓弓図」(重要文化財) 文化庁蔵(展示は3/10まで)
「弄玉仙図」(重要文化財) 摘水軒記念文化振興財団蔵(展示は3/10まで)
「龐居士図」(重要美術品) 福井県立美術館蔵(展示は3/10まで)
「官女観菊図」(重要文化財) 山種美術館所蔵(展示は3/12から)

[写真左から] 岩佐又兵衛 「伊勢物語 烏の子図」(重要美術品) 東京国立博物館蔵(展示は3/12から)
「老子出関図」 東京国立博物館蔵(展示は3/12から)
「羅浮仙図」(重要美術品) 個人蔵(展示は3/26から)
「雲龍図」  東京国立博物館蔵(展示は3/12から)

そして今回の展示で必見なのが「旧金谷屏風」と呼ばれる一連の作品。もとは屏風で、その後ばらばらに軸装され、現在の形になっています。2016年の『岩佐又兵衛展』では現存する10図(2図は行方不明)が約100年ぶりに集結ということで話題になりましたが、本展ではそのうち8図が前後期に分けて展示されます。和漢さまざまな画題が取り上げられた作品で、又兵衛の極めて高い筆技が存分に発揮されています。


狩野派きっての知性派 狩野山雪

恐らく今回の奇想の絵師の中で一番馴染みが薄いのが山雪かもしれませんね。山雪は関東ではこれまであまり観る機会がなかったと思います。東博の常設展でときどき展示されていたり、『禅 - 心をかたちに』(2016年)で代表作「龍虎図屏風」が出品されたりということはありましたが、そもそもこれだけ山雪の作品が集まるというのも『狩野山楽・山雪展』以来ではないでしょうか。

狩野山雪 「梅花遊禽図襖絵」(重要文化財)
寛永8年(1631) 天球院蔵

山雪は京狩野の二代目で、京狩野の祖・山楽の娘婿。山楽も永徳の弟子なので、京狩野家は血縁を重んじる狩野派にあっては外様的立ち位置にありますが、永徳に代表される装飾的な桃山の画風を最も色濃く継承しているといわれています。「梅花遊禽図襖絵」は永徳を彷彿とさせる大画様式で、蛇のように曲がりくねった奇怪な枝ぶりが独特な印象を与えます。今回紹介されている絵師の中では岩佐又兵衛とほぼ同時代の江戸時代初期に活躍した絵師。又兵衛が和漢折衷の独自のスタイルを築き上げるのに対し、山雪は桃山文化の余韻を感じさせながらも“山雪ワールド”と呼ばれる理知的な画面構成と独創的な造形美に特徴があります。

狩野山雪 「寒山拾得図」
真正極楽寺真如堂蔵(展示は3/10まで)

寒山と拾得は伝統的に不気味な表情がお決まりですが、山雪の「寒山拾得図」はその画面の大きさも手伝って、グロテスク極まりないと言っていいほど。濃密な色彩と緻密に計算された構図が印象的な「蘭亭曲水図屏風」は四隻(八曲二双)という絵巻のように長い屏風で、この異様に長い水辺の詩会の様子は先日『酒呑童子絵巻展』で観た師・山楽(伝)の「酒呑童子絵巻」の無駄に長い四方四季の庭の場面を思い出しました。


奇想の起爆剤 白隠慧鶴

江戸時代中期の禅僧で、臨済宗中興の祖といわれる白隠。ユニークな禅画で知られますが、実はとても偉いお坊さんなんです。一万点以上ともいう禅画や墨跡を残し、江戸絵画や禅画の展覧会などでは以前からたびたび作品を見かけましたが、初の本格的な展覧会というのが2012年の『白隠展』だったので、白隠に注目が集まるようになったのもここ10年くらいのこと。あれから研究も随分進んだようで、白隠画の影響が蕭白や若冲など広く江戸絵画におよんでいたことが本展では明らかにされています。

白隠 「達磨図」
萬壽寺蔵

白隠というとやはり達磨図。白隠が最も多く描いた画題とされ、現存している達磨図だけでも200点ぐらいあるいいます。太い墨で丹念に描いた初期のやぶにらみの「達磨図」や、縦2m近い大画面に堂々と描かれた達磨が強烈なインパクトを与える「達磨図(半身達磨)」、太筆で一気に描いた横顔の「達磨図」など三者三様の面白さ。「すたすた坊主図」や「蛤蜊観音図」といった白隠らしいユーモアあふれる作品もあって和みます。


