2012/07/28

バーン=ジョーンズ展

三菱一号館美術館で開催中の『バーン=ジョーンズ展』に行ってきました。

エドワード・バーン=ジョーンズは、ミレイやウォーターハウス、ロセッティなどと同時代の英国ラファエル前派の画家。ウイリアム・モリスの書籍の装飾絵やステンドグラス制作などでも有名です。意外なことに、バーン=ジョーンズ単体での展覧会は日本で初めてなのだとか。

会場はバーン=ジョーンズの作品の主題やテーマごとに構成。バーン=ジョーンズの絵画を中心に、素描や資料など75点が展示されてます。

プロローグには、まずはエドワード・バーン=ジョーンズの肖像画がお出迎え。30代の頃のバーン=ジョーンズだそうです。長いあご髭を生やし、いかにも英国紳士的で真面目そうな雰囲気。会場の途中に、バーン=ジョーンズの追悼特集の書籍が展示されていましたが、そこにもこの肖像画が使われていたので、バーン=ジョーンズの姿を描いたものとしては有名なものだったのでしょう。


≪旅立ち - 「地上の楽園」を求めて≫

バーン=ジョーンズは、オックスフォード大学在学中にウイリアム・モリスと出会い、そのことから絵画に興味を持ち、ロセッティに弟子入りします。バーン=ジョーンズの父は額縁職人だったということなので、もともと絵の素養はあったのでしょうが、大人になってから絵画を学んでこれだけの画家になったのですから驚きです。ちなみに、バーン=ジョーンズ作品の額縁の素晴らしさも本展の見どころの一つです。

このコーナーでは、バーン=ジョーンズ初期の作品が展示されています。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「マーリンとニムエ」
1861年 ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館

魔術師マーリンが湖の乙女ニムエに恋したあまり魔法を教えてしまい、ニムエはその魔法でマーリンを岩にしてしまうというアーサー王伝説の有名なエピソードを描いた「マーリンとニムエ」。学生の頃、バーン=ジョーンズとモリスはチョーサーなどの物語詩を一緒に読み耽ったというエピソードが残されているそうです。そもそもスタートの時点から、バーン=ジョーンズはこうした神話や伝説的な題材、物語的な素材に強い関心を持っていたということがよく分かります。

このコーナーではほかに、聖グアルベルトの逸話を描いた「慈悲深き騎士」や鉛筆画の 「トリスタンとイゾルデの墓」がとても印象的でした。身体的な表現や顔の表情、また構図などはまだこなれていないところも見られますが、作品の物語性や装飾性といった方向はこの頃すでにできあがっていたようです。


≪クピドとプシュケ―キューピッドの恋≫

美しい娘プシュケに嫉妬したヴィーナスがプシュケを罠にはめるためクピド(キューピッド)を送り込むも、そのクピドがプシュケに恋をしてしまうという連作「クピドとプシュケ」。ここでは油彩画2点と習作が展示されています。

エドワード・バーン=ジョーンズ/ウォルター・クレイン
「泉の傍らに眠るプシュケを見つけるクピド」
(連作「クピドとプシュケ」(パレス・グリーン壁画)
1872-81年 バーミンガム美術館

バーン=ジョーンズは、ウイリアム・モリスの長編詩「地上の楽園」の挿絵を依頼されるのですが、結局採用されず、その中の「クピドとプシュケ」を貴族の邸宅の装飾絵用に独立させたものがこの連作「クピドとプシュケ」。途中から装飾画家のウォルター・クレインに引き継ぎますが、バーン=ジョーンズはそれを気に入らず、最後に自ら修正したそうです。120cm四方ほどの大きな作品で、こんな装飾画が飾られている邸宅ってどんなだろうと想像するだけでも、ちょっと夢見る気分になります。


≪聖ゲオルギウス - 龍退治と王女サブラ救出≫

聖ゲオルギウスは龍退治で有名な聖人。ドラゴンというより大トカゲみたいで、あまり恐ろしさは感じませんが、右下の折れた武器と骸骨が闘いの激しさを物語っています。バーン=ジョーンズはもともと聖職者になるためオックスフォードでは神学を学んでおり、彼の作品にはこうしたキリストの聖人にまつわる作品が多くあります。先日拝見した『ベルリン美術館展』でも聖ゲオルギウスが龍退治をする彫刻が展示されており、比較してみるのも面白いと思います。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「闘い:龍を退治する聖ゲオルギウス」
(連作「聖ゲオルギウス」全7作品中の第6)
1863年 バーミンガム美術館


≪ペルセウス - 大海蛇退治と王女アンドロメダ救出≫

その顔を見ると石に変えられてしまう怪物メドゥーサを退治するペルセウスの神話を描いた連作の下絵です。下絵といっても、ともに150cm四方ほどあり、その大胆な構図や迫力、物語性など、どれも素晴らしいものです。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「メドゥーサの死Ⅱ」(連作「ペルセウス」)
1882年 サウサンプトン市立美術館

エドワード・バーン=ジョーンズ 「果たされた運命:大海蛇を退治するペルセウス」
(連作「ペルセウス」)
1882年頃 サウサンプトン市立美術館

画面の2/3を覆うほどの海蛇と格闘するペルセウスの迫力。まるでスペクタルファンタジーのようなインパクトのある作品です。海蛇とペルセウスの金属的な色合いとは対照的なアンドロメダの白い肌が不思議とアクセントになっています。


