本展は、戦国時代の関東水墨画を代表する画僧・雪村(せっそん)の待望の展覧会。主要作品約100数点と関連作品約30件で構成され、雪村の回顧展としては過去最大規模だといいます。
雪村(雪村周継)は中世の重要な水墨画家という位置づけでありながら、近年なかなか一堂に観る機会がなくて、わたし自身もここまでまとめて観るのは初めて。その名前からも察せられるように、雪舟を強く意識していたともいわれ、雪舟に近い時代の画僧というイメージがあったのですが、実は狩野元信の一回り下で、晩年は安土桃山時代であり、雪村を最後に関東水墨画は終焉を迎えたということも初めて知りました。まだまだ知らないことも多くあって、非常に興味深く、有意義な展覧会でした。
第1章 常陸時代、画僧として生きる
雪村は生没年も明確でなく、その生涯は謎に包まれています。京に上ることもなく、人生の半分以上を常陸の地で過ごしたといわれます。常陸というと都からも鎌倉からも離れ、絵の修業をするには条件的に恵まれていないように思いますが、常陸時代の雪村作品を観ていると、そんな環境でどうしてここまでの画技を身につけることができたのか、とても興味を覚えます。
雪村周継 「滝見観音図」
室町時代・16世紀 正宗寺蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 正宗寺蔵 (展示は4/23まで)
初期作品は、観音図など仏画や中国の故事を題材にした作品、瀟湘八景図、山水画、花鳥画等、レパートリーは意外に広いのですが、画風としてはオーソドックスな印象を受けます。ただ、筆者不詳の「滝見観音図」を模写したとされる作品を観ても雪村がこの頃すでに高い技術を有していたことが分かります。雪村の「滝見観音図」では善財童子が観音様を仰ぎ見るように変更されていて、先日『高麗仏画展』で観た水月観音図を彷彿とさせますし、雪村に私淑したという狩野芳崖の「悲母観音」の構図に近いものも感じます。
雪村周継 「夏冬山水図」 (重要文化財)
室町時代・16世紀 京都国立博物館蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 京都国立博物館蔵 (展示は4/23まで)
「夏冬山水図」は雪舟や関東水墨画の祥啓のような楷体水墨画であり、「葛花、竹に蟹図」は院体画風であり、雪村の個性はまだ現れていないながらも、それぞれに完成されていることに驚きます。そんな中で「柳鷺図」の白鷺の描写や幻想的な空気感は格別。後年の「花鳥図屏風」を思わせます。後期展示ですが、「風濤図」の強風の表現もいかにも雪村という感じ。
雪村周継 「風濤図」 (重要文化財)
室町時代・16世紀 野村美術館蔵 (展示は4/25から)
室町時代・16世紀 野村美術館蔵 (展示は4/25から)
第2章 小田原・鎌倉滞在-独創的表現の確立
雪村が遍歴の旅に出るのは40歳代後半といわれ、小田原・鎌倉には50代の頃に滞在していたようです。小田原・鎌倉は京都の禅宗寺院との繋がりも深く、関東水墨画を代表する賢江祥啓の弟子も多くいたでしょうし、また狩野正信の画系を引く小田原狩野と呼ばれた一派もあって、この時期に得たものはかなり大きかったのではないでしょうか。
雪村周継 「高士観瀑図」
室町時代・16世紀 個人蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 個人蔵 (展示は4/23まで)
雪村周継 「列子御風図」
室町時代・16世紀 アルカンシエール美術財団蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 アルカンシエール美術財団蔵 (展示は4/23まで)
もともと画技に優れた雪村ですが、この時代になると筆遣いは豊かになり、構図も大胆になります。中国画や室町水墨画の影響は色濃く、やはり京の洗練とは違うのですが、真体にしても草体にしてもレベルは高く、独特の個性も感じられるようになります。「高士観瀑図」は右下に滝を見上げる高士たちを小さく描き、滝の大きさと遠景の雪山を際立たせた構図が斬新。「列士御風図」はいまだかつて見たことのないような不思議な構図で、後の「呂洞賓図」に繋がるものを感じます。
雪村周継 「竹林七賢酔舞図」
室町時代・16世紀 メトロポリタン美術館蔵
室町時代・16世紀 メトロポリタン美術館蔵
「竹林七賢酔舞図」のユニークな人物表現、「百馬図帖」の単純化された軽快な動きのある線、「瀟湘八景図」(正木美術館蔵)の薄墨と濃墨の絶妙なバランス。どの作品も個性豊かな表現と自在な筆致に溢れています。
第3章 奥州滞在-雪村芸術の絶頂期
この頃になると、雪村の自由な発想や大胆な構図が明らかに“奇想”化していくのが分かります。奇抜な造形に目を奪われがちですが、その自在で変化に富んだ筆線、何より墨の濃淡の使い分けの巧みさに感動します。
雪村周継 「呂洞賓図」 (重要文化財)
室町時代・16世紀 大和文華館蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 大和文華館蔵 (展示は4/23まで)
龍の頭に乗り天空の龍と対峙する呂洞賓。手に持つ水瓶から立ち上る煙は龍となり、天の龍を威嚇します。雪村の“奇想”の代表作「呂洞賓図」は昨年の『禅展』で初めて拝見したのですが、その奇妙な構図は見れば見るほど不思議。その独創的な図像は雪村以前には例がないといいます。「呂洞賓図」はいくつか描いているようで、本展では他の同題作も紹介されています。
道釈人物画も複数展示されていました。これも小田原・鎌倉時代の絵画学習の成果でしょうか。古典的な系譜にありながら、思わず顔がほころんでしまいそうなユニークな図像は唯一無二のものがあります。肥痩の強いしなやかな衣文線と影のように引かれた淡墨も独特です。