江戸琳派の記載 鈴木其一

其一というとこれまで宗達・光琳・抱一に次ぐ2番手的な位置づけで扱われることがほとんどでしたが、ここ10数年の琳派ブームの中で、師匠・酒井抱一と並ぶ人気絵師になったと言っても過言ではないのではないでしょうか。

鈴木其一 「夏秋渓流図屏風」
根津美術館蔵(展示は3/10まで)

人気の高まりとともに、其一の作品もたびたび見かけるようになりましたし、2016年には待望の初の回顧展『鈴木其一展』も開かれました。本展では代表作の「夏秋渓流図屏風」や「藤花図」、山種美術館所蔵の「四季花鳥図」や「牡丹図」といったよく観る作品も展示されているのですが、所蔵館以外では初公開という「四季花鳥図屏風」や、初の里帰り公開という「百鳥百獣図」といったなかなか観る機会のない作品もあります。

鈴木其一 「百鳥百獣図
キャサリン&トーマス・エドソンコレクション蔵

今回の展覧会で注目されるのがその「百鳥百獣図」。さまざまな鳥とさまざまな動物が描かれた二幅からなる作品で、其一らしい鮮やかな濃彩である一方で、多くの動物や鳥を描くという構図やそのモチーフはどこか若冲を思わせるところがあります。割と大きな作品でしたが、動物や鳥が細かくびっしりと描かれているので、これも単眼鏡が欲しいところ。そばで観ていた小学生ぐらいの女の子がガラスに張り付いて動物や鳥の数を一生懸命数えていましたが、図録で見ても正確に分からないぐらい沢山いて驚きます(恐らく動物で70頭前後、鳥が100羽を超えるぐらいでしょうか)。


幕末浮世絵七変化 歌川国芳

最後は国芳。今や浮世絵界きっての人気浮世絵師となり、毎年のように大きな展覧会があるぐらいですが、『奇想の系譜』が書かれた50年前はほぼ無視をされていたようです。本展では、「鬼若丸の鯉退治」や「讃岐院眷属をして為朝をすくう図」、「相州江ノ嶋の図」、「東都首尾の松」、「一つ家」など『奇想の系譜』で取り上げられた作品を中心に、国芳ファンにはお馴染みの傑作が集まっています。

歌川国芳 「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」
寛永4年(1851) 個人蔵(展示は3/10まで)

奇想はやはり発想力やデザイン力など、学んで身につけるものというより、生まれ持った個性やその人のセンスに拠るところ大きいんだろうなと思います。京狩野や又兵衛の工房など師の画風を引き継いでいる例は多少あるものの、やはりここでいう奇想はその代限りで、弟子や後継者に受け継がれることはありませんでしたが、国芳だけは異例で、門下の月岡芳年や河鍋暁斎のように奇想の絵師といっていいような個性的な絵師を輩出しているのがなかなか凄いところです。

歌川国芳 「相馬の古内裏」
弘化2~3年(1845-46)頃 個人蔵

今は目が慣れて奇想を奇想と思わなくなってるところもありますが、江戸絵画の中でいかに彼らが異質だったかをあらためて考えるいい機会だと思います。これでまた奇想の絵師たちの人気が高まるのかなと思うと、少し複雑な気分もありますが、ぜひ多くの人に楽しんでもらいたい展覧会です。


【奇想の系譜展 江戸絵画のミラクルワールド】
2019年4月7日(日)まで
東京都美術館にて


奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)


新版 奇想の系譜新版 奇想の系譜

2019/02/10

河鍋暁斎 その手に描けぬものなし

サントリー美術館で開催中の『河鍋暁斎 その手に描けぬものなし』に行ってきました。

最近、毎年のようにある河鍋暁斎の展覧会。2013年には三井記念美術館の『河鍋暁斎の能・狂言画』、2015年には三菱一号館美術館の『画鬼暁斎』、2017年にはBunkamuraザ・ミュージアムの『これぞ暁斎!』、2018年には東京富士美術館の『暁斎・暁翠伝』(未見)などあって、さすがにまたかと思わなくもないのですが、それだけ人気が高いということなのでしょう。

今年は暁斎の没後130年ということで、どこかでまた展覧会をやるんだろうと思ってましたが、今度はなんとサントリー美術館。サントリー美術館でやるからには他とちょっと切り口が違うんだろうなと期待も高くなります。

その本展は、前半は狩野派絵師としての活動と古画学習を軸にした構成になっていて、これまでにない見せ方になっているのがユニークなところ。ちょっとツウ好みというか、美術史的な観点になってるので、初心者には分かりづらいかなと思うところもありますが、後半は戯画や人物画。あまり難しいことは言われてもという人にも十分楽しめる内容で、いろいろ考えたなと感じます。

