あっという間の1年。今年もこの季節になりました。
今年は5月に新型コロナウイルスが5類に移行し、とりあえずはようやく新型コロナウイルスの影響を受けることなく展示会が開催され、何とかコロナ禍前の状況に戻りつつあるということを実感する1年でした。
ここ数年はあれここれも観に行くというより、選んで観に行くようになったり、今年は地方出張が少なくてあまり遠征もしなかったので、意外と少なく、約70の展覧会を観に行っていたようです(ギャラリーの個展は除く)。月平均5〜6本ぐらいでしょうか。
というわけで、2023年のベスト10はこんな感じです。
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1位 『やまと絵 -受け継がれる王朝の美-』(東京国立博物館)
今年はダントツで『やまと絵展』!
東博のやまと絵の特別展は実に30年ぶり。待望の展覧会です。現存数の少ない貴重な平安時代や鎌倉時代のやまと絵の屏風や絵巻を観る機会など滅多にないし、それらが一堂に介す機会など更にないし、次回30年後?はまず生きてないと思うので、じっくり時間をかけて堪能しました。都合2回観に行きましたが、前期も3時間、後期も3時間、それでも時間が全然足りませんでした。
近世以降は本館の特集展示に回し、室町時代以前のやまと絵に絞ったのが潔いし、それだけ密度の高いやまと絵体験ができました。過去のやまと絵や室町絵画の展覧会の図録で観ていて一度は実物を観たいと願ってた作品にやっと出会えたときの感動と言ったら。もうほんと感謝です。
2位 『あこがれの祥啓 -啓書記の幻影と実像-』(神奈川県立歴史博物館)
関東水墨画を展観する展覧会としては実に25年ぶり、祥啓に焦点を当てたものとしては初だそうです。祥啓を中心に師・芸阿弥や仲安真康、門人とされる啓孫や興悦など、さらには後年狩野派による再評価の流れにも触れ、関東画壇について知る貴重な機会でした。
祥啓や関東画壇の作品は根津美や東博で時々見かけることはありましたが、その根津美や東博の所蔵作品はもちろん、関東水墨画のコレクションが充実している栃木県立博物館をはじめ全国の美術館から祥啓や関東画壇の作品が一堂に介し、ほんと素晴らしかったです。こちらも前後期拝見。祥啓を語る上で重要な山水図や重文作品は前期に集中していましたが、後期は後期で中国画学習の人馬図や花鳥図、人物画などが多く、そのレベルの高さに唸りました。
3位 『合田佐和子展 帰る途もつもりもない』(三鷹市美術ギャラリー)
没後初、約20年ぶりという待望の回顧展。初期の立体作品やオブジェから銀幕スターなどの肖像画、唐十郎や寺山修司の舞台美術、オートマティズム作品や晩年の鉛筆画までずらり。然程広くない会場はまるで迷路のようで凄く濃密でとても充実していました。
合田佐和子のことを初めて知ったのはそれこそ寺山修司の映画や雑誌Juneで紹介された頃なので相当昔ですが、これだけの数の作品を観るのは初めて。写真では分からない立体作品や、退廃的な画風からパステル調に変化する様子など実際に観られてほんと良かったし、作品がどれも想像以上に素晴らしかったです。
4位 『幕末土佐の天才絵師 絵金』(あべのハルカス美術館)
絵金の展覧会が高知県外で開かれるのはなんと約50年ぶりということでGWを利用して観に行きました。絵金は江戸博の奇才展で観ただけなので、これだけ沢山の作品を観るのは初めて。狩野派で学び、一度は土佐藩家老の御用絵師になったという人だけあり腕は確か。想像以上に凄い絵師で驚きました。
歌舞伎の芝居絵が多く、屏風だったり絵馬提灯だったりで、割と残酷な場面や劇的な場面が多いのですが、歌舞伎に馴染んでないと描けないような表現も多く、伽羅先代萩とか鈴ヶ森とか葛の葉とか加賀見山とか寺子屋とか名場面や型を描くのも的確。歌舞伎の絵看板や浮世絵の役者絵とも全然違って、芝居の登場人物の表情や姿が屏風にびっしり描き込まれ、過剰なまでに盛ってるのも面白かったです。
5位 『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』(東京都現代美術館)
これは美しすぎるというか素敵すぎるというか、部屋ごとの演出も凝っていて目眩く美の洪水に圧倒されました。歴代のクリエイティブディレクターによる洗練されたドレスは最早芸術品ですね。ファッション系展覧会と甘くみたら危険。気づいたら2時間観てました。
この展覧会で初めて知ったのですが、クリスチャン・ディオールはメゾンを創業する前、ギャラリーを経営していて多くの芸術家と交流があり、最初期のシュルレアリスム展を開催したこともあったそうで、そうした芸術的感性が服に活きてるのが分かりました。日本との関係も深く、ジャポニスム的な作品も興味深かったです。
6位 『原派、ここに在り -京の典雅-』(京都文化博物館)
京都画壇に注目が集まる中で目にする機会も増えた原派にスポットを当てた初の展覧会ということで、このためだけに京都に行きました。
原在中は古画や漢画、有職故実も研究したという人だけあり、水墨画や山水画、仏画もあれば、装飾的な花鳥図や真景図もあり幅がとても広い。そして精緻で丁寧。なるほど一代で一派を興すだけあり実に巧い。真面目な職人気質の人だったんだろうなという印象を受けました。息子の在正、在明はこれまであまり気に留めて観たことはなかったのですが、印象的な作品が多く、在中に劣らず素晴らしい。原派を見直す大変良いきっかけになりました。
7位 『デイヴィッド・ホックニー展』(東京都現代美術館)
ホックニーは現代アートでは最も好きな画家。高校生の頃、初めてホックニーの作品に触れ、衝撃を受けました。いわば、ぼくがアートに興味を持つきっかけのアーティストです。だから、ほんと待ちに待った展覧会。とても楽しみにしてました。ここ10数年のデジタル作品が半分で個人的に一番好きな70~80年代の作品が思ったほどなかったのが残念でしたが、テートからも代表作が来ており、近作もカラフルでとても素晴らしかったし、何よりまだまだバリバリ活躍していることに元気づけられました。
ただ、今回の展覧会は近年の作品が多いからか「iPadを使ってカラフルでポップな絵を描くおじいちゃん」みたいな売り方をしているのが少し不満で、ホックニーは特に70年代までは彼の性的指向を抜きに語れないし、ウォーホルと違って積極的に同性愛を表現してアート界で恐らく初めて成功した画家なわけだけど、そういうところにほとんど触れずに済まそうとしているところが片手落ちという感じがしました。
8位 『東海道の美 駿河への旅』(静岡市美術館)
東海道図屏風をはじめ東海道や富士山を描いた実景図や浮世絵、さらには駿河の旧家に伝わるコレクションや有名絵師や文人との交流のエピソードなどなど実に良かったです。東海道図屏風から伝わる旅の楽しさ。街道景観図としてだけでなく名所図や風俗図としても興味深かったです。東海道図屏風は古くは室町~安土桃山の頃のものからあり家康により整備される前の街道の賑わいを知ることができました。東博所蔵の狩野山雪の有名な「猿猴図」が東海道の原宿の名家に伝わったものだったと初めて知り驚きました。
9位 『大阪の日本画』(東京ステーションギャラリー)
ここ数年、再評価の流れにある大坂画壇の近代の画家たちにスポットをあてた展覧会。北野恒富は別格として、菅楯彦や生田花朝、矢野橋村、さらに船場派といった馴染みない画家も大きく取り上げられ、東京とはまた違った文化的背景、特に船場派や女性画家たちが活躍した背景がとても興味深かったです。北野恒富、中村貞以も優品揃いでしたが、恒富門下の島成園、木谷千種、生田花朝といった女性画家の素晴らしさに驚きました。なぜ東京にはこうした女性画家が生まれなかったのか。
展覧会関連の講演会も聴講しました。関大の中谷先生の基調講演の、大阪がいかに日本美術史から切り捨てられてきたか、また大阪と京都の対比などの話がとても興味深く、「京都だけで京都を見ていると何かを見逃してしまう」という言葉に納得でした。
10位 『橋本関雪 生誕140年 KANSETSU -入神の技・非凡の画-』(白沙村荘 橋本関雪記念館、福田美術館、嵯峨嵐山文華館)
嵐山と東山の3会場で開催された橋本関雪大回顧展。3館廻ると京都の端から端の大移動で1日がかりでしたが、3館廻って分かる橋本関雪の素晴らしさ。関雪はそんなに詳しく知らなかったのですが、こうしてまとめて観ると、人物や動物にしても南画にしても器用。特に屏風の作品構成、空間の使い方はどれも巧くて唸りました。嵐山の2館では橋本関雪記念館の所蔵作品が多く展示されていて、橋本関雪記念館には京都近美や足立美術館など他館の作品も多く、全国の美術館にある代表作がもれなく観られました。新緑の嵐山や白沙村荘の庭園を一緒に巡れるたのも良かった。
今年はもう一つ、どうしてもベスト10に入れたかったのが、八幡市立松花堂美術館の『居初つな展』。江戸時代の女性絵本作家・居初つなの初の展覧会です。奈良絵本の作家かと思いきや、実は女性向け教養書を何冊も執筆しベストセラーになったり、母親も作家だったりと初めて知ることばかりでビックリしました。著作物や奈良絵本の展示の他、豪華な金地の百人一首かるたや歌仙絵、絵巻などもあり大変素晴らしく、小さな展示スペースを何度も何度もぐるぐるしてしまいました。美術館はとても不便なところでしたが、観に行った甲斐がありました。
10月には丸善丸の内本店のギャラリーで開催された『第35回慶應義塾図書館貴重書展示会 へびをかぶったお姫さま~奈良絵本・絵巻の中の異類・異形』も無料にも関わらず、奈良絵本や絵巻、屏風などが所狭しと展示され、そこでも居初つなの作品を拝見でき、とても良かったです。
そのほか惜しくも選外となりましたが、日本美術では、千葉市美術館の『亜欧堂田善展』や板橋区立美術館の『椿椿山展』、東京ステーションギャラリーの『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』、洋画では同じく東京ステーションギャラリーの『佐伯祐三 自画像としての風景』など、なかなかまとめて観る機会の少ない絵師・画家の展覧会が今年は特に印象に残っています。それぞれ彼らの個性や人となりみたいなところまで垣間見れて、非常に興味深い内容だったと思います。
北宋時代の中国絵画を中心とした根津美術館の『北宋書画精華』も大変素晴らしかったです。南宋・元になると禅宗絵画や雪舟、狩野派などの関連もあって割と観る機会がありますが、北宋は意外と観ることがなく貴重な機会となりました。
企画展としては、サントリー美術館の『虫めづる日本の人々』が素晴らしかったですね。和歌や物語の世界の虫を描いた絵画、若冲や中国画の草虫図、工芸や衣装など暮らしの中で愛された虫の造形、さらには博物学まで、虫と日本人の関係を探るというサン美らしい企画展でした。出光美術館の『江戸時代の美術 -「軽み」の誕生』も出光美らしい企画展でした。探幽の淡麗瀟洒からはじまる江戸絵画を芭蕉の「軽み」と同じひとつの価値観と捉え、江戸時代の美術に通底する美意識を見直すという意欲的な展覧会だったと思います。府中市立美術館の『春の江戸絵画まつり 江戸絵画お絵かき教室』も流石の企画力で楽しめました。ハードル低いのにとても専門的で勉強になりました。
太田記念美術館で開催された新版画の『ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画』もとても良かったです。南洋の島々や満州、朝鮮などの風俗、市井の人々が繊細な線と鮮やかな色彩。浮世絵から連なる伝統とオリエンタリズムの融合の面白さを感じました。
西洋絵画では、東京都美術館の『マティス展』と国立西洋美術館の『キュビスム展 美の革命』とアーティゾン美術館の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ』が特に印象に残っています。『マティス展』は初期から晩年まで画風の変遷や葛藤もよく分かり、評判通り大変充実してましたし、全てマティスの作品で構成されているということに軽く感動しました(笑)。『キュビスム展』は、ピカソやブラック、レジェといった王道だけでなく、東欧のキュビスムやロシアの立体未来主義までいろいろ作品が観られたのも良かったです。ポンピドゥーだけでなく国内所蔵の作品もあり、こちらもとても充実していました。アーティゾン美術館の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開』は抽象画の歴史や流れを展観するという意味で大変素晴らしい展覧会だったと思います。
ユニークなところでは足利市立美術館の『顕神の夢 霊性の表現者 超越的なもののおとずれ』はいい意味でキョーレツでした。神懸かりとか霊的なものとか幻視体験とか狂気とか、そういうところから作品を表現した人たちばかりで、画家もいれば宗教家もいて、上手い下手ではなくどこまで精神的みたいなところもあり、オカルト的な感じもあっていろいろ凄かったです。年末に観た文化学園服飾博物館の『魔除け展』も面白かったです。世界各地の民族衣装は古来さまざまな魔除けの役割を果たしていたとはあまり知らず、「魔」を遠ざけるための真珠や鏡片、音の鳴る物を装飾した衣服や装身具を身につけたり、衣服の開口部に結界を築いたり、威圧的な模様を施したり、どれも凄く考えられていて驚きました。
