2017/01/20

岩佐又兵衛と源氏絵

出光美術館で開催中の『岩佐又兵衛と源氏絵』を観てまいりました。

出光美術館では過去に何度か源氏絵や物語絵をテーマにした展覧会をやっていて、そこで又兵衛も紹介されていましたが、今回は昨今注目度が上がっている又兵衛にスポットを当て、源氏絵の魅力に迫るという構成になっています。

岩佐又兵衛というと奇想の絵師として取り上げられ、「山中常盤物語絵巻」に代表される絢爛豪華な古浄瑠璃絵巻群や洛中洛外図の最高傑作「洛中洛外図屏風(舟木本)」など、ややもするとエキセントリックな作品のイメージが先行している感じもしますが、実際には又兵衛作品の3/4がやまと絵の主題で占められているともいわれます。

本展では又兵衛の源氏絵を中心に、歌仙絵や晩年の作品も交え、また土佐派や宗達の源氏絵を比較対象として提示し、やまと絵から又兵衛、そして浮世絵に至る源氏絵の図様の変容を通して、又兵衛の源氏絵の新しさを探ります。又兵衛の源氏絵を取り上げた展覧会としてだけでなく、福井県立博物館の『岩佐又兵衛展』で紹介されなかった作品も多いので、福井の展覧会の続きという意味でも満足のいく内容でした。


第1章 〈古典〉をきわめる-やまと絵の本流による源氏絵

まずは本流であるやまと絵の源氏絵から。室町時代後期の土佐派の絵師・土佐光信と伝わる「源氏物語画帖」は36の場面から「玉鬘」「藤裏葉」「柏木」など10場面を展示。さらに並んで光信の孫・光吉(光信の子・光茂の弟子説もあり)の「源氏物語画帖」は詞書と絵画からなり、「若紫」「末摘花」「花宴」など8場面が展示されています。伝・光信の画帖は絵具が剥落した見た目も影響してか、やや古様で温雅な印象を受けるのに対し、光吉の画帖は華麗な料紙の美しさもさることながら、金雲も金泥の上に箔を重ねたりと非常に華やかで贅沢な作り。描写の細緻さも目を見張ります。近世土佐派の源氏絵の最高傑作とされる理由も納得の素晴らしさです。同じ段でも光信と光吉で描かれる図様が異なるのも面白い。

 土佐光吉 「源氏物語画帖」より「花宴」「賢木」 (重要文化財)
慶長18年(1613)頃 京都国立博物館蔵


第2章 ひとつの情景に創意をこらす-又兵衛の源氏絵の新しい試み

そして又兵衛。又兵衛とされる現存する源氏絵は、旧金谷屏風の「野々宮図」と「和漢故事説話図」の「夕霧」「須磨」「浮舟」のみで、今回はそのいずれも出品されています(旧金谷屏風の「官女観菊図」は『源氏物語』の「賢木」を描いたものとする説が最近取り沙汰されていますが本展には未出品)。場面全体を俯瞰的に捉える土佐派の源氏絵とは異なり、又兵衛の源氏絵は一枚の画面に一つの情景だけを抄出し描いています。こうして土佐派と又兵衛の源氏絵を比べて観てみると、又兵衛は内容に一歩踏み込んでるというか、演出的な効果を狙っているというか、ドラマティックに描くことで人物にクローズアップした物語世界を浮かび上がらせ、感情移入をしやすいように仕向けているように感じます。

岩佐又兵衛 「源氏物語 野々宮図(旧金谷屏風)」 (重要美術品)
桃山・江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

「野々宮図」は「賢木」の一コマを描いたもの。水墨を主体に、淡い金泥と微かな彩色を施しただけで、土佐派の色彩豊かな源氏絵とは大きく様相を異にします。古くから白描の源氏絵は小絵と呼ばれる小型絵巻などに見られますが、大きな画面形式で描いたのは又兵衛が初めてとか。源氏の姿と鳥居だけを描く構図も過去の図様に例がないそうです。

