同時期に開催予定だった三井記念美術館の『ホノルル美術館所蔵 北斎展』が中止となったので、こちらも一時はどうなることかと思いました。
東洲斎写楽の浮世絵作品は現在146点(肉筆画、下絵等を除く)が確認されているそうですが、その内、所在不明の作品2点と美術館への寄贈の条件として公開禁止になっている作品1点、現在国内巡回中の「ボストン美術館 浮世絵名品展」で公開中の作品1点、そして震災の影響(はっきり言って、原発事故の影響ですが)で来日が叶わなかったブレーメン美術館(ドイツ)所蔵の作品1点の計5点が残念ながら展示されておらず、写真展示のみとなっています。
一部、摺り違いの展示などで複数枚展示されている作品もあり、計180枚の写楽の浮世絵がこうして無事展示されるに至ったわけです。写楽には世界に1枚しか存在が確認されていない作品が37点あって、その内、所在不明など上述の理由で公開が叶わなかった4点を除く33点をこの『写楽展』で観ることができます。ここまで写楽の作品が一堂に会すなんて、世界的にもありえないというか、まさしく空前絶後だといえるでしょう。
それにしても、今回の展覧会は海外美術館所蔵の作品も多かったので、よくこの時期に貸し出してくれて、ここまで作品が揃ったものだと、ほんと感謝の気持ちでいっぱいになります。
「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」
(『恋女房染分手綱』より)
(『恋女房染分手綱』より)
「市川鰕蔵の竹村定之進」
(『恋女房染分手綱』より)
(『恋女房染分手綱』より)
さて、展覧会の構成は、まず最初のコーナーで写楽登場前の浮世絵(役者絵)の流れ、写楽の浮世絵の版元である蔦屋重三郎が手がけた写楽以外の絵師の浮世絵を展示し、浮世絵の歴史と写楽への期待を持たせつつ、一挙に写楽の作品を見せるという流れになっています。写楽の作品も順番にただ並べるのではなく、一期から四期までを分け、さらに歌舞伎の演目ごとに展示し、なおかつライバル絵師の作品との比較や摺り違いも紹介するという丁寧ぶりです。
「三代目沢村宗十郎の名護屋山三元春と
三代目瀬川菊之丞のけいせいかつらぎ」
(『けいせい三本傘』より)
三代目瀬川菊之丞のけいせいかつらぎ」
(『けいせい三本傘』より)
写楽の現存する浮世絵作品146点の内136点が役者絵(内2点は追善絵)ということからも、写楽は歌舞伎とともにあったわけですが、言い換えれば、当時の歌舞伎の人気ぶりも窺えます。
写楽が絵にした歌舞伎狂言は今も上演される『義経千本桜』や『恋女房染分手綱』、『神霊矢口渡』などもあるものの、ほとんどは長らく上演が途絶えている演目と思われますが、中には先月や今月も東京で上演されている『恋飛脚大和往来』を思わせる『四方錦故郷旅路』という作品もあったり、このストーリーは何々に似ているなとか、この役は何々にも出てくるなとか、歌舞伎ファンならことさら楽しめることでしょう。『けいせい三本傘』なんてストーリーを読むと、ちょっと観てみたくなります。
「三代目市川高麗蔵の亀屋忠兵衛と
初代中山富三郎の新町のけいせい梅川」
(『四方錦故郷旅路』より)
初代中山富三郎の新町のけいせい梅川」
(『四方錦故郷旅路』より)
もちろん、歌舞伎の知識がなくても分かるように、演目の筋書きや登場人物の役柄の説明が大変親切で、今も名跡が受け継がれている團十郎や鰕蔵(海老蔵)、幸四郎、三津五郎という名も作品に見え、歌舞伎ファンならずとも十分に楽しめること請合いです。
「六代目市川団十郎の曾我の五郎、
時宗三代目市川八百蔵の曾我の十郎祐成、
市川鰕蔵の工藤左衛門祐経」
(『再魁槑曾我』より)
時宗三代目市川八百蔵の曾我の十郎祐成、
市川鰕蔵の工藤左衛門祐経」
(『再魁槑曾我』より)
写楽というと必ず「写楽とは誰か?」という写楽の正体をめぐる話になりがちですが、写楽の謎解きということには一切触れず、写楽の浮世絵の世界を純粋に取り上げ、わずか10ヵ月という短い活動の足跡のみにスポットを当てています(当時の『増補浮世絵類考』という本に「写楽は阿波出身の能役者・斎藤十郎兵衛である」という記述があるという話は紹介されていました)。
「とら屋虎丸(二代目嵐龍蔵の奴なみ平)」
(『花都廓縄張』より)
(『花都廓縄張』より)
今回の『写楽展』は、現在見られる限りの、ほぼ全作品が集められており、恐らく今後、ここまでの規模の展覧会はないのではないかと思います。混雑必至ですが、観て損はない展覧会だと思います。図録も大変詳しく、また今回展示されていない作品も含め、写楽の浮世絵全作品が掲載されており、こちらもおすすめです。
【写楽展】
東京国立博物館にて
6/12(日)まで
ストーリーで楽しむ「写楽」in大歌舞伎 (広げてわくわくシリーズ)
写楽 (別冊太陽 日本のこころ 183)
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