良かった展覧会を挙げると切りがないのですが、今年も素晴らしい展覧会、作品にたくさん出会えました。コロナ前と違って、展覧会の値段も上がりましたし、図録の値段も上がりましたし、昔みたいに気軽に行けるという感じではなくなってしまったのが悲しいところではありますが、来年もマイペースでいろいろと展示会めぐりをしたいなと思います。
今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
【参考】
2022年 展覧会ベスト10
2021年 展覧会ベスト10
2020年 展覧会ベスト10
2019年 展覧会ベスト10
2018年 展覧会ベスト10
2017年 展覧会ベスト10
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10
the Salon of Vertigo
アートとか歌舞伎とか徒然のもろもろ
2023/12/31
2022/12/31
2022年 展覧会ベスト10
今年もギリギリの公開となりましたが、1年間に観た展覧会の中からベスト10を選んでみました。
2019年の投稿を最後に、年末に1年間の展覧会ベスト10だけをアップするようにして早3年。期せずしてそのタイミングで新型コロナウイルスの蔓延により美術館・博物館も大きな影響を受け、一時は観る本数もかなり減ってしまいましたが、ようやく今年になって開催される展覧会も、観る本数もコロナ禍以前の水準に戻ってきたような気がします。いまだ新型コロナウイルスが収束しない様子を見ていると、しばらく数年はこんな状態なんだろうなと思いますし、一方でこんな状態でも何とかやっていけるんだろうなという気もしてきました。
自分でも今年はずいぶん展覧会を観たなぁと思いますが、一方で仕事の忙しさもあって、観る展覧会をかなり絞っている(自分の興味的なところですね)ので、スルーしていて評判の良かった展覧会を見逃していたことも結構ありました。地方には春に大阪・京都・滋賀、秋に大阪・神戸に行った以外はなかなか行けず、評判を聞いても指を加えているということがしばしばありました。
というわけで、2022年のベスト10はこんな感じです。
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1位 『サロン!雅と俗-京の大家と知られざる大坂画壇』(京都国立近代美術館)
これは文句なし。ダントツの面白さでした。京都画壇もまだまだ知りたい観たいといったところなのに、次は大阪画壇。これは危険な扉を開けてしまったかもしれない(笑)。京は大家と銘打つだけあり、蕪村や呉春、応挙、大雅といった絵師が中心でしたが、そこから京坂のネットワーク、そして大坂画壇の全容を明らかにするという流れはとてもワクワクしました。大阪画壇は文人画や近代ではそれなりに知っている画家もいますが、初めて名を聞く未知の画家も多く、その作品がまた実に興味深いのです。文人画に限らず円山四条派や南蘋派、さらに琳派や戯画など大坂画壇の幅は非常に広く様々な系統が存在し、流派を超えた繋がりがあるのも魅力的。質・量ともに素晴らしい展覧会でした。今年は六本木と京都の泉屋博古館の展覧会でも大阪画壇が取り上げらていたり、来年は大阪の中之島美術館でも大阪画壇の特別展があるようなので、これから注目ですね。
2位 『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』(東京都庭園美術館)
シュルレアリスムがモードに与えた影響を探るという内容の展覧会でしたが、アーティストやデザイナーたちの自由な創造力やユニークな発想力といったら、もう想像の域を超えていました。民族衣装やシュルレアリスム作品から現代ファッションまで、そのエキセントリックでシュールで奇妙奇天烈なデザインは正しく奇想。それ、オシャレか?と絶句することたびたび。時代や国は違えど際限なく美を求める人々の美意識の狂いっぷりが凄まじかったです。私自身がシュルレアリスムが好きというのもありますが、展覧会に漂うムードが庭園美術館の内装や佇まいともマッチしていて、とても楽しめました。
3位 『ゲルハルト・リヒター展』(東京国立近代美術館)
日本では16年ぶり、東京では初という回顧展。初期のフォトペインティングからリヒターの集大成的な「ビルケナウ」、そして最新のドローイングまでリヒターの長い活動を表すかのように多彩な作品が集まっていて大変見応えがありました。リヒターの世界に存分に浸れた一方、リヒターの複雑さ、背景にある歴史やその意味に打ちのめされました。東近美のリヒター展に先立ってエスパス ルイ・ヴィトン大阪で開催された『ゲルハルト・リヒターによる「Abstrakt」展』を観に行ったり、リヒターのインタビューや映画を観たり、書籍を読んだり、90を過ぎて今なお絶大な存在感を放つ現代アートの巨人に大きな刺激を受けた一年でした。
4位 『よみがえる川崎美術館-川崎正蔵が守り伝えた美への招待』(神戸市立博物館)
いまの川崎重工業の創業者で川崎財閥を築いた川崎正蔵が建てた幻の川崎美術館の旧所蔵品を集めた展覧会。川崎正蔵の蒐集にかける情熱と審美眼もさることながら、川重ゆかりの神戸で行うという意義と、散逸した美術品が100年ぶりに再会するという奇跡に胸熱でした。見どころは旧南禅寺帰雲院の応挙の障壁画32面+1幅による川崎美術館の再現展示で、一部は東博でも観たことのある作品でしたが、やはり見え方が違うし、揃って観ることで応挙の素晴らしさも分かるし、往時の川崎美術館のこだわりも伝わってきます。狩野孝信や雲谷派の煌びやかな金屏風も見事でした。
5位 『西行-語り継がれる漂泊の歌詠み』(五島美術館)
様々な史料から遁世者・西行の姿を紐解き、後世どのように語り継がれたかを探るという展覧会で、西行の真筆含む古筆の優品が充実してるだけでも素晴らしいのに、細長い展示室の片側全てが「西行物語絵巻」というのがまた凄かった。旅先で詠む花鳥風月の歌には、悟りを求め遁世の道を選んだけれど、どこか現世に執着している西行の心の葛藤が読み取れて、しみじみと感じ入るものがあり、なぜ時代を越えて人々を魅了するのかが少し分かった気がしました。江戸時代に尾ひれが付いて語られる西行のエピソードも面白かった。
6位 『春日神霊の旅-杉本博司 常陸から大和へ』(神奈川県立金沢文庫)
春日大社や所縁の社寺の所蔵品や称名寺の史料、また杉本の蒐集品を通して、春日信仰や東国との関係を紐解くという内容でしたが、春日大社の宝物もさることながら、春日曼荼羅と能面や花器を組み合わせたり、いつもながらに杉本博司のこだわりが随所に見られ、とても良かったと思います。室町時代の神鹿像の上に杉本博司制作のガラスの五輪塔(中に杉本の「海景」が嵌め込まれてる)が乗っていたり、神鹿像の失われた角や鞍や榊を須田悦弘が補作していたり、竹製の油注に須田悦弘の花が生けられていたり、中世の美術品と現代美術家の創作という組み合わせが斬新で面白かったです。
7位 『ヴァロットン-黒と白』(三菱一号館美術館)
2014年に同じ三菱一号館美術館で開催された『ヴァロットン展』で一気に日本でもファンが増えた感のあるヴァロットン。その後もナビ派の展覧会などでたびたび紹介されてきましたが、今回はヴァロットンの版画にだけスポットを当てていて、これがとにかく良かった。黒と白のモノクロームの世界の魅力や卓越した線描の豊かな表現力、構図のユニークさも去ることながら、ちょっとした毒気やペーソス、いろいろと想像させる物語性があって、ほんと面白い。ほとんど黒く塗られていても伝わる黒の雄弁さがまた素晴らしい。ヴァロットンのことがより一層好きになってしまいました。
8位 『生誕110年 香月泰男展』(練馬区立美術館)
代表作シベリアシリーズ全点を含む初期から晩年までの画業を辿る回顧展。香月泰男はこれまでも観ていますし、シベリアシリーズも初めてではないのですが、全点を通しで観るとズシリと来るというか、心に深く突き刺さるというか、とても印象に残りました。シベリアシリーズ以外でも特に戦後の作品は暗く重いトーンの作品が多くありましたが、やはりシベリア・シリーズに描かれる過酷なシベリア抑留の記憶や心象風景は、方解末と炭を多用した重厚なマチエールとともに強烈なインパクトがありました。少年を描いた初期の作品群も印象的でした。
9位 『建部凌岱展 その生涯、酔たるか醒たるか』(板橋区立美術館)
たまに見かけるけど詳しくは知らない絵師というのはたくさんいて、恐らく展覧会なんてないだろうなと思っていた一人が建部凌岱。展覧会を観るまでは芭蕉に憧れた文人画家という点で蕪村に近いのかなと思っていましたが、実はアプローチが全然違って、長崎で熊斐に南蘋派の画法を学び、南画にも腕を上げ、兼葭堂のサロンにも出入りしてたというからビックリ。花鳥画といっても南蘋派のような濃厚細密という程でなく、どちらかというと自由闊達なところが魅力で、ゆるい俳画も楽しい。経歴も面白く、弘前藩の家老の息子で、兄の嫁に手を出し駆け落ち寸前で見つかり家を追い出され、全国を遊歴し俳諧・絵画・小説・随筆で名を成したといい、そんなユニークな経歴と多才さを物語るとても興味深い展覧会でした。
10位 『没後50年 鏑木清方展』(東京国立近代美術館)
西の松園、東の清方といいますが、清方の描く美人画は松園ほど好みでなく、自分の中でもそれほど上位ではなかったのですが、ここ数年観てきた作品で清方への個人的な評価も変わり、今回の回顧展はとても楽しみにしていました。美人画といっても様々なタイプのものがあり、時代や街の風俗が反映されていて、とりわけ東京をテーマにした章では清方の生まれ育った東京への深い愛着が感じられて興味深かったです。歌舞伎の章も名品が多く、清方は歌舞伎雑誌で舞台スケッチや劇評に携わっていただけあり、歌舞伎好きということが良く伝わってきてとても良かったです。
毎年のことですが、10本の選出にいつも頭を悩ませるのですが、今年は特に悩みました。トップの3本を除き、『西行展』『よみがえる川崎美術館』『春日神霊の旅』はほぼ同列、同じく『ヴァロットン展』以下はほぼ同列といった感じです。
選外となりましたが、12月に始まったばかりの『諏訪敦「眼窩裏の火事」』(府中市美術館)はよく知る諏訪の写実画とはまた違った作品を集めていて、見応えがあるというか、時間をかけて絵画に取り組む姿勢に感動すら覚えました。評判を聞き観に行った『芸術作品に見る首都高展』(O美術館)はベスト10に入れるかどうか最後まで悩むほど、そのこだわりが素晴らしかったですし、衝撃というかカオスぶりという意味では今年一番だったかも。他にも、サントリー美術館の『歌枕 あなたの知らない心の風景』、根津美術館の『燕子花図屏風の茶会』は企画内容がとても素晴らしく、これもほんと悩みました。サントリー美術館では『京都・智積院の名宝』、根津美術館では『遊びの美』も良かったですね。やはりこの二館はいつも満足度が高い。
日本美術では、関西で観た『来迎展』(中之島香雪美術館)は内容がとても素晴らしく、初めてまとめて観ることができた『山元春挙展』(滋賀県立美術館)も非常に良く、はるばる関西まで行った甲斐がありました。宮内庁三の丸尚蔵館収蔵の皇室の名品を集めた『日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱』(東京藝術大学大学美術館)も見応えがありました。東博の『国宝 東京国立博物館のすべて』はチケットが取れず、1回しか観に行けなかったのが残念でした。
今年は蒔絵や図案をピックアップした展覧会も良かったですね。『大蒔絵展』(三井記念美術館)、『蔵出し蒔絵コレクション』(根津美術館)、『神坂雪佳展』(パナソニック汐留美術館)、『津田青楓 図案と、時代と、』(渋谷区立松濤美術館)が印象に残りました。陶芸では『鍋島焼 200年の軌跡』(戸栗美術館)、『茶の湯の陶磁器』(三井記念美術館)で良いものを観ることができ幸せでした。書では『篠田桃紅展』(東京オペラシティアートギャラリー)、『篠田桃紅 夢の浮橋』(菊池寛実記念 智美術館)で篠田桃紅の作品にたくさん出会えたことも良かったです。
西洋美術では『メトロポリタン美術館展』(国立新美術館)の名画尽くしには圧倒されました。『ルートヴィヒ美術館展』(国立新美術館)では、そもそもコレクションがナチスに弾圧された退廃芸術を戦時下に収集していたことから始まっただけあり、ドイツ表現主義やロシアアヴァンギャルドの作品を多く観ることができました。年末に観た『ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展』(国立西洋美術館)もピカソやクレーが充実していて良かったです。
現代美術では『大竹伸朗展』(東京国立近代美術館)が圧倒的でした。あっと驚いたといえば、『日本の中のマネ』(練馬区立美術館)の最後の福田美蘭の作品は今年イチの傑作ではないでしょうか。他にも、『李禹煥展』(国立新美術館)、『カラーフィールド 色の海を泳ぐ』(川村記念美術館)、『浜田知明 アイロニーとユーモア』(茅ヶ崎美術館)、『ソール・スタインバーグ展』(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)も印象に強く残ってます。35年前のセゾン美術館の展覧会で衝撃を受けて以来大好きなボテロの展覧会(『ボテロ展』Bunkamura ザ・ミュージアム)も楽しかったです。
