2015/05/04

世紀末の幻想

国立西洋美術館の版画素描展示室で開催中の『世紀末の幻想』を観てきました。

19世紀末に多くの画家たちが独創的な表現を探究し、一層の華やぎを見せたというフランスの版画芸術。ここではその時代のリトグラフとエッチングを中心に紹介。世紀末芸術ならではの幻想的なイメージと、絵画とはまた違った表現性を堪能できます。

会場の構成は以下の通りです:
夢見る色彩
中世への憧れ
たましいの肖像
街角の美術館
ファム・ファタル
ブルターニュという異郷
物言いたげな陰影


ポスターはちょっとメランコリックというか、いかにも退廃的な雰囲気を漂わせていますが、最初に登場するのはナビ派の穏やかな色彩によるカラーリトグラフ。同じモチーフを油彩とリトグラフで表現した作品は、その制作方法の違いやドニがどんな表現を求めたかも垣間見えて興味深いですね。

[左]モーリス・ドニ 「アッシジの聖フランチェスコ」 1926年
[右]モーリス・ドニ 「クァトロ・トッリ城、シエナ」

ドニはほかの作品や、最近個人的にお気に入りのヴュイヤールも。ヴュイヤールの作品のモデルは母親かな?なんかとてもパーソナルな感じで和みます。

エミール・ベルナール 『レ・カンティレーヌ』のための挿絵より 1892年頃

ベルナールのリトグラフ(正確にはジンコグラフ)がいくつかあって、よく見るベルナールの絵の感じと全く違うので新鮮な驚きでした。象徴派の詩人ジャン・モレアスの詩集の挿絵で、いわゆるゴシック趣味というか、中世のおどろおどろしい雰囲気が素朴な線描で描かれています。

ウジェーヌ・カリエール (左から)「エドモン・ド・ゴンクール」
「ポール・ヴェルレーヌ」「アンリ・ロシュフォール」他 1896-97年

会場で印象的だったのがカリエールの肖像版画。写真かと見紛うぐらい写実的で、まるで暗闇の中からふわーっと浮かび上がってくるような不思議な焦点とクリアーさ、独特の陰影表現が素晴らしい。思わず唸ってしまいました。

[左から]ヤン・トーロップ 「『守られたるヴェニス』のプログラム」 1895年
カルロス・シュヴァーベ 「第1回薔薇十字展のためのポスター」 1892年
アルフォンス・ミュシャ 「『ロレンザッチオ』のポスター、サラ・ベルナール」 1896年

この時代の特徴として印刷技術の発達と、演劇などのポスターに表現の場が広がったということがあります。こうして並ぶと、アールヌーボーのデザインとポスターの親和性の高さが分かりますね。「薔薇十字展」のポスターが目立っていますが、右隣のポスターはミュシャで、フランスの大女優サラ・ベルナールが男装しているという倒錯的なもの。

[左]リュック・オリヴィエ・メルソン 「サロメ」 1899年
[右]アンリ=ジャン=ギヨーム・マルタン 「荊冠を被った女(沈黙)」 1897年

よくあるサロメのイメージと違って、一見清純そうなんだけれども狡猾さも覗かすメルソンの「サロメ」。退廃的でちょっと不気味さを漂わすマルタンの「荊冠を被った女(沈黙)」もいい。 

シャルル・コッテ 「ポン・タン・ロワイヤン」

[左から]シャルル・コッテ 「祈り」
シャルル・コッテ 「行列」 1913年  シャルル・コッテ 「悲しみ」 1908年

たぶん初めて観たのではないかと思うのですが、シャルル・コッテ。この感じ好きです。ブルターニュ地方の貧しい暮らしと厳しい自然、そして深い信仰。強い筆触と独特の色調から滲み出てくるようです。

