2010/12/19

十二月大歌舞伎

先日、十二月大歌舞伎を観て参りました。

今月の歌舞伎は日生劇場。
新しい歌舞伎座ができるまでは、基本的には新橋演舞場で歌舞伎を上演するという話でしたが、演舞場の都合が悪いと、こうしてあちこちの劇場にたらい回しされるという、身寄りのない子が親戚の家をあちこち行っては軒を借りるみたいで、少し寂しい気になります。

さて、今月は『摂州合邦辻』の通し。
五月の團菊祭で菊之助が主役の玉手御前を演じ、非常に評判がよかったと聞き、是非観たいと思っていた演目です。

河内の大名の後妻の玉手御前は、前妻の子で世継ぎの俊徳丸に恋していて、その思いを打ち明けるのですが、許婚のいる俊徳丸はその申し出をきっぱり断ります。しかし、俊徳丸は原因不明の病にかかり、家督を兄に譲ると言い残し、玉手から逃げるように出奔。玉手御前はまわりの意見も聞かず、俊徳丸のあとを追い、父・合邦道心の屋敷で俊徳丸と再会するが…というお話です。


要は、道ならぬ恋に何もかも捨て、誰の言葉にも耳を貸さず、相手に婚約者がいるのもかまわず、好きな男を我がものにしようと、激しく恋の焔を燃え上がらせる女の話なのです。病身の夫を気にすることもなく、玉手の暴走を止めようとする羽曳野と激しくやりあい、俊徳丸の許婚の浅香姫にも手を上げようとする。ここまでくると、最早ストーカーです。その恋の狂女を菊之助が熱演しています。真に迫る素晴らしい演技で、見ていてゾクゾクしました。我が身を捨て、恋に燃え、嫉妬に狂い、そんな女性の激情を菊之助があの年で演じられるというのはすごいと思います。

『摂州合邦辻』は普段は大詰にあたる「合邦庵室の場」だけが上演されますが、今回は通しということで、序幕で玉手御前が俊徳丸に愛を告白するところから観ることができます。「合邦庵室の場」では、俊徳丸への数々行為には実は“ある理由”があったと告白をするわけですが、「合邦庵」の一幕だけを観ていれば、確かに玉手の告白に納得し、彼女の忠義心を讃え、ああそうだったんだ感動のまま終わることもできると思います。しかし、序幕から通しで観ると、それまで恋に狂う玉手の姿を目にしているので、そう安々とは玉手の“告白”を信じるわけにもいかず、「そんな言い訳なんかして」とも思ってしまいます。確かに、玉手を恋に狂う女として描く方法と、忠義に厚い女性として描く方法と二通りの演出があるそうですが、菊之助の演技があまりにリアルだったので、玉手の言葉にも重みというか、説得力が出ていて、「果たして本当か?」と思えてしまい、最後は訳も分からぬまま、非常に複雑で、ミステリアスで、ドラマチックな狂言を観たような思いにさせられました。

玉手御前は女形でも難役の一つで、普通は、40代や50代になって演じるような大役。そんな大役を30代前半で、これだけ見事に演じてしまった菊之助ですが、彼が40代になったとき、50代になったとき、これからどんな玉手御前になっていくか、非常に期待を持たせる、そんな芝居でした。