2016/03/15

勝川春章と肉筆美人画

出光美術館で開催中の『生誕290年記念 勝川春章と肉筆美人画 -〈みやび〉の女性像』に行ってきました。

太田記念美術館の『勝川春章-北斎誕生の系譜』を観た足で、そのまま日比谷へ。

ちょうどその日の朝、Eテレの『日曜美術館』の<アートシーン>で紹介されて、でも原宿の方はそれほど混んではなかったので、こっちもまだ大丈夫かな?と思ったら、いやいや結構お客さんが入ってました。テレビの影響もあるでしょうが、昨年暮れに上野の森美術館であった『肉筆浮世絵展』の流れで関心の高い方も多いような気もします。

さて、こちらの勝川春章展は肉筆画のみ。出光美術館の所蔵作品を中心に、太田記念美術館や浮世絵に強い千葉市美術館などから作品を借り受けています。個人蔵の作品が多いのも特徴ですね。全70点(一部展示替えあり)の内、約半分が春章の作品です。


Ⅰ.春章の達成-「美人鑑賞図」にみる創意

まずはメインヴィジュアルにもなっている「美人鑑賞図」から。それにしてもすごい題名。

勝川春章 「美人鑑賞図」
寛政2~4年(1790-92)頃 出光美術館蔵

「美人鑑賞図」は大和郡山藩主で、春章の上顧客の柳沢信鴻の古希のお祝いに描かれた作品。鳥文斎栄之の大判錦絵「福神の軸を見る美人」を元にしていることが分かっています。栄之の作品の構図を借りたのは誰のアイディアなのか不明ですが、信鴻が隠居した六義園を後景に描いたり、鶴や猫といった吉祥的なモチーフを加えたりしています。春章最晩年の作とされ、もしかすると絶筆かもしれないという話もあるようです。


Ⅱ.春章へと続く道-肉筆浮世絵の系譜、〈大和絵師〉の自負

つづいて、初期浮世絵を中心に、春章が門を叩いた宮川派の作品などを紹介。作者不詳の「邸内遊楽図屏風」や菱川師宣の「遊里風俗図」は江戸時代前期の風俗画の面白さがあって素晴らしいですね。

宮川長春 「立姿美人図」
江戸時代(18世紀前期) 出光美術館蔵

途中に「諸家人名江戸方角分」という資料がパネルで紹介されていて、これによると浮世絵師(浮世画)は町絵師(画家)に比べ、身分的に低いとされていたようなのですが、その中でも春章は旗本出身の栄之と同様に“画家”として高い評価を得ていたとありました。


Ⅲ.美人画家・春章の出発-安永・天明期、上方へのまなざし

春章が肉筆画を本格的に手掛けるようになるのは割と遅くて、50歳前後になってからだといいます。春章がかつて修業をした宮川派は肉筆美人画を専門としていたので、肉筆画にへの欲求のようなものもあったのかもしれません。人気浮世絵師になり、肉筆画の注文も入るようになったのか、あるいは錦絵は弟子に任せられるようになり、隠居気分で肉筆画を描けるようになったのか、そのあたりは分かりませんが。

勝川春章 「柳下納涼美人図」
天明3~7年(1783-87)頃 出光美術館蔵

ここでは春章の初期の肉筆と、同時代の浮世絵師、特に上方の絵師の肉筆美人画を展観。西川祐信や月岡雪鼎、珍しいところでは稲垣つる女など上方肉筆浮世絵の優品が並びます。こうして観ると、この頃はまだ上方の浮世絵は充実していたというか、江戸の浮世絵師たちもお手本とする部分も多かったのでしょう。

勝川春章 「桜下三美人図」
天明7、8年(1787, 88)頃 出光美術館蔵

春章は、春章の美人画の作風が確立したという安永以前の肉筆画もあって、先の「美人鑑賞図」やこの後の章の晩年の美人画と比べると、やはり格段の違いがあります。後年のものは非常に優美で気品もあり、とりわけ着物の柄や色遣いなど繊細な表現が目を惹きます。「青楼遊宴図」の細密な描写や、「桜下三美人図」の白の絵具の繊細なグラデーションは肉筆ならでは。