[左]ポール=アルベール・ベナール 「ロベール・ベナール」 1891年
[右]ポール=アルベール・ベナール 「ケープをまとった女」 1889年

ポール=アルベール・ベナールも馴染みのない画家。油彩ではラファエル前派にも傾倒していたようですが、ここで展示されている作品は象徴主義色が強く、幻想的な感じが濃厚です。エッチングの緻密で繊細な線描と、強い明暗表現。よく見ると女性の顔が骸骨だったという作品もありました。如何にも世紀末的な世界観。

ポール=アルベール・ベナール 「暖炉のそばで」 1887年

新館の2階の奥でひっそりと展示されていますが、この時代の作品やモノクロームの世界が好きな人にはオススメです。こちらは常設展なので、常設展のチケットで観られますし、当日であれば『グエルチーノ展』のチケットでそのまま入れます。


【世紀末の幻想-近代フランスのリトグラフとエッチング】
2015年5月31日まで
国立西洋美術館 版画素描展示室にて


世紀末の夢―象徴派芸術世紀末の夢―象徴派芸術

2015/05/03

ダブル・インパクト

東京藝術大学大学美術館で開催中の『ダブル・インパクト 明治ニッポンの美』に行ってきました。

なかなか伺えず、気付いたら既に会期後半。ゴールデンウィークということもあって、多くのお客様で賑わっていました。

本展は、ボストン美術館と東京藝術大学の所蔵コレクションによる初の企画展。開国そして文明開化による西洋化の波により大きな影響を受けた“ウェスタン・インパクト”の作品と、外国の人々の目を感動させ海外へ渡って行った“ジャパニーズ・インパクト”の作品を一堂に会したユニークな展覧会です。激動の時代の流れとともに日本の近代美術が確立していく過程を具体的に見ていけて、あらためて再認識できるという点でいろいろと興味深かかったです。

会場のところどころで、展覧会のマスコットキャラクター(?)の日本代表の源さんと西洋代表のベティさんのやりとりがパネルにしてあって、各章の見どころを紹介してくれています。


プロローグ 黒船が来た!

会場には、その時代時代の歴史的事件やさまざまな出来事がパネルで解説されていて、その当時に制作された作品や、文化や風俗を描いた作品などが紹介されています。日本の近代史に疎くても全然OK!

三代広重の「横浜波止場ヨリ海岸通異人館之真図」は当時の情景を正確に伝えてるのかと思いきや実際とは少し違っていたり、歌川芳虎の「万国名勝尽競之内仏蘭西把里須府」なんて勝手な想像でパリの風景を描いたり(パリが港町として描かれてる)、割と自由。

三代歌川広重 「横浜波止場ヨリ海岸通異人館之真図」
1875(明治8)年 ボストン美術館蔵

面白かったのが、黒船来航を蒙古襲来に見立てた河鍋暁斎と歌川芳虎の作品。暁斎は敵船を爆発させたり、やりたい放題の派手な仕上がり、一方の芳虎は国芳ばりの武者絵で、二人の作風の違いが出ていて楽しい。

チャールズ・ワーグマンの絵の模写という高橋由一の「浴場図」も興味深い。構図や女性の裸体の描写が巧いのはワーグマンの絵に拠るからでしょうか?それにしても明治の時代によくデッサンさせてもらえたものですね。

高橋由一 「浴場図」
1878(明治11)年 東京藝術大学大学美術館蔵


第1章 不思議の国JAPAN

海外の万博に出品したり、輸出したりと、政府の振興策もあって、この時代は優れた工芸品が海外に多く出ていますが、本展ではボストン美術館から多くの工芸品が里帰りをしています。巨大な水晶とその見事な置物とか、現存するものの中で最大という2m近くもある龍の自在置物とか、非常に精緻で繊細で美しい十種香箱とか、当時の日本の高い技術に惚れ惚れ。

柴田是真 「野菜涅槃図蒔絵盆」
1888(明治21)年 ボストン美術館蔵

河鍋暁斎の作品は海外でも人気が高かったそうで、いかにも暁斎らしい図柄の「地獄太夫」や、構図は琳派作品を継承しながら恐ろしげな形相の「風神・雷神」など、どれもいい。是真は蒔絵の「野菜涅槃図」がユニークというか流石の技巧。是真による明治宮殿の天井画の下絵も見もの。実物はどんなにか素晴らしかったんでしょう。