写真では『写真と絵画−セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策』(アーティゾン美術館)は素晴らしかったですね。東京都写真美術館で観た『アヴァンガルド勃興』と『メメント・モリと写真』も印象深かったです。
年明け早々には、出光美術館がプライスコレクションより購入し、お披露目の場として大きな注目を集めつつも、新型コロナウイルスの影響で3年間延期になっていた『江戸絵画の華』展がようやく開催されます。コロナは一向に収束する気配がありませんが、展覧会はようやくコロナ禍以前の状態に戻った気がしますし、来年は今年以上に楽しみな展覧会も多くあります。来年の年末にはどんな10本が選ばれるでしょうか。
今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
【参考】
2021年 展覧会ベスト10
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自分でも今年はずいぶん展覧会を観たなぁと思いますが、一方で仕事の忙しさもあって、観る展覧会をかなり絞っている(自分の興味的なところですね)ので、スルーしていて評判の良かった展覧会を見逃していたことも結構ありました。地方には春に大阪・京都・滋賀、秋に大阪・神戸に行った以外はなかなか行けず、評判を聞いても指を加えているということがしばしばありました。
というわけで、2022年のベスト10はこんな感じです。
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1位 『サロン!雅と俗-京の大家と知られざる大坂画壇』(京都国立近代美術館)
これは文句なし。ダントツの面白さでした。京都画壇もまだまだ知りたい観たいといったところなのに、次は大阪画壇。これは危険な扉を開けてしまったかもしれない(笑)。京は大家と銘打つだけあり、蕪村や呉春、応挙、大雅といった絵師が中心でしたが、そこから京坂のネットワーク、そして大坂画壇の全容を明らかにするという流れはとてもワクワクしました。大阪画壇は文人画や近代ではそれなりに知っている画家もいますが、初めて名を聞く未知の画家も多く、その作品がまた実に興味深いのです。文人画に限らず円山四条派や南蘋派、さらに琳派や戯画など大坂画壇の幅は非常に広く様々な系統が存在し、流派を超えた繋がりがあるのも魅力的。質・量ともに素晴らしい展覧会でした。今年は六本木と京都の泉屋博古館の展覧会でも大阪画壇が取り上げらていたり、来年は大阪の中之島美術館でも大阪画壇の特別展があるようなので、これから注目ですね。
2位 『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』(東京都庭園美術館)
シュルレアリスムがモードに与えた影響を探るという内容の展覧会でしたが、アーティストやデザイナーたちの自由な創造力やユニークな発想力といったら、もう想像の域を超えていました。民族衣装やシュルレアリスム作品から現代ファッションまで、そのエキセントリックでシュールで奇妙奇天烈なデザインは正しく奇想。それ、オシャレか?と絶句することたびたび。時代や国は違えど際限なく美を求める人々の美意識の狂いっぷりが凄まじかったです。私自身がシュルレアリスムが好きというのもありますが、展覧会に漂うムードが庭園美術館の内装や佇まいともマッチしていて、とても楽しめました。
3位 『ゲルハルト・リヒター展』(東京国立近代美術館)
日本では16年ぶり、東京では初という回顧展。初期のフォトペインティングからリヒターの集大成的な「ビルケナウ」、そして最新のドローイングまでリヒターの長い活動を表すかのように多彩な作品が集まっていて大変見応えがありました。リヒターの世界に存分に浸れた一方、リヒターの複雑さ、背景にある歴史やその意味に打ちのめされました。東近美のリヒター展に先立ってエスパス ルイ・ヴィトン大阪で開催された『ゲルハルト・リヒターによる「Abstrakt」展』を観に行ったり、リヒターのインタビューや映画を観たり、書籍を読んだり、90を過ぎて今なお絶大な存在感を放つ現代アートの巨人に大きな刺激を受けた一年でした。
4位 『よみがえる川崎美術館-川崎正蔵が守り伝えた美への招待』(神戸市立博物館)
いまの川崎重工業の創業者で川崎財閥を築いた川崎正蔵が建てた幻の川崎美術館の旧所蔵品を集めた展覧会。川崎正蔵の蒐集にかける情熱と審美眼もさることながら、川重ゆかりの神戸で行うという意義と、散逸した美術品が100年ぶりに再会するという奇跡に胸熱でした。見どころは旧南禅寺帰雲院の応挙の障壁画32面+1幅による川崎美術館の再現展示で、一部は東博でも観たことのある作品でしたが、やはり見え方が違うし、揃って観ることで応挙の素晴らしさも分かるし、往時の川崎美術館のこだわりも伝わってきます。狩野孝信や雲谷派の煌びやかな金屏風も見事でした。
5位 『西行-語り継がれる漂泊の歌詠み』(五島美術館)
様々な史料から遁世者・西行の姿を紐解き、後世どのように語り継がれたかを探るという展覧会で、西行の真筆含む古筆の優品が充実してるだけでも素晴らしいのに、細長い展示室の片側全てが「西行物語絵巻」というのがまた凄かった。旅先で詠む花鳥風月の歌には、悟りを求め遁世の道を選んだけれど、どこか現世に執着している西行の心の葛藤が読み取れて、しみじみと感じ入るものがあり、なぜ時代を越えて人々を魅了するのかが少し分かった気がしました。江戸時代に尾ひれが付いて語られる西行のエピソードも面白かった。
6位 『春日神霊の旅-杉本博司 常陸から大和へ』(神奈川県立金沢文庫)
春日大社や所縁の社寺の所蔵品や称名寺の史料、また杉本の蒐集品を通して、春日信仰や東国との関係を紐解くという内容でしたが、春日大社の宝物もさることながら、春日曼荼羅と能面や花器を組み合わせたり、いつもながらに杉本博司のこだわりが随所に見られ、とても良かったと思います。室町時代の神鹿像の上に杉本博司制作のガラスの五輪塔(中に杉本の「海景」が嵌め込まれてる)が乗っていたり、神鹿像の失われた角や鞍や榊を須田悦弘が補作していたり、竹製の油注に須田悦弘の花が生けられていたり、中世の美術品と現代美術家の創作という組み合わせが斬新で面白かったです。
7位 『ヴァロットン-黒と白』(三菱一号館美術館)
2014年に同じ三菱一号館美術館で開催された『ヴァロットン展』で一気に日本でもファンが増えた感のあるヴァロットン。その後もナビ派の展覧会などでたびたび紹介されてきましたが、今回はヴァロットンの版画にだけスポットを当てていて、これがとにかく良かった。黒と白のモノクロームの世界の魅力や卓越した線描の豊かな表現力、構図のユニークさも去ることながら、ちょっとした毒気やペーソス、いろいろと想像させる物語性があって、ほんと面白い。ほとんど黒く塗られていても伝わる黒の雄弁さがまた素晴らしい。ヴァロットンのことがより一層好きになってしまいました。
8位 『生誕110年 香月泰男展』(練馬区立美術館)
代表作シベリアシリーズ全点を含む初期から晩年までの画業を辿る回顧展。香月泰男はこれまでも観ていますし、シベリアシリーズも初めてではないのですが、全点を通しで観るとズシリと来るというか、心に深く突き刺さるというか、とても印象に残りました。シベリアシリーズ以外でも特に戦後の作品は暗く重いトーンの作品が多くありましたが、やはりシベリア・シリーズに描かれる過酷なシベリア抑留の記憶や心象風景は、方解末と炭を多用した重厚なマチエールとともに強烈なインパクトがありました。少年を描いた初期の作品群も印象的でした。
9位 『建部凌岱展 その生涯、酔たるか醒たるか』(板橋区立美術館)
たまに見かけるけど詳しくは知らない絵師というのはたくさんいて、恐らく展覧会なんてないだろうなと思っていた一人が建部凌岱。展覧会を観るまでは芭蕉に憧れた文人画家という点で蕪村に近いのかなと思っていましたが、実はアプローチが全然違って、長崎で熊斐に南蘋派の画法を学び、南画にも腕を上げ、兼葭堂のサロンにも出入りしてたというからビックリ。花鳥画といっても南蘋派のような濃厚細密という程でなく、どちらかというと自由闊達なところが魅力で、ゆるい俳画も楽しい。経歴も面白く、弘前藩の家老の息子で、兄の嫁に手を出し駆け落ち寸前で見つかり家を追い出され、全国を遊歴し俳諧・絵画・小説・随筆で名を成したといい、そんなユニークな経歴と多才さを物語るとても興味深い展覧会でした。
10位 『没後50年 鏑木清方展』(東京国立近代美術館)
西の松園、東の清方といいますが、清方の描く美人画は松園ほど好みでなく、自分の中でもそれほど上位ではなかったのですが、ここ数年観てきた作品で清方への個人的な評価も変わり、今回の回顧展はとても楽しみにしていました。美人画といっても様々なタイプのものがあり、時代や街の風俗が反映されていて、とりわけ東京をテーマにした章では清方の生まれ育った東京への深い愛着が感じられて興味深かったです。歌舞伎の章も名品が多く、清方は歌舞伎雑誌で舞台スケッチや劇評に携わっていただけあり、歌舞伎好きということが良く伝わってきてとても良かったです。
毎年のことですが、10本の選出にいつも頭を悩ませるのですが、今年は特に悩みました。トップの3本を除き、『西行展』『よみがえる川崎美術館』『春日神霊の旅』はほぼ同列、同じく『ヴァロットン展』以下はほぼ同列といった感じです。
選外となりましたが、12月に始まったばかりの『諏訪敦「眼窩裏の火事」』(府中市美術館)はよく知る諏訪の写実画とはまた違った作品を集めていて、見応えがあるというか、時間をかけて絵画に取り組む姿勢に感動すら覚えました。評判を聞き観に行った『芸術作品に見る首都高展』(O美術館)はベスト10に入れるかどうか最後まで悩むほど、そのこだわりが素晴らしかったですし、衝撃というかカオスぶりという意味では今年一番だったかも。他にも、サントリー美術館の『歌枕 あなたの知らない心の風景』、根津美術館の『燕子花図屏風の茶会』は企画内容がとても素晴らしく、これもほんと悩みました。サントリー美術館では『京都・智積院の名宝』、根津美術館では『遊びの美』も良かったですね。やはりこの二館はいつも満足度が高い。
日本美術では、関西で観た『来迎展』(中之島香雪美術館)は内容がとても素晴らしく、初めてまとめて観ることができた『山元春挙展』(滋賀県立美術館)も非常に良く、はるばる関西まで行った甲斐がありました。宮内庁三の丸尚蔵館収蔵の皇室の名品を集めた『日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱』(東京藝術大学大学美術館)も見応えがありました。東博の『国宝 東京国立博物館のすべて』はチケットが取れず、1回しか観に行けなかったのが残念でした。
今年は蒔絵や図案をピックアップした展覧会も良かったですね。『大蒔絵展』(三井記念美術館)、『蔵出し蒔絵コレクション』(根津美術館)、『神坂雪佳展』(パナソニック汐留美術館)、『津田青楓 図案と、時代と、』(渋谷区立松濤美術館)が印象に残りました。陶芸では『鍋島焼 200年の軌跡』(戸栗美術館)、『茶の湯の陶磁器』(三井記念美術館)で良いものを観ることができ幸せでした。書では『篠田桃紅展』(東京オペラシティアートギャラリー)、『篠田桃紅 夢の浮橋』(菊池寛実記念 智美術館)で篠田桃紅の作品にたくさん出会えたことも良かったです。
西洋美術では『メトロポリタン美術館展』(国立新美術館)の名画尽くしには圧倒されました。『ルートヴィヒ美術館展』(国立新美術館)では、そもそもコレクションがナチスに弾圧された退廃芸術を戦時下に収集していたことから始まっただけあり、ドイツ表現主義やロシアアヴァンギャルドの作品を多く観ることができました。年末に観た『ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展』(国立西洋美術館)もピカソやクレーが充実していて良かったです。
現代美術では『大竹伸朗展』(東京国立近代美術館)が圧倒的でした。あっと驚いたといえば、『日本の中のマネ』(練馬区立美術館)の最後の福田美蘭の作品は今年イチの傑作ではないでしょうか。他にも、『李禹煥展』(国立新美術館)、『カラーフィールド 色の海を泳ぐ』(川村記念美術館)、『浜田知明 アイロニーとユーモア』(茅ヶ崎美術館)、『ソール・スタインバーグ展』(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)も印象に強く残ってます。35年前のセゾン美術館の展覧会で衝撃を受けて以来大好きなボテロの展覧会(『ボテロ展』Bunkamura ザ・ミュージアム)も楽しかったです。
写真では『写真と絵画−セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策』(アーティゾン美術館)は素晴らしかったですね。東京都写真美術館で観た『アヴァンガルド勃興』と『メメント・モリと写真』も印象深かったです。
年明け早々には、出光美術館がプライスコレクションより購入し、お披露目の場として大きな注目を集めつつも、新型コロナウイルスの影響で3年間延期になっていた『江戸絵画の華』展がようやく開催されます。コロナは一向に収束する気配がありませんが、展覧会はようやくコロナ禍以前の状態に戻った気がしますし、来年は今年以上に楽しみな展覧会も多くあります。来年の年末にはどんな10本が選ばれるでしょうか。
