2014/06/07

ジャック・カロ展

国立西洋美術館で開催中の『ジャック・カロ - リアリズムと奇想の劇場』を観てきました。

ジャック・カロは17世紀前半にフランス(ロレーヌ)やイタリアで活躍した版画家。非常に細密な描写と、ユニークな画風が魅力です。銅版画の新しい技法を開拓したことでも知られているといいます。

本展は国立西洋美術館の所蔵作品で構成した展覧会。版画といえども、一人の画家でこれだけの作品を持っていたということも驚きですが、それをたった600円で観られるというのがうれしい。さらに、画が細かいだけに閲覧用のルーペまで貸してくれるサービスも有り難いところ。会場の入口にルーペが置いてありますので、忘れずに借りていきましょう。


Ⅰ.ローマ、そしてフィレンツェへ

まずは初期の作品から。カロはフランスからイタリアへ移り、ローマの工房で版画の模刻やエングレービングなどの技法を学び、さらにフィレンツェで研鑽に励んだといいます。ここでは連作<ローマの絵画>のほか、マニエリスムっぽい「キリストと穀物の計量人」など宗教画が展示されています。

ジャック・カロ 「キリストと穀物の計量人」
1611年頃 国立西洋美術館蔵


Ⅱ.メディチ家の版画家

メディチ家の宮廷附き版画家として、メディチ家の宮廷文化やフィレンツェの都市の活気を描いた作品を紹介。

ジャック・カロ 「二人のザンニ」
1616年頃 国立西洋美術館蔵

「二人のザンニ」はコメディア・デラルテ(即興喜劇)を描いた作品。メディチ家の当主コジモ2世が熱心な愛好家だったそうで、カロの作品にはコメディア・デラルテを描いた作品が多くあります。

ジャック・カロ 「第二の幕間劇:地獄はキルケの仇討をするために武装する」
連作<幕間劇>より
1617年 国立西洋美術館蔵

演劇的な雰囲気や奇想的なイメージはこの頃すでに出来上がっていたようです。シンメトリックな構図と廃墟的な建物も面白い。地獄のキルケはまるでデビルマンのよう。

ジャック・カロ 「インプルネータの市」
1620年 国立西洋美術館蔵

「インプルネータの市」の細かさと言ったら! 聖ルカを祝うお祭りの様子を描いた作品で、露天商や見せ物、遊戯に集まる実に1000人以上ともいわれる人々が描かれています。顔なんて2~3ミリしかないんじゃないかと思うのですが、細かなところまで明瞭な描写がされていて、ルーペで覗くと表情まで分かります。まさに驚異的!

なお、会場内に“みどころルーペ”というタッチパネル式の鑑賞システムも置いてあり、「インプルネータの市」の精細な描写を見ることができます。


Ⅲ.アウトサイダーたち

カロは、乞食やジプシー、不具者やフリークスなど社会から虐げられた人々をよく取り上げてもいて、ここではそうした“アウトサイダー”を描いた作品を紹介。

ジャック・カロ 「ジブシーたちの宴」
国立西洋美術館蔵

サーカスなどで人気のあった小人や傴僂たちを描いた連作<小さな道化たち>、さまざまな乞食を観察した連作<乞食>、ヨーロッパでは強い警戒心を持たれていたというロマ(ジプシー)を描いた連作<ジプシー>などが展示されています。道化などは多少デフォルメされてもいますが、そこには彼らの暮らしの様子だけでなく、生きることの悲哀や社会批判めいたものまで感じられます。


Ⅳ.ロレーヌの宮廷

故郷ナンシーに戻ってからのカロの作品を紹介。ロレーヌ公国は1670年にフランスに占領されますが、カロの作品からは在りし日の公国の繁栄の様子を見ることができます。

ジャック・カロ 「ナンシーの宮殿の庭園」
1625年 国立西洋美術館蔵

「ナンシーの宮殿の庭園」や「ナンシーの競技場」などの作品を観ていると、フィレンツェ時代の作品とは異なり、フランス的な雰囲気を強く感じます。それにしても細かい。手抜き一切なし。