河鍋暁斎 「地獄太夫」
19世紀後半・明治時代 ボストン美術館蔵


第2章 文明、開花せよ

明治前半の社会や風俗を描いた作品を紹介。文明開化を象徴する駅や鉄道の風景、音楽の授業、果ては隅田川での水雷に実験を描いたものなどさまざま。洋装と和装が半々ぐらいだった絵の10年後に描かれた作品ではみんな洋装だったり、絵を追うことで明治の世の中の変化を知ることができます。「梅園唱歌図」や「浅草公園遊覧之図」など楊州周延の錦絵がきれい。

楊州周延 「梅園唱歌図」
1887(明治20)年 ボストン美術館蔵


第3章 西洋美術の手習い

<ワーグマンとその弟子たち>、<フォンタネージとその弟子たち>、<ラクーザとその弟子たち>とに分けて作品を紹介。五姓田義松や浅井忠など興味深い。チャールズ・ワーグマンとアントニオ・フォンタネージの二人から油彩画の技術を学んだ高橋由一の墨で描いた「農夫」が意外にうまい。


第4章 日本美術の創造

ここでは作品の多くが藝大の前身・東京美術学校と所縁のある画家のもの。狩野芳崖の「悲母観音」は何度か拝見してますが、今回は岡倉天心の甥・秋水による模写と並べての展示。さすが芳崖の作品と比べてしまうと、その差は歴然ですが、なかなか興味深い。十数年前にボストン美術館に収蔵されるまで作品の存在は知られていなかったそうです。

橋本雅邦 「雪景山水図」
1886(明治19)年頃 ボストン美術館蔵

ボストン美術館から来てるものでは、芳崖の「谿間雄飛図」にまずビックリ。大胆や構図と表現。実にテクニカルで素晴らしい。雅邦の「雪景山水図」もいいですね。伝統的な山水画の中にある近代絵画的な立体感。西村五雲のヒグマ(?)と白熊が両隻に描かれた「熊図屏風」もユニーク。観山の「大石内蔵助」のリラックスした表情も好き。大観も朦朧体の好例のような作品が来ています。ここまで美しい朦朧体の大観作品は国内でも珍しいのでは。

菊池容斎の「九相図」も素晴らしくいい。桜の木の下に佇む女性はいかにも容斎らしいんですが、だんだんと朽ちていく屍が妙に写実的で生々しい。装身具だけ彩色を施した墨絵の「白衣観音図」も美しい。

菊池容斎 「九相図」
1848(寛永元)年 ボストン美術館蔵

今回の展覧会では初めて知る画家もいて、特にメインヴィジュアルにも使われている小林永濯の「菅原道真天拝山祈祷の図」には度肝を抜かれました。劇画調の作品は好きではないのですが、こういう絵を描く人が明治時代にいたことに驚きます。


第5章 近代国家として

明治天皇の御影、日清日露戦争を描いた作品、西洋画の成果、工芸の伝統回帰といった括りで作品を紹介。気になったのが橋本邦助の多色リトグラフで、この時代にこんな洒落た、かわいい、パリっぽい雰囲気の作品を描ける人がいたのかと驚かされました。水彩画の吉田博と中川八郎という画家も初めて知る名。ボストン美術館で展覧会をし、多くの作品がアメリカで売れたそうな。

他にも、高橋由一の「日本武尊」や、洋画では山本芳翠や藤島武二の作品が印象に残りました。

藤島武二 「イタリア婦人像」
1908-09(明治41-42)年頃 東京藝術大学大学美術館蔵

海外の美術館からただ作品を持ってくるだけでなく、こういう企画性のある展覧会は面白いですね。図録も凝っていて、なかなか楽しめます。ちなみに藝大美術館のあとは名古屋ボストン美術館にも巡回します。