旧金谷屏風からは「野々宮図」のみの展示ですが、参考として「官女観菊図」と「源氏物語 花宴図」(原本は所在不明)がパネル展示されてます。「野々宮図」も物思うような源氏の表情が印象的ですが、「官女観菊図」と「花宴図」も女性の仕草が艶めかしく、これまでの源氏絵にはなかった登場人物の内面に肉迫した描写が秀逸です。特に「花宴図」は源氏が朧月夜を抱きすくめる様子が直截的に描かれ、こうした扇情的な描写も又兵衛が初めてといいます。やまと絵の伝統の中である種定型化された源氏絵の図様を易々と打ち破り、又兵衛は観る者の想像を掻き立てる生々しくもリアルなものに再構築したといっていいのかもしれません。

岩佐又兵衛 「和漢故事説話図」より「須磨」「浮舟」
江戸時代・17世紀 福利県立美術館蔵

「和漢故事説話図」は十二図からなる元は巻子装(現在は軸装)で、内3図が『源氏物語』を主題にしていて、本展ではその3図とも出品されています。それぞれ一つのエピソードを切り取っていて、情感的な表現に重きが置かれています。物語を知る人にはその情景が具体的に広がり、より感情を伴って見えてくるのではないでしょうか。たとえ物語を知らなくても、ドラマ性の高い場面であることが分かるはずです。

伝・岩佐又兵衛 「源氏物語 桐壺・貨狄造船図屏風」(左隻)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

「源氏物語 桐壺・貨狄造船図屏風」は出光美術館でも何度か拝見している屏風ですが、これまでは「蟻通・貨狄造船図屏風」と紹介されていました。以前より左隻の蟻通明神の場面は『源氏物語』の「桐壷」の可能性があると解説されていましたが、本展では「桐壷図屏風」と改められています。そうなると中国の故事の屏風と『源氏物語』という不思議な組み合わせになるわけですが、右隻の「貨狄造船図」も『源氏物語』の「胡蝶」との関連が指摘されていて、このあたりは専門家による更なる研究が待たれます。


第3章 さまざまな〈古典〉を描く-又兵衛の多彩な画業

又兵衛は歌仙絵も多く残していて、先の『岩佐又兵衛展』でも福井県立博物館所蔵の「三十六歌仙図」を拝見しましたが、本展では出光美術館所蔵の「三十六歌仙図」が6点出品されています。出光美術館所蔵品を見ると、福井県博本ほど線の張りに強さを感じず、歌仙の表情もアクの強さはないのですが、「柿本人麻呂」や「山部赤人」などはポーズこそ少し違うとはいえ、又兵衛の代表作「三十六歌仙図額」(仙波東照宮所蔵)に酷似していることが分かります。

歌仙絵では「三十六歌仙・和漢故事説話図屏風」が面白い。屏風の上部には三十六歌仙図とそれぞれの和歌が配置され、下部には金雲を上下に配した水景に団扇流しのような趣向で団扇形の中に『源氏物語』や『平家物語』、中国の故事、当世風俗などが描かれています。出光の「三十六歌仙図」より歌仙の表情も豊か。「在原業平図」も歌仙絵の一つですが、こうした立姿の歌仙絵は当時としてはかなり珍しいといいます。

岩佐又兵衛 「在原業平図」 (重要美術品)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

「伊勢物語 くたかけ図」も源氏絵と同様に一つの情景を切り取っていて、その繊細な描線や淡彩の趣きは源氏絵に近いものがあります。『伊勢物語』にも古くからやまと絵の図様があり、又兵衛が活躍した時代には『嵯峨本』と呼ばれるその後の伊勢絵の種本となる刷本があったりしますが、そうしたものと見比べても、又兵衛の作品はオリジナリティを感じます。

岩佐又兵衛 「伊勢物語 くたかけ図(旧樽屋屏風)」 (重要美術品)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

ここではほかにも、又兵衛の晩年の作とされる「四季耕作図屏風」と「瀟湘八景図巻」が展示されていて、又兵衛が中国の古画も熱心に学んだのであろうことが見てとれ、興味深く感じました。「四季耕作図屏風」は狩野派が得意とした画題で、右隻に春から夏、左隻に秋から冬を描き、構図も狩野派の四季耕作図でよく見る梁楷様ですが、うねうねと生き物のように伸びる樹木や動きを感じさせる人物表現、肥痩のある巧みな輪郭線はいかにも又兵衛。狩野派の四季耕作図とはまた違う面白さがあります。今は一面茶系に変色していますが、もとは金銀泥引きの美しい屏風だったそうです。