ちなみに没後120年のときの展覧会が京都国立博物館の『暁斎 Kyosai -近代へ架ける橋-』。暁斎の人気は京博の暁斎展から急に高まってきたので、あれから10年、暁斎をあらためて再評価するという意味で、とても興味深く、そして期待通りの内容の展覧会になっていました。

会場の構成は以下のとおりです:
第1章 暁斎、ここにあり!
第2章 狩野派絵師として
第3章 古画に学ぶ
第4章 戯れを描く、戯れに描く
第5章 聖俗/美醜の境界線
第6章 珠玉の名品
第7章 暁斎をめぐるネットワーク

河鍋暁斎 「枯木寒鴉図」
 明治14年(1881) 榮太樓總本鋪蔵 (展示は3/4まで)

会場入口のアプローチには暁斎の代表作のパネル写真が並べられているのですが、「枯木寒鴉図」の枝にとまっていた鴉が飛んでいったり、「幽霊図」の幽霊がボーッと浮かび上がったり、一部の作品がモーションピクチャーになっていて、ワクワク感を盛り上げてくれます。

最初のコーナーでは、暁斎の卓越した画技と幅広い画業を示す好例として、第二回内国勧業博覧会で最高賞を受賞し、当時としては破格の百円で売りに出され話題になった「枯木寒鴉図」と、同じく第二回内国勧業博覧会に出品された「花鳥図」が並べて展示されています。「枯木寒鴉図」は水墨の筆技の妙を味わえ、「花鳥図」は鮮やかな色彩と緻密な描写を愉しめ、それぞれに暁斎という絵師は只者ではないという印象を強く与えてくれます。「花鳥図」は昨年東博でも展示されていましたが、蛇が雉に絡まるという異様な光景がまた暁斎らしい。

河鍋暁斎 「花鳥図」
明治14年(1881) 東京国立博物館蔵 (展示は2/18まで)

その隣に展示されていた「観世音菩薩像」がなかなか素晴らしい傑作。図様は伝統的な楊柳観音ですが、球体の童子や近代日本画的な濃厚な色彩は狩野芳崖の「悲母観音」を彷彿とさせます。透けて見えるベールの表現や細部まで手の込んだ緻密な描写はさすがです。晩年の暁斎は観音像や天神像を描くことを日課にしていたといい、本展でも暁斎の仏画がいくつか展示されていますが、本作は暁斎の数ある仏画の中でも白眉だと思います。

河鍋暁斎 「観世音菩薩像」
明治12年(1879)または18年(1885)以降
日本浮世絵博物館蔵 (展示は3/4まで)

これまでも暁斎の展覧会では、暁斎が狩野派で学び、狩野派の絵師であることを晩年まで自負していた点については触れられていましたが、暁斎が6歳で入門した歌川国芳からの影響は語られることはあっても、狩野派絵師としての観点で暁斎が語られてきたことはほとんどなかったように思います。本展では逆に国芳のことには多く触れず、晩年まで続く狩野派との深いつながりに重点が置かれています。

狩野派の特徴的な力強い筆線や粉本学習で身に着けた安定した構図などが実際の作品とともに解説されていて、どこが狩野派的なのかということも分かりやすいのではないでしょうか。狩野探幽など狩野派絵師に倣った作品や、古画学習の成果をまとめた「暁斎縮図」など資料の展示もあり、狩野派絵師としての暁斎の活動が今までになくクリアーになった気がします。売りに出されていた駿河台狩野派絵師の作品を大量に買い集めたり、探幽が膨大な古画を写した「探幽縮図」を所持していたり、暁斎は晩年になっても研究熱心で、実は思ってた以上に狩野派の伝統を受け継ぐしっかりしたベースを持っていたことも分かります。

河鍋暁斎 「鷹に追われる風神図」
明治19年(1886) ゴールドマン・コレクション蔵

これまで国芳の影響で語られがちだった戯画も狩野派と関連づけていて、とても興味深いものがありました。狩野派ぽくない「鷹に追われる風神図」が探幽の戯画が着想源になっていたり、近年は探幽周辺でも戯画が制作されていたことが明らかになっているそうです。

中国・元代の絵師・顔輝の作品とそれを模写した暁斎の「鐘呂伝道図」が展示されていたり、室町時代の「放屁合戦絵巻」と暁斎の「放屁合戦絵巻」が並べてあったり、円山応挙の仔犬や鯉を模したとされる「鯉魚遊泳図」や「竹と仔犬」があったり、土佐派の祖・藤原行光が描いたとされる百鬼夜行図をもとにしたという「百鬼夜行図」があったり、「鳥獣戯画」や「九相図」を模写した作品があったり、暁斎が狩野派に限らず、非常に多くの古画学習を熱心に行っていたことも知ることができます。

