2016/04/16

安田靫彦展

東京国立近代美術館で開催中の『安田靫彦展』を観てまいりました。

東京国立近代美術館では40年ぶりという安田靫彦の大回顧展です。出品数は108点(展示替え含む)。下絵などはなく本画のみで、その量もスゴイのですが、これまで本人や遺族の意向で公開されなかった作品も多く出ているそうで、非常に充実した内容になってます。

安田靫彦というと大正、昭和に活躍をした日本画の大家。その代表作はこれまでも近代日本画の展覧会や、トーハクや東近美の常設展などでも観てたりしますが、取り立てて好きな画家というわけでもなく、いまひとつその良さが分かりませんでした。だから正直観に行くのもどうしようかと思ってましたが、今回こうして安田靫彦のさまざまな作品を観て、いろいろと発見もありましたし、かなり印象が変わりました。


第1章 「歴史画に時代性をあたえ、更に近代感覚を盛ることは難事である」 1899-1923

構成は時代ごとに分けられていて、その章題は安田靫彦の言葉から取られています。

最初の章では10代の頃の作品(早いもので15歳)が複数出品されていて、しかも大きなサイズだったり、どれもメチャクチャ完成度が高い。10代にしてこれだけ確かな線描と安定した構図を物にしていることに驚きます。聞けば14歳で歴史画の小堀鞆音に入門するも、そこでは物足らず2年で門を離れ、紫紅会を結成したり、岡倉天心の指導を受けたり、早い時期から才能を開花させていたようです。

安田靫彦 「守屋大連」
明治41年(1908) 愛媛県美術館蔵

10代の頃は、なるほど小堀鞆音の武者絵を思わせるところがありますが、紫紅会や天心の影響なのか、20代に入った頃には写実的な傾向が強くなったりもします。20代後半になると、後年の作品を思わす明快でしなやかな線や澄んだ色彩、余白を活かしたシンプルな構図が現れますが、まだそれ程こだわりはないのか、ときどき御舟の群青中毒みたいな作品があったりと、いろいろ試行錯誤していたことも分かります。

安田靫彦 「五合庵の春」
大正9年(1920) 東京国立博物館蔵 (展示は4/17まで)


第2章 「えらい前人の仕事には、芸術の生命を支配する法則が示されている」 1924-1939

ここでは大正末から戦争が始まるまでの作品を展示。線はより細く美しく整い、色彩も淡白で穏やかになり、靫彦のスタイルが確立していきます。古典や有職故実に拠った作品はそれまでも多かったのですが、より物語性が強くなったというか、豊かなイメージを与えてくれるようになります。

安田靫彦 「日食」
大正14年(1925) 東京国立近代美術館蔵

代表作も多く並んでいて、この時期の充実した活動が見て取れます。日食に恐れおののく王と王妃を描いた「日食」は細い輪郭線で描きつつも、墨を淡くぼかし、どこか夢幻的な効果を出しています。鬼になる前の風神と雷神を描いたという「風神雷神図」は子どものような無邪気な姿が印象的。鉄線描を実践したということですが、線はどちらかというとしっかりしていて、写真では分かりませんが、明るく柔らかな色味がとてもきれい。

安田靫彦 「風神雷神図」
昭和4年(1929) 遠山記念館蔵

安田靫彦 「孫子勒姫兵」
昭和13年(1938) 霊友会妙一コレクション蔵

ほかにも、孫氏が呉王の命で後宮の女性たちに兵術の訓練をする場面を描く「孫子勒姫兵」や、田能村竹田、頼山陽、青木木米が川床でくつろぐ「鴨川夜情」、良寛の長歌をもとにウサギ・サル・キツネと老人を描いた絵巻「月の兎」など、どれもなかなか見どころの多い作品が並びます。

安田靫彦 「菖蒲」
昭和6年(1931) 京都国立近代美術館蔵

歴史画に交じって、女性を描いた作品や草花を描いた作品などもあって、それがまた割と良かったりするのは新しい発見でした。靫彦の歴史画はいろいろ観たこともありますし、出品数としても一番多いのですが、美人画や静物画、歌仙絵など意外と幅広く、実は多彩な作品を残していることを初めて知りました。