第4章 単一場面から複数場面へ-又兵衛の〈型〉とその組み合わせ

又兵衛風の「源氏物語図屏風」は複数確認されていますが、実際にどこまで又兵衛が関与したかは不明で、恐らく多くは又兵衛の工房、または岩佐派と呼ばれる絵師により制作されたものと考えられています。ここでは又兵衛と伝わる主要な「源氏物語図屏風」が5点紹介されています。

伝・岩佐又兵衛 「源氏物語図屏風」
江戸時代(17世紀) 大和文華館蔵

その内、大和文華館所蔵の「源氏物語図屏風」と高津古文化会館所蔵の「源氏物語図屏風(6場面本)」は時代的にも桃山から江戸初期を思わせる屏風で、とりわけ大和文華館本はしみじみとした古様の趣があり、顔貌の描写や繊細かつ流麗な線は又兵衛らしさを強く感じます。ほかの高津古文化会館12場面本や京都国立博物館本、泉屋博古館本はいずれも画面所狭しと『源氏物語』の場面を描いた緊密な構図で、徳川家を中心とした武家社会の中で生まれた江戸時代特有の源氏物語図屏風という印象を受けます。又兵衛風の表現もあれば、ちょっと違うんじゃないと思うものもあったり、雅やかな描写もあれば、風俗画に近い雰囲気の場面もあったりします。


第5章 物語のながめ-いわゆる五十四帖屏風にみる〈古典〉と創造

『源氏物語』の54帖すべてを大画面に納めた屏風を“54帖屏風”というそうです。ここでは土佐派と岩佐派それぞれの54帖屏風が並んでいて壮観です。屏風に行き着くまでの導線には、勝友の「源氏物語図屏風」の全帖をパネルで紹介し、各帖のあらすじが丁寧に解説されています。『源氏物語』の知識がなくても全然OKです。

伝・土佐光吉 「源氏物語図屏風」(右隻)
桃山時代(17世紀) 出光美術館蔵

岩佐勝友 「源氏物語図屏風」(右隻)
江戸時代(17世紀) 出光美術館蔵

伝・光吉の54帖屏風は最初の章で観たような土佐派の源氏絵の伝統を余すところなく伝える美麗なもので、華やかな中にも非常に端正な印象があります。一方の勝友の屏風は俯瞰的な構図は光吉に似ていますが、よくよく観ると又兵衛風のユニークな描写もあって、またそれぞれの場面に動きがあり、より劇的なものに映ります。たらしこみを樹木の描写に使っていたり、「須磨」の巻には雷神までいて、宗達の影響を感じさせるのも興味深いところ(雷神は京博本にも描かれている)。岩佐勝友は又兵衛の親類もしくは岩佐派の画人とされていますが、それ以上のことは不明だそうです。


第6章 江戸への展開-又兵衛の源氏絵が浮世絵師に残したもの

最後は江戸初期の『源氏物語』の絵入り版本や菱川師宣の肉筆浮世絵を通して、又兵衛の図様が後世に与えた影響を見ていきます。又兵衛または又兵衛風とされる源氏絵を観ていると、又兵衛の古浄瑠璃絵巻や洛中洛外図屏風にも通じる生々しさや俗っぽさを感じることがあります。それは浮世絵にも繋がっていくものがあり、“浮世又兵衛”と呼ばれる由縁でもあるのかなと妙に納得したりしました。



本展は関東では実に久しぶりの又兵衛の展覧会になります。出光美術館所蔵品だけでなく、福井県立博物館や京都国立博物館、大和文華館などの又兵衛や関連の作品が揃い、福井まで観に行けなかったという人にも福井まで観に行ったという人にも十分満足できる素晴らしい内容になっています。


