2012/10/06

シャルダン展

三菱一号館美術館で開催中の『シャルダン展』に行ってきました。

「シャルダン? 消臭芳香剤のシャルダンなら知ってるけど」という人がほとんどなのでは。でも、その消臭芳香剤の名前も、実はこの画家シャルダンに由来しているのです。

そんな西洋美術に詳しい人以外にはほとんど無名の画家ジャン=バティスト=シメオン・シャルダンは、18世紀フランスを代表する画家の一人。当時はまだフランス革命前で、ロココ美術が隆盛していた時代。そんな中で、ただひたすらに自分が信じる絵を描き続けた孤高の画家です。

ちょうど先月まで国立西洋美術館で開催されていた『ベルリン国立美術館展』(10/9~12/2 九州国立博物館で開催)で観たシャルダンの「死んだ雉と獲物袋」がとても強く印象に残っていて、今回の展覧会は個人的にも非常に楽しみにしていました。

展覧会の構成は以下の通りです。
第一部 多難な門出と初期静物画
第二部 「台所・家具の用具」と最初の注文制作
第三部 風俗画-日常生活の場面
第四部 静物画への回帰
シャルダンの影響を受けた画家たちと《グラン・ブーケ》 ~三菱一号館美術館のコレクションから

ジャン・シメオン・シャルダン 「ビリヤードの勝負」
1720年頃 パリ、カルナヴァレ美術館蔵

入口を入ったところには、シャルダン20歳の頃の作品が飾られていました。シャルダンの父はビリヤード台を作る職人だったそうで、シャルダンも恐らくビリヤードには親しんでいたのでしょう。この頃のシャルダンはこうした風俗画なども描いていたようです。

ジャン・シメオン・シャルダン 「死んだ野兎と獲物袋」
1730年以前 ルーヴル美術館蔵

シャルダンは歴史画家に師事したり、装飾画家の助手を務めたりした後、1724年に職人画家の組合、聖ルカ・アカデミーの親方画家になったといいます。その後、展覧会に出品した絵が好評を博し、王立絵画彫刻アカデミーへの入会も認められます。 経歴なんかを見ると、歴史画などにも手を染めていたのかもしれませんが、この頃のシャルダンは静物画を主に描いていたようです。一匹の死んだウサギを描いたことが静物画にのめり込むきっかけだったということが解説に書かれていました。

ジャン・シメオン・シャルダン 「肉のない料理」
1731年 ルーヴル美術館蔵

ジャン・シメオン・シャルダン 「肉のある料理」
1731年 ルーヴル美術館蔵

「肉のない料理」と「肉のある料理」は2枚の連作。画題は四旬節と謝肉祭に基づいていますが、19世紀になってつけられた題名だそうです。「肉のない料理」には魚とフライパンといった寒色系で、「肉のある料理」は赤身の肉と銅鍋といった暖色系で、それぞれ対をなすようになっています。

ジャン・シメオン・シャルダン 「食前の祈り」
1740年頃 ルーヴル美術館蔵

シャルダンは静物画の名手として知られ、特に動物と果物に卓越した画家として評価されていたそうですが、静物画の画家は当時の美術界の位階では最も低く、生活のこともあってでしょうか、1730年代から風俗画を描き始めます。シャルダンは美術界での地位も上がり、収入と新しい顧客を得たといいます。

「食前の祈り」はヴァリアントが2点出品されています。もともとは国王ルイ15世に献呈したもので、その後、同じ画題の作品の注文が相次いだといいます。「食前の祈り」で現存するものは4点あって、その内の2点が本展に出品されています。ルーヴル美術館所蔵の作品はシャルダンが亡くなるまで手元に置いておいたもので、もう一枚のエルミタージュ美術館所蔵の作品はロシアの女帝エカテリーナ2世が買い求めたものだそうです。

