2014/10/10

菱田春草展

東京国立近代美術館で開催中の『菱田春草展』を観てきました。

横山大観、下村観山、そして竹内栖鳳につづいて今年は菱田春草。去年から楽しみにしていた今年のハイライトともいうべき美術展です。

本展は重要文化財4点を含む春草の代表作約108点を紹介する大回顧展。東京美術学校入学前の若書きから絶筆まで過不足なく網羅しており、春草の画業を振り返るのに重要な作品はほとんど集められているのではないでしょうか。

初日の朝に拝見してきましたが、開館前は長い行列もできていたものの、館内は然程混んだ感じもなく、ゆっくり鑑賞することができました。



1章 日本画家へ:「考え」を描く 1890-1897年

最初に登場するのが17歳の頃に描いた「海老にさざえ」。まだ絵の上手い学生の作品の域を出ませんが、ちょうどこの頃でしょうか、故郷の高校で菱田春草に図画を教えていたのがなんと後に洋画家となる中村不折だったというのも凄いエピソードです。

ほかに美校時代の作品や古画の模写など。素晴らしいのは「水鏡」で、パステル調の柔らかな色彩と天女の少女のような無垢な表情が美しい。

菱田春草 「水鏡」
明治30年(1897) 東京藝術大学蔵 (展示は10/13まで)


2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く 1898-1902年

初期の「寒林」や「武蔵野」を観ると、写実的な傾向も見られますが、朦朧体に挑んだ作品では、新たな表現の革新性よりも古典的な水墨画や東洋絵画を意識してるような感じも受けます。しかし朦朧体は批判され、西洋絵画の亜流として揶揄されたといいます。

菱田春草 「武蔵野」
明治31年(1898) 富山県立近代美術館

絵具に金泥を交ぜた独特の色調の中に一人立つ童が美しくもどこか物寂しい「菊慈童」や静謐の中に孤高な精神を感じさせる「林和靖」(展示は10/13まで)が秀逸。「林和靖」は後年にも描いているのでどう変化しているか比べてみるのも面白いかも。ほかに、「松林月夜」「瀑布(流動) 」「暮色」「羅浮仙」、大観と合作した琳派風の「秋草」がいい。

菱田春草 「菊慈童」
明治33年(1900) 飯田市美術博物館蔵 (展示は10/13まで)

菱田春草 「林和靖」
明治33-34年(1900-01) 東京国立近代美術館蔵 (展示は10/13まで)

この時代のハイライトは重文の「王昭君」。王昭君は中国四大美人の一人。敵国に嫁ぐことになった王昭君を送り出す別れの場面で、王昭君の高貴な美しさと悲嘆にくれる侍女たちの表情が実に繊細なタッチで描かれています。何より朦朧体を発展させた濁りのない描法と西洋顔料も取り入れたという明るく自在な色彩感が素晴らしい。このとき春草28歳。

菱田春草 「王昭君」(重要文化財)
明治35年(1902) 善寶寺蔵


3章 色彩研究へ:配色をくみたてる 1903-1908年

インドやアメリカ、ヨーロッパに外遊したあとの作品を展示。大観や春草の作品は国内では不評でも、海外ではホイッスラーを引き合いに出されるほどで、絵も高値で売れたそうです。ヨーロッパで本場の西洋画に触れた春草は帰国後、補色の配置や筆触の強調といった色彩の研究を推し進めさせたといいます。

菱田春草 「賢首菩薩」(需要文化財)
明治40年(1907) 東京国立近代美術館蔵

そうした色彩研究の成果として挙げられているのが、「春丘」や「夕の森」といった作品で、日本画にはない色をどう出そうか、どう表現しようかと試行錯誤している様子が窺えます。「賢首菩薩」は西洋顔料の使用や鮮やかな色彩といっただけでなく、よく見ると袈裟や掛布が補色対比で描かれていたり、近代色彩学を徹底的に研究した跡がよく分かります。

菱田春草 「松に月」
明治39年(1906) 個人蔵

斬新な構図の水墨画「松に月」も松葉の緑や空の色にも西洋顔料を混ぜているそうで、色味を抑えた独特の発色が夢想的な雰囲気を醸し出しています。春草の水墨画は個人的に大好きで、「松島」や「五月」、「雨後」といった水墨が印象的でした。

そのほか、「月下波」が秀逸。波の描写が西洋画の影響を感じさせます。翌年に描いた「林和靖」のさざ波の描写と比較して見ると面白い。


4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない 1908-1911年

そして晩年。“落葉”のモティーフは幾度も描いているようで、重文の「落葉」のほか未完の作品や落葉の林の中の鹿を描いた作品など数パターンがありました。林の描写も初期の「寒林」とは大きく異なり、すっきりとした空間の構成、余白の取り方、トーンを抑えた色彩など洗練してきているのが分かります。

菱田春草 「落葉」(重要文化財)
明治42年(1909) 永青文庫蔵 (展示は10/13まで)

春草の代表作「黒き猫」(重文)は後期出品ですが、前期にも“猫”の絵がいくつもあって、猫好きは悶絶必至。「黒き猫」が評判を呼び、春草のもとには“猫”の絵の依頼が殺到したといいます。六曲一双の屏風の「黒き猫」が先例にあって、「黒き猫」(重文)を描いて、「猫に烏」はその後の作品だとか。柿と猫、柿と烏といったモティーフも複数あったり、かけすやウサギ、鼬といった鳥や動物も猫に劣らずかわいい。

菱田春草 「柿に猫」
明治43年(1910) 個人蔵

菱田春草 「黒き猫」(重要文化財)
明治43年(1910) 永青文庫蔵 (10/15から展示)

会場の最後を飾る「早春」にはただただ感動。風に乗って自由に飛ぶ鳥に病に苦しむ春草はどんな思いを込めたのか、そう思って屏風を観ていると涙が出てきそうになります。最晩年の36歳という解説が何ともやるせない。会場の最後には絶筆の「梅と雀」が。春草が最後に辿り着いた境地は如何に。

菱田春草 「猫に鳥」
明治43-44年(1910-11) 茨城県近代美術館蔵

春草は若くして逝ってしまったこともあり、そのため若さからくる清新清冽な画風が彼の良さだと思っていて、それがよく分かる展覧会でした。春草が長生きしていればどんな絵を描いていたかという話をよく耳にしますが、逆に言えば、そうした老成した作品を見せることなくこの世を去ったことに、彼の作品の魅力と美しさがあるような気もします。会場の最後にはイケメン春草を偲ぶ写真もあり。この秋オススメの展覧会です。


【菱田春草展】
2014年11月3日まで
東京国立近代美術館にて


菱田春草 (別冊太陽 日本のこころ 222)菱田春草 (別冊太陽 日本のこころ 222)


もっと知りたい菱田春草―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい菱田春草―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

1 件のコメント:

  1. はじめまして。自分は春草の故郷飯田の人間です。
    春草の絵は、本物の自然や動物がそこに本当にいるような気がします。
    身びいきですけど世界絵画史上、空前の画家だと思っています。

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