2015/11/22

プラド美術館展

三菱一号館美術館で開催中の『プラド美術館展 -スペイン宮廷 美への情熱』のブロガー内覧会がありましたので、参加してまいりました。

10月に一度拝見しているので、2回目の鑑賞になります。先月伺った日は休日で混んでいて、あまりゆっくり鑑賞できなかったこともあったので、今回はじっくりと拝見してきました。

『プラド美術館展』というので、スペイン絵画がたんまりかと思いきや、ルーベンスやブリューゲルといったフランドル絵画も意外に多く、実はハプスブルク家を介した歴史的な繋がりがあったことも知りました。

比較的小品が多いものの、作品数は100点を超え、さすがスペイン王家所縁の作品が中心になっているだけあって、品の良い作品が多く、質的にも充実しています。三菱一号館美術館の構造からして、このぐらいの小さなサイズの作品の方が映えますし、じっくり対峙するにはちょうどいい感じがします。


Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活

教会に飾られる祭壇画というより、私的な空間で使われた礼拝用の絵画と思われる小型の作品が並びます。作品はどれも14~16世紀のもので、この時代はまだキャンバスが普及してないので、板にテンペラや油彩で描かれたものばかり。学芸員の方もおっしゃってましたが、板絵は温湿度の管理が難しく、よくこれだけの作品を貸し出してくれたなと思います。

[写真左から] ハンス・メムリンク 「聖母子と二人の天使」 1480-90年
偽ブレス(プレシウス) 「東方三博士の礼拝」「12部族の使者を迎えるダビデ王」「ソロモン王の前のシバの女王」 1515年頃
ヒエロニムス・ボス 「愚者の石の除去」 1500-10年頃

ここでは初期フランドルの画家の作品が多く、ヘラルト・ダヴィト(ダーフィット)やメムリンクの聖母子像に惹かれます。メムリンクの「聖母子と二人の天使」は衣服の質感も素晴らしい。フランドルは織物業が盛んだったこともあって、フランドル画家の衣服の表現はレベルが高いのだそうです。

初期フランドルというとヒエロニムス・ボスですが、ボスの絵も一枚展示されています。どこまで宗教的なのかはよく分かりませんが、頭から石を取り除こうとする医者(実は偽医者)は頭に漏斗(愚行の意味がある)をかぶっていて、愚者の頭には花が咲いています。不思議。


Ⅱ マニエリスムの世紀: イタリアとスペイン

ルネサンス的なところではティッツィアーノの作品も展示されてたのですが、マニエリスムというと、やはりここではエル・グレコでしょう。30cmにも満たない小さな作品でしたが、その小さな額の中に、いかにもエル・グレコといった感じの造形と色彩が溢れています。小さいとはいえ、「受胎告知」が観られたのも嬉しい。

[写真左から] エル・グレコ 「受胎告知」 1570-72年
エル・グレコ 「エジプトへの逃避」 1570年頃
ルイス・デ・モラーレス 「聖母子」 1565年頃


Ⅲ バロック: 初期と最盛期

17世紀というとスペイン絵画の黄金時代。ベラスケスやムリーリョといった巨匠が出現し、スペイン的なリアリズム絵画が展開します。スペイン絵画の展示は少なかったのですが、メインに据えている章だけあり、イタリアやフランドルなど作品は充実しています。

[写真左から] ドメニコ・ティントレット 「胸をはだける婦人」 1580-90年
グイド・レーニ 「花をもつ若い女」  1630-31年
ディエゴ・ベラスケス 「フランチェスコ・パチェーコ」 1619-22年

[写真左から] グイド・レーニ 「祈る聖アポロニア」 1600-03年
グイド・レーニ 「聖アポロニアの殉教」 1600-03年

グイド・レーニの作品が3点あって、清楚な女性の肖像画も良かったのですが、聖アポロニアを描いたバロック的な作品がとてもいい。どこかラファエロ的であり、バロック特有の明暗の激しさとドラマティックな雰囲気があり、それでいて表現や色彩は柔らかい。

