円山応挙の弟子にして応挙の端正な作風とは対照的な奔放さが魅力の長沢芦雪。数年前に滋賀のMIHO MUSEUMで展覧会があり、そして今回名古屋で展覧会があり、なかなか東京でやってくれないものですから(本展は巡回はありません)、ここはこちらから行くしかあるまいと、奈良・京都を回った帰りに名古屋に立ち寄ってきました。
会期も長いと作品によっては展示替えで観られないものもありますが、10/24~11/5の2週間だけ、全作品(84点)が公開されているというので、遠征組としてはこのチャンスを逃す手はありません。
土曜日の朝一だったので、そこそこ人は入ってましたが、会場のスペースが広いのと、作品も比較的余裕をもって展示されているので観るのに困るようなことはなく、2時間半たっぷり堪能することができました。東京ではこうはいかないかもしれませんね。
第1章 氷中の魚:応挙門下に龍の片鱗を現す
芦雪は武家出身とされますが、その出自は不明なところもあり、どのような経緯で画工の道に進んだのか、いつ応挙の門を叩いたのかも分からないまま。そんな芦雪の、応挙に弟子入りする前とされる貴重な作品が展示されていました。「蛇図」は松に這う蛇を描いた作品で、松の質感や蛇の立体感に拙さが残りますが、蛇の不気味な動き、何より松に這う蛇を題材にするという奇矯さに芦雪らしさが早くも現れている気がします。
同じ初期作品の「関羽図」は『柳沢淇園展』で観た「関羽図」と構図や衣文線は異なるとはいえ、関羽の顔形や頭巾がそっくり。「群鶴図」は鶴澤派の鶴の造形に類似していることが指摘されていて、応挙入門前の芦雪がさまざまな画風を吸収し学んでいたことが窺えます。図録の解説では、芦雪が鶴澤派から同じ鶴澤派の石田幽汀の弟子である応挙に師を変えたとする説を紹介していました。なるほどさもありなん。
長沢芦雪 「牡丹孔雀図」
天明前期(1781-85)頃 下御霊神社蔵
天明前期(1781-85)頃 下御霊神社蔵
長沢芦雪 「楚蓮香図」
天明6年(1786)以前 個人蔵
天明6年(1786)以前 個人蔵
応挙の作品と芦雪の作品が並べて展示されている一角があり、2人の作品を見比べると、芦雪が忠実に応挙の線や形態をものにしていることが分かります。毛の一本一本丁寧に描きこんだ精悍な「虎図」の迫力、「七福神図」や「岩上猿・唐子遊図屏風」の人物表現の巧みさ。芦雪にしては珍しい風俗絵「東山名所図屏風」の人物も細かによく描けてます。もともと実力はあったのでしょうが、応挙からみっちりイロハを叩きこまれることで、さらに技術が飛躍的に伸びたのでしょう。
第2章 大海を得た魚:南紀で舟を揮う
芦雪の代表作といえば、南紀・無量寺の襖絵。もともとは応挙に依頼された仕事だったわけですが、鬼の居ぬ間ではないでしょうが、まるで縛りから解き放たれたように芦雪の自由奔放な画風が一気に開花します。
本展の一番の見ものは何といってもその無量寺の障壁画の再現展示で、方丈を模した空間に虎と龍が向かい合う姿は壮観です。やはり本来の位置・空間で観て感じられる意味は大きいし、ガラス越しでないのも嬉しいところ。芦雪のダイナミックで自在な墨戯に惚れ惚れします。それぞれ裏に描かれた「薔薇に鶏・猫図襖」も「唐子遊図襖」も実際に表・裏として観ることができて、虎の裏に描かれた猫もたまりませんが、龍の裏に描かれた唐子の遊ぶ姿がまた楽しげで素晴らしい。
長沢芦雪 「虎図襖」「龍図襖」(重要文化財)
天明6年(1786) 無量寺・串本応挙芦雪館蔵
天明6年(1786) 無量寺・串本応挙芦雪館蔵
南紀の高山寺に描き残した「朝顔に蛙図襖」は朝顔のありえないような蔓の伸び方に驚くも、どこか応挙の「藤花図屏風」の空間構成を思わせるところがあります。蔓も付立筆でしょうか。墨の滲みで巧みに表現した蛙も抜群です。同じ高山寺の「寒山拾得図」はその大雑把な風貌と荒々しい筆勢に最早応挙に怒られはしないだろうかと観てるこっちがヒヤヒヤしてくるほど。草堂寺の「群猿図屏風」は芦雪が草堂寺を去る日の朝に30分程で描き上げたと伝わる作品。特に右隻の前衛的な岩山の描写に芦雪の溜まりに溜まっていたものが爆発したような感覚さえ覚えました。
長沢芦雪 「群猿図屏風」(重要文化財)
天明7年(1787) 草堂寺蔵
天明7年(1787) 草堂寺蔵
第3章 芦雪の気質と奇質
辻惟雄氏の『奇想の系譜』でも取り上げられているように、芦雪は奇想派の一人として注目を集めていますが、若冲や蕭白の奇想とはまた少し違うというか、芦雪はどこか“演出”的なところがあるように思います。確かに着眼点のユニークさにはいつも感心するのですが、今回の展覧会を観ていると、奇抜な着想も大胆な構図も応挙に叩き込まれた基礎(とそこからの反動)の上に成り立っているということを強く感じます。円山派は多くの優れた絵師を輩出しましたが、応挙を超えるような人はなく、所詮完璧な応挙には勝てないので、芦雪はそこを個性で乗り越えていったのでしょう。
長沢芦雪 「降雪狗児図」
天明年間(1781-89) 逸翁美術館蔵
天明年間(1781-89) 逸翁美術館蔵
「降雪狗児図」は黒っぽく染めた紙に油絵風にべったりと描いた作品。芦雪は一時期こうした作品を描いていたそうで、司馬江漢の影響も指摘されていますが(図録では否定されている)、長崎派や洋風画の作品をどこかで観ていたかもしれませんし、応挙も得意とした泥絵に発想の源があるような気もします。いずれにしろ興味深いものがあります。
長沢芦雪 「薔薇蝶狗子図」