【開館50周年記念 岩佐又兵衛と源氏絵 − 〈古典〉への挑戦】
2017年2月5日(日)まで
出光美術館にて


岩佐又兵衛:浮世絵の開祖が描いた奇想 (別冊太陽太陽 日本のこころ)岩佐又兵衛:浮世絵の開祖が描いた奇想 (別冊太陽太陽 日本のこころ)

2017/01/09

日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト

埼玉県立近代美術館で開催中の『日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト』を観てまいりました。

去年の11月から始まっていて、Twitterなどを見てると結構評判が良くてずっと気になっていたのですが、年末は時間が取れず結局行けずじまい。年明け初日の1/4に早速伺ってきました。一部で展示替えがあり、後期展示が始まっています。

本展は日本のキュビズムの流行と受容を捉えた展覧会で、会場は1910年代~1920年代を中心に戦前の日本のキュビズの動向を展観する第1部と、戦後から1960年代までにスポットを当てた第2部という2部構成になっています。サブタイトルにも名前のあるピカソをはじめ、キュビスムに影響を受けた日本人画家や彫刻家約90人の作品約160点が展示されています。


第1部 日本におけるキュビズム

日本のキュビズムの先駆的な画家といえば、萬鉄五郎と東郷青児。“我が国最初のキュビズム”と取り上げられたという東郷青児の「コントラバスを弾く」は線の組み合わせが面白いものの、ちょっとステンドガラスぽくて、まだ分析解体された感じを受けませんが、数年後の「帽子をかむった男」や萬鉄五郎の「もたれて立つ人」はその点よく研究されています。

同じ時代では色面だけで構成された田中保の「キュビスト」やちょっとセザンヌを思わせる森田恒友の「城址」が印象的。 カマキンの『鎌倉からはじまった。』でも拝見した久米民十郎の「Off England」にも再会。一見するとキュビズムとも違う気もするのですが、ヴォーティシズム(渦巻派)自体がキュビズムの影響の下で興ったものなのだそうです。

萬鉄五郎 「もたれて立つ人」
大正6年(1917) 東京国立近代美術館蔵

東郷青児 「帽子をかむった男(歩く女)」
大正11年(1922) 名古屋市美術館蔵

黒田重太郎の「一修道僧の像」は都美の『伝説の洋画家たち 二科100年展』で強く印象に残った作品。古典主義的キュビズムと解説されていましたが、ごりごりのキュビズムとは違う、抑えたトーンと独特の造形が厳かでドラマティックな雰囲気を創り上げています。

今回は他の黒田の作品も観ることができ、また同じアンドレ・ロートに師事した矢部友衛や川口軌外といった画家たちの作品も観られ、個人的にとても興味を惹きました。中でも川口軌外の「裸婦群像」はロートらしさを強く感じます。アンドレ・ロートというと今では決して有名ではありませんが、当時の日本人画家にはかなり親近感を持って見られていたんでしょうね。いわゆる厳格なキュビズムほどハードルが高くなかったのか、日本人の感性に合っていたのでしょう。

黒田重太郎 「一修道僧の像」
大正11年(1922) 個人蔵

川口軌外 「裸婦群像」
大正14年(1925)頃 和歌山県立近代美術館蔵

古賀春江もロートから影響を受けた一人だったのですね。実際には1924~25年あたりの作品にその傾向が見られるようですが、展示されていた作品は1921年制作なのでキュビズムに影響される少し前の様子。それでも古賀春江の初期の作品としてとても興味をそそりました。

古賀春江 「観音」
大正10年(1921) 東京国立近代美術館蔵

古賀春江もそうですが、三岸好太郎や前田寛治といったあまりキュビズムというイメージがない画家のキュビズム的な作品もあって、多くの画家に一時的とはいえキュビズムは魅力的に映り、また通過点だったことが分かります。村山知義やその周辺の画家の作品を観ていると、キュビズムに限らず、ドイツの表現主義やロシアの未来派などヨーロッパの芸術運動を貪欲に吸収していることも強く感じます。

坂田一男 「浴室の二人の女」
昭和3年(1928) 目黒区美術館蔵

ここではほかに、終生キュビズムを追求したという坂田一男や、中間色を多用し、リズミカルな線が楽しい尾形亀之助の「化粧」が印象に残りました。着物の半襟や帯、浴衣や小物の柄などにキュビズムのパターンを応用した図柄帖も面白かったです。

