上村松園の代表作「序の舞」が絵具の剥離の可能性が出てきたため修理を実施すると発表されたのが2016年の夏のはじめ。それから2年に及ぶ修理を行い、このたび完成披露となりました。本展はそれを記念しての美人画名品展になります。
これが想像以上の充実度。てっきり松園の「序の舞」修理記念の“ついで企画”とばかり思っていたのですが、近世初期風俗画や浮世絵から丁寧に系譜を辿り、近代美人画を東と西に分け、美校出身の画家からデロリまで広く紹介してなかなか興味深かったです。
会場では「序の舞」の修理の様子も紹介されていて、これ以上の劣化を防ぐため絵具の剥落止めを行い、掛軸装から額装へと表装変更を行ったと解説されていました。
今回の修理は狩野永徳の国宝「檜図屏風」や渡辺崋山の国宝「鷹見泉石像」などの修復にも資金援助しているメリルリンチ文化財保護プロジェクトの一環なのですが、こうした国宝・重要文化財クラスの美術品の修復を国が支援するのでなく他国の一企業の社会貢献活動に頼るとは日本はつくづく情けない国だなと思いますね。
菱田春草 「水鏡」
明治30年(1897) 東京藝術大学蔵
明治30年(1897) 東京藝術大学蔵
会場は江戸時代初期の当世風俗図や寛文美人図にはじまり、鈴木春信や鳥居清長、喜多川歌麿など美人浮世絵の傑作が並びます。春信や歌麿の浮世絵が上村松園の美人画に影響を与えたことは山種美術館の『上村松園 -美人画の精華-』でも解説されていたのを思い出します。
つづいては『東の美人』と『西の美人』と題し、東京を中心に活躍した画家の美人画と京阪に拠点を置いた画家の美人画を紹介。こうして比較して見ていくと、東京と京阪では美人画でも少し違うことに気づきます。
水谷道彦 「春」
大正15年(1926) 東京藝術大学蔵
大正15年(1926) 東京藝術大学蔵
東京は東京美術学校出身の画家を中心に早くから近代日本画への動きが活発。やはり藝大の主催だけあり、美校出身の菱田春草の「水鏡」や山本丘人の「白菊」、松岡映丘の「伊香保の沼」などの近代日本画を代表する作品もあったりするのですが、興味深かったのが将来を嘱望されながらも戦死したり戦後活躍することのなかった画家の作品で、どこかルソーのような幻想性と細密で写実的な描写が美しい水谷道彦の「春」や戦場で倒れた兵隊の前に現れた天女を描く三浦孝の「栄誉ナラズヤ」が印象的でした。
島成園 「香のゆくえ(武士の妻)」
大正4年(1915) 福富太郎コレクション資料室蔵
大正4年(1915) 福富太郎コレクション資料室蔵
もちろん東京は美校出身者だけでなく、“東”の美人画の筆頭・鏑木清方や、やはり美人画の名手として知られる池田蕉園なども。15の場面からなる清方の「にごりえ」は絶品ですね。
“西”は円山四条派の流れを汲む重鎮・幸野楳嶺やその孫弟子にあたる菊池契月といった京都画壇もあれば、北野恒富や島成園といった大阪画壇もあり、大正期に独特のムーブメントとなる甲斐庄楠音や梶原緋佐子といったリアリズム表現もあって、かなり多彩です。京都の『岡本神草の時代展』でも観られなかった甲斐庄楠音の「幻覚」は待望の対面。『北野恒富展』で観てとてもいいなと思った「いとさんこいさん」にも嬉しい再会をしました。
上村松園 「序の舞」(重要文化財)
昭和11年(1936) 東京藝術大学蔵
昭和11年(1936) 東京藝術大学蔵
最後は松園の作品を展観。「序の舞」は松園が「私の理想の女性の最高のもの」と語った松園の美人画を代表する傑作。隣には下絵も展示されていて、松園がどのように「序の舞」を作り上げていったのかが分かります。同じく重文指定の「母子」や「草紙洗小町」など、数ある松園作品でも屈指の傑作が並んでいて思わず唸ってしまいました。
美人画展はあちこちでいろいろやってますが、藝大美が企画するとこうも質の高い作品が集まり、内容も濃いのかと感心します。音声ガイドも無料なのもいいですね。
【東西美人画の名作 《序の舞》への系譜】
2018年5月6日(日)まで
東京藝術大学大学美術館にて
「美人画」の系譜
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