今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
【参考】
2021年 展覧会ベスト10
2020年 展覧会ベスト10
2019年 展覧会ベスト10
2018年 展覧会ベスト10
2017年 展覧会ベスト10
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10
2021/12/31
2021年 展覧会ベスト10
今年も最後の1日となりました。昨年からブログやお休みしていますが、記録として今年も展覧会ベスト10だけアップします。
去年の今頃は、年末にはさすがに新型コロナウイルスも終息してるのだろうと思っていましたが、終息するどころか、また訳の分からない変異株が出てきて、いつになったら安心して展覧会を観に行ける日が来るのかと暗澹たる気持ちになります。夏以降はあまり開催期間や出展作品などに影響が出ることはありませんでしたが、上半期には会期末を待たず閉幕し観ることができなかった展覧会もいくつかありました。
ただ今年は、出光美術館のように未だ再開しない美術館も中にはありますが、新型コロナウイルスに翻弄され企画の練り直しを迫られた昨年と違い、入念に準備された展覧会や海外から作品を借りてきた展覧会も多く、事前予約制の普及など何とかウイズコロナの時代の展覧会のスタイルに慣れてきたようにも感じます。
今年もまだまだ地方の展覧会に気軽に行けるような雰囲気でもなく、仕事の忙しさもあって、観に行けなかった展覧会も多く、ギャラリーの個展を含めても100も回れていないようですが、今年も記憶に残るような素晴らしい展覧会に出会えました。
というわけで、2021年のベスト10はこんな感じになりました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
1位 『忘れられた江戸絵画史の本流 -江戸狩野派の250年-』(静岡県立美術館)
2018年の『幕末狩野派展』に続いて江戸狩野派を取り上げた渾身の企画展。これまで顧みられることのなかった江戸狩野派の奥絵師・表絵師にスポットを当て、優れた絵師を発掘するというのではなく、技量や作品の良し悪しに関係なく江戸狩野派の体制や家格、各家の展開により歴史を振り返り、江戸狩野派の本質を捉えようという画期的な内容でした。江戸狩野派を切り拓いた探幽ら三兄弟の作品はほぼなく、名前も聞いたことない絵師はバンバン登場するし、どうしようもない絵もあって(もちろん素晴らしい絵もある)、江戸狩野派はつまらないと言われる理由もよく分かるし、一方で江戸狩野派って面白いじゃんという気分にもなりました。
2位 『電線絵画展 -小林清親から山口晃まで-』(練馬区立美術館)
新時代のシンボルとして描かれた電信柱が違和感なく都市景観に溶け込み、やがて柱華道に行き着く。“電線愛”の延長線上の展覧会かと思いきや、清親や由一、劉生、さらに震災や戦争画、そして山口晃まで、電線を切り口に近代の風景を読み解く、真面目かつ充実した展覧会でした。江戸時代に電線絵画があったということに驚きましたし、同じ風景でも電線を描く巴水と描かない吉田博や、マニアックな電線愛が話題になった朝井閑右衛門など、いろいろ発見もあり興味が尽きませんでした。電柱の碍子がまるで工芸品のように展示されてるのも面白かったです。
3位 『GENKYO 横尾忠則 [原郷から幻境へ、そして現況は?]』(東京都現代美術館)
初期のグラフィックワークから近年の新作の寒山拾得まで、500点以上の作品で活動を振り返る大規模回顧展。横尾忠則というと、私がアートに興味を持ち始めた頃からリアルタイムで活躍されている大物現代アーティストですし、メディアにもたびたび登場し、その活動はよく知っていましたが、こうして回顧的に作品を観るのは初めて。ボリュームも凄いが内容も濃く、どの作品もエネルギッシュで、ただただ圧倒されっぱなし。個人的には一連のY字路の作品に強く惹かれました。タマへのレクイエムは涙ものでした。
4位 『フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる』(渋谷区立松濤美術館)
ベーコンの死後発見され、「ドローイングは描かない」と語っていたベーコンの生前の言葉を覆すものとして真贋論争まで起きたベーコンの制作過程の深部に迫る極めて重要かつ刺激的な展覧会でした。ドローイングといってもベーコンはベーコンで、特にコラージュや写真に絵具やパステルで線や色を加えた作品群は完成された油彩画とはまた別の面白さがありました。ベーコンが全て破棄したといわれていた1930年代の貴重な油彩画は、彼にとって捨て去りたい過去だったのかもしれませんが、ベーコンがキュビズムやシュルレアリスムに傾倒していたことが分かり、後の作品を考えるととても興味深かったです。
5位 『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』(東京国立近代美術館)
最初は“民藝名品展”みたいな内容なのかなと思っていましたが、柳宗悦の足跡に留まらず、民藝の成り立ちにおけるアーツアンドクラフツ運動の影響や民俗学との関係、地方や東洋美術への関心など体系的にまとまっていて、民藝を多角的に検証していくという想像以上の展覧会でした。「民藝と戦争」など考えさせられるトピックもあり、“民藝名品展”みたいな軽いノリ(笑)で観に行ってしまったのでガツンと来ましたし、やはり近代美術館で取り上げるだけの内容だなと深く感心しました。
6位 『あやしい絵展』(東京国立近代美術館)
生き人形や血みどろ絵からラファエル前派、デロリなど、耽美系、退廃系、神秘系、魔性系、狂気系、エログロ系と一口にあやしいと言っても様々。時代、背景、題材、いろいろない交ぜですが、近代絵画の一つの傾向としてこうした絵が描かれてきたことは興味深いものがありました。これいる?みたいな絵も中にはありましたが、総じて面白く、個人的には橘小夢や秦テルヲ、甲斐庄楠音など大正デカダンスが充実してて良かったし、セレクトしてくれたことが嬉しかったです。こうした一見卑俗な作品の展覧会を国立の美術館で開催したというのもなかなかユニークだったと思います。
7位 『曽我蕭白 奇想ここに極まれり』(愛知県美術館)
2012年の『蕭白ショック‼︎』(千葉市美術館)以来の大規模な蕭白展。アクの強い30代から円熟の晩年まで作品が充実していて、とても素晴らしい内容でした。『蕭白ショック』と蕭白を大きく取り上げた同年の『ボストン美術館展』を観てるので、あの時のような衝撃こそありませんでしたが、やはり蕭白は何度観ても強烈ですし圧倒されますし、お腹いっぱいになります(笑)。『蕭白ショック』では展示が前後期で分けられた旧永島家襖絵が全44面一度に観られたのも有り難かったですし、海外から最晩年の傑作「石橋図」が来たのも嬉しかったです。奇矯さばかり取り上げられがちな蕭白ですが、こうしてあらためて観てみると、徹底した基礎と優れた技巧の上に成り立ってることがよく分かるし、大胆な筆致の一方で釣り糸一本手を抜かないところが凄い。会場はゆったりした展示で、東京の展覧会のように混雑を気にすることなくじっくり観られたのも良かったです。
8位 『福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧』(千葉市美術館)
千葉市美術館の所蔵作品を題材に取り組んだ現代美術家・福田美蘭の新作展。浮世絵をはじめ、蕭白や若冲といった江戸絵画や雪舟の作品などを現代的に読み解いたり、新型コロナウイルスや東京オリンピックといった時事問題をユーモアや皮肉を交えてアップデートしたり、その意外性がとても面白かったです。千葉市美術館の所蔵作品と比べて観ることができたり、謎解きみたいな隠し絵があったり、いろんな見方を提案してくれていて、飽きることなく楽しめました。
9位 『阪本トクロウ デイリーライブス』(武蔵野市立吉祥寺美術館)
日常の風景だけど生活感がない。静謐だけど街の音が微かに聴こえる。シンプルというよりミニマル。落ち着いた色のトーンの心地よさ。余白さえ美しい…。こじんまりした美術館での30点弱の展覧会でしたが、まとまって作品を観ることができ、一目でファンになりました。わたし的には今年の大発見なのですが、なんでこんなに好みの絵を描く現代美術家を今まで知らなかったんだろうと深く反省しました。この展覧会のあと、ギャラリーやデパート展なども追っかけていて、今年イチお気に入りの作家さんです。
10位 『重要文化財指定記念特別展 鈴木其一・夏秋渓流図屏風』(根津美術館)
「夏秋渓流図屏風」の重文記念の鈴木其一展かと思いきや、「夏秋渓流図屏風」の誕生の秘密を琳派だけでなく狩野派や応挙などの学習も踏まえ探るという其一ファン、琳派ファンの興味を掻き立てる素晴らしい展覧会でした。酒井抱一の「青楓朱楓図屏風」や円山応挙の「保津川図屏風」との関連はファンなら知ることですが、それを1つの空間で実際に並べて見比べられるという贅沢さ。「夏秋渓流図屏風」を前に立ち、左に向けば山本素軒、右に向けば応挙、後ろを振り返れば抱一と、会場をぐるり見渡すだけで其一がどのような作品を参考にして「夏秋渓流図屏風」を描いたのかが良く分かり、とても興奮しました。
惜しくも選外となりましたが、今年特に印象に残った展覧会としては、近年再評価され待望の回顧展となった『渡辺省亭展』(東京藝術大学大学美術館)、同じく近年「國之楯」が注目を浴び、その知られざる全貌が明らかになった『小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌』(東京ステーションギャラリー)、描き手の筆づかいに着目し肉筆の優品を集めた『筆魂 線の引力・色の魔力』(すみだ北斎美術館)、青木繁の代表作「海の幸」からインスピレーションを得て、日本の歴史や文化などの変遷を形象化した『M式「海の幸」 森村泰昌 ワタシガタリの神話』がありました。
このほかでも、京都の福田美術館と嵯峨嵐山文華館の2館で開催された『木島櫻谷 究めて魅せた「おうこくさん」』や、こちらも同時期の2館開催となった『複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華』(日比谷図書文化部ミュージアム)と『小村雪岱スタイル -江戸の粋から東京モダンへ』(三井記念美術館)のように共同開催や連携企画の展覧会では多くの作品に触れることができ、非常に充実した鑑賞体験を味わうことができました。
雪岱の他にも明治大正の挿絵や装幀の展覧会を今年はいくつか観ることができ、『鏑木清方と鰭崎英朋 近代文学を彩る口絵』(太田記念美術館)や『杉浦非水 時代をひらくデザイン』(たばこと塩の博物館)も良かったと思います。京都では、竹内栖鳳に師事し、その後栖鳳と生活を共にし画業から身を引いた幻の画家『日本画家・六人部暉峰の世界』(向日市文化資料館)も非常に興味深い内容でした。
そのほかの展覧会では、『和田誠展』(東京オペラシティアートギャラリー)、『モンドリアン展』(SOMPO美術館)、『トライアローグ』(横浜美術館)、『コレクター福富太郎の眼』(東京ステーションギャラリー)、『ミネアポリス美術館展』(サントリー美術館)あたりが強く印象に残っています。『包む-日本の伝統パッケージ展』(目黒区美術館)のリバイバル展は10年に観た内容と大きく変わらなかったので選外にしました。
来年こそはと願いたいところですが、まだしばらく新型コロナウイルスの影響が残りそうですし、気が抜けない日々が続くのだろうなと思います。これ以上状況が悪化しないことを祈るばかりです。来年は今年にまして大型の展覧会も予定されているようなので、去年と同じ言葉の繰り返しになりますが、1日も早く新型コロナウイルスが収束し、安心して美術館・博物館に行ける日が来るといいですね。
今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
【参考】
2020年 展覧会ベスト10
2019年 展覧会ベスト10
2018年 展覧会ベスト10
2017年 展覧会ベスト10
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10
去年の今頃は、年末にはさすがに新型コロナウイルスも終息してるのだろうと思っていましたが、終息するどころか、また訳の分からない変異株が出てきて、いつになったら安心して展覧会を観に行ける日が来るのかと暗澹たる気持ちになります。夏以降はあまり開催期間や出展作品などに影響が出ることはありませんでしたが、上半期には会期末を待たず閉幕し観ることができなかった展覧会もいくつかありました。
ただ今年は、出光美術館のように未だ再開しない美術館も中にはありますが、新型コロナウイルスに翻弄され企画の練り直しを迫られた昨年と違い、入念に準備された展覧会や海外から作品を借りてきた展覧会も多く、事前予約制の普及など何とかウイズコロナの時代の展覧会のスタイルに慣れてきたようにも感じます。
今年もまだまだ地方の展覧会に気軽に行けるような雰囲気でもなく、仕事の忙しさもあって、観に行けなかった展覧会も多く、ギャラリーの個展を含めても100も回れていないようですが、今年も記憶に残るような素晴らしい展覧会に出会えました。