河鍋暁斎 「百怪図」
明治四年(1871)頃 大英博物館蔵

今回の暁斎展の特徴の一つに、これまで目にする機会のあった河鍋暁斎記念美術館やゴールドマン・コレクション(旧福富太郎コレクションを含む)だけでなく、サントリー美術館や東京国立博物館、大英博物館など国内外から暁斎を代表する作品がいろいろ集まっている点があります。ここまで充実した作品が揃った暁斎展は関東圏では初めてではないでしょうか。大英博物館所蔵の「百怪図」や「幽霊図」、表を暁斎、裏を子の暁雲・暁翠が描いた湯島天満宮所蔵の大きな絵馬など、こういう機会でないと滅多に観られないものも多くありました。

[左] 河鍋暁斎 「幽霊図」
明治元年~3年(1868-70) ゴールドマン・コレクション蔵
[右] 河鍋暁斎 「幽霊図」 明治4年(1871)以降 大英博物館蔵

暁斎の「幽霊図」というと、藝大美術館の『うらめしや~、冥途のみやげ展』にも出品されていた妻の臨終の姿をもとに描いた「幽霊図」が有名ですが、本展では死首を持った「幽霊図」が並んで展示されていて、これがまた嫌になるぐらい恐ろしげ。

今回の出品作で一番驚いたのは、羽織の背に残酷な処刑の場面や九相図のような死体を描いた「処刑場跡描絵羽織」。全身血まみれで磔にされた死体や首吊りの死体、鴉が群がる朽ちた死体など、どれもひたすら不気味。図録を見ると表の袖や裏地にも処刑の様子を描かれていて、いったい誰が着るんやという感じです。過去に京博の暁斎展に出品されていたようですが、関東では初公開でしょうか。

[写真左] 河鍋暁斎 「地獄太夫と一休」
明治4年(1871)以降 ゴールドマン・コレクション蔵(※本展出品作)
[写真中・右」 参考:ウェストン・コレクション蔵(※未出品)、
ボストン美術館蔵(※未出品)

[写真左] 河鍋暁斎 「閻魔と地獄太夫」
明治前半 河鍋暁斎記念美術館蔵(※本展出品作。展示は3/4まで)
[写真右] 参考:プライス・コレクション蔵(※未出品)

地獄太夫も暁斎が好んだモチーフ。一休禅師との組み合わせや閻魔大王との組み合わせが知られていて、これまでも何度かお目にかかっています。一見同じ構図でも、地獄太夫の背後の屏風の絵が異なっていたり、打掛の絵柄が異なっていたり、落款の位置が異なっていたり、さまざま。人気があり依頼も多かったのだと思いますが、一体どれだけ描いてるのでしょうか。

ほかにも国芳譲りの錦絵や暁斎が得意とした席画なども多く展示されています。暁斎は‟狂斎‟時代に席画で描いた作品がもとで投獄され、以後名を暁斎に改めたという話は有名ですが、席画を描く暁斎自身をセルフパロディー化した「百書画会」なる楽しい作品もありました。後半には、何度読んでも面白い「暁斎絵日記」や、息子・暁雲、娘・暁翠の作品なども展示されています。

何度も暁斎の展覧会に足を運んでいる人にはお馴染みの作品も多く正直新鮮味は薄いのですが、それでも初めて観る作品もあり、見応えがありました。


【河鍋暁斎 その手に描けぬものなし】
2019年3月31日(日)まで
サントリー美術館にて

「画鬼」河鍋暁斎 (TJMOOK)「画鬼」河鍋暁斎 (TJMOOK)

2019/02/02

岡上淑子 沈黙の奇蹟

東京都庭園美術館で開催中の『岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟』に行ってきました。

昨年、高知県立美術館で大々的な回顧展が開かれたとき、すごく観に行きたかったものの、さすがに高知までは行けず涙を呑んだのですが、今度は東京で回顧展が開かれるとあり、早速拝見してきました。

かれこれ10年ぐらい前でしょうか、東京都写真美術館の展覧会(調べたら『シュルレアリスムと写真』という企画展でした)で初めて岡上淑子のことを知り、幻想的でエレガントでどこか退廃的な作品の虜になりました。最近は日本美術中心に観てますが、もともとアートの入り口はシュルレアリスムだったので、この手の作品は大変好みなのです。