[写真左から] フアン・バン・デル・アメン 「スモモとサワーチェリーの載った皿」 1631年頃
ハブリエル・メツー 「死せる雄鶏」 1659-60年

バロックの見どころの一つとして静物画が取り上げられています。静物画が独立したジャンルとして確立するのがこの時代で、いわゆる“キャビネット・ペインティング”として貴族たちがプライベートな小部屋(キャビネット)に飾り楽しんだといいます。その中で印象的だったのがこの2点。ともに初めて名の聞く画家で、メツーはフランドルの画家、バン・デル・アメンはマドリードに生まれますが、両親はフランドル人。徹底した写実性と強烈な光のコントラストが対象物の質感を劇的に高めています。

[写真左から] ペーテル・パウル・ルーベンス 「聖人たちに囲まれた聖家族」 1630年頃
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ 「ロザリオの聖母」 1650-55年

そして、ムリーリョの「ロザリオの聖母」。暗闇に浮かび上がる聖母マリアとキリストの神々しさ、吸い込まれてしまいそうな繊細かつ力のある表情(特に目)。しばし心を奪われました。今年の『ルーブル美術館展』でも「蚤をとる少年」に感動しましたが、宗教画の厳かな味わいはまた格別ですね。

ここではルーベンスも見もの。ルーベンスは主要な部分のみ描いて、あとは指示だけして工房の弟子に任せていたのは有名な話ですが、小品はルーベンス本人が細部まで描き込んでいるので、真価が発揮されているのだそうです。「聖人たちに囲まれた聖家族」のオリジナルはベルギーのアントウェルペン王立美術館にあって、こちらは模写なのですが、小品だからこそ分かる繊細な描写をすみずみまで堪能することができます。

[写真左から] ペーテル・パウル・ルーベンス 「アポロンと大蛇ピュトン」 1636-37年
コルネリス・デ・フォス 「アポロンと大蛇ピュトン」 1636-38年

[写真左から] ペーテル・パウル・ルーベンス 「デウカリオンとピュラ」 1636-37年
ペーテル・パウル・ルーベンス 「狩りをするディアナとニンフたち」 1636-37年

ルーベンスでは他にも小型の作品があったり、ルーベンスの下絵をもとにした作品があったりして、いろいろと比較して観るのも面白い。


Ⅳ 17世紀の主題: 現実の生活と詩情

この頃になると風景画がぐんと増えます。ネーデルラントでは風景画の中に風俗描写を交えた作品が、これもキャビネット・ペインティングとして人気があったそうです。

興味深かったのがベラスケスの珍しい風景画で、まるで外光のもとで描いたのではないかと思うようなところがあり、構図的にも、タッチも、コローなど近代に近いものを感じます。

[写真左から] ディエゴ・ベラスケス 「ローマ、ヴィラ・メディチの庭園」 1629-30年
クロード・ロラン 「浅瀬」 1644年頃

ヤン・ファン・ケッセル(1世) 「アジア」 1660年

異彩を放つのがこの「アジア」。当時の西洋人がイメージするアジアなんでしょうが、ヘビとかサイとか巨大イカとか不気味で奇っ怪な生物ばかり。アジアは未開の野蛮な地と考えられていたんでしょうね。

ピーテル・ブリューゲル(2世) 「バベルの塔の建設」 1595年頃

ブリューゲル家の作品もいくつか。大ブリューゲルの長男ピーテル2世が量産した「バベルの塔」をはじめ、次男ヤン・ブリューゲルやさらにその息子のものなど。ヤン・ブリューゲル2世の「地上の楽園」は熱帯の野鳥やライオン、ヒョウなどが描かれていて、これも大航海時代のオランダの、遠い大陸のイメージなのかもしれません。

[写真左から] ヤン・ブリューゲル(2世) 「豊穣」 1625年頃
ヤン・ブリューゲル(1世) 「森の中のロバの隊列とロマたち」 1612年

[写真左から] ピーテル・フリス 「冥府のオルフェウスとエウリュディケ」 1652年
フランスの不詳の画家 「自らの十字架を引き受けるキリスト教徒の魂」 1630年頃
ヤン・ブリューゲル(2世) 「地上の楽園」 1626年頃

