2019/05/11

四条派のへの道 呉春を中心として

ゴールデンウィークに西宮市大谷記念美術館で開催中の『四条派のへの道 呉春を中心として』を観てきました。

早朝6時台東京駅発の新幹線で大阪入りし、開館と同時に館内へ。前回来たときはJRのさくら夙川駅から歩いたのですが、今回は阪神電車の香櫨園駅を利用しました。こちらの方が全然早いし、梅田からも20分かからないので楽ですね。

さて、今回の展覧会は四条派の祖・呉春の作品を中心に、呉春のあとの四条派の流れと大阪画壇の四条派の絵師にスポットを当てるというもの。前後期合わせて約100点の出品作の内、半分強が呉春の作品。比較的早い時期から晩年まで作品があって、蕪村に学び、やがて応挙に画風を寄せていく画業の変遷が良く理解できます。

呉春の作品は美術館でよく観ることはありますし、四条派の絵師の解説には必ずと言っていいほど触れられている人ではありますが、呉春だけの、あるいは呉春を中心にした展覧会というのはこれまで縁がなく、こうしてまとめて呉春を観るのは初めて。今年は夏に東京藝術大学大学美術館で円山応挙から近代京都画壇にかけての円山・四条派をテーマにした大々的な展覧会があるので、その予習としても観ておきたかったのです。


本展の構成は以下のとおりです。
第一章 呉春
第二章 円山派 円山応挙と弟子たち
第三章 呉春の弟子たち
第四章 大坂の四条派

呉春 「柳鷺群禽図」
天明2~7年(1782-87)頃 京都国立博物館蔵

与謝蕪村といえば、文人画(あるいは南画)、俳画ですが、蕪村について画技を磨いていた頃の呉春の作品はやはり蕪村を思わせる文人画が多くあります。「百老図」の繊細で淀みない筆運び、「酔杜馬上図」の滑らかな筆致など、若い頃の作品からも画技の高さが見て取れます。

印象的だったのが、六曲一双の「柳鷺群禽図」と六曲一隻の「雪中枯木群禽図屏風」。蕪村を強く感じさせつつ、四条派の源流といわれて納得するものがあります。

「柳鷺群禽図」は右隻に枯木に鴉が群れる秋の情景を、左隻に柳が芽吹いた水辺から鷺が飛び立つ春の情景を描いた屏風で、呉春が暮らした大阪・池田の猪名川の風景をイメージしているといいます。薄墨を基調にした淡彩が寂しげな景色にも奥行きを与え、静寂を破る鳥の羽ばたきや鳴き声が聞こえてきそうな臨場感があります。

「雪中枯木群禽図屏風」は大阪市立美術館の『円山・四条派の絵師たち』でも一度お目にかかった作品。雪の中の鴉や塗り残しの雪の表現は蕪村の「鳶鴉図」を思い起こさせます。右下に固まって縮こまる小鳥たちがかわいい。

呉春 「与謝蕪村像」
天明4年(1784) 京都国立博物館蔵

蕪村が亡くなった後に描かれたという「与謝蕪村像」がとてもいい。死ぬ間際、呉春らと松茸狩りを楽しんだというエピソードが紹介されていましたが、敬愛する師の思い出が滲んでくるような物腰の柔らかな表情が印象的です。この頃の人物画(肖像画)は後年に見られる応挙的なものもなく、筆に任せたとような味わいがありながら筆致は繊細で、親しみがあったり、飄々としていたり、何とも言えないおかしみを感じさせる作品がいくつかありました。

そうした蕪村の俳画にも通じるような肩の力の抜けた諧謔味は呉春の持ち味でもあるようで、歌仙がさまざまな遊びに興じる「三十六歌仙偃息図巻」 や、甲斐甲斐しく働く鬼たちがどこか微笑ましい「大江山鬼賊退治図屏風」など、後の四条派ではあまり見られない戯画的な作品もあります。蕪村は仏画を描かなかったといいますが、呉春の「地蔵尊図」の親しみのある表情や、鹿の後ろ姿を愛嬌たっぷりに描いた「雄鹿図」も呉春ならではの作品かもしれません。

蕪村の没後は、応挙と見紛うような見事な外隈で白猿の輪郭を際立たせた「白猿図」 や応挙の「雪松図屏風」を思わせる「池辺雪景図」、また彩色の花鳥、人物の造形や表情など、明らかに応挙を手本にしている作品が見られるようになります。

応挙流の写生に基づき薄墨の濃淡で描いた「芋畑図襖」や、応挙的な鶴と松の組み合わせでありながら独特の形態や松のトリミングがユニークな「松鶴図屏風」、呉春ならではの水墨の妙味が堪能できる「秋夜擣衣図」などは晩年ならではの傑作でしょうし、応挙と蕪村の遺伝子のハイブリッド的な「渓間雨意・池辺雪景図」なんかは確かに四条派の確立を強く感じさせます。

呉春 「白猿図」
寛政12年(1800) 個人蔵

後半は応挙十哲の源琦、山口素絢、吉村孝敬と呉春の弟子たちの作品が並びます。最初の展示室(屏風など大型の作品が並ぶ)にあった山口素絢の「やすらい祭図屏風」は応挙譲りの巧みな人物表現と風俗画としての面白さが秀逸。松村景文の押絵貼風の「花鳥図屏風」もいかにも景文らしい色彩豊かな四季の花々が美しい。

なかなかお目にかかる機会の少ない柴田義董は人物表現に優れた手腕が見られる「月並風俗図巻」や枯れた筆致と迷いのない線に惹かれる「猿廻図」が素晴らしい。景文は比較的多く、中国・宋代の蔬菜図を思わせる「綿・茄子図」や蕪村を意識したような「霜栗雙鴉図」、瀟洒な「柴藤花告天子之図」など、自分の知る景文のイメージとは違う印象的な作品がありました。当時から人気があり贋作も多く出回っていた呉春と景文を騙る作品を描かないようにと呉春の弟子たちが誓いを立てたというエピソードも面白い。

四条派の大阪画壇では長山孔寅と上田公長が印象的。ただ松を描いても孔雀を描いても芭蕉を描いても、応挙や呉春の弟子の作品を観たあとでは、やはり後に名を残す円山四条派の絵師に比べると、どうしても見劣りしてしまうのは拭えないのかなと感じました。


【四条派のへの道 呉春を中心として】
2019年5月12日(日)まで
西宮市大谷記念美術館にて


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