ブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)の展覧会で青木繁の作品と一緒に観ることが多くあったので、夭折の画家・青木繁の盟友ということは頭にあるのですが、坂本繁二郎がどういう画家かというと、馬の絵と静物の印象があるぐらいで、実はよく知らないのです。
本展はその坂本繁二郎の没後50年を記念する回顧展。東京では約10年ぶりの本格的な展覧会だといいます。青木繁というと明治時代を代表する洋画家なので、坂本繁二郎も昔の画家とばかり思ってましたが、実はわたしが生まれた頃はまだ存命だったというのも驚きでした。
会場の構成は以下のとおりです:
第1章 神童と呼ばれて 1897-1902年
第2章 青春-東京と巴里 1902-1924年
第3章 再び故郷へ-馬の時代 1924-1944年
第4章 成熟-静物画の時代 1945-1963年
第5章 「はなやぎ」-月へ 1964-1969年
坂本繁二郎は福岡・久留米の生まれ。有名な話ですが、小学校の同級生には青木繁がいます。16歳で上京した青木に対し、坂本は久留米に残り、図画の代用教員をしていたのですが、東京で本格的に絵を学んだ青木の上達ぶりに焦りを覚え、上京を決めたといいます。
久留米時代の坂本の作品もいくつか展示されていました。確かに‟神童”と呼ばれただけあり、油絵具や水彩絵具が入手できず墨で描いたという「立石谷」や、夏空に広がる雨雲と広い田園の複雑な風景を見事に捉えた「夏野」などを観ると、これが15、16歳の少年の作品かと目を疑うぐらい完成度の高さに驚きます。
坂本繁二郎 「立石谷」
明治30年(1897)頃 個人蔵
明治30年(1897)頃 個人蔵
坂本や青木に絵の手ほどきをした森三美という洋画家の作品と、それを模写したと思われる坂本の作品が並んで展示されていたのですが、この森三美もまだ明治時代中頃にもかかわらず、しっかりとした洋画の技術を身に付けていて、なかなかのものでした。東京から遠く離れた久留米にあって、優れた画家に指導してもらえたことは、坂本と青木にとって幸運だったのだと思います。
初期の坂本の作品は、いわゆる旧派の写実的で堅実な画風だったのですが、「張り物」や「魚を持ってきた海女」など1910年あたりの作品から印象派風の光に満ちた画風に変わっていきます。青木繁の作品も代表作「海景(布良の海)」や絶筆「朝日」などいくつか展示されていましたが、早くに亡くなってしまう青木に対し、坂本の絵はどんどん光の捉え方が発展していくのが印象的でした。
坂本繁二郎 「三月頃の牧場」
大正4年(1915) 東京国立近代美術館蔵
大正4年(1915) 東京国立近代美術館蔵
夏目漱石に高く評価されたという「うすれ日」にはじまり、「海岸の牛」や「三月頃の牧場」など、印象主義的な明るい色彩で描いた牛の絵があるかと思えば、黒一色で光を探求してみせた「牛」のような実験的な作品もあったりします。
坂本繁二郎 「帽子を持てる女」
大正12年(1923) 石橋財団アーティゾン美術館蔵
大正12年(1923) 石橋財団アーティゾン美術館蔵
「帽子を持てる女」はフランス留学中の代表作。フランス留学中の作品に共通する淡く柔らかな色彩と、色面で表した女性の、穏やかな中にも強い意志をもったような佇まいが印象的です。
坂本繁二郎 「水より上る馬」
昭和28年(1953) 株式会社鉄鋼ビルディング蔵
昭和28年(1953) 株式会社鉄鋼ビルディング蔵
坂本繁二郎というと馬の絵と静物の印象が強いのですが、日本に帰国後、最初に描いたのも馬だったそうです。「牛を馬に乗りかえた。馬と柿は一生描く」という言葉が紹介されていましたが、同じモチーフを繰り返し繰り返し描いているところを見ると、こだわりが強い人だったのだろうなと感じます。フランス留学前の作品と視力が衰えてからの最晩年を除いて、画風がほとんど変わらないというのもある意味すごい。
静物は柿だけでなく、栗や梨、茄子といった野菜や果物から、植木鉢や玩具、果てはモーターに至るまで、実はいろいろ描いているのですが、晩年、能面の静物に行きつくのも面白い。能面の無表情な独特の表情、一見単調な構図。それらを補うように様々な色彩や筆触がとても複雑な諧調やマチエールを生んでいます。何枚も並べられた能面の静物を観ていてモランディの静物を思い浮かべました。
坂本繁二郎 「能面と鼓の胴」
昭和37年(1962) 石橋財団アーティゾン美術館蔵
昭和37年(1962) 石橋財団アーティゾン美術館蔵
風景画もなかなか良くて、珍しい六曲一双の「雲仙の春・阿蘇の秋」はとても印象的でした。最晩年はほとんど視力を失うも、月の絵を繰り返し描き、幽玄とも東洋的印象主義とも評される独自の画境に行きつくところが凄いなと感じます。
【没後50年 坂本繁二郎展】
2019年9月16日まで
練馬区立美術館にて
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