2017/03/22

長崎版画と異国の面影

板橋区立美術館で開催中の『長崎版画と異国の面影』を観てまいりました。

18世紀中頃から幕末にかけて、長崎で主に土産物として人気だったという長崎版画と、長崎の絵師による肉筆の洋風画の展覧会です。

鎖国の江戸時代に唯一外国との窓口になった長崎。長崎(和)とオランダ(蘭)と中国(華)のそれぞれのカラーが混ざり合った異国情緒あふれる文化を「和華蘭(わからん)文化」と呼ぶように、長崎では他のどこにもない独自の文化が育まれてきました。

それは絵画でも同じで、個人的に好きな南蘋派のことを調べてると、“長崎派”という外国の影響を受けた長崎特有の絵画文化に行き着くのですが、その長崎派の流れの中で江戸後期に登場するのが今回取り上げられている長崎絵(長崎版画)なのです。

会場は第一会場に長崎版画、第二会場に主に洋風の肉筆画が展示されています。描かれてるものはオランダ人や中国人だったり、その生活だったり、異国の帆船だったり、異国趣味に溢れたものばかり。新鮮な驚きに満ちた展覧会でした。


会場の構成は以下のとおりです:
1.長崎版画のはじまり
2.長崎を行きかう異国船
3.実見と想像の異国人像
4.出島の暮らし 唐人屋敷の暮らし
5.限られた彩色の長崎版画
6.長崎の名所絵
7.長崎の絵師たち
8.オランダ人の饗宴
9.商館長ブロンホフと家族

文錦堂版「阿蘭陀人」
18-19世紀(江戸時代) 長崎歴史文化博物館蔵

最初は中国人が使うお札や正月に飾られる年画を長崎の職人が作るようになり、長崎版画もその中で誕生したとされています。初期の長崎版画は中国の蘇州版画の影響が色濃く、それは画題や構図といった見た目的なところだけでなく、技術面にも及んでいます。恐らく最初は中国人の版画職人に学んだのでしょうか、蘇州版画が西洋の銅版画の影響を受けていることから、長崎版画にも例えば衣服や靴、脚の陰影を斜線で表現するなど銅版画の手法が用いられてたりします。昨年展覧会が開催され話題になった秋田蘭画も同じ蘇州版画を源泉の一つとしていますが、秋田蘭画とはまた違う発展を遂げたのが面白いですね。

18世紀中頃というと、江戸では多色摺木版画が発展し、錦絵が登場するころ。しかし、初期の長崎版画は墨摺りと手彩色の簡素なものが多く、1800年頃から合羽摺が用いられるようになりますが、浮世絵版画の高度な摺りの技術は遠い長崎にはまだ伝わっていなかったようです。

合羽摺とは木版と違い、図様を描いた型紙を切り抜き、上から刷毛で色を付ける彩色法で、蘇州版画や大津絵、上方の版画などでも使われていたといいます。ときどき色面がズレているところがあって、その素朴な味わいがまたいい。

縄屋版「阿蘭陀船図」
18-19世紀(江戸時代) 長崎歴史文化博物館蔵

大和屋版 「阿蘭陀船入津ノ図」
19世紀(江戸時代) 長崎歴史文化博物館蔵

長崎といえど、オランダ人は出島の中、中国人は唐人屋敷にいて、異国人の生活は滅多に見ることはできなかったので、異国人を描いた作品は見聞きした情報をもとに想像で描いて部分も多かったようです。 テーブルの上のフォークとナイフが鋤とサバイバルナイフのようだったり、妙ちくりんな外科手術の様子が描かれていたり、おかしな描写も少なくありません。

長崎版画は異国人の姿や風俗だけでなく、長崎に来航する帆船を描いた作品も人気があったみたいです。また、海外から幕府へ献上されるゾウやラクダなどを観る機会も多かったようで、当時としては珍しい異国の動物を描いた作品なんかもありました。

大和屋版「長崎八景 立山秋月」
19世紀(江戸時代) 神戸市立博物館蔵

江戸の人気浮世絵師・渓斎英泉の門人だった長崎出身の磯野文斎が長崎に戻った頃から、長崎版画のレベルも急に上がり、美人画や風景画といった江戸仕込みの作品だけでなく、多色摺の技術も広がります。「長崎八景」はそれまでの長崎版画とは違って異国趣味的な作品とは違う浮世絵風の名所絵で、長崎を客観的に見つめた文斎ならではの作品と解説されれていました。

幕末になってくると、長崎版画にも時事ネタ的な作品が増えてきます。イギリス人やロシア人が登場したり、蒸気船が描かれたり、貿易の独占を解かれたオランダ人を揶揄する絵もあったりしました。

川原慶賀 「長崎蘭館饗宴図」
19世紀(江戸時代) 個人蔵

肉筆の洋風画も点数が多く、とても興味深いものがありました。これまで知っている江戸時代の洋風画というと、秋田蘭画であったり、司馬江漢や亜欧堂田善であったりしますが、長崎の洋風画はまた独特というか、見知ってる江戸絵画と趣きを大きく異にするのに驚きます。オランダや中国を通して西洋絵画を観る機会にも恵まれていたのか、和洋折衷的とか、油彩画を独学で研究しました的なものとは異なるアプローチを感じます。オランダ風俗画を思わせる作品があったり、たとえば荒木如元の「蘭人鷹狩図」は近景から遠景にかけて狩りをする人々がブリューゲルを彷彿とさせます。

ほかにも英泉の門人・磯野文斎や、出島や唐人屋敷に出入りして唐物目利(舶来画等の鑑定)をしていたという石崎融思の肉筆画も印象的でした。皐錦春の「洋人散歩図」は構図が秋田蘭画を思わせ、蘇州版画に似た作品があるのか、秋田版画を参考にしたのか、気になるところです。

その中で一番インパクトがあったのが、実は長崎版画の版元・文錦堂の2代目店主という谷鵬紫溟の「唐蘭風俗図屏風」。右隻に中国人とその風俗、左隻にオランダ人とその風俗が描かれていて、執拗な描き込みもあれば、バランスの悪さもあり、巧いんだか下手なんだか分からないところがあるのですが、凄く面白い。蝶番も手書きしていたりします。左隻の遠景のオランダの家並みは何か西洋画を参考にしてるのでしょうか。江戸時代の洋風画でこういう描写は初めて観た気がします。
 
谷鵬紫溟 「唐蘭風俗図屏風」
19世紀(江戸時代) 福岡市博物館蔵

江戸から遠く離れているだけで、こんなに独自の絵画が発展していたというのも驚きですし、江戸絵画も随分いろいろ観ている気がしますが、観たことのない作品ばかりで衝撃的でした。ちょっと異色の江戸絵画が好きな人や洋風画に興味がある人には好奇心をくすぐるのに十分の展覧会だと思います。


【江戸に長崎がやってきた! 長崎版画と異国の面影】
2017年3月26日(日)まで
板橋区美術館にて

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