というわけで、2021年のベスト10はこんな感じになりました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
1位 『忘れられた江戸絵画史の本流 -江戸狩野派の250年-』(静岡県立美術館)
2018年の『幕末狩野派展』に続いて江戸狩野派を取り上げた渾身の企画展。これまで顧みられることのなかった江戸狩野派の奥絵師・表絵師にスポットを当て、優れた絵師を発掘するというのではなく、技量や作品の良し悪しに関係なく江戸狩野派の体制や家格、各家の展開により歴史を振り返り、江戸狩野派の本質を捉えようという画期的な内容でした。江戸狩野派を切り拓いた探幽ら三兄弟の作品はほぼなく、名前も聞いたことない絵師はバンバン登場するし、どうしようもない絵もあって(もちろん素晴らしい絵もある)、江戸狩野派はつまらないと言われる理由もよく分かるし、一方で江戸狩野派って面白いじゃんという気分にもなりました。
2位 『電線絵画展 -小林清親から山口晃まで-』(練馬区立美術館)
新時代のシンボルとして描かれた電信柱が違和感なく都市景観に溶け込み、やがて柱華道に行き着く。“電線愛”の延長線上の展覧会かと思いきや、清親や由一、劉生、さらに震災や戦争画、そして山口晃まで、電線を切り口に近代の風景を読み解く、真面目かつ充実した展覧会でした。江戸時代に電線絵画があったということに驚きましたし、同じ風景でも電線を描く巴水と描かない吉田博や、マニアックな電線愛が話題になった朝井閑右衛門など、いろいろ発見もあり興味が尽きませんでした。電柱の碍子がまるで工芸品のように展示されてるのも面白かったです。
3位 『GENKYO 横尾忠則 [原郷から幻境へ、そして現況は?]』(東京都現代美術館)
初期のグラフィックワークから近年の新作の寒山拾得まで、500点以上の作品で活動を振り返る大規模回顧展。横尾忠則というと、私がアートに興味を持ち始めた頃からリアルタイムで活躍されている大物現代アーティストですし、メディアにもたびたび登場し、その活動はよく知っていましたが、こうして回顧的に作品を観るのは初めて。ボリュームも凄いが内容も濃く、どの作品もエネルギッシュで、ただただ圧倒されっぱなし。個人的には一連のY字路の作品に強く惹かれました。タマへのレクイエムは涙ものでした。
4位 『フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる』(渋谷区立松濤美術館)
ベーコンの死後発見され、「ドローイングは描かない」と語っていたベーコンの生前の言葉を覆すものとして真贋論争まで起きたベーコンの制作過程の深部に迫る極めて重要かつ刺激的な展覧会でした。ドローイングといってもベーコンはベーコンで、特にコラージュや写真に絵具やパステルで線や色を加えた作品群は完成された油彩画とはまた別の面白さがありました。ベーコンが全て破棄したといわれていた1930年代の貴重な油彩画は、彼にとって捨て去りたい過去だったのかもしれませんが、ベーコンがキュビズムやシュルレアリスムに傾倒していたことが分かり、後の作品を考えるととても興味深かったです。
5位 『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』(東京国立近代美術館)
最初は“民藝名品展”みたいな内容なのかなと思っていましたが、柳宗悦の足跡に留まらず、民藝の成り立ちにおけるアーツアンドクラフツ運動の影響や民俗学との関係、地方や東洋美術への関心など体系的にまとまっていて、民藝を多角的に検証していくという想像以上の展覧会でした。「民藝と戦争」など考えさせられるトピックもあり、“民藝名品展”みたいな軽いノリ(笑)で観に行ってしまったのでガツンと来ましたし、やはり近代美術館で取り上げるだけの内容だなと深く感心しました。
6位 『あやしい絵展』(東京国立近代美術館)
生き人形や血みどろ絵からラファエル前派、デロリなど、耽美系、退廃系、神秘系、魔性系、狂気系、エログロ系と一口にあやしいと言っても様々。時代、背景、題材、いろいろない交ぜですが、近代絵画の一つの傾向としてこうした絵が描かれてきたことは興味深いものがありました。これいる?みたいな絵も中にはありましたが、総じて面白く、個人的には橘小夢や秦テルヲ、甲斐庄楠音など大正デカダンスが充実してて良かったし、セレクトしてくれたことが嬉しかったです。こうした一見卑俗な作品の展覧会を国立の美術館で開催したというのもなかなかユニークだったと思います。
7位 『曽我蕭白 奇想ここに極まれり』(愛知県美術館)
2012年の『蕭白ショック‼︎』(千葉市美術館)以来の大規模な蕭白展。アクの強い30代から円熟の晩年まで作品が充実していて、とても素晴らしい内容でした。『蕭白ショック』と蕭白を大きく取り上げた同年の『ボストン美術館展』を観てるので、あの時のような衝撃こそありませんでしたが、やはり蕭白は何度観ても強烈ですし圧倒されますし、お腹いっぱいになります(笑)。『蕭白ショック』では展示が前後期で分けられた旧永島家襖絵が全44面一度に観られたのも有り難かったですし、海外から最晩年の傑作「石橋図」が来たのも嬉しかったです。奇矯さばかり取り上げられがちな蕭白ですが、こうしてあらためて観てみると、徹底した基礎と優れた技巧の上に成り立ってることがよく分かるし、大胆な筆致の一方で釣り糸一本手を抜かないところが凄い。会場はゆったりした展示で、東京の展覧会のように混雑を気にすることなくじっくり観られたのも良かったです。
8位 『福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧』(千葉市美術館)
千葉市美術館の所蔵作品を題材に取り組んだ現代美術家・福田美蘭の新作展。浮世絵をはじめ、蕭白や若冲といった江戸絵画や雪舟の作品などを現代的に読み解いたり、新型コロナウイルスや東京オリンピックといった時事問題をユーモアや皮肉を交えてアップデートしたり、その意外性がとても面白かったです。千葉市美術館の所蔵作品と比べて観ることができたり、謎解きみたいな隠し絵があったり、いろんな見方を提案してくれていて、飽きることなく楽しめました。
9位 『阪本トクロウ デイリーライブス』(武蔵野市立吉祥寺美術館)
日常の風景だけど生活感がない。静謐だけど街の音が微かに聴こえる。シンプルというよりミニマル。落ち着いた色のトーンの心地よさ。余白さえ美しい…。こじんまりした美術館での30点弱の展覧会でしたが、まとまって作品を観ることができ、一目でファンになりました。わたし的には今年の大発見なのですが、なんでこんなに好みの絵を描く現代美術家を今まで知らなかったんだろうと深く反省しました。この展覧会のあと、ギャラリーやデパート展なども追っかけていて、今年イチお気に入りの作家さんです。
10位 『重要文化財指定記念特別展 鈴木其一・夏秋渓流図屏風』(根津美術館)
「夏秋渓流図屏風」の重文記念の鈴木其一展かと思いきや、「夏秋渓流図屏風」の誕生の秘密を琳派だけでなく狩野派や応挙などの学習も踏まえ探るという其一ファン、琳派ファンの興味を掻き立てる素晴らしい展覧会でした。酒井抱一の「青楓朱楓図屏風」や円山応挙の「保津川図屏風」との関連はファンなら知ることですが、それを1つの空間で実際に並べて見比べられるという贅沢さ。「夏秋渓流図屏風」を前に立ち、左に向けば山本素軒、右に向けば応挙、後ろを振り返れば抱一と、会場をぐるり見渡すだけで其一がどのような作品を参考にして「夏秋渓流図屏風」を描いたのかが良く分かり、とても興奮しました。
惜しくも選外となりましたが、今年特に印象に残った展覧会としては、近年再評価され待望の回顧展となった『渡辺省亭展』(東京藝術大学大学美術館)、同じく近年「國之楯」が注目を浴び、その知られざる全貌が明らかになった『小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌』(東京ステーションギャラリー)、描き手の筆づかいに着目し肉筆の優品を集めた『筆魂 線の引力・色の魔力』(すみだ北斎美術館)、青木繁の代表作「海の幸」からインスピレーションを得て、日本の歴史や文化などの変遷を形象化した『M式「海の幸」 森村泰昌 ワタシガタリの神話』がありました。
このほかでも、京都の福田美術館と嵯峨嵐山文華館の2館で開催された『木島櫻谷 究めて魅せた「おうこくさん」』や、こちらも同時期の2館開催となった『複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華』(日比谷図書文化部ミュージアム)と『小村雪岱スタイル -江戸の粋から東京モダンへ』(三井記念美術館)のように共同開催や連携企画の展覧会では多くの作品に触れることができ、非常に充実した鑑賞体験を味わうことができました。
雪岱の他にも明治大正の挿絵や装幀の展覧会を今年はいくつか観ることができ、『鏑木清方と鰭崎英朋 近代文学を彩る口絵』(太田記念美術館)や『杉浦非水 時代をひらくデザイン』(たばこと塩の博物館)も良かったと思います。京都では、竹内栖鳳に師事し、その後栖鳳と生活を共にし画業から身を引いた幻の画家『日本画家・六人部暉峰の世界』(向日市文化資料館)も非常に興味深い内容でした。
そのほかの展覧会では、『和田誠展』(東京オペラシティアートギャラリー)、『モンドリアン展』(SOMPO美術館)、『トライアローグ』(横浜美術館)、『コレクター福富太郎の眼』(東京ステーションギャラリー)、『ミネアポリス美術館展』(サントリー美術館)あたりが強く印象に残っています。『包む-日本の伝統パッケージ展』(目黒区美術館)のリバイバル展は10年に観た内容と大きく変わらなかったので選外にしました。
来年こそはと願いたいところですが、まだしばらく新型コロナウイルスの影響が残りそうですし、気が抜けない日々が続くのだろうなと思います。これ以上状況が悪化しないことを祈るばかりです。来年は今年にまして大型の展覧会も予定されているようなので、去年と同じ言葉の繰り返しになりますが、1日も早く新型コロナウイルスが収束し、安心して美術館・博物館に行ける日が来るといいですね。
今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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2020年 展覧会ベスト10
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2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10
2020/12/31
2020年 展覧会ベスト10
早いもので今年も最後の1日となりました。
年々仕事も忙しくなり、ブログを書くだけの時間的余裕がなくなったこともあり、今年はブログをお休みさせていただいてましたが、まあ記録のためにも展覧会ベスト10だけは残しておいた方がいいかなと思い、1年ぶりにブログを更新することにしました。
今年は新型コロナウイルスの影響で展覧会の延期や中止も相次ぎ、なんとか開催されても多くの展覧会が企画や展示作品の変更を余儀なくされました。さまざまな予定が狂い、いくつもの楽しみが台無しにされ、ほんと悲しい一年でした。
コロナ禍で大変な中、企画を練り直し、展示作品をかき集め、感染防止対策を講じ、展覧会を開催してくれた美術館・博物館にはほんと頭が下がります。本来、展覧会の企画は数年の時間を要しますが、今できうることを考えてくれて、特に秋以降の展覧会にはそうした努力や苦労が伝わってくる素晴らしい展覧会が多かったように思います。海外から作品を借りられない分、国内の所蔵作品で構成された展覧会も多く、あらためて日本には素晴らしい作品が多くあるということも知りました。
個人的には、身近に基礎疾患を持つ人や高齢の人がいることもあり、おいそれと混雑する場所や地方に行くことができず観逃した展覧会が多くありました。また、夏に突発性難聴になり、耳鳴りに悩まされて美術館のような静かな空間が苦痛になり、しばらく展覧会に行く気になれない時期もありました(後遺症は今も残ってますが、慣れました笑)
そんなこんなで今年は例年以上に観た展覧会の数は減ってしまいましたが、その分、記憶に残る展覧会が多くありました。
いろいろ悩んだ末、2020年のベスト10はこんな感じになりました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
1位 『桃山 天下人の100年』(東京国立博物館)
今年は大きな展覧会がかなり中止になりましたが、このコロナ禍の中、ここまでの規模の展覧会が開催されたことには感謝しかありません。90分の鑑賞推奨でしたが、2時間あっても観終わらないぐらいの物量に圧倒されました。元信に永徳、山楽、山雪、探幽といった狩野派黄金期の傑作に加え、土佐派もあれば等伯もあるし又兵衛もある。利休も長次郎も織部も光悦もある。これ以上望むものはないのではないかというぐらい、桃山文化の満漢全席、正に空前絶後、贅沢の極みでした。本来であれば長蛇の列必至だったのでしょうが、事前予約制になったことやコロナの影響もあって、来場者も少なく(企画側は残念な結果だったのでしょうが)、混雑を気にすることなくじっくり堪能できたのも良かったです。
