2012/07/31

七月大歌舞伎

先日、新橋演舞場で七月大歌舞伎<夜の部>を観てきました。

6月、7月の新橋演舞場は、猿之助→二代目猿翁、亀次郎→四代目猿之助、香川照之→九代目中車の襲名披露、そして香川照之の長男の五代目團子の初舞台ということで、連日大入りの大賑わい。澤瀉屋にはそれほど思い入れが強いわけではないので、パスするつもりでいたのですが、ニュースなどであんなに騒がれるとやはり見たくなるのが人の常。幸い一階の良席がとれたので、楽前の日に拝見してまいりました。

まずは『将軍江戸を去る』から「彰義隊」「大慈院」「千住大橋」の三場。個人的にちょっと苦手な真山青果の台詞劇。徳川慶喜に團十郎、山岡鉄太郎に中車、伊勢守に海老蔵。海老蔵はあまりパッとせず、面白みに欠け、團十郎も最初どうかなぁと思いながら観ていたのですが、後半、鉄太郎に諭され、“尊王”と“勤王”の違いについてもう一度考え直すあたりからの抑えた演技に慶喜の深い思いが凝縮されているようで、とても良かったと思います。

そしてここはやはり中車。2ヶ月の歌舞伎公演の苦労故か、声がガラガラだったのが気の毒でした。「彰義隊の場」で鉄太郎(中車)と彰義隊の面々がやり合っているところに海老蔵が登場したとき、海老蔵のそのよく通るきれいな声に歌舞伎役者との声の違いを感じてしまいました。歌舞伎役者でも声の嗄れやすい人と嗄れない人といるので一概には言えませんが、声は舞台をこなさないと作れないのでしょう。俳優としては評価の高い人ですし、特に「大慈院の場」の膨大な台詞量も難なくこなし、確かに巧いのですが、歌舞伎役者の中に交じると少し異質というか、長年の俳優のクセみたいなものは簡単には抜けないのかなとも感じました。ただ、器用な俳優だと思うので、歌舞伎役者として大成する日も近いことでしょう。中車の世話物とか、きっといいだろうなと思います。これからが楽しみです。

つづいては『口上』。いろんな人の話を聞く限り、口上のネタは同じだったものだったみたい。成田屋の口上が和やかな感じだったのに対し、猿之助と中車は決意の塊のようなとても真面目な口上だったのが印象的でした。最後の團子の口上で笑いと大喝采の内に幕。

そして新・猿之助による『黒塚』。澤瀉屋ゆかりの猿翁十種の内の舞踊劇です。『黒塚』は三部構成になっていて、阿闍梨祐慶ら一行が老女に一夜の宿を求め、祐慶の言葉に老女の長年のわだかまりが消える第一景、山に薪を取り行った老女の心の平安と、見てはならぬと禁じた寝屋を一行が覗いたことを知った老女の豹変を描く第二景、そして鬼女と化した老女が祐慶一行と一戦を交える第三景に分かれ、それぞれが能楽様式、新舞踊の形式、歌舞伎の手法となっています。特に第二景の新・猿之助の踊りは抜群で、身体の安定感、精彩な動き、軽やかな足技、豊かな表情など実に魅せるなと感じました。途中からは強力役の猿弥の飄々とした味わいも加わって、とても楽しめました。また、祐慶の團十郎がとても存在感があり、第三景も見応えがありました。ただ、熱狂的な女性ファンの大向うや少々けたたましい拍手にはちょっと興醒めでした。

最後は『楼門五山桐』。まずは弥十郎、門之助、右近、猿弥、月之助、弘太郎の真柴久吉の家臣たちが花道に揃い、師匠・猿翁の復活を渡り台詞で祝います。南禅寺の山門の上の海老蔵の五右衛門がなかなかの見もので、過去に観た吉右衛門の五右衛門とはまた異なる大きさというか、よい意味での海老蔵らしさが出ていました。

せりが上がると、猿翁の登場。「石川や、浜の真砂は…」は聞き取りづらかったのですが、後半の「石川五右衛門…」からははっきりした口跡で少しホッとしました。最後には段四郎に笑也、笑三郎、春猿の澤瀉屋一門が登場する演出が加わり、祝祭ムードで幕。会場からは割れんばかりの拍手で、お決まりの(?)カーテンコールもあり、スタンディングオベーションをする人や涙を拭う人など、歌舞伎ファンみんなが猿翁の復活を心から祝っているというあの劇場の空気はとても感動的でした。たった10分ほどの芝居ですが、『楼門五山桐』だけでも観る価値はあったと感じる、そんな七月大歌舞伎でした。


これが福山雅治が襲名披露に寄贈したウワサの祝幕。席が前過ぎて、全体を撮影できなかったのが残念でした。

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