2016/03/21

カラヴァッジョ展

国立西洋美術館で開催中の『カラヴァッジョ展』を観てまいりました。

今年の西洋画の展覧会では最大の目玉と言っていいでしょう。カラヴァッジョは38年の生涯の中で約100点の作品を描き、うち現存するのは60点強といわれています。本展ではその内の11点の真筆が来日。数年前ローマで開かれ、連日大行列ができたというカラヴァッジョ展は23点が集まっていたので、さすがにそこまで及びませんが、日本でのカラヴァッジョ展の出品数としては過去最多、世界でも有数の規模だといいます。

15年前のカラヴァッジョ展も興奮しましたが、今回はその倍の数が来てるのですから、もう鼻血ものです。遠い日本にここまでの数が集まるのは正に奇跡。よくこれだけの出品を取り付けてくれたと感謝でいっぱいです。

会場は、いくつかのテーマに分けられ、それぞれにカラヴァッジョ作品1~2点とカラヴァジェスキ(追随者)の作品が並ぶという構成になっています。ところどころカラヴァッジョの人となり(悪い方の)を示す警察の取り調べの記録や裁判の証言資料も紹介されていて、これがまた凄く面白い。絵もドラマティックだけど人生もドラマティック。


Ⅰ 風俗画:占い、酒場、音楽

まずは風俗画から。カラヴァッジョの「女占い師」は比較的初期の作品。占い師が手相を見ると見せかけて指輪を抜き取ろうとしています。カラヴァッジョには同じような詐欺を題材にした作品に「トランプ詐欺師」(本展未出品)がありますが、当時のローマは治安がかなり悪かったようです。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「女占い師」
1597年 カピトリーノ絵画館蔵

写実性の高さでは同じ画題を描いたカラヴァジェスキのシモン・ヴーエやジュゼペ・デ・リベーラ(ホセ・デ・リベラ)の方が上という気がしますが、カラヴァッジョは敢えてこういう寓話的な描き方をしてるんでしょうし、背景の明るさに合わせた色遣いといい、計算し尽くされているという感じを受けます。

ジュゼペ・デ・リベーラ 「聖ペトロの否認」
1615-16年頃 コルシーニ宮国立古典美術館蔵


Ⅱ 風俗画:五感

ここではカラヴァッジョの「トカゲに噛まれる少年」と「ナルキッソス」。泣いた顔は怒った顔より描くのが難しいとミケランジェロが言い出したとかいう話があって、トカゲに噛まれるとかカニに指を挟まれるとか、今見るとちょっとおかしな題材の作品があったようです。ちなみに「トカゲに噛まれる少年」はロベルト・ロンギ財団所蔵の本作とロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵のものと2作あり、本作の方はカラヴァッジョ作とするのに異論もあるみたい。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「トカゲに噛まれる少年」
1596-97年 ロベルト・ロンギ美術史財団蔵

自分の美貌に恋をしてしまうというギリシャ神話を描いた「ナルキッソス」。肩のあたりから腕にかけて当たる光の表現が素晴らしい。神話の世界を描いても、カラヴァッジョの作品はそれまでのルネサンスの理想主義的な絵画とはまるで異なります。写実性の高さもさることながら、ルネサンス様式を否定したような、どこか現代的な感覚が当時は斬新だったんだろうなと感じます。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「ナルキッソス」
1599年頃 バルベリーニ宮国立古典美術館蔵


Ⅲ 静物

これも代表作のひとつ「果物籠を持つ少年」。わたしがカラヴァッジョの興味を持ったきっかけはデレク・ジャーマン監督の映画『カラヴァッジョ』だったのですが、カラヴァッジョの作品を模したシーンがいくつもあって、その中に登場する一つがこの絵でした。よく見ると果物がクリアーに描かれているのに対し、人物は紗がかかったように少しうっすらとしてるんですね。古代ギリシャの画家が描いた果物があまりに写実的だったので鳥がついばもうとしたが、果物籠を持つ少年がもっと上手に描けていたら、鳥も逃げただろうという逸話に基づくものなのだとか。

[写真左] ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「果物籠を持つ少年」
1593-94年 ボルゲーゼ美術館蔵
[写真右] デレク・ジャーマン監督『カラヴァッジョ』に登場する同作品

ここでもはもう一点、酒と陶酔の神を描いた「バッカス」。これもカラヴァッジョに比較的多い半身像。神というより、非常に人間的に描かれているのが面白いですし、まだあどけなさが残る顔に対し、肩から腕にかけての筋肉とのアンバランスさが印象的。グラスを左手に持っていることから、カラヴァッジョが鏡に映る自分をモデルに描いたのではないかと言われてるそうです。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「バッカス」
1597-98年頃 ウフィツィ美術館蔵


Ⅳ 肖像

マッフェオ・バルベリーニは後のローマ教皇で、カラヴァッジョは彼の若い頃の肖像を描いています。注文を受けて描いた肖像画だからなのか、少し生硬な感じがありますし、素人目ですが、同時期の作品に比べて雰囲気もどこか違う気もします。でもこれも真筆。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「マッフェオ・バルベリーニの肖像」
1596年頃 個人蔵

オッタヴィオ・レオーニが描いたカラヴァッジョの有名な肖像画の模作があって、上手いか下手かは別として、自身をモデルに描いたという説もある「バッカス」や「トカゲに噛まれる少年」の顔と差が激しすぎだし、人相悪すぎ(笑)