尾形亀之助 「化粧」
大正11年(1922) 個人蔵


第2部 ピカソ・インパクト

同じ日本におけるキュビズムといっても、戦前と戦後ではその様相は異なります。戦前は、たとえば印象派やアカデミズム絵画といった洋画の流れの反動として、キュビズムが極めて先進的な芸術運動として捉えられ、新しい芸術を模索する画家たちの刺激となったように思います。影響を与えた画家もピカソに限らず、ブラックやロート、またセザンヌやカンディンスキーから表現主義や未来派に至るまで、さまざまな要素を取り込んでいるのも分かります。

一方戦後は、ピカソの「ゲルニカ」 が与えた衝撃、そして1951年に国内4ヶ所を巡回したピカソ展の反響に因るところが大きく、まさしく“ピカソ・インパクト”一色。

鶴岡政男 「夜の群像」
昭和24年(1949) 群馬県立近代美術館蔵

山本敬輔 「ヒロシマ」
昭和23年(1948) 兵庫県立美術館蔵

「ゲルニカ」風キュビズムというのはとても多く、戦前にも佐藤敬の「水災に就いて」のように「ゲルニカ」に触発されたような作品もあったのですが、あれもこれも「ゲルニカ」となるのは戦後になってからで、そこには戦前から続く研究対象としてのキュビズムだけでなく、戦後の反戦運動の流れが大きく関係しているようです。鶴岡政男の「夜の群像」のように「ゲルニカ」を意識した作品もあれば、山本敬輔の「ヒロシマ」のように「ゲルニカ」そのものという作品もあったりします。

岡本太郎 「まひるの顔」
昭和23年(1948) 川崎市岡本太郎記念美術館蔵

戦後にも、この人もキュビズム的な作品を残していたんだという発見がいろいろあります。もちろん多くの画家にとってそれは一時的な流行で、ピカソに触発された意欲的な作品を残していても、そこから独自の表現方法を獲得していくわけです。後年抽象画に発展していく堂本尚郎や難波田龍起などの初期の作品からもそうした展開の過程が見え、いろいろと興味深いものがありました。難波田龍起の「湖」はキュビズムというよりパウル・クレー的な感じを受けますが、写実的な描写から徐々に抽象化させていくスケッチも一緒に数点あって、制作過程を知る上でとても面白いです。

堂本尚郎 「魚の店」
昭和29年(1954) 京都国立近代美術館蔵

戦後では、ピカソのオマージュ的な今井俊満の「女と牛」、米軍基地の反対闘争を描いたという村上善男の「区分(内灘にて)」、デ・クーニングのような吉原治良の「暗い日曜日」あたりが特に印象に残りました。山田正亮の「Still Life no.62」も具象から抽象へと移る過程の作品として興味深いものがあります。戦後の日本画の革新としてキュビズムを取り入れた例として、下村良之助や佐藤多持の作品も良かった。

難波田龍起 「湖」
昭和29年(1954) 北海道立近代美術館蔵

萬鐵五郎や大正新興美術運動としてのキュビズムは少し見ていたつもりですが、ここまで徹底してると、これまで表面的にしか見ていなかったことに気づきます。戦前と戦後ではその潮流は違うとはいえ、キュビズムが与えた影響を多様な作品を通して実感できます。質量ともに素晴らしく見応えのある展覧会でした。


【日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト】
2017年1月29日(日)まで
埼玉県立近代美術館にて


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2017/01/03

博物館に初もうで

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


さて、今年も博物館・美術館巡りは、毎年恒例トーハクの『博物館に初もうで』からスタート!

