伊豆の長八(入江長八)は幕末から明治前期にかけて活躍した伊豆・松崎出身の左官職人。漆喰を鏝波なく平らに仕上げるのが左官の腕だと言われていた時代に、漆喰壁に鏝を使った浮彫と彩色を施した“鏝絵(こてえ)”でその名を知らしめます。
本展には、地元・松崎の伊豆の長八美術館の所蔵作品を中心に、静岡県内や都内近郊の寺院・個人宅に伝わる貴重な長八の鏝絵や漆喰細工など約50点が出品。東京では初めての伊豆長八の展覧会なのだそうです。
会場は決して広いとはいえませんが、狭いスペースにビッシリ長八の作品が並んでいます。通路も狭く、混んでくると作品にぶつかる危険もあるので、かばんやリュックはできるだけロッカーに預けておいた方がいいでしょう。ロッカーは100円で、お金は利用後に戻ってきます。
会場は、≪塗額≫、≪塑像≫、≪掛軸≫、≪ランプ掛け≫、≪建築装飾≫、≪特殊作品≫というようにそれぞれカテゴリーごとに展示されています。
入江長八 「富嶽」
明治10年(1877) 松崎町蔵(伊豆の長八美術館保管)
明治10年(1877) 松崎町蔵(伊豆の長八美術館保管)
“塗額”とは鏝絵を額に収めた云わば鑑賞作品。やはり実物は写真で見た印象と全然違って、立体的であるのはもちろんですが、まるで筆で絵を描いたものが浮き上がってくるような立体感があります。鏝の加減というのでしょうか、筆さばきもとい鏝さばきがとても微細で、写実的な花の表現や細密な木目の造形など、その丁寧さ、細やかさは目を見張ります。中には額まで漆喰で作っていたり、落款を鏝で細工したものもあったりしました。「清水次郎長肖像」のいかにも親分といったスケール感、迫力には驚きます。
地元伊豆ならではの富士山を描いたものや、山水図、また神仏や歴史上の人物を題材にしたものが多いようです。だいたい横50~70cmぐらいのものが中心ですが、「富嶽」は横140cm近くあり、塗額の中では最大級の作品だといいます。
入江長八 「近江のお兼」
明治9年(1876) 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)
明治9年(1876) 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)
鏝絵だけでも素晴らしいのに、塑像や日本画も実にクオリティが高い。メインヴィジュアルにもなっている「上総屋万次郎像」の人間味あふれる表情や、「神功皇后像」や「依田直吉像」の着物の細密な文様などの巧みなことといったら。日本画も狩野派の絵師・喜多武清から学んだというだけあり、そのレベルの高さに驚きます。
入江長八 「神功皇后像」
明治9年(1876) 松崎・伊那下神社蔵
明治9年(1876) 松崎・伊那下神社蔵
ほかにも、表装まですべて漆喰で表現した塗り掛軸や、夜見たらさぞ怖かっただろうと思うような龍のランプ掛けなどが展示されています。
建築装飾では江戸にも多くの作品を残したそうですが、震災や戦災で残っているものは少ないといいます。60代で手掛けた旧岩科村役場の「小壁に竹と雀」は土壁に雀だけ白く彩色し、シンプルながらも風情があります。
入江長八 「ランプ掛けの龍」
明治8年(1875) 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)
明治8年(1875) 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)
左官職人の腕を超越したような高い芸術性。この写実性、迫真性、繊細さ、これは百聞は一見に如かずです。こんなに素晴らしい展示がたったの100円で観られるなんて。これで採算が取れるのでしょうか。。。
会場の入口には漆喰の作り方や鏝絵の描き方、長八の弟子・中西祐道の鏝などが展示されていて、鑑賞の参考になります。
【生誕200年記念 伊豆の長八 -幕末・明治の空前絶後の鏝絵師】
2015年10月18日まで
武蔵野市立美術館にて
伊豆の長八: 幕末・明治の空前絶後の鏝絵師
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