ジャン・シメオン・シャルダン 「羽根を持つ少女」
1737年頃 個人蔵

同じ風俗画のコーナーには、シャルダンの作品の中で最も美しい作品といわれる代表作「羽根をもつ少女」が展示されていました。遊んでいるところなのか、これから遊ぼうとしているのか、ラケットと羽根を持ってはいるものの、絵から動きや楽しそうな雰囲気は感じられません。きめ細かな白い肌とリンゴのような赤い頬。まるでフランス人形のようです。この作品は、かつてエカテリーナ2世が愛蔵していたものだとか。本作もヴァリアントを何枚も描いているようで、ほぼ同一の構図の作品(“ジャン・シメオン・シャルダンに帰属”と表示)も並んで展示されていました。

ジャン・シメオン・シャルダン 「デッサンの勉強」
1753年頃 東京富士美術館蔵

ジャン・シメオン・シャルダン 「良き教育」
1753年頃 ヒューストン美術館蔵

「デッサンの勉強」と「良き教育」は2点で一対の作品になっています。シャルダンの作品にはこうした対画が多いようで、先ほどの「羽を持つ少女」も「カードのお城」(本展には出品されていません)という作品と対になっています。現在は別々の美術館に所蔵されているこの二つの作品が、一緒に展示されるのは約30年ぶりなのだそうです。

ジャン・シメオン・シャルダン 「台所のテーブル (別名)食事の支度」
1755年 ボストン美術館蔵

1740年代後半、約15年ぶりに静物画に回帰したシャルダンは、1750年代の半ばには静物画の制作に専念します。かつての静物画も十分に優れていましたが、この頃の静物画は明暗のバランスや物の量感がより際立ち、表現にも熟達したものを感じます。また、暮らしが裕福になったことを反映しているのか、描かれる調度品も高価なものになっていたりします。

ジャン・シメオン・シャルダン 「桃の籠とぶどう」
1759年頃 レンヌ美術館蔵

果物の静物画は初期の作品にも多くありましたが、後年のものは質感や色彩に独特のトーンが生まれ、対象の本質をより追求しようとしていることが伝わってきます。「台所のテーブル」は少々ごちゃごちゃした感がありましたが、後年の作品は構図も簡素になり、ワンパターン化しますが、一方で対象の配置に秩序が生まれ、安定感が加わってきます。また、この頃になると、風俗画を描いていた頃のような厚塗りはなくなり、筆にも柔らかさや滑らかさが見られます。

ジャン・シメオン・シャルダン 「木いちごの籠」
1760年頃 個人蔵

「木いちごの籠」はシャルダンが到達した静物画の傑作のひとつ。テーブルの真ん中には籠に詰まれた真っ赤な木苺のピラミッドの山が置かれ、水の入ったコップと白いカーネーションの寒色を左に、さくらんぼと桃の暖色を右に配置し、非常にバランスのよい、また無駄のない、調和の取れた作品になっています。絵から伝わってくる色彩感、そして静謐さは、初期や中期の作品にはなかったもので、シャルダンの行き着いた世界なのだと感じます。

ジャン・シメオン・シャルダン 「銀のゴブレットとりんご」
1768年頃 ルーヴル美術館蔵

銀のゴブレットはシャルダンが生涯にわたり繰り返し描いたモチーフ。初期のものと見比べると、光の反射や陰影表現が際立ち、立体感が生まれています。非常にシンプルな構成の中に、静物画を極めたシャルダンだからこその技術と感性が感じられる作品です。

会場の最後の方には、三菱一号館美術館所蔵のルドンの「グラン・ブーケ」やセザンヌ、ミレーらの作品が展示され、シャルダンからの影響や関係を探っています。

シャルダンの作品は現存数も少なく、本展も出品数が38点と少ないのですが、なかなか良質な展覧会でした。


【シャルダン展 ― 静寂の巨匠】
2,013年1月6日(日)まで
三菱一号館美術館にて


シャルダン (アート・ライブラリー)シャルダン (アート・ライブラリー)


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3 件のコメント:

  1. 地方住まいで、観たいと思う美術展を訪ねることもままなりませんが、こちらをたずねて、鑑賞した気分に浸れました。

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  2. >吉田幸重様
    はじめまして。
    コメントをいただきありがとうございます。
    少しでも美術展の気分に浸っていただけたのであれば、ブログを書いた甲斐もございます。ありがとうございます。
    これからも時間を見つけては美術展を回り、ご紹介をしていきたいと思います。
    またお寄りいただけましたら幸いです。

    返信削除