【ボストン美術館×東京藝術大学 ダブル・インパクト 明治ニッポンの美】
2015年5月17日
東京藝術大学大学美術館にて


「朦朧」の時代―大観、春草らと近代日本画の成立「朦朧」の時代―大観、春草らと近代日本画の成立

2015/04/28

桃山時代の狩野派

京都国立博物館で開催中の『桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち』を観てまいりました。

わたし的にドストライクな展覧会。ちょうどいい具合に関西出張が入りまして、金曜日の夜間開館に寄れるように、まぁいろいろと裏工作してスケジュールの都合をつけました(笑)

京博では2007年の『狩野永徳展』、2013年の『狩野山楽・山雪展』につづく狩野派の展覧会。今回は『狩野永徳展』の続編といいましょうか、永徳の後を継いだ狩野派の絵師たちにスポットを当てています。時代でいうと、永徳急逝から探幽が江戸で盤石な体制を敷くまでの約50年ぐらいです。


第一章 永徳の残映 -金碧大画-

まずは導入部として、永徳の長男・光信、永徳の影武者・宗秀、京狩野の祖・山楽、永徳の次男にして探幽ら三兄弟の父・孝信の作品を展観。永徳は絶頂期の40代半ばで過労死のような死に方をしますが、永徳の豪壮な金碧障壁画はその後継者たちにもしっかり引き継がれています。

狩野山楽 「槇に白鷺図屏風」

本展のメインヴィジュアルにもなっている山楽の「唐獅子図屏風」は永徳の「唐獅子図屏風」の親獅子だけを描いたような感じ。背景は総金地で、勇壮孤高な雰囲気を醸し出しています。山楽ではもう1点、昨年末に発見されニュースになった「槇に白鷺図屏風」。永徳の「槇図屏風」を思わせる槇の枝ぶりに白い鷺の取り合わせが印象的です。

永徳の弟で兄の片腕として活躍した宗秀の現存唯一の金碧大画という「柳図屏風」も素晴らしい。こんな大きな柳があるんだろうかというぐらい巨木の柳と、対照的にか細い枝葉が絶妙なバランスで配されていて見事。


第二章 華麗美の極致 -後継者・光信-

光信というと、これといった特徴をあまり感じたことがなかったのですが、こうしてまとめて観ると、光信の卓越したセンスや個性を強く感じます。壮麗な永徳画とは異なる、優美で華麗な世界。

狩野光信 「四季花木図襖」(重要文化財)
慶長5年(1600年) 園城寺蔵

永徳の下で活動していた頃の作品とされる「四季花鳥図屏風」の繊細で丁寧な絵作り、「四季花木図襖」の凛とした美しさ、「源氏物語図屏風」のめくるめく華麗な王朝文化。とりわけ素晴らしいのは、秀吉の子・鶴松の遺品という「松竹鶴亀図童具足」や、貝合わせの道具をしまう「唐人物図貝桶」の非常に細やかな線描と表現。爛熟期の桃山文化を見る思いがします。

狩野光信 「源氏物語図屏風」(右隻)
檀王法林寺蔵


第三章 より凛々しく、美しく -権力者の肖像-

光信は秀吉を描いた作品を複数残しているようで、「秀吉像」が前後期で1点ずつ公開されるのですが、図録で見比べると顔の形・表情は全く同じなんですね。本などでよく見る有名な高台寺の秀吉像(光信筆)ともこれまた同じ。光信の人物画は、体躯に比べて顔や手が小さいのが特徴なのだそうです。

狩野光信 「豊臣秀吉像」 (重要文化財)
慶長4年 宇和島伊達文化保存会蔵 (展示は4/26まで)

ほかにも淀殿とされるものや北政所(高台院)、小早川秀秋を描いたものなどがあり、特に「小早川秀秋像」は光信筆の可能性が高いとか。戦国武将とは思えない気弱そうな表情が面白い。


