2016/06/15

いま、被災地から

東京藝術大学大学美術館で開催中の『いま、被災地から -岩手・宮城・福島の美術と震災復興-』を観てまいりました。

2011年に起きた東日本大震災では東北の博物館・美術館をはじめ、多くの美術品・文化財に甚大な被害をもたらしました。全国の美術館や賛助会員から成る全国美術館会議により立ち上げられた東日本大震災復興対策委員会が中心となり、現在その被害を受けた美術品の修復、復元作業が行われています。本展はその活動の経過報告とともに、東北3県(岩手、宮城、福島)の近現代の美術品を紹介する展覧会です。

大きな地震が起きると、人的被害はもちろんですが、日頃美術展などに足を運ぶ人間としては博物館・美術館の美術品や文化財の被害も気になります。東日本大震災や先ごろの熊本地震でも、そうしたニュースに深い関心を持っていましたが、ではその後どうなったかはあまり知らなかったりします。わたしは恥ずかしながら、多くの博物館・美術館が協力し合って、こうした救援活動を行っていたことをこの展覧会で初めて知りました。

会場は2部構成になっていて、前半では岩手・宮城・福島を代表する近現代の画家の作品を展示し、後半では震災や津波で被害を受けた美術品・文化財の救出活動の様子や修復・復元作業に触れています。

関根正二 「姉弟」
1918年 福島県立美術館蔵

萬鐵五郎 「赤い目の自画像」
1913年頃 岩手県立美術館蔵

著名なところでは、福島出身の関根正二や岩手出身の萬鐵五郎、彫刻家の舟越保武らの作品が複数展示されています。萬鐵五郎はガチガチにフォーヴィスムの影響を受けた「赤い目の自画像」のほか、“東北”をテーマにした展覧会らしく故郷・花巻を描いた作品もあったりします。関東大震災に揺れる町を描いた「地震の印象」は東日本大震災を思い出さずにいられません。山や建物は歪み、人が宙に飛んでいます。

萬鐵五郎 「地震の印象」
1924年 岩手県立美術館蔵

松本竣介 「盛岡風景」
1941年 岩手県立美術館蔵

東京に生まれ岩手で育った松本竣介も3点出品。代表作の「画家の像」をはじめ、16歳のときに描いた盛岡の風景と後年描いた盛岡の絵があって、画風が全然違うのにあらためて驚きます。

酒井三良 「雪に埋もれつつ正月はゆく」
1919年 福島県立美術館蔵

わたしの勉強不足もありますが、初めて名を知る画家も多くいました。入口を入ったところに展示されていた酒井三良の「雪に埋もれつつ正月はゆく」は北国の冬の暮らしを描いた逸品。正月の餅飾りがしんしんと降る雪のようにも見え、背景も暗く寒々しいのですが、囲炉裏のまわりに集まる家族からは温かでほのぼのとした団欒が伝わってきます。

渡辺亮輔 「樹蔭」
1907年 宮城県美術館蔵

渡辺亮輔は黒田清輝に師事した画家。「樹蔭」からもその影響が感じ取れます。ほかにも同じく黒田に学んだ真山孝治、岡田三郎助に学んだ五味清吉、藤島武二に学んだ若松光一郎、日本画では前田青邨に師事した太田聴雨など、最近割と日本の近代美術の展覧会をいくつか観ていたこともあり、興味深く感じる点が多々ありました。

金子吉彌 「失業者」
1930年 宮城県美術館蔵

活動の中心が東北で、地元では有名でも全国的には知名度があまり高くないという画家も多くいるようです。非常に重苦しい空気が伝わってくる金子吉彌の「失業者」とその妻・大沼かねよの「野良」は共に非常にインパクトがあり、こんな画家がいたのかと驚きました。杉村惇の「春近き河岸」も黒を基調とした力強い作品、鮭漁の様子を大画面に描いた橋本八百二の「津軽石川一月八日の川開」も迫力満点、澤田哲郎の「小休止」も重そうなリヤカーと痩せた男のアンバランスさが印象的です。渡部菊二の水彩の「勤労の娘たち」もモダンなタッチで秀逸。松田松雄の「風景(民A)」も何か悲しみと静けさに支配されたようなモノトーンの独特のタッチに強く惹かれました。

澤田哲郎 「小休止」
1941年 岩手県立美術館蔵

第2部の会場は大震災による被災と文化財レスキューにスポットがあてられています。宮城・岩手・福島3県の美術品の被災状況やその救出活動、そして修復・復元の様子がパネルや実際に修復された作品によって紹介されています。

あれだけの大震災になると、被災した人々の救援や行方不明者の捜索が優先され、美術品・文化財の救出は後回しされるのは止むを得ないのかもしれません。被災した博物館・美術館のレスキュー活動が本格的に始まったのが震災から数か月後だったりするので、倒壊したり、津波で海水・泥・油などにまみれたり、空調の効かない室内でカビが生えたり、額装や梱包材が貼りついてしまったり、そういう状態のままずっと放置されていたりして、想像以上の酷さだったことがパネルの写真を見るとよく分かります。

高橋英吉 「潮音(海の三部作2)」
1939年 石巻文化センター蔵

3階に上がってすぐのところに展示されていたのが高橋英吉の見事な木彫りの彫刻。「潮音」「黒潮閑日」「漁夫像」で海の三部作と呼ばれているようです。ノミ跡も生々しく、とても写実的で迫力があります。いずれも津波で大きな被害を受けた石巻文化センターに所蔵されていたもの。現在は修復も済み、県内の美術館に管理されているそうです。

最も大きな被害を受けたのが岩手・陸前高田市立博物館で、2階の天井まで達した津波により職員全員が亡くなったといいます。逃げることよりも大事な美術品の保護にまわっていたのでしょうか。しかし、人の命は失われても、酷く損傷した美術品がこうして救い出され、修復されていく様子を見てると熱いものが胸にこみ上げてきます。美術品の修復作業はこれまでも展覧会やテレビなどを通して見知っていますが、大きなダメージを受けた美術品を元の状態にしていく修復技術の高さは正直驚きましたし、その気の遠くなるような作業にあたる人たちには本当に頭が下がります。

福島の沿岸部は原発事故の影響もあり、美術品や文化財の救出は困難を極めたようです。 被曝の危険がある中で放射線防護服に身を包んだ美術館関係者たち…。ここまでして美術品や文化財を守ろうとする姿は胸に迫るものがあります。

中には津波で損壊してしまい、元の姿に戻らないものもあったりします。あえて修復の跡を分かるようにし、津波で被災したことを伝えようとするものもあります。その意義は美術品の価値よりも大きいのかもしれません。

人気の画家の作品を観るのも話題の展覧会に行くのもいいけれど、美術ファンを名乗るなら、震災から5年経った今もこうした活動が続いてることを知らなくてはいけないのではないかと思います。またいつ大きな地震が起き、大切な美術品が失われるかもしれません。そのとき私たちに何ができるのか。こうした事実を多くの人に観てもらうことも復興支援の一つになるのではないでしょうか。

会場では展示作品や文化財レスキューについて詳しく解説されたパンフレットが無料で配布されています。


【いま、被災地から -岩手・宮城・福島の美術と震災復興-】
2016年6月26日(日)まで
東京藝術大学大学美術館・本館にて


図解 日本画の伝統と継承―素材・模写・修復図解 日本画の伝統と継承―素材・模写・修復

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