ボスにはじまる幻想絵画の流れを汲むものでしょうが、ピーテル・フリスの「冥府のオルフェウスとエウリュディケ」も面白い。オルフェウスが死んだ妻を取り戻すために冥府に入るエピソードを描いたもので、グロテスクな魔物がいたり、よく分からない生き物がいたり、まあ何もかも不気味(笑)


Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅

18世紀に入ると、長い間スペインを統治していたハプスブルク家に代わり、ブルボン家による王制が始まります。美術の趣味もがらりと変わり、イタリアやフランドル系の絵画に代わってフランス絵画が幅を利かせます。

[写真右から] ルイス・パレート・イ・アルカーサル 「花束」 1780年頃
アントン・ラファエル・メングス 「マリア・ルイサ・デ・パルマ」 1765年
ルイス・パレート・イ・アルカーサル 「花束」 1780年頃

時代的にも新古典主義とかロココとかが主流なので、一気に明るく華やかな作品が並びます。メインヴィジュアルに使われているメングスももちろん良いのですが、個人的にはイ・アルカサールの人物画に惹かれました。この時代独特のムードがあります。メングスが描いた女性を後にゴヤも描いていて、ゴヤの作品がパネルで紹介されています。

[写真右から] マリアノ・サルバドール・マエーリャ 「大地に収穫物を捧げる女神キュペレ」 1798年
ジャンバッティスタ・ティエポロ 「オリュンポス、あるいはウェヌスの勝利」 1761-64年
フランシスコ・バイェウ・イ・スビアス 「オリュンポス、巨人族の戦い」 1764年

仰視法を効果的に用いた作品が並んでいて、これも良かったです。ティエボロの透明感ある絵作りはさすが。マエーリャとイ・スピアスは天井画の下絵ですが、これだけでも十分美しいのだから実物を観たらさぞ興奮するでしょうね。


Ⅵ ゴヤ

ゴヤには一部屋割り当てられてます。ゴヤからイメージする作品かというと、ちょっと物足らないところもありますが、興味深いのは「アルバ女公爵とラ・ベアタ」。アルバ公爵夫人はゴヤの愛人だったことで有名ですが、アルバ公爵夫人が召使いを脅している図で、公爵夫人は赤珊瑚の魔除けを突きつけ、召使いは十字架を振りかざして抵抗しています。この頃ゴヤは耳が不自由だったそうなので、その会話は聴こえいなかったのかもしれませんが、公爵夫人があまりいいように描かれていないように感じます。こんな絵を描いて夫人に怒られなかったのでしょうか。

フランシスコ・デ・ゴヤ 「アルバ女公爵とラ・ベアタ」 1795年

[写真右から] フランシスコ・デ・ゴヤ 「トビアスと天使」 1787年頃
フランシスコ・デ・ゴヤ 「目隠し鬼」 1788年
フランシスコ・デ・ゴヤ 「酔った石工」 1786年


Ⅶ 19世紀: 親密なまなざし、私的な領域

作品はスペイン絵画が中心ですが、印象派の影響を感じる作品も多く、あまり観る機会のないスペインの19世紀近代絵画という点で興味深い。ジャポニスムの影響を感じるマリアノ・フォルトゥーニの「日本式広間にいる画家の子供たち」や、ビセンテ・パルマローリ・ゴンザレスの「手に取るように」が素敵でした。

[写真左から] レオナルド・アレンサ・イ・ニエト 「酔っ払い」 1835年頃
エウヘニオ・ルーカス・ベラスケス 「魔女の夜宴」 1850-55年


ビセンテ・パルマローリ・ゴンザレス 「手に取るように」 1880年

プラド美術館だからといって、スペイン絵画というイメージで来てしまうと、ちょっと期待したものと違うかもしれませんが、スペイン宮廷のコレクションだと考えると、かつての華やかなりし宮廷文化に触れられて、とても楽しめると思います。


【プラド美術館展 スペイン宮廷美への情熱】
2016年1月31日(日)まで
三菱一号館美術館にて


もっと知りたいゴヤ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいゴヤ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

0 件のコメント:

コメントを投稿