雪村周継 「龍虎図屏風」
室町時代・16世紀 根津美術館蔵 (展示は4/25~5/7まで)
室町時代・16世紀 根津美術館蔵 (展示は4/25~5/7まで)
雪村の「龍虎図屏風」というと、根津美術館本とクリーブランド美術館本があるのですが、4/25~5/7まで根津美術館本が限定公開。わたしが観にいたときはクリーブランド美術館本の高精細複製品が展示されていました。幸いにも過去に両方とも実物を拝見したことがありますが、雲は竜に従い風は虎に従うという言葉どおりの迫力のある素晴らしい作品です。日本に「龍虎図」が伝えられたのは南宋時代(13世紀)の画僧・牧谿が初めてともいわれますが、一双の屏風に最初に描いたのは誰なのでしょう? 「龍虎図屏風」は特に戦国時代から江戸初期にかけて、さまざまな絵師が取り組んだ画題ですが、雪村の屏風は頭一つ抜きん出ているというか、当時の水墨画としてはエポックメイキングだったんじゃないかなと感じます。
雪村周継 「花鳥図屏風」 (重要文化財)
室町時代・16世紀 大和文華館蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 大和文華館蔵 (展示は4/23まで)
雪村周継 「花鳥図屏風」
室町時代・16世紀 ミネアポリス美術館蔵
室町時代・16世紀 ミネアポリス美術館蔵
二つの「花鳥図屏風」も見もの。祥啓が師事した芸阿弥の父・能阿弥の「四季花鳥図屏風」を思わせる柔らかな光と湿潤な空気が花と鳥の楽園を幻想的に演出しています。ミネアポリス美術館蔵の「四季花鳥図屏風」は夜の静寂を打ち破るかのように波音を立てて浮かび上がる鯉の描写が秀逸。右隻の白鷺は慌てふためき、左隻の白鷺はビクッとしたり、様子を伺ったり、その対照的な表現も面白い。
第4章 身近なものへの眼差し
雪村の作品には動物や昆虫といった身近な生き物がよく描かれているそうで、ひとつの章として紹介されています。「猿猴図」の猿は牧谿の猿を参照してるのでしょうが、蟹を捕まえようとする猿とその様子を後ろから覗く猿のユーモラスさが傑作ですね。「猫小禽図」の虎のような猫と猫をあざ笑うかのような鳥も面白い。
雪村周継 「猿猴図」
室町時代・16世紀 個人蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 個人蔵 (展示は4/23まで)
第5章 三春時代 筆力衰えぬ晩年
雪村の発想力は晩年になるほど冴え渡っていたようで、いわゆる“奇想”と評される作品は晩年になるほど多い気がします。
雪村周継 「蝦蟇鉄拐図」
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (展示は4/23まで)
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (展示は4/23まで)
今回の展覧会で一番驚愕したのが「金山寺図屏風」。解説パネルには“仮想現実”の世界とありましたが、SF映画的といいましょうか、幻想文学風といいましょうか、建物の精緻な描写や雪村的な波紋の表現もさることながら、その独特の世界観にビックリしました。「蝦蟇鉄拐図」や「呂洞賓図」、「列士御風図」などのユニークさは確かに面白いし、雪村を特徴づけるものだと思うのですが、個人的には第3章の2つの「花鳥図屏風」やこの「金山寺図屏風」の夢幻的な美しさに強く惹かれます。「金山寺図屏風」もそうですが、建物の中のミニチュアな人物を描くとき目鼻を省略することが多いようで、それでもその表情や仕草が伝わるから凄いなと思います。
雪村周継 「金山寺図屏風」
室町時代・16世紀 笠間稲荷美術館蔵
室町時代・16世紀 笠間稲荷美術館蔵
光琳が愛した雪村
光琳との繋がりも興味深い。雪村は関東の画僧なので、光琳も京ではなく江戸でその作品に触れたのでしょうか。雪村の作品を模写した「琴高仙人図」は以前にも観て知っていましたが、光琳が他にも雪村風の作品を多く残していたことは知りませんでした。それはもう私淑といっていいレベルで、琳派と雪村の意外な接点に驚きます。「渓橋高逸図」は光琳の印がなければ光琳と分からないぐらいだし、特に雪村の「欠伸布袋・紅白梅図」と光琳の「紅白梅図屏風」の梅の木の図様の近似性の指摘は興味深い発見でした。
雪村周継 「欠伸布袋・紅白梅図」
室町時代・16世紀 茨城県立歴史館蔵
室町時代・16世紀 茨城県立歴史館蔵
第6章 雪村を継ぐ者たち
最後の一部屋は、雪村の弟子の作品と、江戸時代から明治にかけての絵師たちへの雪村の影響をその作品から探っています。狩野派が雪村の作品を参照していたのも興味深かったですし、狩野芳崖や橋本雅邦といった近代日本画の黎明期の画家に大きな影響を与えていたという事実はとても意外でした。芳崖が骨董店で観た雪村の「竹虎図」(実際は雪村ではなかったという)を記憶だけで模写した絵が展示されていて、その再現性の高さにも驚きました。
橋本雅邦 「昇龍図」
明治時代・19世紀 山崎美術館蔵 (展示は4/23まで)
明治時代・19世紀 山崎美術館蔵 (展示は4/23まで)
海外からの里帰り作品もあって、雪村の主要作品が一堂に観ることができるという意味で日本美術ファン必見の展覧会だと思いますし、雪村が奇想たる由縁が良く分かります。後期はがらりと展示替えがあるようなのでまた行かなければ。
【雪村 -奇想の誕生-】
2017年5月21日(日)まで
東京藝術大学大学美術館にて

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