(※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです)
今年の夏は一段と暑くて、毎日体温を超えるような猛暑が続いています。山種美術館は恵比寿から歩くと15分ぐらい。なが~い坂道を上っていくので、さすがにこの暑さは堪えます。今回ばかりはと駅からタクシーで行きました(ちなみにワンメーターでした)。恵比寿駅からはバス(都バス日赤医療センター前行、「広尾高校前」下車)も本数があるので便利です。ほんと無理して歩かない方がいいですよ。死にますよ。
今回の展覧会のテーマは“水”。気分だけでも涼みたい、、、という今の時期にピッタリの展覧会だと思います。会場は、川や海、水面や滝、雨の情景といった感じに、“水”にまつわる作品をそれぞれテーマごとに紹介しています。
第1章 波と水面のイメージ
最近も西日本を中心に大規模な水害が発生し、多くの方が亡くなられたばかりで、普段はおだやかな川が荒れ狂う様子を見ると自然の恐ろしさを思い知ります。そんな川は日本人にとって生活や文化を育んできた切っても切れない関係。日本画にも多く描かれてきました。
[左から] 今村紫紅 「富士川」 大正4年(1915) 山種美術館蔵
小林古径 「河風」 大正4年(1915) 山種美術館蔵
平福百穂 「清渓放棹」 大正14年(1925)頃 山種美術館蔵
山元春挙 「清流」 昭和2~8年(1927-33)頃 山種美術館蔵
小林古径 「河風」 大正4年(1915) 山種美術館蔵
平福百穂 「清渓放棹」 大正14年(1925)頃 山種美術館蔵
山元春挙 「清流」 昭和2~8年(1927-33)頃 山種美術館蔵
今村紫紅の「富士川」は紙面の大半を使って富士川の広い川幅を牧歌的に描いてるのが印象的。35歳の作といいますから亡くなる前に描いたのでしょうか。古径の「河風」は清流に足を浸して涼をとる女性を描いた涼しげな一幅。揺れる川面の表現がいいですね。平福百穂の「清渓放棹」もいわゆる新南画の括り。構図はオーソドックスですが、緑青の使い方に紫紅や御舟の影響も感じます。
[写真左] 速水御舟 「埃及土人ノ灌漑」 昭和6年(1931) 山種美術館蔵
[写真右] 小野竹喬 「沖の灯」 昭和52年(1977) 山種美術館蔵
[写真右] 小野竹喬 「沖の灯」 昭和52年(1977) 山種美術館蔵
その御舟は「埃及土人ノ灌漑」が面白い。こんな絵も描いていたんですね。エジプト旅行の際に目にしたものを描いたものだそうで、緑色の川面というのもユニークですが、砂漠はなんと裏箔を使って表現したりします。小野竹喬は最晩年の作品。単純化された画面と色彩のコントラストがいいですね。漁火も幻想的。
宮廽正明 「水花火(螺)」 平成24年(2012) 山種美術館蔵
山種美術館には現代の日本画家の作品も多いのですが、やはりそこは審美眼があるというか、日本美術の錚々たる画家の作品と並んでも遜色なく、どちかというと古典が好きな私も見惚れるような作品に出会うことがあります。宮廽正明の「水花火(螺)」もそんな作品。全然名前は存じ上げなかったのですが、網を投げる瞬間を俯瞰で捉えた静止画的な構図と川面を表現した青色の点描がとても素晴らしい。実は極薄の紙に裏彩色を使っていたり、網は能装束で使われる水衣という絹を貼り、その上から細かな編み目を描きこんでいたり、非常に手が凝ってます。
奥田元宋 「奥入瀬(秋)」 昭和58年(1983) 山種美術館蔵
奥田元宋の「奥入瀬(秋)」は縦2m、横5mの大画面に描かれた目にも鮮やかな錦秋の奥入瀬と渓流が圧巻。今年の春に開催された『桜 さくら SAKURA 2018』では「奥入瀬(春)」が展示されていました。春も素晴らしいですが、秋もなんとも見事。
[写真左] 橋本関雪 「生々流転」 昭和19年(1944) 山種美術館蔵
[写真右] 奥村土牛 「鳴門」 昭和34年(1959) 山種美術館蔵
[写真右] 奥村土牛 「鳴門」 昭和34年(1959) 山種美術館蔵
そして右には関雪の大きな六曲二双の「生々流転」、左には川端龍子のダイナミックな「鳴門」があって、右を観ても前を観ても左を観ても、ゴーゴーゴーと波の音やら渓流の音やら渦潮の音やら水の音が聴こえてきそう。
「生々流転」というと横山大観の日本一長いとされる画巻が有名ですが、こちらの屏風は二双、つまり24面(扇)という長大な屏風。屏風の端から端まで荒れ狂う海が描かれています。墨に淡彩ですが、横殴りの雨には銀泥を混ぜて、嵐の凄まじさを表現しています。ちなみに関雪は京都・建仁寺にも同じ「生々流転」という題で障壁画も描いてます。
川端龍子 「鳴門」 昭和4年(1929) 山種美術館蔵