2位 『性差の日本史』(国立歴史民族博物館)
古代にはなかった男女の性差がいかに変容してきたか、その歴史を多くの史料から紐解く非常に意義深い展覧会でした。律令制、幕藩体制、明治国家と政治制度が大きく変わるたびに女性が政治や社会から排除され、職業さえ女性を分離していく。資料中心の展示でしたが、全体の流れにストーリーがあり、徹底した調査と検証により説得力のある展示になっていました。背景として知っている事柄でも視点を変えるだけで別の側面が見え、これまで光の当たらなかった事実も浮き彫りにされ、とても興味深かったです。ここ数年、ジェンダーの問題は関心も高く、タイミング的にも良かったと思います。
3位 『もうひとつの江戸絵画 大津絵』(東京ステーションギャラリー)
コレクターの視点に注目して大津絵を観るというユニークな企画で、しかもこれだけの規模の大津絵の展覧会というのは東京では珍しく、さまざまな画題やいくつものバリエーションが集まり、とても楽しい展覧会でした。個人的にも大津絵が大好きで、これまでも割と大津絵は観てるのですが、今回はコレクター垂涎の品などもあって、あまり見ない画題や、初期の貴重な作品も多く、興味深いものがありました。いずれもコレクター所有だったというだけあり、表装もコレクターのセンスを感じられて良かったです。
4位 『舞妓モダン』(京都文化博物館)
コロナが蔓延しだしてから地方はおろか、東京からほとんど外に出てないのですが、たまたま関西に仕事が入り、時間を調整して何とか観ることができました。京の舞妓が近代から現代にかけてどう描かれてきたかを紐解く意欲的な展覧会だったと思います。日本画、洋画を分けることなく一つの流れで見せていくのも良かったし、さまざまな画家が舞妓というモチーフに創作意欲を刺激され、いかに取り組んで来たかがよく伝わってきました。舞妓が京都や美人のメタファーとして描かれていったことも個人的には新たな気づきでした。明治から戦前にかけては京都画壇による作品が中心で、近代京都画壇ファンとしては魅力的な展示でもありました。
5位 『生誕120年・没後100年 関根正二展』(神奈川県立近代美術館鎌倉別館)
コロナの影響で期間短縮となり、観ることのできなかった人も多いのでは。画業僅か5年、二十歳で夭折しただけに作品数は多くありませんが、それでもその短い生涯でとても濃密な創作活動を送っていたことがよく分かりました。代表作を観るだけでも大変ありがたかったのですが、デューラーを思わせる筆致やセザンヌの影響を感じる油彩、デッサン力を感じさせるスケッチ、珍しい日本画などあって、とても興味深い展覧会でした。
6位 『きもの KIMONO』(東京国立博物館)
小袖などは東博の常設でも展示されていますが、そこは特別展なので鎌倉や室町時代の貴重な着物もあり、日本のファッション史や風俗史を知る上でもとても勉強になりました。展示品自体がどれもファッショナブルで、着物を着て観にくる来場者も多く、会場の雰囲気がとても華やかだったのも印象的でした。初期風俗画の展示もことのほか充実していて、江戸初期のファッションという視点からあらためて観られたのも良かったです。
7位 『河鍋暁斎の底力』(東京ステーションギャラリー)
暁斎の展覧会は毎年のように開催されていますが、本展は下絵や画稿、席画だけで、完成された本画の展示は一切なしという潔さ。だからこそ純粋に暁斎の筆技が堪能できるし、あらためて暁斎の才能を思い知りました。北斎、応挙、西洋美術からの影響がよく分かったのも収穫でした。本画が一切出てないのに全く退屈しない展覧会というのはなかなかないと思います。いくつもの展覧会を観て廻るアートクラスタがどよめくのも納得の面白さでした。
8位 『京都の美術 250年の夢』(京都市京セラ美術館)
元々は約8ヶ月という長期間で、三部に分けて開催される予定だった展覧会ですが、コロナの影響で総集編としてまとめられ、出品数も減らされたのはつくづく残念でした。展示替えも多く、特に楽しみにしていた江戸から明治にかけての縮小は痛かったです。それでも会場が広かったこともあって展示作品数はそれなりにあり、江戸時代から現代まで京都の美術の250年の流れを一気に観られたという面白さと、京都の美術ここにありという気概が感じられ、観たあとの充実感は最高でした。
9位 『石元泰博写真展 伝統と近代』(東京オペラシティアートギャラリー)/『石元泰博写真展 生命体としての都市』(東京都写真美術館)
生誕100年ということで東京オペラシティアートギャラリーと東京都写真美術館でそれぞれ開催されましたが、ここまで真剣に、しかもまとめて石元泰博の写真を観たことが初めてだったこともあり、非常に刺激のある展覧会でした。オペラシティアートギャラリーは写美より回顧展色が強く、さまざまな側面から石元の作品が観られたのに対し、写美はいくつかのテーマに絞り、じっくりと作品と対峙できたのも良かったです。どの作品からも緊張感が伝わってくるというか観ていて背筋が伸びる感じがしました。
10位 『石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか』(東京都現代美術館)
今年一番観てて疲れた(いい意味で)展覧会といえば、石岡瑛子展は頭一つ二つ抜きん出てるかもしれません。資生堂時代に手がけたポスターからパルコや角川書店などアートディレクターとしての仕事、映画やオペラの衣装デザインなどなど、映像や衣装など資料の物量と情報量が物凄いし、彼女の仕事に対する姿勢とパワーに圧倒されっぱなしでした。びっしり指示が書かれた校正紙からは細かさと的確さと妥協のなさにビビると同時に感動すら覚えました。
惜しくも選外となりましたが、最後まで迷った展覧会としては、アイヌの手仕事の数々からアイヌ民族の精神性まで伝わってきた『アイヌの美しき手仕事』(日本民藝館)、取り合わせの妙が新鮮で面白かった『琳派と印象派』(アーティゾン美術館)、東京では滅多にお目にかかれない地方絵師の作品が充実ていていた『奇才 江戸絵画の冒険者たち』(江戸東京博物館)、館蔵品と見せ方で存分に楽しませてくれた『日本美術の裏の裏』(サントリー美術館)、また現代アートでは、どこか不穏で幻想的な世界観にハマってしまった『ピーター・ドイグ展』(東京国立近代美術館)があります。
『桃山 天下人の100年』では狩野派黄金期の傑作の数々を観ることができましたが、今年は『狩野派 画壇を制した眼と手』(出光美術館)、『狩野派学習帳』(板橋区立美術館)、『本門寺狩野派展』(池上本門寺霊宝殿)などでも狩野派の作品を観る機会に恵まれたことも個人的には今年特筆したい点です。
そのほかの展覧会では、『坂田一男 捲土重来』(東京ステーションギャラリー)、『利休のかたち』(松屋銀座)、『肉筆浮世絵名品展』(太田記念美術館)、『見えてくる光景 コレクションの現在地』(アーティゾン美術館)、『津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和』(練馬区立美術館)、『和巧絶佳展』(パナソニック汐留美術館)、『ベルナール・ビュフェ回顧展』(Bunkamura ザ・ミュージアム)あたりが特に印象に残っています。
来年もまだまだ新型コロナウイルスの影響は続くでしょうし、年明けて感染者がさらに増えるようであれば、折角開催された展覧会も中止を余儀なくされるといったことがあるかもしれません。しばらく地方遠征もしづらく(反対に地方から東京にも来づらいでしょうし)、観に行きたくても行けず涙を飲むこともあるでしょう。それでも今から楽しみな展覧会が来年はいくつも予定されていて、新型コロナウイルスが一日も早く収束し、安心して美術館・博物館に行ける日が来ることを願うばかりです。
年々仕事も忙しくなり、ブログを書くだけの時間的余裕がなくなったこともあり、今年はブログをお休みさせていただいてましたが、まあ記録のためにも展覧会ベスト10だけは残しておいた方がいいかなと思い、1年ぶりにブログを更新することにしました。
今年は新型コロナウイルスの影響で展覧会の延期や中止も相次ぎ、なんとか開催されても多くの展覧会が企画や展示作品の変更を余儀なくされました。さまざまな予定が狂い、いくつもの楽しみが台無しにされ、ほんと悲しい一年でした。
コロナ禍で大変な中、企画を練り直し、展示作品をかき集め、感染防止対策を講じ、展覧会を開催してくれた美術館・博物館にはほんと頭が下がります。本来、展覧会の企画は数年の時間を要しますが、今できうることを考えてくれて、特に秋以降の展覧会にはそうした努力や苦労が伝わってくる素晴らしい展覧会が多かったように思います。海外から作品を借りられない分、国内の所蔵作品で構成された展覧会も多く、あらためて日本には素晴らしい作品が多くあるということも知りました。
個人的には、身近に基礎疾患を持つ人や高齢の人がいることもあり、おいそれと混雑する場所や地方に行くことができず観逃した展覧会が多くありました。また、夏に突発性難聴になり、耳鳴りに悩まされて美術館のような静かな空間が苦痛になり、しばらく展覧会に行く気になれない時期もありました(後遺症は今も残ってますが、慣れました笑)
そんなこんなで今年は例年以上に観た展覧会の数は減ってしまいましたが、その分、記憶に残る展覧会が多くありました。
いろいろ悩んだ末、2020年のベスト10はこんな感じになりました。
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1位 『桃山 天下人の100年』(東京国立博物館)
今年は大きな展覧会がかなり中止になりましたが、このコロナ禍の中、ここまでの規模の展覧会が開催されたことには感謝しかありません。90分の鑑賞推奨でしたが、2時間あっても観終わらないぐらいの物量に圧倒されました。元信に永徳、山楽、山雪、探幽といった狩野派黄金期の傑作に加え、土佐派もあれば等伯もあるし又兵衛もある。利休も長次郎も織部も光悦もある。これ以上望むものはないのではないかというぐらい、桃山文化の満漢全席、正に空前絶後、贅沢の極みでした。本来であれば長蛇の列必至だったのでしょうが、事前予約制になったことやコロナの影響もあって、来場者も少なく(企画側は残念な結果だったのでしょうが)、混雑を気にすることなくじっくり堪能できたのも良かったです。
2位 『性差の日本史』(国立歴史民族博物館)
古代にはなかった男女の性差がいかに変容してきたか、その歴史を多くの史料から紐解く非常に意義深い展覧会でした。律令制、幕藩体制、明治国家と政治制度が大きく変わるたびに女性が政治や社会から排除され、職業さえ女性を分離していく。資料中心の展示でしたが、全体の流れにストーリーがあり、徹底した調査と検証により説得力のある展示になっていました。背景として知っている事柄でも視点を変えるだけで別の側面が見え、これまで光の当たらなかった事実も浮き彫りにされ、とても興味深かったです。ここ数年、ジェンダーの問題は関心も高く、タイミング的にも良かったと思います。
3位 『もうひとつの江戸絵画 大津絵』(東京ステーションギャラリー)
コレクターの視点に注目して大津絵を観るというユニークな企画で、しかもこれだけの規模の大津絵の展覧会というのは東京では珍しく、さまざまな画題やいくつものバリエーションが集まり、とても楽しい展覧会でした。個人的にも大津絵が大好きで、これまでも割と大津絵は観てるのですが、今回はコレクター垂涎の品などもあって、あまり見ない画題や、初期の貴重な作品も多く、興味深いものがありました。いずれもコレクター所有だったというだけあり、表装もコレクターのセンスを感じられて良かったです。
4位 『舞妓モダン』(京都文化博物館)
コロナが蔓延しだしてから地方はおろか、東京からほとんど外に出てないのですが、たまたま関西に仕事が入り、時間を調整して何とか観ることができました。京の舞妓が近代から現代にかけてどう描かれてきたかを紐解く意欲的な展覧会だったと思います。日本画、洋画を分けることなく一つの流れで見せていくのも良かったし、さまざまな画家が舞妓というモチーフに創作意欲を刺激され、いかに取り組んで来たかがよく伝わってきました。舞妓が京都や美人のメタファーとして描かれていったことも個人的には新たな気づきでした。明治から戦前にかけては京都画壇による作品が中心で、近代京都画壇ファンとしては魅力的な展示でもありました。
5位 『生誕120年・没後100年 関根正二展』(神奈川県立近代美術館鎌倉別館)
コロナの影響で期間短縮となり、観ることのできなかった人も多いのでは。画業僅か5年、二十歳で夭折しただけに作品数は多くありませんが、それでもその短い生涯でとても濃密な創作活動を送っていたことがよく分かりました。代表作を観るだけでも大変ありがたかったのですが、デューラーを思わせる筆致やセザンヌの影響を感じる油彩、デッサン力を感じさせるスケッチ、珍しい日本画などあって、とても興味深い展覧会でした。
6位 『きもの KIMONO』(東京国立博物館)
小袖などは東博の常設でも展示されていますが、そこは特別展なので鎌倉や室町時代の貴重な着物もあり、日本のファッション史や風俗史を知る上でもとても勉強になりました。展示品自体がどれもファッショナブルで、着物を着て観にくる来場者も多く、会場の雰囲気がとても華やかだったのも印象的でした。初期風俗画の展示もことのほか充実していて、江戸初期のファッションという視点からあらためて観られたのも良かったです。
