2013/08/14

和様の書

トーハクで開催中の『和様の書』を観てきました。

一応書道初段の身とはいえ、草書になってしまうと何を書いてあるのか分からず、展覧会などでも“書”が登場すると「とりあえず観てます」風を装いながら足早に過ぎてしまうのが常でした。

本展も「“書”だし…」とパスしようと思っていたのですが、流れてくるツイートを見てると結構評判も良いようで、ちょっと覗くだけ覗いてこようと足を運んできました。

会場は5つの章で構成されています。
第1章 書の鑑賞
第2章 仮名の成立と三跡
第3章 信仰と書
第4章 高野切と古筆
第5章 世尊寺流と和様の展開

さて、会場に入ってすぐのところに、中国の“書”と日本の“書”の違いが具体的な例を挙げて解説されていました。日本の“書”、つまり和様の“書”は「筆がやや右に傾くような筆法で、転折の部分が比較的か軽く曲線的で、柔和で優美な書風」とありました。

文字を持っていなかった日本は、政治・宗教・文化などとともに中国から漢字を輸入し、やがてそこから日本固有の表音文字“かな”が生まれるわけですが、それはある意味、中国の影響から脱して日本独自の文化が築き上げられてきたことを意味しています。和様の“書”は、そうした文化の“和様化”の中で日本独特の繊細で典雅な“書”として発展していったというわけです。

織田信長筆 「書状(与一郎宛)」 (重要文化財)
安土桃山時代・天正5年(1577年) 永青文庫蔵 (展示は8/12まで)

最初に目を引くのが、天下人の書で、信長、秀吉、家康の書状が展示されていました。字に力強さのある信長、上手くはないけど人柄が伝わってくる秀吉、威厳と知性を感じる家康と三人三様なのが面白いところです。たまたま先月の『なんでも鑑定団』で信長、秀吉、家康の書状が登場して、ものすごい高値がついていましたが、特に信長の書状はほとんど存在せず(多くは右筆のため)、非常に貴重なのだそうです。

書:近衛信尹 画:長谷川等伯 「檜原図屏風」
安土桃山~江戸時代・16~17世紀 京都・禅林寺蔵 (展示は8/6~8/25)

「檜原図屏風」は『長谷川等伯展』にも出展されていましたが、等伯の「松林図屏風」を彷彿とさせる逸品です。新古今和歌集の「はつせやま ゆうごえくれて やどとへば みわのひばらに あきかぜぞふく」の和歌を書きつけたものですが、「みわのひばらに(三輪の檜原)」の部分は敢えて書ではなく絵で表しています。その構成のセンスもさることながら、闊達な大書と深閑とした檜原の空間のバランスが絶妙です。

そのほか第1章では、≪工芸と装丁≫として主に平安時代の冊子や巻物、また工芸品などに揮毫された“書”や、≪茶の湯と三色紙≫として安土桃山時代以降に茶の湯の席で使用された寸松庵色紙や継色紙などの古筆切、また≪四大手鑑≫として、古筆の断簡(古筆切)を貼り込み、古筆の鑑定や能書の鑑賞として使われた“手鑑”で国宝に指定されている「藻塩草」「翰墨城」「見努世友」「大手鏡」全てが期間中に展示されていて、これはかなりの見ものだと思います(「藻塩草」「翰墨城」は8/12までの展示、8/13以降は「見努世友」「大手鏡」が展示)。

藤原行成筆 「白氏詩巻」 (国宝)
平安時代・寛仁2年(1018年) 東京国立博物館蔵

第2章では、万葉仮名が草書体化し発展した平仮名(女手)の成立過程と、それを語る上で外せない“三跡”と呼ばれる平安時代の代表的な能筆家、小野道風、藤原佐理、藤原行成の“書”が展示されています。