ジャック・カロ
「『槍試合』:ド・ヴロンクール殿、ティヨン殿、マリモン殿の入場」
国立西洋美術館蔵

宮廷で行われていた“槍試合”の様子を描いた連作の一枚。まるでシャチホコ(解説によるとイルカらしい)ですが、これは槍兵を乗せて登場するための“山車”なのだそうです。しかもこれ、宮廷の試合の記録画ですからね、一応(笑)。巨大魚が出てくる時点で破天荒すぎます。


Ⅴ.宗教

本展はサブタイトルに≪奇想の劇場≫とありますが、カロの作品のうち最も多くを占めるのが宗教画なのだそうです。17世紀前半は宗教改革や、それによるカトリック教会内部の対抗宗教改革の動きもあった時代。当然のことながら生活はキリスト教とともにあり、こうした時代であることを考えると、銅版画家の収入の大きな部分は宗教を題材にした作品なんでしょう。

ジャック・カロ 「日本二十三聖人の殉教」
国立西洋美術館蔵

豊臣秀吉によるキリスト教の弾圧で磔の刑に処された23人のカトリック信者を描いた「日本二十三聖人の殉教」が印象的。日本人の殉教がヨーロッパで聖人として祀られていたのですね。画面を三層に分けたスケール感のある構図で聖母を神格化した「ラ・プティット・テーズ(聖母の勝利)」、カラヴァッジョの影響ともいう「食卓の聖家族」もいい。

ジャック・カロ 「聖アントニウスの誘惑(第2作)」
1635年 国立西洋美術館蔵

悪魔の誘惑にさらされ、信仰心を試された聖アントニウスを描いた大作。本作は最晩年の作品で、初期にも同題の作品があるため「第2作」となっています。“聖アントニウスの誘惑”というと、ブリューゲルやヒエロニムス・ボス、マルティン・ショーンガウアーらの作品でも有名な主題で、いずれも空想的な魔物や悪魔が登場していますが、カロもしかり。ネーデルラントの奇想の伝統が受け継がれているようです。武器を持った悪魔や奇怪な化け物、裸の女など、その摩訶不思議な世界から目が離せません。


Ⅵ.戦争

カロで最も有名な作品というのが連作『戦争の悲惨』。調べてみると、(大)と(小)があり、本展では(大)が全18点展示されていました。三十年戦争に取材したもので、戦闘や襲撃、銃殺、絞首刑、虐殺、掠奪、報復など戦争により起きた悲惨な出来事がカロ的なタッチで表現されています。版画集『戦争の惨禍』で知られるゴヤも影響を受けたといわれているとか。

ジャック・カロ 「『戦争の悲惨(大)』:絞首刑」
1633年出版 国立西洋美術館蔵

どの作品も強く印象に残るのですが、やはりこの作品のインパクトは最たるもの。まるで果実が樹になるように吊るされた人がぶらさがっているという。一見、空想画のようなイメージが、しかし実は戦争の現実であると思うとゾッとします。

ジャック・カロ 「ブレダの攻略」
1628年 国立西洋美術館蔵

「ブレダの攻略」はカロ最大の作品。スペイン軍がいかにして新教徒軍の要衝ブレダを陥落させたかを描いた作品で、前景には無数の兵士が描かれ、だんだんと人間は豆粒大になり、やがて地図と化するという壮大な作品。


Ⅶ.風景

最後は風景画。イタリアやパリの景観、故郷ロレーヌの景色。戦争画のあとだけにホッとします。一番惹かれたのが完成したばかりのポン・ヌフを描いた作品。奥にはノートルダム大聖堂の塔も見えます。

ジャック・カロ 「『パリの景観』:ポン・ヌフの見える光景」
1628-1630年頃 国立西洋美術館蔵

カロは生涯1400もの作品を残したそうで、国立西洋美術館ではその内400点を所蔵しているとのこと。本展ではその半分にあたる220点が展示されています。ブリューゲルやボスあたりが好きな方なら必見の展覧会です。


【ジャック・カロ - リアリズムと奇想の劇場】
2014年6月15日(日)まで
国立西洋美術館にて


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