勝川春章 「吾妻風流図」
天明元年(1781)頃 東京藝術大学美術館蔵(展示は3/15から)


Ⅳ.春章の季節-同時代の浮世絵師たちとの交感

美人画とは少し異なりますが、春章の「石橋図」が素晴らしい。いわゆる狂言や歌舞伎の“石橋もの”の獅子を描いた図ですが、赤毛の中に金泥の毛を交え、毛振りに動きを与えていますし、獅子の踊りの激しさも伝わってきます。このあたりは写実的な役者絵で培った腕なんでしょう。

勝川春章 「遊女と達磨図」
天明7、8年(1787, 88)頃 太田記念美術館蔵

春章の「遊女と達磨図」もいいですね。遊女は肉筆浮世絵らしい描き方ですが、達磨は水墨画のような筆致で、遊女と達磨という取り合わせだけでなく、その描き分けも面白い。

酒井抱一 「遊女と禿図」
天明7年(1787) 出光美術館蔵

春章以外では若い頃の抱一の肉筆美人画があって、なかなか興味深い。北尾重政の門人という窪俊満も気になります。俊満の「藤娘と念仏鬼図」は大津絵を題材にしたもので、顔は怖いんだけど藤娘の荷物を持ってあげる鬼が愛嬌があって笑えます。


Ⅴ.俗のなかの〈みやび〉-寛政期、円熟と深化へ

錦絵を観てる分には春章の美人画が特に秀でてるとは思わないのですが、こうして肉筆画を観ると春章の優麗な画風が際立ちますし、その高いテクニックは目を見張ります。決して手を抜かない描写の緻密さ、丁寧さ、的確さ。版画では表現しきれなかったことを肉筆画では思う存分実現させているなと感じます。

勝川春章 「雪月花図」
天明3~7年(1783-87) 出光美術館蔵

先の『肉筆浮世絵展』でも春章は紹介されていましたが、イメージを喚起する表現力はこの人ならではという気がします。中でも、やまと絵を思わせる「雪月花図」の物語性の高さ、極めて精緻な表現には驚きます。右から清少納言、紫式部、伊勢大輔の女流歌人を描いた図で、特に着物の文様の繊細さ。たとえば清少納言の着物は流水に橋で、極細の筆で非常に丁寧に描かれています。単眼鏡がないとたぶん分からない。


Ⅵ.〈浮世絵の黄金期〉へ-春章がのこしたもの

最後に春章以後の美人画を紹介。春章も参考にするほど美人画では定評のある鳥文斎栄之や門人の春潮や北斎などがあります。北斎の美人画はちょっと個性的ですね。

葛飾北斎 「月下歩行美人図」
江戸時代(19世紀前期) 出光美術館蔵

白眉は歌麿の「更衣美人図」。優艶で、かつ歌麿らしい色気があって、圧倒的な存在感を放っています。春章の描く正統派美人画にはない生々しさがあって、こうして浮世絵は爛熟期を迎えるのだなと感じます。

喜多川歌麿 「更衣美人図」(重要美術品)
江戸時代(19世紀前期) 出光美術館蔵

春章の美人画ってあまりイメージが湧きませんでしたし、美人画の中で最初の方に出てくる名前でもないと思っていたのですが、 非常に腕のある美人画の絵師であることがよく分かりました。肉筆画が晩年に集中しているということもあるのでしょうが、優品が多く、見応えのある展覧会です。くれぐれも単眼鏡を忘れませんように。


【生誕290年記念 勝川春章と肉筆美人画 -〈みやび〉の女性像】
2016年3月27日(日)まで
出光美術館にて


勝川春章と天明期の浮世絵美人画勝川春章と天明期の浮世絵美人画

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