去年の『博物館に初もうで』はちょっと出遅れてしまったので、今年は早めに行こうと思っていたのに、着いたら開館30分前。すでに長い行列ができていたのですが、チケットを買う人が分かれ、特別展『平安の秘仏』を観る人が分かれ、ミュージアムシアターの整理券をもらう人(1/2、3は無料上映)が分かれ、気付いたら総合文化展(常設展)を観る人の列の10番以内に入ってました(笑)


今年は酉年ということで、本館2階の特別1室・2室は≪博物館に初もうで 新年を寿ぐ鳥たち≫と題し、酉年に因んだ作品が展示されています。“鳥”といえば、みんな大好き若冲ですが、若冲は一作だけ、「松梅群鶏図屏風」のみの展示でした。近くには若冲が下絵と伝わる「鶏図友禅掛幅」という友禅染の掛軸も展示されています。一見絵画かと見紛うような仕上がり。

伊藤若冲 「松梅群鶏図屏風」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵(展示は1/29まで)

“鳥”が得意な絵師というと、鷙鳥の曽我直庵、孔雀の岡本秋暉も外せません。ここでも曽我直庵の「鶏図屏風」、岡本秋暉の「孔雀図」が展示されています。さまざまな鳥が集う海北友雪の「花鳥図屏風」もなんとも華やかで雅やかな作品。今年は友雪の父・友松の展覧会が京博であるので楽しみですね。

海北友雪 「花鳥図屏風」
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵(展示は1/29まで)

荒木寛畝と渡辺省亭による「赤坂離宮花鳥図画帖」も見事。現在の迎賓館の花鳥の間の壁面に飾られた七宝焼の花鳥図の下絵だそうで、「鴨」や「鶏」など共に同じような画題を描いています。実際には渡辺省亭の絵が採用されたとありました。荒木寛畝は「軍鶏」の掛軸も展示されています。

[写真右から] 渡辺省亭 「鶏」「千鳥」「麦に雀」
明治39年(1906) 東京国立博物館蔵(展示は1/29まで)

[写真右] 鈴木春信 「鶏に餌をやる男女」
[写真左] 礒田湖龍斎 「鶏を捕える子供」
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵(展示は1/29まで)

春信の「鶏に餌をやる男女」は今回のチラシのメインヴィジュアルに使われている作品。鶏に餌をやる男女の隣りは鶏を捕まえる子供というのは微笑ましいと言っていいんだか何だか(笑)。≪博物館に初もうで 新年を寿ぐ鳥たち≫ではほかにも、鳥をモチーフにした自在置物や京焼の香合、伊万里や陶磁器など工芸品も多く展示されています。

「闘鶏香(十組盤のうち)」
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵(展示は1/29まで)

その中で特に面白かったのが盤物の「闘鶏香」。一見、闘鶏の形をした駒の将棋かチェスを思わせますが、実は香遊びの一つで、香を聞き分けては駒(立物)を動かすというもの。香木の香りを聞き当てる組香という遊戯を闘鶏の勝負に見立てたもので、こうした盤物を使った組香が江戸時代には流行したそうです。雅やかなゲームなのでしょうが、この遊び心がたまりません。

長谷川等伯 「松林図屏風」(国宝)
安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵(展示は1/15まで)

そして2階の国宝室では、トーハクのお正月といえば最近恒例の「松林図屏風」。やはり人気の作品とあって、開館すぐに人だかりができていました。できれば「松林図屏風」は静かな空間の中で対峙したいものですが…。

「扇面法華経冊子」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は1/15まで)

≪新春特別公開≫では国宝の「古今和歌集(元永本)」や「舟橋蒔絵硯箱」といった名品も出ているのですが、わたしのオススメは国宝「扇面法華経冊子」。雅やかな貴族の風俗が描かれた扇形の料紙に経文を記した装飾経で、平安時代のやまと絵として大変貴重です。


「扇面雑画帖」(※写真は一部)
室町時代・15~16世紀 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)

隣に並んで展示されていた「扇面雑画帖」がまた素晴らしくて、思わず声を出して唸ってしまいました。15~16世紀の作とされるやまと絵の扇面の貼付けた画帖ですが、琳派を先取りしたようなデザイン性の高いもので、どれも洗練された図様で美しい。逆をいえば琳派はやまと絵が発展した中で生まれたものなのだろうなという思いが強くなりました。

「秀峰」印 「山水図屏風」
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)