作者不詳 「カラヴァッジョの肖像」
1617年頃 サン・ルカ国立アカデミー蔵


Ⅴ 光

ああ、カラヴァッジョだなと思う一つのポイントは光の使い方で、よくいわれる強い明暗対比や劇的な効果ももちろんですが、ラ・トゥールやレンブラントといった後世の画家に比べても、意図的な光というか、舞台の上の役者にスポットライトを当てるような演出的な作為性を感じます。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「エマオの晩餐」
1606年 ブレラ絵画館蔵

「エマオの晩餐」は息を飲む素晴らしさ。弟子の前に現れた復活したキリストを描いた作品で、殺人を犯し逃亡していたカラヴァッジョが潜伏先で描いたのだそうです。身を潜めている中で絵を描くという感覚も驚くのですが、そんな落ち着かない状況で、こんな迫真的な傑作を描けてしまうのだから、やっぱり天才なんだと思います。

オラツィオ・ジェンティレスキ 「スピネットを弾く聖カエキリア」
1618-21年 ウンブリア国立美術館蔵


さすがカラヴァジェスキも光の表現は見事で、中にはあざといぐらい明暗が強調されてる作品もありますが、落ち着いたトーンの色彩と柔らかな光が素晴らしいオラツィオ・ジェンティレスキや卓越した火の表現を見せるラ・トゥールなど見どころも多い。


Ⅵ 斬首

これまたインパクト大の「メドゥーサ」。カンヴァスを丸い盾に貼りつけたもので、蠢く蛇といい、吹き出す血といい、恐ろしい形相といい、見た目以上に生々しい作品。斬り首はカラヴァッジョ自身の風貌を反映しているのではないかという話もあるとか。全く同じ構図の作品がウフィツィ美術館にもあり、本作はそれより早い作ではないかといわれているそうです。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「メドゥーサ」
1597-08年 個人蔵

グエルチーノやヴーエの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」、マンフレーディの「ユディトと侍女」など、カラヴァッジョも描いた同じ画題の作品が並びます。ギリシャ神話にしても旧約聖書にしても物語のクライマックスの場面なのでさすがにどれも劇的。ヴーエの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」はゴリアテの首を斬り落とし、まだ興奮を抑えきれない表情がすごい。


Ⅶ 聖母と聖人の新たな図像

ここまで来るのに相当感動をしてるというのに、最後の章はもう涙もの、興奮のるつぼです。

最初に目に飛び込んでくるのがカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」。ヨハネというより見るからに美少年で、若々しい肢体はエロスさえ感じます。それまでの伝統的な表現を一新してるというか、すごく現代的で、これが400年も前のバロックの作品なんですから驚きます。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「洗礼者聖ヨハネ」
1602年 コルシーニ宮国立古典美術館蔵

最近の研究でカラヴァッジョの真筆と認定されてから初めての公開と話題なのが「法悦のマグダラのマリア」。15年前のカラヴァッジョ展に来日してた同題の作品とは別バージョンらしい。カラヴァッジョが亡くなったときに持っていた荷物の中に含まれていた作品の一つだといわれます。マグダラのマリアは法悦、いわゆる宗教的な陶酔状態にあるわけですが、目に浮かぶ涙は喜びというより深い悲しみを感じさせ、わずかに開いた唇や肌蹴た肩や胸元はどこか官能的ですらあります。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「法悦のマグダラのマリア」
1606年 個人蔵

バロックで個人的に大好きな画家の一人、アルテミジア・ジェンティレスキの「悔悛のマグダラのマリア」もあって、これまたカラヴァッジョ以上に大胆な図像が素晴らしく、とても刺激的です。ただ、アルテミジアの作とするには異論があるのか、所蔵先のローマの美術館ではグイド・カニャッチに帰属と紹介されています(イタリアで2008年に開かれた『グイド・カニャッチ展』でもカニャッチ作品として出品)。閉館時間になってしまって図録を買えなかったので図録に書かれてるか知りませんが、なぜアルテミジア説を採用したのか、せめて会場の作品解説で説明してほしかったですね。

アルテミジア・ジェンティレスキ? 「悔悛のマグダラのマリア」
1640年代中頃~50年代初頭 バルベリーニ宮国立古典美術館蔵

会場の最後に飾られているのが2つの「エッケ・ホモ」。マッシミ枢機卿がカラヴァッジョに描かせるも、その出来に満足せず、フィレンツェ派のチゴリに依頼したといういわくつきの作品です。2つの作品が並んで観られるというのも感慨深いものがありますが、こうして並べて観るとカラヴァッジョがダメでチゴリがOKだった理由が、単に個人的な好みの問題なのか、カラヴァッジョが新しすぎたのか、などと考えてしまいます。チゴリの作品に比べてカラヴァッジョの作品は写実的にも徹底していて、キリストの肉体もより生々しく感じられます。キリストの達観したような安らかな表情、恐らく鞭打たれて傷ついた背中にそっと衣を懸けようとする男の労わり。内なる感情の表現も秀逸です。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ 「エッケ・ホモ」
1605年 ストラーダ・ヌオーヴァ美術館ビアンコ宮蔵

チゴリ(ルドヴィコ・カルディ) 「エッケ・ホモ」
1607年 ピッティ宮パラティーナ美術館蔵


カラヴァッジョに期待するものを十分堪能でき非常に満足度の高い展覧会でした。日曜の16時少し前に入ったのですが、思ったより空いていて比較的余裕で観られました。15年前のカラヴァッジョ展のことを考えると、大混雑必至の展覧会なので、ゆっくり観られる内に行った方がいいですよ。


【日伊国交樹立150周年記念 カラヴァッジョ展】
2016年6月12日(日)まで
国立西洋美術館にて


もっと知りたいカラヴァッジョ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいカラヴァッジョ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)


西洋絵画の巨匠 カラヴァッジョ西洋絵画の巨匠 カラヴァッジョ

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