山種美術館が現在の地に移転した際にも開館記念として速水御舟の特別展を開催していますが、それ以来4年ぶりの御舟の展覧会です。
本展は速水御舟の作品を中心に、100年以上の歴史をもつ日本美術院の初期を代表する日本画家たちの作品と併せて構成されています。山種美術館は院展の画家の作品を数多く所蔵していて、その中で最も重要な画家が御舟であると入口の解説にありました。全63点(参考出品を除く)の出品作品の内、御舟の作品は29点展示されています。
会場に入ったすぐのところに展示されていたのが、御舟の「牡丹花(墨牡丹)」。牡丹の花弁を墨の濃淡と滲みで表現し、その気高く凛とした佇まいに見とれます。御舟の数ある作品の中でも個人的に大好きな一枚です。
速水御舟 「牡丹花(墨牡丹)」
1934年(昭和9年)
1934年(昭和9年)
【第1章 再興日本美術院の誕生】
資金難や創設者・岡倉天心の渡米などもあり解散状態にあった日本美術院を再興した横山大観、下村観山、菱田春草の作品を紹介しています。最初に登場するのが菱田春草の「雨後」と「釣帰」。ともに朦朧体による作品ですが、特に「雨後」は靄に包まれた山々や滝の飛沫といった湿潤な空気感が見事に表現されていて秀逸です。
横山大観 「喜撰山」
1919年(大正8年)
1919年(大正8年)
横山大観 「富士」
1935年(昭和10年)頃
1935年(昭和10年)頃
つづいて下村観山が2点。内一点は今春開催された『琳派から日本画へ』にも出品されていた「朧月」。朧月というタイトルにもかかわらず月は描かず、淡い月光に照らされた2本の竹を朦朧体で描いた傑作です。
大観は、金箋紙に描くことで独特の色の表現に成功した「喜撰山」や、朦朧体による瀑布と濃墨の岩木の描写が素晴らしい「華厳瀑」、雲海に浮かぶ富士山がなんとも美しい「富士」などが展示されています。
【第2章 速水御舟と再興院の精鋭たち】
ここでは御舟の作品を中心に、兄弟子の今村紫紅や同期の小茂田青樹などの作品を併せて紹介しています。
速水御舟 「山科秋」
1917年(大正6年)
1917年(大正6年)
「山科秋」は御舟初期の作品で、今村紫紅の影響を受けて描いた南画風の風景画。御舟が当時こだわっていたという群青や緑青の色合いが印象的です。初期の作品としては、『琳派から日本画へ』にも出品されていた御舟19歳の頃の作品「錦木」も展示されていました。こちらは琳派を意識し、白い胡粉を使い効果を上げています。御舟が伝統的な日本画をさまざまに吸収し、試行錯誤している様子がうかがえます。
速水御舟 「昆虫二題(葉陰魔手・粧蛾舞戯)」
1926年(大正15年)
1926年(大正15年)
「昆虫二題」は御舟の代表作「炎舞」の翌年の制作ということで、「粧蛾舞戯」は朱色の光に集まる蛾の群れに「炎舞」のイメージが重なります。一方の「葉陰魔手」にはヤツデに絡まるクモの巣が描かれ、妖しげで幻想的な風景を創り上げています。
速水御舟 「翠苔緑芝」
1928年(昭和3年)
1928年(昭和3年)
御舟のもうひとつの重要文化財「名樹散椿」は今回は出品されていませんが、その前年に描かれた代表作のひとつ「翠苔緑芝」が展示されていました。金地に緑の芝や木々、紫陽花が映え、かわいいウサギがアクセントになっている、琳派風のモダンで美しい屏風です。
速水御舟 「椿ノ花」
1933年(昭和8年)
1933年(昭和8年)
速水御舟 「白芙蓉」
1934年(昭和9年)
1934年(昭和9年)
御舟はほかにも、たらしこみによる柔らかな花と深塗りにより葉の硬さを表現した「椿ノ花」、胡粉で表現したという白い花弁がハッとするほど美しい「白芙蓉」、小さな茄子の実とバッタがアクセントになっている「秋茄子」、また最晩年の未完の作「盆栽梅」など小品が多く展示されています。その中でも特に、関東大震災で瓦礫と化した東京を描いた「灰燼」は西洋画のような一枚でとても強く印象に残りました。
前田青邨 「大物浦」
1968年(昭和43年)
1968年(昭和43年)
同じコーナーには、安田靫彦、前田青邨、小倉遊亀、奥村土牛の作品も展示されています。インパクトという点では、大きな波にもまれる舟をダイナミックな構図で描いた青邨の「大物浦」や、金地に日本舞踊を舞う祇園の舞妓と芸者を描いた小倉遊亀の「舞う」はしばし足を止め見入ってしまいました。
【第3章 山種美術館と院展の画家たち】
速水御舟 「炎舞」(重要文化財)
1925年(大正14年)
1925年(大正14年)
入口の左側にある第2室には御舟の代表作「炎舞」が展示されています。炎は仏画や絵巻の表現を踏襲しているとありました。御舟が「もう一度描けと言われても二度と出せない色」と語っているように、赤でも朱でもオレンジでもない火焔の微妙な色調、そして炎が照らす闇の赤さは何とも表現しがたいものがあります。少しほの暗い展示室の中でLEDのスポットライトに照らされた「炎舞」はこれまで何度か観た中でも一番美しさが引き立ち、幻想的に見えました。
片岡球子 「鳥文斎栄之」
1976年(昭和51年)
1976年(昭和51年)
ここにはほかにも横山大観や安田靫彦、前田青邨などの作品が展示されています。片岡球子の「鳥文斎栄之」は初めて拝見しましたが、片岡球子らしい独特のタッチの人物描写とは裏腹にバックの浮世絵がちゃんとした美人画で、フツーの絵も描けるじゃないと思いました(笑)。
考えてみると御舟は40歳の若さで亡くなったにもかかわらず、近代日本画を代表する作品をいくつも残していて、もし御舟がもう少し長く生きていたら、どんな作品を描き、近代日本画にどんな影響を与えていただろうかと思わずにはいられませんでした。
【速水御舟 -日本美術院の精鋭たち-】
2013年10月14日(月)まで
山種美術館にて
速水御舟―日本画を「破壊」する (別冊太陽 日本のこころ 161)
もっと知りたい速水御舟―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
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