去年、東京都美術館の『世紀の日本画』で観た小杉放菴(未醒)の作品に感動して、一度ちゃんと観ておきたいなと思っていました。昨年が没後50年だそうで、本展はその記念しての展覧会。ちょうどいいタイミングでした。
小杉放菴は洋画家から出発し、日本画的なテーマや手法を取り入れつつ、やがて日本画へ転向していきます。出光美術館の展覧会では「放菴」としていますので、そう書きますが、この人は時代時代に名前を三回変えています。最初が洋画家時代に名乗っていた「未醒」。その後、日本画に転向し、大正12年頃から用いるようになる「放庵」。そして晩年の「放菴」。本展はほぼ年代順に約90点の作品(一部入れ替えあり)を紹介しています。
展覧会の構成はこちら:
〈第1章〉 蛮民と呼ばれて-日光~田端時代
〈第2章〉 西洋画による洗礼- 文展入賞~パリ時代
〈第3章〉 洋画家としての頂点- 東京大学大講堂大壁画
〈第4章〉 大雅との出会い-深まりゆく東洋画憧憬の心
〈第5章〉 麻紙の誕生と絵画の革新-〈東洋回帰〉と見られて
〈第6章〉 神話や古典に遊ぶ
〈第7章〉 十牛図の変容
〈第8章〉 画冊愛好-佐三との出会い
〈第9章〉 安らぎの芸術-花鳥・動物画
放菴は日光の二荒山神社の神官の息子で、父の紹介で門を叩いた画家が高橋由一の門人の五百城文哉なのだそうです。日光東照宮を描いた20歳の頃の作品が出ていましたが、初期の作品群はバランスや色彩に細部までこだわりを見せ、由一も師事したフォンタネージに連なる実直で丁寧な油彩画という感じです。
一方で若い頃は生計を立てるため新聞に挿絵は漫画を描いていたそうで、放菴が描いた漫画なども展示されています。油彩画とは違う飄逸な線で面白いですが、明治時代の漫画の例としても貴重です。
小杉放菴 「水郷」
明治44年(1911) 東京国立近代美術館蔵
明治44年(1911) 東京国立近代美術館蔵
放菴の出世作というのがこの「水郷」。この作品と翌年の「豆の秋」(現存不明)で文展の最高賞を2年連続受賞しています。非常に丁寧に描きこまれているのが印象的ですが、この頃からフランスの象徴派の画家シャヴァンヌの影響を受けているようで、2010年の『オルセー美術館展』にも来日したシャヴァンヌの代表作「貧しい漁夫」との関係も指摘されています。
小杉放菴 「飲馬」
大正3年(1914) 小杉放菴記念日光美術館蔵
大正3年(1914) 小杉放菴記念日光美術館蔵
会場には『世紀の日本画』にも出ていた「飲馬」も展示されていました。仕事が終わったあとでしょうか、少年と馬の温かな関係、牧歌的な雰囲気が伝わってくるいい絵です。シャヴァンヌの壁画装飾の影響を感じさせつつ、なんとなく東洋画的な味わいもあります。よく見ると、岩の輪郭線が片ぼかしになっていて、これはセザンヌの絵に学んだ技法だそうですが、これがやがて横山大観も取り入れ、大観の代名詞的な表現になるのだから面白いですね。
スペインの小村を描いた作品が数枚あって、これがまた雰囲気あっていいです。この頃の油彩画はシャヴァンヌ以外にもセザンヌやマティスを思わせるところもあり、ヨーロッパ遊学で本場の西洋画に触れたことでリアリズムからの脱却に果敢に挑戦していたことが見て取れます。
小杉放菴 「湧水」
大正14年(1925) 出光美術館蔵
大正14年(1925) 出光美術館蔵
放菴は東大の安田講堂の壁画を描いていて、その習作も展示されてます。フランスのソルボンヌ大学にあるシャヴァンヌの壁画を念頭に制作したそうで、放菴の装飾壁画の集大成と言われています。安田講堂内部は現在非公開のためパネルで紹介されていましたが、一度実物も観てみたいものです。
小杉放菴 「瀟湘夜雨」
昭和時代 出光美術館蔵
昭和時代 出光美術館蔵