安田靫彦 「花づと」
昭和12年(1937) 個人蔵


第3章 「昭和聖代を表象するに足るべき芸術を培ふ事を忘れてはならない」 1940-1945

時局柄、その作品は武士や不動明王など戦をイメージさせる作品が中心になります。歌舞伎座に行くといつもロビーに飾られている「神武天皇日向御進発」が展示されていたのですが、考えてみるとこれも皇紀2600年の時代の背景の中で描かれた作品なんですね。

安田靫彦 「黄瀬川陣」(重要文化財)
昭和15/16年(1940/41) 東京国立近代美術館蔵

とはいえ、この頃は既に細くしなやかな線描や無駄のない簡潔な構図が確立されていて、義経と頼朝という命運を分ける二人を描いた「黄瀬川陣」や勇ましく凛々しい姿が印象的な「源氏挙兵 (頼朝)」など、技術的にも成熟した作品が並びます。海軍省からの依頼で制作したという「山本五十六元帥像」も戦時下ならではの傑作。写生の機会を得る前に山本五十六が戦死してしまったため写真をもとに描いたといい、背景も含め、かなり綿密に描きこまれています。

安田靫彦 「源氏挙兵(頼朝)」
昭和16年(1941) 京都国立近代美術館蔵


第4章 「品位は芸術の生命である」 1946-1978

戦後の日本画は様相を一変しますが、靫彦は批判にさらされようと動じることなく歴史画を描き続けます。当然、確固たる信念や自信があってのことでしょうが、その姿は逆に潔く感じます。

安田靫彦 「王昭君」
昭和22年(1947) 足立美術館蔵 (展示は4/17まで)

安田靫彦 「卑弥呼」
昭和43年(1968) 滋賀県立近代美術館蔵

「王昭君」や「卑弥呼」といった戦後を代表する作品をはじめ、ここでも肖像画や静物、仏画、源氏絵、琳派的な作品など幅広く、非常に面白い。情動を抑えたというか、あからさまに表情を描かない作品が多い中、横山大観の肖像は何ともいえない情感に溢れていて秀逸です。

安田靫彦 「大観先生」
昭和34年(1959) 東京国立近代美術館蔵

織田信長を描いた「出陣の舞」は山種美術館でも観ていますが、同じ時期に森蘭丸を描いた作品もあるのですね。本展では並んで展示されています。あと、山種で以前観たのとたぶん違う作品かなと思うのですが、金屏風に万葉集の歌を書いただけの作品がまたいいんですね。すごく能筆で、非常に美しい。

安田靫彦 「出陣の舞」
昭和45年(1986) 山種美術館蔵

安田靫彦は94歳で大往生を遂げますが、本展の最後の作品は91歳のもので、それがまた腕が全く衰えることなく、最晩年まで非常にイメージ豊かな作品を制作し続けていたことには驚きました。時代を追って観ていくと線質や表現をいろいろ試していたりもしていましたが、画風が大きくブレることはなく、どれも卒がないというか隙がないというか澱みがないというか、抜群の安定感があります。安田靫彦に苦手意識のあった人はきっと印象が変わると思いますよ。


【安田靫彦展】
2016年5月15日(日)まで
東京国立近代美術館にて


安田靫彦 (新潮日本美術文庫)安田靫彦 (新潮日本美術文庫)

3 件のコメント:

  1. 「花づと」が今回見られてラッキーでした。1930年代が絶頂期でしょうか。(向かい側の「挿花」は館像とか)線を見ていてこんなにワクワクする画家が他にいたかという感じです。色彩が地味な「風神雷神」の魅力は写真で伝わりません。「王昭君」が見られなかったのは残念。行き届いたご紹介,大変参考になります。これからは行く前に拝見するつもりです。

    返信削除
    返信
    1. maharaoさん
      コメントありがとうございます。よく見る歴史画以外にも魅力的な作品があって、安田靫彦の印象がすごく変わりました。良い展覧会でしたね。拙い感想ですが、参考になれば幸いです。

      削除