第四章 にぎわいを描く -百花繚乱の風俗画-

絢爛豪華な桃山美術を象徴する洛中洛外図や遊楽図を紹介。金雲の中に咲く満開の桜が美しい「吉野花見図屏風」や、風流踊りの大輪舞が楽しい「花下群舞図屏風」、孝信工房の作とされる「洛中洛外図屏風 勝興寺本」など、まさに百花繚乱。濃麗な彩色美にクラクラします。

中でも、先の山楽の「槇に白鷺図屏風」と同じく新発見として話題になった孝信筆の「北野社頭遊楽図屏風」は絶品。非常に状態がよく、また境内の賑わいや武士の宴席の様子が実に生き生きと描かれています。細部に至るまで丁寧に描き込まれていて、人々の衣装がまた色とりどりで美しい。いずれ重文になるでしょうね。

狩野孝信 「北野社頭遊楽図屏風」

桃山の狩野派に見られる風俗画が江戸時代になると極端に少なくなるのが個人的にずっと謎で、てっきり探幽の好みの問題かと思っていたのですが、時代の変転を嫌う徳川幕府の意向で狩野派は風俗画の制作に消極的な姿勢をとるようになったとあって、なるほどなと思いました。

ほかにも見事な「調馬・厩馬図屏風」や、当時の狩猟文化を知る上でも貴重な「犬追物図屏風」、これまた細部まで克明で素晴らしい孝信の「唐船・南蛮船図屏風」など、見応えがあります。


第五章 狩野派の底力 -影武者たちの活躍-

狩野派は血族と一部の門弟で構成されていますが、その下には工房で働く名もない絵師たちがいて、“ゼネコン”狩野派の大事業を支えていたわけです。ここでは実力はあるものの美術史に登場しない影武者たちの作品を紹介。「唐美人製茶・唐子図屏風」や「文王霊台・鞨鼓催花図屏風」などは高いクオリティで、素人には判断が付きません。


第六章 光信没後の大黒柱 -宮廷絵所預・孝信-

永徳の死後、長谷川派の躍進におびやかされる狩野派。生き残りを賭けた“三面作戦”で朝廷の窓口となり、宮廷絵所預として高く評価されたのが孝信でした。東博の『京都-洛中洛外図と障壁画の美』で仁和寺の「牡丹図襖」や「賢聖障子絵」などは観ていますが、ここまでまとまった形で観る機会がなく、今回その傑出した技量に正直驚きました。

狩野孝信 「牡丹図襖」
慶長18年(1613年) 仁和寺蔵

永徳の血を感じる「雪松図屏風」、堅固かつ繊細な筆致の唐人物図と花鳥図の衝立「唐人物・花鳥図座屏」、空を自由に飛んだり水浴びをしたり、餌を啄んだりとツバメの様々な姿が魅力的な「芒燕図屏風」、明兆の下絵をもとに描いたという「羅漢図」など、どれも素晴らしい。

狩野孝信 「羅漢図」
東福寺蔵

中でも興味深かったのが「三十六歌仙図扁額」や「紫式部像」といった人物画で、強い線描が女性はしっかりとした意志を持ち、男性は彫り深くキリリとした印象を与えます。「三十六歌仙図扁額」は光信や山楽のものも出品されているので、比較して見ると面白いと思います。三人それぞれの特徴が良く分かりますよ。

狩野孝信 「紫式部像」
石山寺蔵


第七章 女御御所に描く -狩野派新世代-

孝信亡きあと狩野派を継いだ貞信による徳川秀忠の娘・和子(東福門院)の内裏女御御所の障壁画を紹介。まだ18歳の頃の作品という探幽の「唐美人図張台構貼付」が見ものですが、ちょっと状態が悪いのが残念。

貞信というと若くして亡くなってしまうため、現存する作品が極めて乏しいといいます。本展で展示されている「住吉社頭図壁貼付」や「楼閣山水図戸襖」は瀟洒で詩情豊かな味わいがあって、探幽に繋がる狩野派の画風の変遷が見て取れます。

