2017/06/13

はじめての古美術鑑賞 紙の装飾

根津美術館で開催中の『はじめての古美術鑑賞 -紙の装飾-』を観てまいりました。

昨年の『はじめての古美術鑑賞 -絵画の技法と表現-』に続いてのシリーズ第2弾。今回のテーマは料紙装飾。

小難しい言葉が出てきたり、観るポイントが分かりづらかったり、なかなか初心者にはハードルの高い古美術の世界。そんな専門的な言葉も丁寧に解説されていて、かといって安易にレベルを下げることもなく、根津美術館らしい真面目な展示だと思いました。最近ここは外国人の来館者も多いので解説が英語でも書かれていて、いろいろ行き届いてます。

もちろん展示されている古筆切も一級品ばかり。古美術初心者から上級者、そして外国人の方まで幅広く楽しめるのではないでしょうか。


雲母に光を!

小野道風と伝わる「小島切」の美しさに最初から足が止まります。雲母砂子を散らした清涼感ある料紙に細くしなやかな連綿体の筆の美しいこと。

雲母(白雲母)は金銀に比べて輝きが弱いため、光の角度により見えたり見えなかったりして、その微妙な輝きに奥ゆかしい美しさがあるということが解説されていました。決して華美にならない、品のある繊細な輝き。平安王朝の美的センスに脱帽です。

伝・藤原公任筆 「尾形切」
平安時代・12世紀 根津美術館蔵

展示されている平安時代の古筆切の多くは、具引き(胡粉などで色を塗ること)した唐紙(中国から輸入した紙)に雲母で文様を摺っているのですが、唐草文のような文様だったり、植物や鳥の絵だったり、金銀泥の装飾が施されていたり、どれも趣向が凝っていて、書が読めなくても十分楽しめます。そしてその料紙の上を走る筆の美しさといったら。巻子や冊子を断簡にして飾りたくなる気持ちも分かります。

光悦が所蔵していたことから名がつくという「本阿弥切」には雲母の夾竹桃の文様があったり、光琳の家に伝来したことに因む「尾形切」は雲母の文様の上に銀泥で蔦や鳥が描かれていたり、「東大寺切」には七宝繋ぎと亀甲繋ぎの文様が刷りだされていたり、バラエティ豊か。中には雲母の宝塔に経文を一文字ずつ記した一字宝塔経の「戸隠切」という手の込んだものもありました。

残念なのは、「『読めない』という理由で敬遠されがちな書の作品にアプローチをした」といいながら、料紙装飾については丁寧なのに対し、肝心の“書”の説明が不足していたこと。わたしのように“書”が読めない人も多いと思うので、“はじめての”と謳うなら、せめて何と書かれているか解説があっても良かったのではないかと思います。


「染め」のバリエーション

読んで字のごとく、紙漉きの途中で藍色などに染めた繊維を入れて漉く“漉染め”、染料に浸して染める“浸染め”、染料を刷毛で紙全体に塗る“引染め”、さらには香りと防虫を兼ねた丁子(クローブ)の煎じ汁を紙の表面に吹きかける“丁子吹き”、染めた紙が乾く前に藍や紫の模様を散らした“飛び雲”や“打曇り”など、さまざまな染めの技法が紹介されています。

黄檗(きはだ)の樹皮やどんぐりで染めた奈良時代の経巻の断簡があったのですが、もともとは染めの目的は防虫を兼ねたものだったといいます。だんだんと装飾的な傾向が強まり、金銀の文字が映える紺紙金字経や、背景の色や模様が芸術的なまでに美しい巻子や冊子が登場するのですが、中には背景がうるさくて逆に文字が読みにくいものもあったりします(褪色したせいかもしれませんが)。

「無量義経」 (国宝)
平安時代・11世紀 根津美術館蔵

「無量義経」は金砂子を散らした料紙を交互に継ぎ合わせていて、金泥で罫線を引いたいわゆる“色紙経”。その書もお手本のような楷書でとても美しい。飛鳥井雅有(伝)の「八幡切」は茶と紫の繊維を漉きこんだ雲紙と呼ばれる模様が雲のようにも山のようにも見え、とても印象的でした。


金銀の多彩な飾り

切箔や砂子、野毛、金泥・銀泥といった装飾技法というと平安時代というイメージがありますが、既に奈良時代からあったとされ、「蝶鳥下絵経切」は光明皇后の筆と伝わるもの(展示品の年代は11世紀となってましたが)。茶色に染めた料紙に金銀泥で蝶や鳥、草花が描かれていて、とても上品。ちょっと見づらいので単眼鏡があるといいかも。

伝統的な料紙装飾を当世風にアレンジしたのが本阿弥光悦。光悦(伝)の「花卉摺絵古今集和歌巻」は出光美術館所蔵の同作が下絵に柳や桜、蔦、忍冬などが配されていたのに対し、根津本は竹と蔦で雰囲気は少し違いますが、書は光悦風。「伝」とついているのが気になるのですが、出光本の版下絵は宗達なので、こちらもそうなのでしょう。

松花堂昭乗筆 「勅撰集和歌屏風」
江戸時代・17世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

根津美の所蔵品だけかと思いきや、以前静嘉堂文庫で観て感動した松花堂昭乗の書の屏風が出てて嬉しい再会。ゆるやかな山並みが描かれたやまと絵風の屏風に金の切箔や金銀砂子などが撒かれ、その上に色紙や短冊が貼られた非常に優美な仕立てになっています。華やかな具引き地にさまざまな装飾を施した豪華な料紙の「百人一首帖」も贅沢の極みという感じ。干し網の図様は海北友松の「網干図屏風」を思わせます。

智仁親王筆 「百人一首帖」
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵


さまざまな装飾技法

判木の上に置いた紙の表面をこすって文様を表す“蝋箋”、紙に染料を直に流して模様をつくる“墨流し”、異なった紙をパッチワークのように貼る“継紙”など、そのほかさまざまな装飾技法を実際の作品とともに紹介しています。

これが平安時代の料紙なのかと驚くほどモダンな継紙の「石切山(貫之集下)」や、まるで風景画のような冷泉為恭の「相生橋図」、香木の粉末を釈迦の骨に見立て漉き込んだ“荼毘紙”に聖武天皇が書写したとされる「大聖武」などが印象に残りました。

以前にも観たことはあるのですが、東博所蔵の田中親美の「平家納経(模本)」が並んでいて、これもまた素晴らしかったです。贅を尽くした豪華絢爛な装飾経で、平家の栄華が伝わってきます。


【はじめての古美術鑑賞 紙の装飾】
2017年7月2日(日)まで
根津美術館にて


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