本展は、高知県立美術館の『岡上淑子コラージュ展-はるかな旅』とはまた別の企画だそうで、岡上淑子作品を多く所有する高知県立美術館のコレクションをはじめ、東京国立近代美術館や東京都写真美術館、アメリカのヒューストン美術館など国内外の所蔵作品、作家蔵の作品など、コラージュ作品93点、写真作品17点、そのほか日本画作品や資料、瀧口修造の書簡など、とても充実した内容になっています。岡上淑子のフォトコラージュ作品は約100点といわれているので、ほとんどの作品が出品されているようです。

岡上淑子 「幻想」
1954年 個人蔵

岡上淑子(おかのうえ としこ)は1950年代に活躍したフォトコラージュ作家。『LIFE』など海外のグラフ誌や『VOGUE』や『Harper's BAZAAR』といったファッション誌をハサミで切り抜いて貼り合わせたフォトコラージュ作品で注目を集めますが、活動したのは20代のわずか7年間だけで、結婚を機に創作活動から遠ざかります。正式な美術教育を受けたわけでなく、文化学院デザイン科の授業の課題で出された「ちぎり絵」から独特の世界観を持ったフォトコラージュが生まれたということに驚きます。

入口を入ってすぐの広間に展示されていたのが「幻想」。豪華な屋敷の室内に立ちすくんだ3頭の馬と床に寝そべった馬の頭をした女性。このシュールで洗練された不思議な世界に目を奪われるというか、旧朝香宮邸のクラシカルな空間も相まって、岡上淑子の魅惑的な夢物語の舞台に迷い込んだような気分になります。

作品と並んで、岡上淑子のイメージの源泉となったクリスチャン・ディオールやバレンシアガのイヴニングドレスやカクテルドレスなども展示されていて、岡上淑子的な世界観を演出しています。

岡上淑子 「沈黙の奇蹟」
1952年 東京都写真美術館蔵

本館はマチネ、新館はソワレというタイトルが付けられているのも面白い。本館は代表的なフォトコラージュ作品とともに、初期の作品や詩篇、フォトコラージュ以降の写真作品やドローイング、日本画のほか、瀧口修造にまつわる関連資料やマックス・エルンストのコラージュ作品、岡上淑子が使った雑誌のなどが展示されていて、新館は4幕仕立ての舞台に見立て、作品の傾向に沿ったテーマで分類されて展示されています。

岡上淑子 「招待」
1955年 高知県立美術館蔵

岡上淑子は溢れるように湧いてくる空想や夢やストーリーを何か形にしようとしてフォトコラージュに辿り着いたといいますが、こうしたコラージュ作品が生まれた背景として、戦後の復興期の特に女性の洋装化や欧米の最先端のモードへの強い興味、上流階級の生活やヨーロッパ文化への憧憬といったものがあっただろうことは作品の端々から見えてきます。新館に展示されていた作品には、焼け野原になった街と風景にそぐわない女性が貼り合わされた作品や、戦闘機や戦艦など戦争をイメージさせるものが貼られた作品もあり、岡上淑子の戦争体験が大きく影響していることも分かります。

岡上淑子 「予感」
1953年 高知県立美術館蔵

岡上淑子 「懺悔室の展望」
1952年 ヒューストン美術館蔵

初期の作品は単色の羅紗紙に雑誌から切り取った写真を無造作に貼り付けた比較的シンプルなものでした。 基本的にモノクロームの作品で占められているのですが、マレーネ・ディートリッヒのような女性と赤いトマトが貼り合わされた「トマト」のようにカラーの写真を使ったものもあったりします。全面に写真が貼り合わされ、よりストーリー性があったり、幻想性が強調されるようになるのは、瀧口修造を介して知ったシュルレアリスムの画家マックス・エルンストのコラージュ作品に感化されて以降のこと。制作初期は自身をシュルレアリスム作家という意識がなかったというのが興味深いところです。

岡上淑子 「はるかな旅」
1953年 高知県立美術館蔵

2000年代に入り、長く忘れられていたフォトコラージュ作品が発掘され、こうして再評価されたわけですが、いま観ても斬新だし、50年代のテイストが逆に際立ち、強い魅力を放っている気がします。女性がメインの作品も多く、とてもファッショナブルでエレガントで良い意味でクラシカルで、超現実的でありながらも、どこか女性の空想や願望がイメージ化されたようなところが広く共感を生んでいるのかもしれません。

岡上淑子 「彷徨」
1955年 個人蔵


【岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟】
2019年4月7日まで
東京庭園美術館にて


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