狩野貞信 「住吉社頭図壁貼付」(重要文化財)
元和5年(1619年) 京都国立博物館蔵


第八章 江戸絵画の扉を開く -早熟の天才・探幽-

ときはすでに江戸時代ですが、ここでは探幽の初期の作品である二条城二の丸御殿と名古屋城本丸御殿の障壁画を紹介。二条城の障壁画は探幽25歳、名古屋城は33歳。まだ桃山時代の狩野派の流れを汲むスケールの大きさも感じられますが、永徳の激しさや誇張された表現とは明らかに違います。空間の使い方や余韻を残す表現。名古屋城の障壁画の瀟洒な雰囲気のなんと美しいことか。新しい時代に敏感な探幽の感性の高さを感じます。

狩野探幽 「松に孔雀図壁貼付・襖」(重要文化財)
寛永3年(1626年) 元離宮二条城事務所蔵

会場の最後には、徳川家光が自分の夢に現れて病が治ると告げた狐を探幽に描かせたという掛軸が特別出品されています。明治時代に所在不明になり、今年2月に見つかったという作品で、右上には家光の自筆による日付が入っています。八尾の狐はどちらかというと可愛いらしくて、探幽の個性が出ているというより家光の意向が強い作品なのだろうなという感じを受けます。

狩野探幽 「八尾狐図」
寛永14年(1637年)

永徳と探幽の間にあって飛ばされがちな時代をガッチリ抑えた展覧会。桃山時代の狩野派というと、ダイナミックでゴージャスというイメージがありますが、それだけではない繊細で優美な世界も堪能できます。桃山文化、ここに極まれり。

本展には狩野永徳の作品は出品されていませんが、常設展には永徳の作品が出ています。ほかにも狩野元信や長谷川等伯の作品も展示(5/10まで)されているので忘れずに。


【桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち】
2015年5月17日(日)まで
京都国立博物館にて


もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アート・ビギナーズ・コレクション)


聚美 vol.15(2015 SPR 特集:狩野派の隆盛と栄光聚美 vol.15(2015 SPR 特集:狩野派の隆盛と栄光

2015/04/26

燕子花と紅白梅

根津美術館で開催中の『燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密』を観てまいりました。

尾形光琳300年忌を記念した特別展。光琳の二大傑作である根津美術館所蔵の国宝「燕子花図屏風」とMOA美術館所蔵の国宝「紅白梅図屏風」が約半世紀ぶりに揃います。

先に熱海のMOA美術館で『燕子花と紅白梅 光琳アート -光琳と現代美術-』と題し、光琳の「燕子花図屏風」「紅白梅図屏風」と、光琳にインスパイアされた現代美術を展観するという特別展が開催されました。熱海という東京から離れた場所にも関わらず、毎日大変な盛況だったと聞きます。

展覧会の内容は異なれど、「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」が同じく並ぶのですから、混まないわけがありません。日曜日の15時半頃にうかがいましたが、案の定チケット売場は行列でした。先にほかの展示室を観たり、庭園を散策し、人が減った頃を見計らい、メインの<展示室1>へ。閉館30分前には人もまばらで、ゆっくり鑑賞できました。GWや会期末は覚悟しておいた方が良さそうですね。


さて、会場の構成は以下の通りです:
第一章 燕子花図と紅白梅図-「模様」の屏風の系譜
第二章 衣裳模様と光悦謡本-光琳を育んだ装飾芸術
第三章 団扇・香包・蒔絵・陶器-ジャンルを超える意匠

根津美術館での本展は純粋に光琳の作品とそのデザイン性に焦点を絞っています。光琳への影響という観点で俵屋宗達や本阿弥光悦らの作品があるものの、ほかの琳派の絵師の作品などはなく、それだけに光琳の世界に集中できます。

