2017/06/21

水墨の風

出光美術館で開催中の『水墨の風』を観てまいりました。

雪舟に始まり、雪舟が手本とした玉澗、雪舟に私淑した等伯、さらには室町水墨画、狩野派や岩佐又兵衛、そして文人画まで日本の水墨画の流れを、“風”をキーワードに読み解いていくという企画展。雪舟が中国で吸収した水墨画の技法が日本でどのように受け入れられ、どう変化していったか、明快な構成と分かりやすい解説で丹念に追っています。

出光の所蔵作品だけで構成してるので限界はありますが、そこは日本有数の日本美術コレクションで知られる美術館だけあり、さすが優品が揃い、なかなかの見応え。屏風も多いので展示作品数は40点ほどなのですが、じっくり観ていたら、結局2時間ぐらい掛かってしまいました。


第1章 雪舟を創りあげたもの -「破墨山水図」への道

まずは雪舟の「破墨山水図」。晩年の作だそうで、即興的な筆の動きはまるで現代アートのようです。いわゆる玉澗様の水墨山水で、国宝の「破墨山水図」や、昨年『若き日の雪舟』で観た拙宗時代の「溌墨山水図」と同じく、墨の濃淡で面を捉え、舟や家並みを描き入れるというのは雪舟のパターンなのでしょう。そばには玉澗の「山市晴嵐図」が展示されていて、墨を叩きつけたような粗放な画面の中に山を行く人や山あいに佇む家並みがあって、雪舟のイメージの源泉を感じます。

雪舟 「破墨山水図」
室町時代 出光美術館蔵

玉澗 「山市晴嵐図」(重要文化財)
南宋時代末期~元時代初期

雪舟と伝わる六曲一双と六曲一隻の2つの「四季花鳥図屏風」があったのですが、特に六曲一双の屏風は、先月まで東博に展示されていた伝・雪舟の「四季花鳥図屏風」を彷彿させ興味深いものがありました。写真で比べると右隻は鶴がいないことを除けば構図がほぼ一緒ですね。左隻は、東博本と雪舟真筆の唯一の屏風絵とされる京博の「四季花鳥図屏風」が雪の積もる冬を描いてるのに対し、出光本には雪がなく色彩も豊か。全体的にも東博本や京博本より華やかな印象を受けます。特筆すべきは左隻の松を遮るように描かれた竹で、その大胆さに驚きました。

そのほか南宋や明代の中国画や雪村の三幅対、また江戸時代の谷文晁と雲澤等悦の作品が並びます。文晁の「風雨渡江図」は大画面いっぱいに濃墨で吹きつける風と雨を表現したインパクトのある作品。ひときわ強い風なのか、厚い雲から覗く光なのか、白く残された斜めの線が大胆で面白い。

雲澤等悦は雪舟の流れを汲む雲谷派の画家だろうとのことですが詳しいことは不明。「琴棋書画図屏風」は描かれているモチーフに雪舟画からの転用が指摘されていましたが、その独特の山容や微妙な墨色の濃淡はいかにも雲谷派の山水図という感じがします。


第2章 等伯誕生 -水墨表現の展開

制作年が判明している水墨花鳥図としては最古という能阿弥の「四季花鳥図屏風」。室町水墨画の中でも個人的に特に好きな作品の一つです。四季花鳥といっても季節の花は蓮や椿(?)ぐらいで、叭々鳥や白鷺、雁、燕、鴛鴦、鳩といった鳥たちが群れ飛び、どこか幻想的。鳥や竹、枯木などのモティーフは牧谿の作品に拠っていて、まるで牧谿へのオマージュといった様相です。屏風全体を覆う湿潤な空気感や静謐で柔らかな光は雪村や等伯あたりに影響を与えたのではないかと感じます。

能阿弥 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
応仁3年(1469年) 出光美術館蔵

そして等伯はいつものことながら、「松に鴉・柳に白鷺図屏風」と「竹鶴図屏風」(後期には「四季柳図屏風」)。「松に鴉・柳に白鷺図屏風」の白鷺や松、「竹鶴図屏風」の鶴や竹など、こちらも牧谿に倣っていて、いかに牧谿が日本の水墨画に大きな影響を与えているかに気づきます。その中で等伯は日本にはいない叭々鳥を身近な鴉に変えたり独自のアレンジを加えていて、より日本的な情緒を感じさせます。

長谷川等伯 「松に鴉・柳に白鷺図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵

長谷川等伯 「竹鶴図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵 (※展示は6/25まで)