個人的に一番面白かったのは、小野道風の「三体白氏詩巻」(展示は8/12まで)で、白居易(白楽天)の詩を楷書・行書・草書の三体で書いていて、書道の大家といわれる道風の書の違いをよく観察できます。白居易の詩は人気があったようで、藤原行成も行書体で揮毫したものが展示されていました(上の写真)。

ここでの見もののひとつは、昨年京都で発掘された9世紀中頃の「墨書土器」で、平仮名の成立起源を探る上で非常に貴重な遺物とされています。また、先ごろ世界記憶遺産に指定されニュースになった藤原道長の「御堂関白記」も展示されています。

「竹生島経」 (国宝)
平安時代・10世紀後半~11世紀初 東京国立博物館蔵

第3章では、いつ見ても豪華な「平家納経」をはじめ、「竹生島経」や「久能寺経」といった平安時代の貴族文化を反映した美しい装飾経や、現存最古という「十六羅漢像」などが展示されています。

中でも、扇面に華麗な絵と経文を施した「扇面法華経冊子」は、なんとも斬新というか、本来祈願や供養が目的の写経(経文)が、その用途を超えて愛でる対象やファッションとして存在していたということに驚きます。

伝・紀貫之筆 「古今和歌集 巻第二十(高野切)」 (国宝)
平安時代・11世紀 土佐山内家宝物資料館蔵 (展示は7/28まで)

第4章では、「古今和歌集」の現存最古の写本とされる「高野切」を中心に、その“書”の世界を紐解きます。

「切(きれ)」とは和歌集など巻物や冊子本を切断し、鑑賞用に掛軸や手鑑などに仕立てたもの。「高野切」は三人の筆者により書き写されたものとされ、それぞれ“第一種”、“第二種”、“第三種”として紹介されていました。 “第一種”は「古今和歌集」の撰者の一人である紀貫之となっていますが、実際には一世紀ほど後の別の人の書写だとありました。具体的に筆者が分かっているのは“第二種”だけで、平安中期の能書家、源兼行といわれています。

源兼行筆 「和漢朗詠集(関戸本)」 (重要文化財)
平安時代・11世紀 文化庁蔵

第5章は、三跡の一人、藤原行成を祖とし、当時最も権威があるとされた和様書道の世尊寺流の“書”をはじめ、平安・鎌倉時代以降の“書”の名品などを展示しています。

中でも、個人的に「ああ、なんて美しい字なのだろう」と思ったのが世尊寺家4代目の藤原定実の“書”で、特に平仮名が何と書かれていようと分からなくても、その流麗な文字、そしてその文字から受ける心地よさにただただ見とれてしまいました。

先ほどの「高野切」はその名の通り切断され断簡となっていますが、この「元永本」は平安時代に書写された「古今和歌集」の中でも、仮名序(仮名で書かれた序文)と20巻全てが揃ったものとしては最古のものということです。その歴史的な貴重さもさることながら、雲母刷りされた唐草や亀甲などの模様を施した、華麗な料紙の豪華に目を奪われます。そしてその冊子の美しさに全く引けを取らない定実の、正に極みというべき仮名文字の美しさはため息が出るばかり。これが読めたら、どんなにか感動したことでしょう。

藤原定実筆 「古今和歌集 (元永本)」 (国宝)
平安時代・元永2年(1120年) 東京国立博物館蔵

文字が読めないということで敬遠しがちな“書”ですが、こうしてちゃんと観てみると実に面白いものだと思いました。何と書いてあるか読めなくても、“書”の勢いや繊細さ、流麗さ、そして文字の散らしや余白にも美しさを感じるようになります。横目で素通りするのはもったいない展覧会でした。

なお期間中、会場の平成館の1階・企画展示室では「和様の書-近現代篇-」が、本館2階・国宝室では「和歌体十種」がそれぞれ特別展示されているほか、本館2階でも『和様の書』にあわせて断簡や歌仙絵、また和歌に関わる作品などが展示されています。


【特別展 和様の書】
2013年9月8日まで
東京国立博物館にて


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