寛政後期(1794-99) 愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵
寛政後期(1794-99) 愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵
かわいい犬の絵も芦雪人気を高めている一つのポイント。犬の絵自体は応挙からの受け売りで、芦雪の新奇さを物語るものではありませんが、なぜ芦雪の犬がかわいいのか、そこはやはり芦雪の演出性、アレンジ力なのかもしれません。それにしても、応挙の幽霊を模した作品も展示されていましたが、仔犬にしても幽霊にしても、よほど応挙の方が斬新だったのではないかと思うこともあります。新しい技法もいろいろ開発したりしましたし。
長沢芦雪 「なめくじ図」
寛政後期(1794-99) 個人蔵
寛政後期(1794-99) 個人蔵
なめくじの通った跡を一筆書きで描いたユニークな「なめくじ図」。こういう観る人を愉しませるユーモア精神は芦雪本来の性分という感じがします。「牧童吹笛図」は指に墨を付けて描いた指頭画。円山派に指頭画を描いた人はいないといいますが、柳沢淇園や池大雅など文人画を観て、自分でもやってみたいと思ったのかもしれません。“円山派とはこういうものだ”ということに囚われないのも蘆雪らしい。
長沢芦雪 「牧童吹笛図」
寛政前〜中期 久昌院蔵
寛政前〜中期 久昌院蔵
第4章 充実と円熟:寛政前・中期
琳派のたらし込みも取り入れた「松竹梅図」、よーく見ると象の背中に人がたくさん乗っているというユニークな「象背中戯童図」、即興的な味わいが面白い「蹲る虎図」、一列に群れ飛ぶ鶴、一列に歩む亀、一列に並ぶ松並木が印象的な「蓬萊山図」など、印象に残った作品を挙げるとキリがありません。
長沢芦雪 「蓬莱山図」(重要美術品)
寛政6年(1794) 個人蔵
寛政6年(1794) 個人蔵
応挙が得意とした唐子を芦雪も多く描いていますが、「唐子睡眠図」はほかの唐子図とは異なり、妙に生々しいリアルさがあります。「窟上母猿図」の悲しげな母猿の姿もまるで人間の表情を彷彿とさせます。芦雪は幼い我が子を相次いで亡くしていて、この絵にはそうした思いが反映されているのではないかともいわれているようです。
長沢芦雪 「唐子睡眠図」
寛政前〜中期 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 (展示は11/5まで)
寛政前〜中期 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 (展示は11/5まで)
第5章 画境の深化:寛政後期
芦雪は応挙がこの世を去ったわずか4年後に45歳で亡くなるのですが、その死も謎に包まれていて、毒殺とも自殺ともいわれています。芦雪にはいろいろ敵が多かったなんて話もありますが、それも芦雪の才能と円山派の枠に縛られない型破りな性格故なのかもしれません。
長沢芦雪 「月夜山水図」(重要美術品)
寛政後期(1794〜1799)頃 頴川美術館蔵
寛政後期(1794〜1799)頃 頴川美術館蔵
「月夜山水図」は昨年松濤美術館の『頴川美術館の名品』で拝見し、こういう芦雪もあるのだと深く感動した作品。自然遠近法を取り入れた構図はどこか近代日本画のよう。墨の滲みを活かした表現もしっとりと抒情的です。
長沢芦雪 「方寸五百羅漢図」
寛政10年(1798) 個人蔵
寛政10年(1798) 個人蔵
「方寸五百羅漢図」は2010年に82年ぶりに発見され話題になった作品。約3センチ四方の紙に五百はいようかという羅漢がびっしりと描かれています。2015年に森美術館で開催された『村上隆の五百羅漢図展』で公開されたときにも拝見しましたが、拡大鏡がないと分からないような細かさ。
「白象黒牛図屏風」はプライスコレクションの有名な芦雪作品。人を驚かす、楽しませる、感心させるという芦雪らしさの極致にあるような作品だと思います。この作品は過去にも何度か観ていますが、今回あらためて観てみると、一見斬新な構図のように見えて、白と黒、静と動、大と小といった対称から尻尾の呼応に至るまで、実は隅々まで計算されていることが分かりますし、象の首回りの皺や牛の肌のグラデーションなど、大変優れた表現がされていることに気づきます。
長沢芦雪 「白象黒牛図屏風」
寛政後期(1794〜1799)頃 エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵
寛政後期(1794〜1799)頃 エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵
初期から晩年まで通しで観ると画風も変化してるし、さまざまな技法に挑んだり、いろいろ進化しているけど、仔犬の愛らしさは一貫して変わらないのが面白いですね。奇想の絵師というけれど、人を楽しませるウィットや、動物や子供に向けた眼差しからは何となく芦雪の優しい人柄も伝わってくるようです。本展はとても充実した内容で、間違いなく今年トップクラスの素晴らしさでした。
【長沢芦雪展 京のエンターテイナー】
2017年11月19日(日)まで
愛知県美術館にて
もっと知りたい長沢蘆雪 (アート・ビギナーズ・コレクション)
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