牧谿の「叭々鳥図」も展示されていて、これなんかを観ると、能阿弥にしても狩野探幽(「叭々鳥・小禽図屏風」が展示されてる)にしても、牧谿の叭々鳥を踏襲していることが分かります。濃い墨から薄い墨へと変わる羽根の表現が素晴らしいですね。

牧谿 「叭々鳥図」
南宋時代 出光美術館蔵


第3章 室町水墨の広がり

あらためて室町時代の水墨画を展観。水墨山水の一つのスタイルを確立したのが周文ですが、扱いがちょっと小さくてかわいそう。周文は2点あって、一つは詩画軸、一つは山水図。「待花軒図」は遠くに岩山を望む山荘で童子が箒で庭を掃く風雅な一幅。「山水図」は左下の近景から遠景へジグザグにモチーフを描く典型的な構図で、垂直に屹立した山や松が細い墨線で実に丁寧に描かれています。並んで展示されている相阿弥や曽我蛇足の山水図も周文様式といっていいんでしょうが、それぞれに阿弥派、曽我派の特徴があって面白い。

伝・周文 「待花軒図」
室町時代 出光美術館蔵

興味深かったのが一之の仏画。一之もちょっと前まで東博に「白衣観音図」が出ていて気になっていたので、個人的に嬉しかったです。一之は明兆の弟子とも、関東画壇に近い画僧ともいわれ、まだ謎が多く残る絵師。現存作の多くが観音図だそうで、本展にも白衣観音を思わす「観音図」と左右に梅図を配した「観音・梅図」が出品されています。個性的な表現と地方色を感じる雰囲気が独特で、「観音図」は後の白隠の観音図を思い起こさせます。「観音・梅図」は左右幅の梅が、並んで展示されていた揚補之(伝)の「梅図」に似ていて、いわゆる王冕の梅図の様式を学習していたことが窺われます。

伝・一之 「観音図」
室町時代 出光美術館蔵


第4章 近世水墨 -狩野派、そして文人画へ

元信印の「花鳥図屏風」は以前にも何度か出光美術館で観ているのですが、狩野派の作品をここ数年いろいろ観てきたせいか、これは元信の時代の作品じゃないだろうという感じが私でもします。隣に展示されていた伝・狩野松栄の「花鳥図屏風」は確かに聚光院方丈壁画を彷彿とさせるものがあって、桃山時代前半の雰囲気がありますが、元信印の「花鳥図屏風」はやはりもう少し時代が下るようですね。解説には光信周辺という指摘がありますが、左隻の滝の様式的な表現なんかを見ると、はたして狩野派なんだろうかという気がしなくもありませんでした。

元信・印 「花鳥図屏風」(右隻)
桃山時代 出光美術館蔵

狩野派でいえば、探幽が雪舟からの学習を通し、画風を変えていったともいわれますが、展示されていた作品は残念ながら雪舟の影響を感じさせるものではありませんでした。尚信の「酔舞・猿曳図屏風」では猿回しや歌舞音曲のイメージソースとして雪舟画が指摘されていましたが、探幽にしても尚信にしても雪舟に限らず広く古画の学習結果として狩野派の水墨画スタイルを再構築したことは興味深いところです。

狩野尚信 「酔舞・猿曳図屏風 (左隻)
江戸時代 出光美術館蔵

そのほか文人画では浦上玉堂や池大雅、田能村竹田など、色紙大の小品が並びます。このあたりは何度か拝見してますし、ここまでかなりの時間を要してしまったので軽く。

又兵衛の「瀟湘八景図巻」は晩年の作品で、福井時代の作品と異なり落ち着いた感じがしますが、相変わらず筆が丁寧で、細緻な表現が見事です(Twitterで『岩佐又兵衛と源氏絵』に出てなかったと発言しましたが、しっかり出品されてましたね。失礼いたしました)。全体に金泥の霞が引かれ、ところどころに漢詩が書かれ、それなりのところに納められたのだろうなという感じがします。これまであまり気にしなかったのですが、雪舟からの流れで観ると、又兵衛の曲がりくねった樹木の表現は雪舟の影響なんだろうかと思ったりしました。


【水墨の風 -長谷川等伯と雪舟】
2017年7月17日(月・祝)まで
出光美術館にて


水墨画にあそぶ―禅僧たちの風雅 (歴史文化ライブラリー)水墨画にあそぶ―禅僧たちの風雅 (歴史文化ライブラリー)

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