2014/04/20

松林桂月展

練馬区立美術館で開催中の『松林桂月展』に行ってきました。

本展は明治から大正、昭和と活躍した日本画家・松林桂月の没後50年を記念した展覧会。昨年、山口県立美術館、田原市博物館で開かれた展覧会の巡回展になります。

以前、東京国立近代美術館の常設展で目にした「春宵花影図」の素晴らしさに衝撃を受けて以来、桂月はどうしても観たかった画家の一人。大正・昭和の日本画にありがちな近代性に染まらず水墨画を極めた稀有な存在です。

本展は、初公開を含む大作、名品、詩書画など約100点を展示(期間中、一部入れ替えあり)。30年ぶりの回顧展なのだそうです。個人蔵の作品も多く、また代表作が揃い、なかなか見応えのある展覧会でした。


第1章 若き日の桂月 -師・野口幽谷と妻・雪貞- 

日本画家としての頭角を現す明治後期から大正初期にかけての作品を展示。師の野口幽谷や妻で同門の日本画家・松林雪貞の作品も併せて紹介しています。幽谷は椿椿山の弟子で、渡辺華山(椿山は華山の弟子)に傾倒していたこともあり、桂月は花鳥画、南画に才能を示します。

半年かけ3度も描き直したという初期の代表作「怒涛健鵰」、華山の影響を感じさせる強い線描の「桃花双鶴」、四幅の文人画「四季山水」、緑青で表現した山水画「夏木垂陰」あたりが見どころでしょうか。「怒涛健鵰」なんて、若干21歳の作品ですよ。試行錯誤し、師・幽谷の手助けも断ったといいますが、力強い筆遣いに桂月の並外れた技量と強いこだわりが伝わってきます。

松林桂月 「怒涛健鵰」
明治30年(1897年) 個人蔵

妻・雪貞の花鳥画もなかなかの腕前。特に花を描いた作品など描写が実に丁寧で繊細で、華麗というだけでなく、ハッとするような美しさがあります。桂月と雪貞の合作も何点か展示されていました。


第2章 桂月芸術の最高潮 -大正期から戦前まで- 

画風が確立され、充実した作品を発表し続けた大正から戦前までを紹介。水墨画、南画、花鳥画、また詩書画などの力作、意欲作が並びます。

松林桂月 「仙峡聴泉」
昭和4年(1929年) 山口県立美術館 (展示は5/11まで)

「仙峡聴泉」は桂月の山水図のスタイルを決定づけたという大作。力漲る密度の濃い筆つきが見事です。そのほか、大型の掛軸四幅にダイナミックに描いた「四季山水」、木々や藤が絡み合うような濃厚な味わいの「潭上余春」、詩書画にも才能を発揮した「十声詩意」など水墨の優品が並びます。

松林桂月 「秋園」
昭和13年(1938年) 宇部市蔵 (展示は5/11まで)

着色花鳥画の代表作「秋園」は、たらし込みを活かした幹の風合いや紅葉のグラデーションが素晴らしく、琳派風の華やかさの中にも格調の高さを感じます。輪郭線の内側に色を付けた竹と輪郭線を用いず描いた山葡萄の葉の対照が美しい「秋渓山雉」も印象的。

松林桂月 「春宵花影」
昭和14年(1939年) 東京国立近代美術館 (展示は5/11まで)

本展の一押しは、やはり「春宵花影」。朧月夜のほのかな光に照らされた桜の美しさに息を呑みます。ただ美しいだけでなく、どこか幻想的で、何か奥深いものを感じます。優れた写実性を持ちながら、抒情性に富んだ桂月の水墨技術の到達点にして、近代日本画の傑作です。


第3章 孤高の境地 -戦後の桂月- 

戦後の作品には、画面全体からビシビシ伝わってくる水墨画への漲る思いや突き詰めた技巧は少し落ち着いたように見えます。どちらかというと、極めた感というか、達観した感じというか。繰り返し描いたという故郷・萩の長門峡の絵も、大正時代に描いたものと戦後で描いたものでは、伝わってくるものが違います。

松林桂月 「雨後」
昭和30年(1955年) 個人蔵 (展示は5/11まで)

松林桂月 「夜雨」
昭和37年(1962年) 個人蔵

戦後の作品では「雨後」が秀逸。墨の繊細で巧みな筆さばきが素晴らしい。葡萄の一部に胡粉が使われ、微妙な光の加減を表現しています。たなびく霧を墨の溌墨だけで表した「夜雨」、朧月に浮かぶ竹林を描いた「竹林幽愁」も見事。

松林桂月 「香橙」
昭和中期 萩博物館蔵 (展示は5/11まで)

印象的だったのが最晩年の大作「香橙」。墨で濃淡をつけながらも、地の薄い橙色と相俟って全体的に落ち着いた趣の屏風絵です。幹はたらし込みを用い、また橙色の橙と白い花が橙の香りのような清楚な空気感を醸し出しています。最後には絶筆の「夏影山水」が。どこか物寂しげで、この筆が最期かと思うと感慨深いものがあります。


近代日本画が西洋画の影響や近代的な造形に流れ、特に戦後は色絵具の厚塗りが一般的になっていく中、ここまで水墨を極めた日本画家が他にいたでしょうか。巧みな筆さばき、墨の美しさに唸ること必至の展覧会です


【没後五〇年 松林桂月展-水墨を極め、画中に詠う】
2014年6月8日(日)まで
練馬区立美術館にて

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