ナビ派を代表するボナールの国内では37年ぶりとなる回顧展。オルセー美術館の所蔵作品を中心に、国内外のコレクションを含め、油彩画や素描、版画、写真など130点超の作品が集められています。
これまでもドニやヴァロットンの展覧会があったり、ボナールも2015年に三菱一号館美術館で開催された『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』や昨年同館で開催された『オルセーのナビ派展』でまとまった形で観る機会があったり、ナビ派は近年再評価が進んでいるので、今回のボナール展は待望の展覧会といえるのではないでしょうか。
昨年の『オルセーのナビ派展』は好評でしたし、お客さんもそこそこ入っていたと思ったのですが、ボナール展はガラガラだなんて話も聞き、ちょっと心配してましたが、私が行ったのは開幕してから1ヶ月以上たった11月の日曜日の午後ということもあり、混んでるというほどではないけれど、適度にお客さんが入っていて一安心しました。
会場の構成は以下の通りです:
1 日本かぶれのナビ
2 ナビ派時代のグラフィック・アート
3 スナップショット
4 近代の水の精たち
5 室内と静物 「芸術作品-時間の静止」
6 ノルマンディーやその他の風景
7 終わりなき夏
ピエール・ボナール 「黄昏(クロッケーの試合)」
1892年 オルセー美術館蔵
1892年 オルセー美術館蔵
ボナールがパリで日本美術展を観て、日本の浮世絵に衝撃を受けたのが1990年のこと。昨年の『オルセーのナビ派展』ではそれ以前の作品も展示されていましたが、本展では日本美術の影響を受けたあとの作品から始まります。
当時、日本美術に影響を受けた画家は大勢いますが、その中でもボナールは‟日本かぶれのナビ(ナビ・ジャポネール)”と呼ばれ、日本美術に特に傾倒していたことが知られています。屏風仕立ての「乳母たちの散歩、辻馬車の列」や、後ろ姿だけ見たらまるで日本の女の子のような「砂遊びをする子供」、遠近法を無視した平坦な色面や装飾的な表現で構成された「黄昏(クロッケーの試合)」や「白い猫」など、日本美術の影響を随所で感じることができます。
ピエール・ボナール 「白い猫」
1894年 オルセー美術館蔵
1894年 オルセー美術館蔵
「庭の女性たち」は、『オルセーのナビ派展』にも出展されていましたが、「白い水玉模様の服を着た女性」「猫と座る女性」「ショルダー・ケープを着た女性」「格子柄の服を着た女性」から成る4点組装飾で、女性を大きくフィーチャーした構図や横顔を少し覗かせた後ろ姿が浮世絵の美人図を思わせます。草花や木々をあしらった装飾性は四季美人図といった様相です。
ピエール・ボナール 「庭の女性たち」
(左から「白い水玉模様の服を着た女性」「猫と座る女性」
「ショルダー・ケープを着た女性」「格子柄の服を着た女性」)
1890-91年 オルセー美術館蔵
(左から「白い水玉模様の服を着た女性」「猫と座る女性」
「ショルダー・ケープを着た女性」「格子柄の服を着た女性」)
1890-91年 オルセー美術館蔵
日本かぶれな中にも、インティメイトな雰囲気の小品や象徴主義風の作品、点描を中心とした新印象派的な作品など、ボナールの個性がさまざまな作品から知ることができます。
ピエール・ボナール 「ランプの下の昼食」
1898年 オルセー美術館蔵
1898年 オルセー美術館蔵
ボナールというとマルトの裸婦画も有名。1925年以降晩年にボナールが手掛けた‟浴槽の裸婦”は今回来てないのが不満ですが、1908年ごろから描き始めたという身体を洗う裸婦画や鏡に映った裸婦画など複数の裸婦画があるほか、マルトを描いた作品は裸婦画に限らず複数展示されています。
ピエール・ボナール 「化粧台」
1908年 オルセー美術館蔵
1908年 オルセー美術館蔵
1990年代末から20世紀初頭にかけてのボナールと妻マルトのスナップショットもいくつかあって、二人のヌード写真なんかもあったりするのですが、マルトを描いた一連の作品群の一瞬の動きや表情を切り取ったようなスナップ的な光景は、こうした写真の影響もあるのだろうなと感じます。
実際ボナールは「不意に部屋に入ったとき一度に目に見えるもの」を描きたかったと語っていて、目にした光景をその場で素早くスケッチし、スケッチと記憶に頼りにアトリエでカンヴァスに向かったといいます。
ピエール・ボナール 「猫と女性 あるいは 餌をねだる猫」
1912年頃 オルセー美術館蔵
1912年頃 オルセー美術館蔵
本展のメインヴィジュアルにもなっているのがマルトとお馴染みの白猫を描いた「猫と女性」。子どもたちと一緒に白猫がお行儀よく食卓に並んで座っている「食卓の母と二人の子ども」も愛らしい。
今回の展覧会で印象に残った作品の一つが「桟敷席」。ボナールにしては薄暗い色彩で、中央に立つ人は顔の上部が描かれてなく、桟敷席には似つかわしくない倦怠感が伝わってきて、先日観たムンクを思わせもします。ボナールの作品には、不穏な空気が漂っていたり、人々の視線が交わらなかったり、こうした憂鬱な人物を描いた作品が時々あります。
ピエール・ボナール 「桟敷席」
1908年 オルセー美術館蔵
1908年 オルセー美術館蔵
パリ郊外ヴェルノンに移り住んでからの作品は、明るい陽光と色彩溢れる華やかな自然の描写が美しく、遠近感のない平坦な描写も相まって、マティスのようだったり、まるでホックニーのようだったり、これまでの室内を中心とした作品とはかなり違った印象を受けるようになります。ウジェーヌ・ブーダンを思い起こさせるトゥルーヴィルを描いた作品もありました。
晩年のボナールの作品には、大画面の装飾壁画や古代アルカディアのような風景画など、神話や牧歌的な傾向が強まり、南仏ル・カネに移り住んでからは、さらに原色に近い単純明快な色彩が増し、とても興味深いものがあります。南仏のカラフルな風景とふくよかな女性が描かれた「地中海の庭」などはまるで晩年のルノワールを観るような思いがしました。
ピエール・ボナール 「花咲くアーモンドの木」
1946-47年 オルセー美術館蔵
1946-47年 オルセー美術館蔵
会場の最後には、甥の手を借りて描いたという遺作の「アーモンドの木」があります。出来栄えに満足せず、最後に足した左下の黄色の絵具はボナールの色彩へのこだわりが感じられて涙ものです。
【オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展】
2018年12月17日(月)まで
国立新美術館にて
もっと知りたいボナール 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
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