俵屋宗達 「蔦の細道図屏風」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 相国寺蔵

<展示室1>でまず目に飛び込んでくるのが宗達の「蔦の細道図屏風」。東京国立博物館で開催された2008年の『対決-巨匠たちの日本美術』以来の再会です。まるで現代アートのように、余計なものを排した無機的で、ミニマルで、洗練された色と構図。宗達のデザインセンスの高さに唸ります。400年も前にこんなデザインセンスを持った人がいたなんて。抜群にカッコいい。ずーっと眺めてました。

尾形光琳 「燕子花図屏風」(国宝)
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵

そして会場の中央に光琳の「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」。「燕子花図」は何度も観てますが、「紅白梅図」は初見(MOAでレプリカは観てますが)。まるで音符の連なりのように軽やかな構図が心地いい「燕子花図」に対し、「紅白梅図」は艶っぽいというか、なんだか妙に生々しい。男女の関係を見る向きがあるのも頷けます。渦巻く波文もただの文様というよりも、ちょっと情念的にすら見えます。

尾形光琳 「紅白梅図屏風」(国宝)
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵

ほかにも光琳の「槇楓図屏風」とその元となった宗達工房の「槇楓図屏風」、光琳の画稿・下絵など貴重な資料である「小西家文書」など。展示は2階にもあって、<燕子花図屏風の茶>という特集展示は、「燕子花図屏風」を購入した実業家の初代根津嘉一郎がお披露目のために開いた茶会で使用された茶道具や掛軸などが展示されていて、数寄者として名高い氏の趣味が垣間見れてなかなか興味深かったです。


【尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密】
2015年5月17日(日) まで
根津美術館にて

もっと知りたい尾形光琳―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい尾形光琳―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)


光琳図案図録光琳図案図録

2015/04/20

片岡球子展

東京国立近代美術館で開催中の『片岡球子展』に行ってきました。

早いもので片岡球子が天命を全うして7年。亡くなられたのが103歳のときでしたので、今年で生誕110年なんですね。本展はそれを記念しての展覧会です。

本展では絵画作品約60点、遺されたスケッチや渡欧時の資料類約40点が展示されています。作品数は多くありませんが、代表作『面構』シリーズをはじめ、要所々々をおさえた展示で、球子の画業の全貌を知ることができます。

大好きなんですよ、片岡球子。亡くなられた後の追悼展も観に行きましたが、ここまでの規模の回顧展を観るのは初めて。とても楽しみにしていました。


第1章 個性との闘い-初期作品

初期の作品はまだおとなしく、筆も薄塗りで、いい意味で昭和初期の近代日本画の流れに乗ってるなという印象です。前田青邨に褒められたという「炬燵」は、着物の色とりどりの文様に球子のこだわりが既に出ているとはいえ、個性と呼べるものはまだ見られません。公募展にもなかなか入選せず、自らを“落選の神様”と称したといいます。

片岡球子 「炬燵」
昭和10年 北海道立近代美術館蔵

描きたいものとか、実力とか、自分らしさとか、そうした葛藤の行き着いた先なのか、戦前の頃すでに球子の絵は“ゲテモノ”扱いされていたようです。会場に小林古径が球子に語ったという言葉が紹介されていました。

「あなたは、みなから、ゲテモノの絵をかく、と、ずいぶんいわれています。今のあなたの絵は、ゲテモノに違いありません。しかし、ゲテモノと本物は紙一重の差です。あなたは、そのゲテモノを捨ててはいけない。自分で自分の絵にゲロが出るほど描きつづけなさい。いつかは必ず自身の絵に、あきてしまうときが来ます。そのときから、あなたの絵は変わるでしょう。薄紙をはぐように変わってきます。それまでに、何年かかるかわかりませんが、あなたの絵を絶対に変えてはなりません。」