7位 『河鍋暁斎の底力』(東京ステーションギャラリー)
暁斎の展覧会は毎年のように開催されていますが、本展は下絵や画稿、席画だけで、完成された本画の展示は一切なしという潔さ。だからこそ純粋に暁斎の筆技が堪能できるし、あらためて暁斎の才能を思い知りました。北斎、応挙、西洋美術からの影響がよく分かったのも収穫でした。本画が一切出てないのに全く退屈しない展覧会というのはなかなかないと思います。いくつもの展覧会を観て廻るアートクラスタがどよめくのも納得の面白さでした。
8位 『京都の美術 250年の夢』(京都市京セラ美術館)
元々は約8ヶ月という長期間で、三部に分けて開催される予定だった展覧会ですが、コロナの影響で総集編としてまとめられ、出品数も減らされたのはつくづく残念でした。展示替えも多く、特に楽しみにしていた江戸から明治にかけての縮小は痛かったです。それでも会場が広かったこともあって展示作品数はそれなりにあり、江戸時代から現代まで京都の美術の250年の流れを一気に観られたという面白さと、京都の美術ここにありという気概が感じられ、観たあとの充実感は最高でした。
9位 『石元泰博写真展 伝統と近代』(東京オペラシティアートギャラリー)/『石元泰博写真展 生命体としての都市』(東京都写真美術館)
生誕100年ということで東京オペラシティアートギャラリーと東京都写真美術館でそれぞれ開催されましたが、ここまで真剣に、しかもまとめて石元泰博の写真を観たことが初めてだったこともあり、非常に刺激のある展覧会でした。オペラシティアートギャラリーは写美より回顧展色が強く、さまざまな側面から石元の作品が観られたのに対し、写美はいくつかのテーマに絞り、じっくりと作品と対峙できたのも良かったです。どの作品からも緊張感が伝わってくるというか観ていて背筋が伸びる感じがしました。
10位 『石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか』(東京都現代美術館)
今年一番観てて疲れた(いい意味で)展覧会といえば、石岡瑛子展は頭一つ二つ抜きん出てるかもしれません。資生堂時代に手がけたポスターからパルコや角川書店などアートディレクターとしての仕事、映画やオペラの衣装デザインなどなど、映像や衣装など資料の物量と情報量が物凄いし、彼女の仕事に対する姿勢とパワーに圧倒されっぱなしでした。びっしり指示が書かれた校正紙からは細かさと的確さと妥協のなさにビビると同時に感動すら覚えました。
惜しくも選外となりましたが、最後まで迷った展覧会としては、アイヌの手仕事の数々からアイヌ民族の精神性まで伝わってきた『アイヌの美しき手仕事』(日本民藝館)、取り合わせの妙が新鮮で面白かった『琳派と印象派』(アーティゾン美術館)、東京では滅多にお目にかかれない地方絵師の作品が充実ていていた『奇才 江戸絵画の冒険者たち』(江戸東京博物館)、館蔵品と見せ方で存分に楽しませてくれた『日本美術の裏の裏』(サントリー美術館)、また現代アートでは、どこか不穏で幻想的な世界観にハマってしまった『ピーター・ドイグ展』(東京国立近代美術館)があります。
『桃山 天下人の100年』では狩野派黄金期の傑作の数々を観ることができましたが、今年は『狩野派 画壇を制した眼と手』(出光美術館)、『狩野派学習帳』(板橋区立美術館)、『本門寺狩野派展』(池上本門寺霊宝殿)などでも狩野派の作品を観る機会に恵まれたことも個人的には今年特筆したい点です。
そのほかの展覧会では、『坂田一男 捲土重来』(東京ステーションギャラリー)、『利休のかたち』(松屋銀座)、『肉筆浮世絵名品展』(太田記念美術館)、『見えてくる光景 コレクションの現在地』(アーティゾン美術館)、『津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和』(練馬区立美術館)、『和巧絶佳展』(パナソニック汐留美術館)、『ベルナール・ビュフェ回顧展』(Bunkamura ザ・ミュージアム)あたりが特に印象に残っています。
来年もまだまだ新型コロナウイルスの影響は続くでしょうし、年明けて感染者がさらに増えるようであれば、折角開催された展覧会も中止を余儀なくされるといったことがあるかもしれません。しばらく地方遠征もしづらく(反対に地方から東京にも来づらいでしょうし)、観に行きたくても行けず涙を飲むこともあるでしょう。それでも今から楽しみな展覧会が来年はいくつも予定されていて、新型コロナウイルスが一日も早く収束し、安心して美術館・博物館に行ける日が来ることを願うばかりです。
今年も一年ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
2019/12/31
2019年 展覧会ベスト10
今年も最後の1日。
あれよあれよという間に大晦日ですね。
今年は(も)休日に時間が十分取れなくて、展覧会に十分に回れなかったのが残念でした。仕事のこと、家族のこと、いろいろありますし、映画だって観たいし、芝居だって観たいし、本だって読みたいし、年々時間を捻出するのが難しくなるばかり。
さて、拙ブログの今年のエントリーは展覧会の感想のみで38本で、一番エントリーが多かった年の半分と言っていた昨年よりさらに少なくなってしまいました。展覧会の記事は会期が終わるまでに書こうとは思ってるのですが、結局書けずじまいものも多く…。
思うように展覧会に行けなかったのと、結構評判の良い展覧会を見逃がしていて、今年の展覧会ベスト10は全然参考にならないんじゃないかなと思います。そもそも観た分母が少ないこともあってか、ダントツでこれ!といった展覧会もそれほどなく、正直ベスト5以下はかなり迷いました。
とはいえ、今年は大好きな近世初期風俗画と、ここ数年高い関心を持っている京都画壇の作品を観る機会に恵まれ、特に近代京都画壇に連なる呉春の作品に多く触れられたのが個人的には最大の収穫でした。あまり展覧会を回ることができなかったものの、日本美術だけでなく、西洋美術や現代アート、やきものなど、自分が興味を持ったものが優先ではありますが、バランス良く観られたのがせめても救いかなと思います。
で、2019年のベスト10はこんな感じです。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
1位 『遊びの流儀 遊楽図の系譜』(サントリー美術館)
近世初期風俗画の展覧会は特に珍しくありませんが、本展がユニークだったのは、遊楽図に描かれた碁盤や双六、カルタなどが一緒に展示され、遊楽図の展開だけでなく、当時の人々の娯楽やファッションなど風俗が絵画の世界を超えてリアルに伝わってきたこと。遊楽図そのものも名品がずらりと並び、その充実感たるや今年一番だったと思います。これまで縁がなかった「松浦屏風」や「相応寺屏風」、「伝本多平八郎姿絵屏風」など近世初期風俗画の傑作に出会えたことも嬉しかったです。年末に大和文華館で観た『国宝彦根屏風と国宝松浦屏風 遊宴と雅会の美』では本展に出展されなかった「彦根屏風」を久しぶりに観ることもでき、『遊びの流儀』で若干不足していた部分も補って余りあるものがありました。近世初期風俗画ファンとしては大満足の一年でした。
2位 『円山応挙から近代京都画壇へ』(東京藝術大学大学美術館)
近代京都画壇がここ数年のマイブーム(古っw)なのですが、その中心となる円山四条派の祖・応挙と呉春から連なる近代京都画壇への流れをここまで大規模に、しかも東京で取り上げてくれたことにまず感動しました。応挙は見慣れてることもあり特段驚くことはないのですが、大乗寺障壁画の空間再現展示は見応え十分で、応挙門下や幕末から明治にかけての京都画壇が思いの外充実していて素晴らしいものがありました。円山派は円山派の、四条派は四条派のそれぞれの良さも分かり、近代になり両派が渾然一体となり京都画壇を創り上げていく様も見て取れました。
3位 『大竹伸朗 ビル景 1978-2019』(水戸芸術館現代美術ギャラリー)
『ビル景』が40年続いていることが何より驚きで、時に心象風景を具現化するように、時に体の内側から溢れる思いをぶつけるように、時に何かに取り憑かれたように、画面を縦横無尽に走る線や色や形を見てると、大竹伸朗にとって『ビル景』とは、旺盛な制作活動の中で何かに立ち返るための基点的な意味もあるんだろうなと感じたりもしました。何より500点余りという作品はどれも刺激的で、シビれるぐらいかっこよくて、ただただ圧倒されました。
4位 『岡上淑子 沈黙の奇蹟』(東京都庭園美術館)
何年も前から気になっていた岡上淑子の作品にやっと出会えた喜びというんでしょうか、その喜びが期待を超えるぐらいに衝撃的でした。とてもファッショナブルでエレガントで良い意味でクラシカル。超現実的でありながらも、どこか女性の空想や願望がイメージ化されたようなところがあり、そのシュールで洗練された不思議な世界に目を奪われました。旧朝香宮邸のクラシカルな空間も相まって、岡上淑子の魅惑的な夢物語の舞台に迷い込んだような気分になりました。
5位 『画家「呉春」 − 池田で復活(リボーン)!』(逸翁美術館)
春に『四条派のへの道 呉春を中心として』を観て、夏に『円山応挙から近代京都画壇へ』を観て、秋に『桃源郷展 − 蕪村・呉春が夢みたもの』を観て、その他にも呉春の作品を観る機会が多く、今までこんなに呉春に触れたことがあっただろうかというぐらい今年は呉春づいていました。その決定版がこの『ゴシュン展』だったと思います。展示は呉春の池田時代が中心でしたが、作品の充実度は申し分なく、相次ぐ近親者の死や、師・蕪村や池田の人々との交流も語られ、呉春がどういう思いで池田で過ごしたのかも伝わってくる構成がまた素晴らしかったです。
6位 『茶の湯の銘碗 高麗茶碗』(三井記念美術館)
今年のベスト10で、唯一記事にできていないのですが、今年いくつか観たやきものの展覧会の中では『高麗茶碗展』が一番印象に残っています。高麗茶碗の佇まいの渋さ、侘びた景色が好きなのですが、高麗茶碗と偏に言っても結構さまざまなタイプのものがあって、でもそれぞれに惹かれるものがあり、あらためて自分の好みであることを確信しましたし、高麗茶碗の奥深さに心打たれました。
7位 『奇想の系譜展』(東京都美術館)
まさに江戸絵画の奇想オールスータズ大集合。又兵衛、山雪、若冲、蕭白、芦雪、国芳などの過去の展覧会の集大成であり、ダイジェストであり、辻惟雄氏の『奇想の系譜』に強い影響を受けた身としては夢のような企画展でした。今は目が慣れて奇想を奇想と思わなくなっているところもありますが、江戸絵画の中でいかに彼らが異質だったかをあらためて考えるいい機会になったと思います。
8位 『江戸の園芸熱』(たばこと塩の博物館)
タイトルが園芸「熱」なのがミソで、武家から庶民まで江戸時代の園芸ブームの盛り上がりぶりが浮世絵を通してとてもよく伝わってきましたし、園芸が江戸の人々の身近にあったことも分かり興味深いものがありました。美人画でもなく、役者絵でもなく、名所絵でもなく、あくまでも主役は園芸絵。これまでに見ないタイプの浮世絵も多く、美人画や名所絵だけを観て、江戸の文化や風俗を知ったつもりになっていてはダメだなとも思ったりしました。
9位 『原三溪の美術』(横浜美術館)
日本美術の展覧会を回っていると、「原三溪旧蔵」という文字を目にすることがありますが、いまは散逸し各地の美術館や個人コレクターの手に渡った「原三溪旧蔵」のコレクションが一堂に集まり、これもあれも原三溪が持っていたのかとその審美眼の確かさと趣味の良さに驚くばかりでした。三溪はコレクション公開のための美術館の建設を夢見ていたということを本展で知ったのですが、三溪生誕150年・没後80年という年に、ゆかりの深い横浜の地でこうして展覧会が開かれたこともとても意義深かったと思います。
10位 『塩田千春展 魂がふるえる』(森美術館)
アート作品を観ていて息苦しくなるとか、精神的なものに圧倒されるという経験はそうあるものではありません。塩田千春のこの展覧会は、どの作品からも命の叫びというか、魂も肉体もばらばらになるのを感じながら、制作に打ち込んできたのだろうことが強く伝わってきて、作品の前に立つたびにドーンと来るものがありました。なんだか凄いものを観た感という意味では今年一番のインパクトでした。
10位で迷ったのが埼玉県立歴史と民俗の博物館の『東国の地獄極楽』。関東を中心とした浄土宗の広がりや浄土信仰について詳しく、地味ながらもなかなか収穫の多い展覧会でした。今年も関西に遠征し、いくつか展覧会を観ましたが、京都国立博物館で観た『佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』も今後これだけまとめて佐竹本を観られるかと思うとベスト10に入れておきたかったところです。
今年は観た展覧会は少なかった分、ブログに記事にした展覧会はいずれも推しの展覧会ばかりで、つまらなかったものは一つもないのですが、ベスト10に入れられなかったものの強く印象に残った展覧会としては、『創作版画の系譜』、『へそまがり日本美術』、『国宝 一遍聖絵と時宗の名宝』、『大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋』、『学んで伝える絵画のかきかた』、『松方コレクション展』、『山口蓬春展』、『岸田劉生展』あたりでしょうか。現代アートでは『バスキア展』も楽しかったですね。展覧会とはいえないかもしれませんが、神保町の古書店で観た『奈良絵本を見る!』は観られてとても良かったと思います(第二弾に行けなかったのが残念ですが)。