去年の『川端龍子展』も記憶に新しい龍子の「鳴門」。8mを超える屏風の画面いっぱいに広がる渦潮には何度観ても圧倒されます。青々とした海の色はなんと3.6キロの群青の絵具を使ったのだとか。龍子は実は鳴門海峡には行ったことがなく、最初は静かな海を描くつもりで、小田原の江ノ浦の写生をもとにしているといいます。一方の土牛は「鳴門」は実際に鳴門に行って、夫人に船から落ちないように帯で掴んでもらって写生をしたとか。群青や白緑、胡粉を丁寧に塗り重ねたという深い海の色合いが秀逸です。
第2章 滝のダイナミズム
川も海もいいのですが、やっぱり夏の滝の清涼感は格別です。千住博の「ウォーターフォール」なんて大画面の絵の前に立つだけで、勢いよく流れる落ちる滝の音と巻き上がる涼やかな風が伝わってくるようです。隣には「ウォーターフォール」をさまざまな色彩で表した「フォーリングカラーズ」があって、ここまで来るともう日本画というより現代アートですね。
[写真左] 千住博 「ウォーターフォール」 平成7年(1995) 山種美術館蔵
[写真右] 千住博 「フォーリングカラーズ」 平成18年(2006) 山種美術館蔵
[写真右] 千住博 「フォーリングカラーズ」 平成18年(2006) 山種美術館蔵
どことなくセザンヌ感のある奥村土牛の「那智」、こちらはどこかキュビズム的な山本丘人の「白滝」、銀地の岩壁と特徴的な黒い輪郭線、そして真っ白な滝のコントラストが強く印象に残る横山操の「滝」。どれも同じ一本の滝なのにみんなそれぞれ表情が違うし、観ていて飽きません。
[写真左] 奥村土牛 「那智」 昭和33年(1958) 山種美術館蔵
[写真右] 山本丘人 「白滝」 昭和時代 山種美術館蔵
[写真右] 山本丘人 「白滝」 昭和時代 山種美術館蔵
小堀鞆音、山元春挙、川合玉堂、それぞれ会場の最初の方にも作品が展示されていましたが、滝を描いた作品は表情がまた違っていいですね。とりわけ山元春挙の「冷夢図」は大胆な構図といい、勢いよく流れてるのに音のない世界のような幻想性といい、素晴らしい。円山応挙の瀑布図の伝統を継承しつつ、新時代の京都画壇の清新さが感じられます。
[左から] 小堀鞆音 「伊勢観龍門滝図」 大正~昭和時代 山種美術館蔵
山元春挙 「冷夢図」 昭和2~8年(1927-33)頃 山種美術館蔵
川合玉堂 「松間飛瀑」 昭和17年(1942)頃 山種美術館蔵
山元春挙 「冷夢図」 昭和2~8年(1927-33)頃 山種美術館蔵
川合玉堂 「松間飛瀑」 昭和17年(1942)頃 山種美術館蔵
第3章 雨の情景
浮世絵が3点。小雨とにわか雨と滝のような土砂降り。雨の風景も浮世絵ならではですね。
[左から] 歌川広重 「近江八景之内 唐崎夜雨」 天保5年(1834)頃 山種美術館蔵
「東海道五拾三次之内 庄野・白雨」 天保4~7年(1833-36)頃 山種美術館蔵
「東海道五拾三次之内 大磯・虎ケ雨」 天保4~7年(1833-36)頃 山種美術館蔵
(※3点とも展示は8/5まで)
「東海道五拾三次之内 庄野・白雨」 天保4~7年(1833-36)頃 山種美術館蔵
「東海道五拾三次之内 大磯・虎ケ雨」 天保4~7年(1833-36)頃 山種美術館蔵
(※3点とも展示は8/5まで)
松岡映丘の「山科の宿のうち 雨やどり」もいい。映丘らしい繊細な筆致と色彩が美しい絵巻。突然の雨に雨宿りを請う男と、隙間から覗く若い女性。物語を感じます。
[左から] 川合玉堂 「水声雨声」 昭和26年(1951)頃 山種美術館蔵
川合玉堂 「渓雨紅樹」 昭和21年(1946) 山種美術館蔵
川端玉章 「雨中楓之図」 明治時代 山種美術館蔵
川合玉堂 「渓雨紅樹」 昭和21年(1946) 山種美術館蔵
川端玉章 「雨中楓之図」 明治時代 山種美術館蔵
奥の第二室がまたいい作品が展示されていました。玉堂に玉章、竹内栖鳳に小茂田青樹。雨の風情を感じる逸品ばかり。その中でもひと際目を惹いたのが奥村土牛の「雨趣」。雨に煙る家並みが情趣豊かに描かれています。細かに降る雨の表現が気になったので聞いたところ、淡い濃淡をつけた胡粉で一本一本描いてあるのだそうです。
奥村土牛 「雨趣」 昭和3年(1928) 山種美術館蔵
企画展【水を描く -水を描く ―広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしお-】
2018年9月6日(木)まで
山種美術館にて
展覧会の後は1階の≪Cafe 椿≫でひと休み。今回も出品作品をモチーフにした美味しそうな和菓子が愉しめます。暑い日は冷たい抹茶とどうぞ。