これは以前にも観ていますが、筆者不詳で「秀峰」という印のある「山水図屏風」。雪村作品との類似性が指摘されているそうですが、その関係は今もって不明とのこと。大ぶりの筆で刷いたと思われる大胆な山容が実に素晴らしいです。

円山応挙 「雪景山水図襖(旧 帰雲院障壁画)」
江戸時代・天明7年(1787) 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)

個人的に好きな2階7室<屏風と襖絵>には南禅寺塔頭・帰雲院の旧障壁画から円山応挙の「雪景山水図」が出品されています。紙の素地を残し雪の白さを表現する方法は「雪松図屏風」でも見られる応挙の得意技。雲に乗る仙人たちがまたいい。

ここでは池大雅の「西湖春景・銭塘観潮図屏風」と筆者不詳の「富士山図屏風」も展示されているのですが、とりわけ「富士山図屏風」は武蔵野図や日月山水図にも共通するような室町時代のやまと絵的な屏風で、そのデザイン化された優美な表現が素晴らしい。

円山応挙 「雪景山水図(旧 帰雲院障壁画)」
江戸時代・天明7年(1787) 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)

ちなみに応挙の帰雲院旧障壁画はとなりの8室にも「雪景山水図」が出品されていて、これがまた雪の表現が見事です。

佚山黙隠 「花鳥図屏風」
江戸時代・宝暦14年(1764) 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)

[写真右] 黒川亀玉 「芭蕉孤鶴図」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)
[写真左] 秦意冲 「雪中棕櫚図」
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵(展示は2/5まで)

2階8室<書画の展開>では南蘋派の作品がいくつか出ていました。佚山黙隠は昨年の『我が名は鶴亭』でも拝見し、強く興味を覚えた曹洞僧の絵師。南蘋派らしい非常に華やかで品のある見事な屏風でした。この人は書も素晴らしいので、機会があればぜひ見てほしい。秦意冲は若冲晩年の弟子とされる絵師。芭蕉に積もった重そうな粘着質の雪は確かに若冲を思わせます。黒川亀玉は宋紫石に先立って江戸で活躍した南蘋派の絵師。25歳で亡くなったというから作品もあまり残ってないのでしょうね。


1階14室で開催されている企画展示≪掛袱紗-祝う心を模様にたくす≫も面白い。一見すると風呂敷のようにも見えるのですが、綸子や縮緬といった絹織物で作られていて、吉祥模様などさまざまな模様が刺繍されています。実際にはお祝いの品を贈る際にその上に掛ける覆いとして使われたとか。1階入口の案内コーナーに声をかけると、簡単なリーフレットがいただけます。

李迪 「紅白芙蓉図」(国宝)
中国南宋時代・慶元3年(1197) 東京国立博物館蔵(展示は1/9まで)

1階15室では≪臨時全国宝物取調局の活動-明治中期の文化財調査≫。こちらも興味深い。明治時代に行われた文化財調査の資料の展示で、「臨時全国宝物調査関係資料」として昨年に重要文化財に指定されたばかりのもの。東博でも「特集陳列 平成28年新指定国宝・重要文化財展」でその一部が公開され、興味深く拝見したのですが、今回さらに詳しく紹介されています。展示は簿冊やガラス乾板、紙焼付写真などですが、1/9まで国宝 「紅白芙蓉図」の監査の資料とともに特別に李迪の「紅白芙蓉図」が出品されています。2014年の三井記念美術館の『東山御物の美』以来の公開だと思いますので、お見逃しないように。


トーハクの西隣の黒田記念館では「智・感・情」や「湖畔」、「舞妓」、「読書」といった代表作が展示されています。折角トーハクまで来たら、こちらも忘れずにどうぞ。


ほかにも東洋館や法隆寺宝物館などぐるりと回って、だいたい3時間でしょうか。お正月からトーハクを堪能してきました。なんだかんだ言ってトーハクが一番ですね。


【博物館に初もうで】
2017年1月2日(月)~1月29日(日)
開館時間、休館日、作品の展示期間など詳しくは東京国立博物館のウェブサイトでご確認ください。


藤森照信×山口 晃探検!東京国立博物館藤森照信×山口 晃探検!東京国立博物館