球子の絵は確かにお世辞にも上手いとは言えないし、アクが強く個性的なんですが、とはいえこの頃はまだ突き抜けたものは感じられません。

片岡球子 「祈祷の僧」
昭和17年 北海道立近代美術館


第2章:対象の観察と個性の発露-身近な人物、風景

片岡球子は約30年もの間、小学校で美術教師をしていたというのは有名な話ですが、どんな先生だったんでしょうね。球子に教えてもらっていた児童がうらやましい。

学校の仕事の傍ら、画家としての活動を続けていたわけですが、児童たちをモデルにした作品というのもありました。絵の上手な小学生が描いた作品といわれても分かりませんが(笑)。こうした児童たちを観察し描いた作品がその後の“面構”に繋がっていくんだろうなと感じます。

片岡球子 「飼育」
1954年 横浜市立大岡小学校蔵

1950年代に入ったあたりから、ついにゲテモノが薄紙をはぎはじめ、鮮やかな色彩、個性的な造形、特徴的な構図が現れます。“火山”シリーズや、球子といえばという“富士山”を描いた作品など、強烈なインパクトをもった絵が並びます。太い輪郭線や主張の強い色彩。「桜島の夜」や「「海(小田原海岸)」、「海(真鶴の海)」、「カンナ」などは最早日本画の概念を飛び越え、フォーヴィスムやキュビスムを思わせます。

片岡球子 「海(真鶴の海)」
昭和34年 神奈川県立近代美術館


第3章:羽ばたく想像の翼-物語、歴史上の人物

会場の解説には、たびたび“フィルター”という言葉が登場します。独自の感性で磨きあげられたフィルターを通して、色彩や造形をとらえ、対象を突き詰めていく。球子ならではの手法は時に衝動的でアバンギャルドに見えますが、その図像を徹底的に研究するなど、入念な準備をしていたといいます。会場に「歌舞伎南蛮寺門前所見」という歌舞伎の舞台に取材した作品がありましたが、公演期間の1ヶ月の間ずっと、歌舞伎座に通い詰めたのだそうです。

片岡球子 「海(鳴門)」
昭和37年 神奈川県立近代美術館

片岡球子 「幻想」
昭和36年 神奈川県立近代美術館

「海(鳴門)」の生き物のように蠢く波、「幻想」のまるで細かな千代紙を貼り合わせたような圧倒的な色彩美。どの絵をとっても、ちょっとたじろぐインパクトです。

片岡球子 「面構 足利尊氏」
昭和41年 神奈川県立近代美術館

代表作の“面構(つらがまえ)”シリーズもいろいろと揃ってます。「足利尊氏」「足利義満」「足利義政」の面構三部作はまるでウォーホル。

片岡球子 「面構 国貞改め三代豊国」
昭和51年 神奈川県立近代美術館

都営大江戸線の築地市場駅にあるパブリックアートのもととなっている「国貞改め三代豊国」や、「葛飾北斎」「東洲斎写楽」といった歌舞伎絵師のシリーズや、晩年に描いた「雪舟」や「一休さま」も。 浮世絵や日本画の世界観を自由に再構築していくその頭脳回路の楽しいことといったら。

片岡球子 「面構 歌川国貞と四世鶴屋南北」
昭和57年 東京国立近代美術館


第4章:絵画制作の根本への挑戦-裸婦

最後は晩年のライフワークとなった裸婦画。この裸婦画に挑むにあたり、球子は一からデッサンの勉強を始めたのだそうです。最後の最後まで対象を表現することの追求に余念がなかったというその創造欲の凄さ。会場の最後に展示されていた作品は実に98歳のときのものでしたが、年齢や衰えを全く感じさせないから驚きです。

片岡球子 「ポーズ2」
昭和59年 札幌芸術の森美術館

ゲテモノがひと皮むけたら、さらに強烈なゲテモノになった。それが片岡球子なんだという気がします。何もかもエネルギッシュでした。常設展にも片岡球子の作品が出てるので忘れずに。


【生誕110年 片岡球子展】
2015年5月17日まで
東京国立近代美術館にて


もっと知りたい片岡球子―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい片岡球子―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)