放菴が日本画に転向するきっかけになったのが滞欧時にパリで観た池大雅の絵。西洋画の勉強に行った先で日本画に感銘を受けるなんて運命だったんでしょうね。ここでは池大雅や浦上玉堂らの作品とともに、南画に感化された水墨の作品が並んでいます。後年の放菴の作品に見られる軽妙さや純朴な味わいというのは大雅の洒脱さから来てるところもあるのでしょう。放菴は晩年は妙高高原の別荘に移り住み、文人画家のごとく創作活動に励んでいたようです。
小杉放菴 「帰院」
大正15年(1926) 出光美術館蔵
大正15年(1926) 出光美術館蔵
ヨーロッパから帰国して以降は日本画の画材で西洋画、また東洋的な表現を試みたり、逆に西洋画の主題を屏風や絵巻など日本画の画材に描いたりと、いろいろ模索していたようですが、徐々にそのベースが西洋画から日本画へシフトしていったことが作品からも分かります。
大正時代の作品は菱田春草や今村紫紅を思わせる作品も多く、放菴も参加していた日本美術院とのつながりも感じます。特に「秋色山水長巻」は紫紅の代表作「熱国之巻」を彷彿とさせます。
小杉放菴 「さんたくろす」
昭和6年(1931) 出光美術館蔵
昭和6年(1931) 出光美術館蔵
サンタクロースが描かれてる水墨画というのも初めて見ました。こういうユーモアもこの人の魅力かもしれません。サンタクロースというより杖を持った仙人風なのが面白い。
小杉放菴 「天のうづめの命」
昭和26年(1951) 出光美術館蔵
昭和26年(1951) 出光美術館蔵
小杉放菴展のメインヴィジュアルにもなってる「天のうづめの命」のモデルは笠置シヅ子なんだそうです。天照大御神を天の岩戸から誘い出そうと踊るリズムがブギだったとは!
小杉放菴 「太宰帥大伴旅人卿讃酒像」
昭和22年(1947) 出光美術館蔵
昭和22年(1947) 出光美術館蔵
かつて用いていた未醒という詩的な名前からはイメージできませんが、放菴は酒好きの豪傑だったとか。自画像も展示されてましたが、何も知らないとどこぞの組の親分かと思いそう。でもそのイカツイ風貌にもかかわらず、その絵はどれも繊細でとても雰囲気があります。酒好きだったとされる大伴旅人を描いた作品を眺めてると晩年の好々爺然とした放菴に重なってくる気がします。
小杉放菴 「田父酔帰」
昭和3年(1928) 出光美術館蔵
昭和3年(1928) 出光美術館蔵
金太郎や牧童と牛の組み合わせという作品が複数あって、これもまた放菴の遊び心が溢れていて秀逸。童話的世界というんでしょうか、物語世界も放菴の魅力の一つですね。どの絵からも温もりが伝わってきます。
小杉放菴 「金時遊行」
昭和時代 出光美術館蔵
昭和時代 出光美術館蔵
今回個人的に一番衝撃を受けたというか唸ってしまったのが放菴の花鳥画を集めた最後の章。鶏もコノハズクもウサギも猫も写実的で精細なのに、なんとなく可愛らしさを感じます。構図の妙と色の美しさ。そして何といっても、麻紙の醸し出す独特の質感と滲みの面白さ。この滲み具合、独特の筆触はクセになります。「梅花小禽」のたらしこみもとっても新鮮に感じます。
小杉放菴 「梅花小禽」
昭和時代 出光美術館蔵
昭和時代 出光美術館蔵
没後50年ということもあって放菴の代表作が揃っていて、明治から昭和に至る画風の変遷とそれぞれの時代の魅力をあますことなく伝える回顧展です。シャヴァンヌに影響を受けた頃の洋画もいいのですが、東洋回帰した以降の作品、特に南画に傾倒した作品や後年の日本画が物凄くいいのも初めて知りました。かなり満足度の高い展覧会でした。
【没後50年 小杉放菴 -〈東洋〉への愛】
2015年3月29日(日)まで
出光美術館にて
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