記事としては書けていませんが、日本美術では『ラスト・ウキヨエ』、西洋美術では『ギュスターヴ・モロー展』や『クリムト展』、『ウィーン・モダン展』、『ルート・ブリュック展』、『メスキータ展』、『コートルード美術館展』もとても印象的でした。
残念ながら結局行けずじまいだった『顔真卿』、『ジョゼフ・コーネル展』や『世紀末ウィーンのグラフィック展』、『キスリング展』、地方で遠征できなかったのですが、『月僊展』、 『増山雪斎展』、『山元春挙展』、『驚異と怪異』あたりは観ておきたかったなと思います。
ちなみに今年アップした展覧会の記事で拙サイトへのアクセス数は以下の通りです。
1位 奇想の系譜展
2位 創作版画の系譜
3位 河鍋暁斎 その手に描けぬものなし
4位 岡上淑子 沈黙の奇蹟
5位 原三溪の美術
6位 はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ
7位 四条派のへの道 呉春を中心として
8位 桃源郷展
9位 大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋
10位 尾形光琳の燕子花図
このブログも今年でちょうど10年を迎えました。このブログの前にやっていた映画のホームページ時代から入れると、なんと20年もちまちまつまらないことを書いていたんですね。。。ちょうど切りも良いので今年でブログを一旦クローズしようと思います。どうしても記事にしたいという展覧会が出てきたり、思い出したように書き出したりするかもしれませんが、また時間が作れるようになって再オープンできる時までしばらくお休みするつもりです。10年間、こんな拙いサイトにも関わらず、足をお運びいただきありがとうございました。
【参考】
2018年 展覧会ベスト10
2017年 展覧会ベスト10
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10
日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
美術展ぴあ2020 (ぴあ MOOK)
あれよあれよという間に大晦日ですね。
今年は(も)休日に時間が十分取れなくて、展覧会に十分に回れなかったのが残念でした。仕事のこと、家族のこと、いろいろありますし、映画だって観たいし、芝居だって観たいし、本だって読みたいし、年々時間を捻出するのが難しくなるばかり。
さて、拙ブログの今年のエントリーは展覧会の感想のみで38本で、一番エントリーが多かった年の半分と言っていた昨年よりさらに少なくなってしまいました。展覧会の記事は会期が終わるまでに書こうとは思ってるのですが、結局書けずじまいものも多く…。
思うように展覧会に行けなかったのと、結構評判の良い展覧会を見逃がしていて、今年の展覧会ベスト10は全然参考にならないんじゃないかなと思います。そもそも観た分母が少ないこともあってか、ダントツでこれ!といった展覧会もそれほどなく、正直ベスト5以下はかなり迷いました。
とはいえ、今年は大好きな近世初期風俗画と、ここ数年高い関心を持っている京都画壇の作品を観る機会に恵まれ、特に近代京都画壇に連なる呉春の作品に多く触れられたのが個人的には最大の収穫でした。あまり展覧会を回ることができなかったものの、日本美術だけでなく、西洋美術や現代アート、やきものなど、自分が興味を持ったものが優先ではありますが、バランス良く観られたのがせめても救いかなと思います。
で、2019年のベスト10はこんな感じです。
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1位 『遊びの流儀 遊楽図の系譜』(サントリー美術館)
近世初期風俗画の展覧会は特に珍しくありませんが、本展がユニークだったのは、遊楽図に描かれた碁盤や双六、カルタなどが一緒に展示され、遊楽図の展開だけでなく、当時の人々の娯楽やファッションなど風俗が絵画の世界を超えてリアルに伝わってきたこと。遊楽図そのものも名品がずらりと並び、その充実感たるや今年一番だったと思います。これまで縁がなかった「松浦屏風」や「相応寺屏風」、「伝本多平八郎姿絵屏風」など近世初期風俗画の傑作に出会えたことも嬉しかったです。年末に大和文華館で観た『国宝彦根屏風と国宝松浦屏風 遊宴と雅会の美』では本展に出展されなかった「彦根屏風」を久しぶりに観ることもでき、『遊びの流儀』で若干不足していた部分も補って余りあるものがありました。近世初期風俗画ファンとしては大満足の一年でした。
2位 『円山応挙から近代京都画壇へ』(東京藝術大学大学美術館)
近代京都画壇がここ数年のマイブーム(古っw)なのですが、その中心となる円山四条派の祖・応挙と呉春から連なる近代京都画壇への流れをここまで大規模に、しかも東京で取り上げてくれたことにまず感動しました。応挙は見慣れてることもあり特段驚くことはないのですが、大乗寺障壁画の空間再現展示は見応え十分で、応挙門下や幕末から明治にかけての京都画壇が思いの外充実していて素晴らしいものがありました。円山派は円山派の、四条派は四条派のそれぞれの良さも分かり、近代になり両派が渾然一体となり京都画壇を創り上げていく様も見て取れました。
3位 『大竹伸朗 ビル景 1978-2019』(水戸芸術館現代美術ギャラリー)
『ビル景』が40年続いていることが何より驚きで、時に心象風景を具現化するように、時に体の内側から溢れる思いをぶつけるように、時に何かに取り憑かれたように、画面を縦横無尽に走る線や色や形を見てると、大竹伸朗にとって『ビル景』とは、旺盛な制作活動の中で何かに立ち返るための基点的な意味もあるんだろうなと感じたりもしました。何より500点余りという作品はどれも刺激的で、シビれるぐらいかっこよくて、ただただ圧倒されました。
4位 『岡上淑子 沈黙の奇蹟』(東京都庭園美術館)
何年も前から気になっていた岡上淑子の作品にやっと出会えた喜びというんでしょうか、その喜びが期待を超えるぐらいに衝撃的でした。とてもファッショナブルでエレガントで良い意味でクラシカル。超現実的でありながらも、どこか女性の空想や願望がイメージ化されたようなところがあり、そのシュールで洗練された不思議な世界に目を奪われました。旧朝香宮邸のクラシカルな空間も相まって、岡上淑子の魅惑的な夢物語の舞台に迷い込んだような気分になりました。
5位 『画家「呉春」 − 池田で復活(リボーン)!』(逸翁美術館)
春に『四条派のへの道 呉春を中心として』を観て、夏に『円山応挙から近代京都画壇へ』を観て、秋に『桃源郷展 − 蕪村・呉春が夢みたもの』を観て、その他にも呉春の作品を観る機会が多く、今までこんなに呉春に触れたことがあっただろうかというぐらい今年は呉春づいていました。その決定版がこの『ゴシュン展』だったと思います。展示は呉春の池田時代が中心でしたが、作品の充実度は申し分なく、相次ぐ近親者の死や、師・蕪村や池田の人々との交流も語られ、呉春がどういう思いで池田で過ごしたのかも伝わってくる構成がまた素晴らしかったです。
6位 『茶の湯の銘碗 高麗茶碗』(三井記念美術館)
今年のベスト10で、唯一記事にできていないのですが、今年いくつか観たやきものの展覧会の中では『高麗茶碗展』が一番印象に残っています。高麗茶碗の佇まいの渋さ、侘びた景色が好きなのですが、高麗茶碗と偏に言っても結構さまざまなタイプのものがあって、でもそれぞれに惹かれるものがあり、あらためて自分の好みであることを確信しましたし、高麗茶碗の奥深さに心打たれました。
7位 『奇想の系譜展』(東京都美術館)
まさに江戸絵画の奇想オールスータズ大集合。又兵衛、山雪、若冲、蕭白、芦雪、国芳などの過去の展覧会の集大成であり、ダイジェストであり、辻惟雄氏の『奇想の系譜』に強い影響を受けた身としては夢のような企画展でした。今は目が慣れて奇想を奇想と思わなくなっているところもありますが、江戸絵画の中でいかに彼らが異質だったかをあらためて考えるいい機会になったと思います。
8位 『江戸の園芸熱』(たばこと塩の博物館)
タイトルが園芸「熱」なのがミソで、武家から庶民まで江戸時代の園芸ブームの盛り上がりぶりが浮世絵を通してとてもよく伝わってきましたし、園芸が江戸の人々の身近にあったことも分かり興味深いものがありました。美人画でもなく、役者絵でもなく、名所絵でもなく、あくまでも主役は園芸絵。これまでに見ないタイプの浮世絵も多く、美人画や名所絵だけを観て、江戸の文化や風俗を知ったつもりになっていてはダメだなとも思ったりしました。
9位 『原三溪の美術』(横浜美術館)
日本美術の展覧会を回っていると、「原三溪旧蔵」という文字を目にすることがありますが、いまは散逸し各地の美術館や個人コレクターの手に渡った「原三溪旧蔵」のコレクションが一堂に集まり、これもあれも原三溪が持っていたのかとその審美眼の確かさと趣味の良さに驚くばかりでした。三溪はコレクション公開のための美術館の建設を夢見ていたということを本展で知ったのですが、三溪生誕150年・没後80年という年に、ゆかりの深い横浜の地でこうして展覧会が開かれたこともとても意義深かったと思います。
10位 『塩田千春展 魂がふるえる』(森美術館)
アート作品を観ていて息苦しくなるとか、精神的なものに圧倒されるという経験はそうあるものではありません。塩田千春のこの展覧会は、どの作品からも命の叫びというか、魂も肉体もばらばらになるのを感じながら、制作に打ち込んできたのだろうことが強く伝わってきて、作品の前に立つたびにドーンと来るものがありました。なんだか凄いものを観た感という意味では今年一番のインパクトでした。
10位で迷ったのが埼玉県立歴史と民俗の博物館の『東国の地獄極楽』。関東を中心とした浄土宗の広がりや浄土信仰について詳しく、地味ながらもなかなか収穫の多い展覧会でした。今年も関西に遠征し、いくつか展覧会を観ましたが、京都国立博物館で観た『佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』も今後これだけまとめて佐竹本を観られるかと思うとベスト10に入れておきたかったところです。
今年は観た展覧会は少なかった分、ブログに記事にした展覧会はいずれも推しの展覧会ばかりで、つまらなかったものは一つもないのですが、ベスト10に入れられなかったものの強く印象に残った展覧会としては、『創作版画の系譜』、『へそまがり日本美術』、『国宝 一遍聖絵と時宗の名宝』、『大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋』、『学んで伝える絵画のかきかた』、『松方コレクション展』、『山口蓬春展』、『岸田劉生展』あたりでしょうか。現代アートでは『バスキア展』も楽しかったですね。展覧会とはいえないかもしれませんが、神保町の古書店で観た『奈良絵本を見る!』は観られてとても良かったと思います(第二弾に行けなかったのが残念ですが)。
記事としては書けていませんが、日本美術では『ラスト・ウキヨエ』、西洋美術では『ギュスターヴ・モロー展』や『クリムト展』、『ウィーン・モダン展』、『ルート・ブリュック展』、『メスキータ展』、『コートルード美術館展』もとても印象的でした。
残念ながら結局行けずじまいだった『顔真卿』、『ジョゼフ・コーネル展』や『世紀末ウィーンのグラフィック展』、『キスリング展』、地方で遠征できなかったのですが、『月僊展』、 『増山雪斎展』、『山元春挙展』、『驚異と怪異』あたりは観ておきたかったなと思います。
ちなみに今年アップした展覧会の記事で拙サイトへのアクセス数は以下の通りです。
1位 奇想の系譜展
2位 創作版画の系譜
3位 河鍋暁斎 その手に描けぬものなし
4位 岡上淑子 沈黙の奇蹟
5位 原三溪の美術
6位 はじめての古美術鑑賞 絵画のテーマ
7位 四条派のへの道 呉春を中心として
8位 桃源郷展
9位 大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋
10位 尾形光琳の燕子花図
このブログも今年でちょうど10年を迎えました。このブログの前にやっていた映画のホームページ時代から入れると、なんと20年もちまちまつまらないことを書いていたんですね。。。ちょうど切りも良いので今年でブログを一旦クローズしようと思います。どうしても記事にしたいという展覧会が出てきたり、思い出したように書き出したりするかもしれませんが、また時間が作れるようになって再オープンできる時までしばらくお休みするつもりです。10年間、こんな拙いサイトにも関わらず、足をお運びいただきありがとうございました。
【参考】
2018年 展覧会ベスト10
2017年 展覧会ベスト10
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10
日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
美術展ぴあ2020 (ぴあ MOOK)
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