≪トロイ戦争 - そして神々≫

こちらももともとウイリアム・モリスの本の挿絵として構想していたものをベースに、祭壇画の装飾絵として制作したものだそうです。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「フローラ」
1868-84年 郡山市立美術館

バーン=ジョーンズはたびたびイタリアを訪れてはルネサンス絵画の模写を行っていたそうですが、この頃の作品にはボティッチェリやミケランジェロの強い影響が見て取れます。「フローラ」のほかに、ダヴィンチの「最後の晩餐」を彷彿とさせる「ペレウスの饗宴」や牧歌的な「牧神の庭」が印象的でした。


≪寓意・象徴 - 神の世界と人の世界≫

バーン=ジョーンズの傑作の一つといわれる「運命の車輪」。左は運命の車輪を司る女神フォルトゥナ、右側の男性は上から、奴隷、王様、詩人なのだとか。身分に関わらず誰も運命には逆らえないということを意味しているのだそうです。女性の描写もさらに磨きがかかり、特に裸体の男性はミケランジェロを彷彿とさせる素晴らしさがあります。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「運命の車輪」
1871-85年 ナショナル・ギャラリー・オブ・ヴィクトリア

このコーナーではほかに、エッチングの「愛の歌」や「水車小屋」、油彩画の「魔法使い」が印象に残りました。「魔法使い」はバーン=ジョーンズ最晩年の作品で、シェイクスピアの「テンペスト」の一場面を描いたといわれるもの。プロスペローはバーン=ジョーンズ自身をモデルにしているともいわれているそうです。


≪ピグマリオン - 「マイフェアレディ」物語≫

ピグマリオンは、自分で造った彫像に恋してしまい、女神に祈ったところ彫像に命が吹き込まれたというギリシャ神話。映画『マイ・フェア・レディ』のもととなるお話です。バーン=ジョーンズの「ピグマリオン」は4作からなる連作で、本展では全作が展示されています。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「ピグマリオンと彫像 女神のはからい」
1878年 バーミンガム美術館

ラファエル前派というと独特の女性像が特徴ですが、バーン=ジョーンズが描く女性の表情はどこか表面的に感じるところがあります。彼の作品は物語性が高いので、気持ち的な部分は伝わってくるのですが、その表情が女性の心理を巧みに表現しているかというと、そこまでではない気がします。


≪いばら姫 - 「眠れる森の美女」の話≫

階段を下りたところにはバーン=ジョーンズの代表作「いばら姫」が展示されていました。さまざまな格好で眠るいばら姫を描いた「王宮の中庭」の習作6点がまず秀逸。さらにその先の小さな部屋には、横2m強の横長の「眠り姫」が飾られています。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「眠り姫」(連作「いばら姫」)
1872-74年頃 ダブリン市立ヒュー・レイン美術館

4人の女性の眠る姿ももちろん美しいのですが、野バラなどの草花の細密さや衣装の質感、深い森に囲まれたような緑の濃厚な色合い、なにより装飾的なデザイン性の素晴らしさは目を見張るものがあります。思わずうっとりと見とれてしまいます。


≪チョーサー -「薔薇物語」と愛の巡礼≫

出品リストでは最初の≪旅立ち - 「地上の楽園」を求めて≫の次にあるのですが、なぜか会場では最後のひとつ前。飛ばしてしまったのかと思って途中で戻って探してしまいました(出品リストの順番と会場の順番は若干異なっています)。ここでは、バーン=ジョーンズとモリスが大きな影響を受けたチョーサーの「薔薇物語」にちなんだ作品や、バーン=ジョーンズが原画を描いた世界三大美書の一つといわれる「チョーサー著作集」などが展示されています。


≪旅の終わり -アーサー王・聖杯・キリスト≫

最後のコーナーは、これも生涯のテーマだったアーサー王伝説と聖杯伝説、そしてキリストや聖書のエピソード題材にした、特に晩年の作品が展示されています。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「ティーブルの巫女」
1875年 バーミンガム美術館

「ティーブルの巫女」はオックスフォード大学礼拝堂のステンドグラスのために描かれたもの。どんなにか素晴らしいステンドグラスなのかと思います。このコーナーでは、神秘的な雰囲気の「聖杯堂の前で見る騎士ランスロットの夢」や大きなタペストリーの「東方の三博士の礼拝」が特に印象的でした。


正直に言うと、ビアズリーとかミュシャとかの装飾的で少女趣味的なところがあまり好きではなく、ミレイもそれほど興味がなかったので、バーン=ジョーンズも果たしてどうかな?と思っていました。確かに中には、個人的に好みのものではない画風のものもありましたが、ルネサンスに回帰しようとする試みや装飾画としての大胆な構図、そしてそのデザイン力の高さはとても見る価値のあるものでした。なにより、バーン=ジョーンズのヴィクトリア朝絵画が三菱一号館美術館のレトロな雰囲気にぴったりです。


【バーン=ジョーンズ展 -装飾と象徴】
2012年8月19日(日)まで
三菱一号館美術館にて


もっと知りたいバーン=ジョーンズ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいバーン=ジョーンズ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)









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