2014/11/01

ボストン美術館 ミレー展

三菱一号館美術館で開催中の『ボストン美術館 ミレー展』のブロガー内覧会に行ってきました。

ミレーの生誕200年を記念した展覧会で、ミレーの有数のコレクションで知られるボストン美術館から、代表作の「種をまく人」をはじめ、ボストン美術館の“3大ミレー”と呼ばれる傑作が来日しています。

ミレーは日本でも人気の高い画家ですが、実は40代になっても画家としてなかなか成功せず、最初にミレーを高く評価したのは本国フランスではなくアメリカだったのだそうです。

そうしたことからもミレーの作品はアメリカで人気があり、代表作「種をまく人」も発表後まもなくアメリカ人が購入するなど、早い時期から多くの作品がアメリカに渡っていたようです。

当日は『もっと知りたいミレー - 生涯と作品』の著者で学芸員の安井裕雄さんとアートブロガーの『弐代目・青い日記帳』のTakさんのトークを伺いながら、作品を拝見しました。


Ⅰ 巨匠ミレー序論

まずはミレーの自画像と生家の風景から。ミレーの自画像は4点あって、本作はその中で最も古いもの。パリに出て間もない頃の作品だそうです。 一番奥の絵はミレーの最初の妻ポーリーヌ・オノ。まだあどけなさの残る可愛らしい顔をした女性ですが、結婚3年目で不幸にも死別してしまいます。

[写真右から] ジャン=フランソワ・ミレー 「自画像」 1840-41年頃
ジャン=フランソワ・ミレー 「グリュシーのミレーの生家」 1854年
ジャン=フランソワ・ミレー 「J.-F.ミレー夫人」 1841年

ミレーはノルマンディ地方の裕福な農家に生まれ、美術教育を受けるためパリに出ますが、その後パリ郊外のバルビゾンに移ります。“農民画家”と呼ばれるミレーですが、実際には農民だったわけでなく、農村で育った経験や村の暮らしが彼の絵の原点にあるといいます。


Ⅱ フォンテーヌブローの森

フォンテーヌブローの森はバルビゾン村に隣接する広大な森。ここでは当時の写実主義の画家たちの制作意欲を刺激したフォンテーヌブローの森を描いた作品を紹介しています。

[写真右] カミーユ・コロー 「フォンテーヌブローの森」 1846年
[写真左] ギュスターヴ・クールベ 「森の小川」 1862年頃

ミレーのほか、コローやテオドール・ルソー、ドービニーといったバルビゾン派を代表する画家の作品が中心。特にいいのはコローで、鬱蒼とした森を描いた作品が多い中、コローの「森の小川」の青空や「ブリュノワの牧草地の思い出」の柔らかな光に包まれた情景に安らぎを感じます。

[写真右] クロード・モネ 「森のはずれの薪拾い」 1863年頃
[写真左] ジャン=フランソワ・ドービニー 「森の中の道」 1865-70年頃

『オランダ・ハーグ派展』でも拝見したドービニーが一点。厚い雲にしても森にしても写実的でこれがまたいい。モネも一点あったのですが、こちらはちょっとモネらしさがないというか、あまりパッとしません。


Ⅲ バルビゾン村

ミレーの作品を中心にバルビゾン派を象徴するような農作業や農村の風景を描いた作品を紹介。ボストン美術館の“三大ミレー”と呼ばれる「種をまく人」、「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」、「羊飼いの娘」が展示されています。

[写真右] ジャン=フランソワ・ミレー 「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」 1850-53年頃
[写真左] ジャン=フランソワ・ミレー 「種をまく人」 1850年

30年ぶりの来日という「種をまく人」は目深に被った帽子の影で農夫の表情はよく分かりませんが、無心に種を蒔いている姿が印象的。実物を観るまでは服がダボダボなのかと思いきや、実は筋骨隆々であったこと、また蒔いているのは小麦説以外にソバ説があることも知りました。

「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」は旧約聖書の「ルツ記」から取られていて、農民の群像を描いているにのに、どちらかというと歴史画を彷彿とさせます。この絵を描くのにミレーは50枚のデッサンを描いたとか。こうした取り組みもあって、サロン(官展)で初めて受賞を果たします。

[写真右] ジャン=フランソワ・ミレー 「馬鈴薯植え」 1861年頃
[写真左]ジャン=フランソワ・ミレー 「羊飼いの娘」 1870-73年頃

60年代に入ると、ミレーの絵には奥行きが出てきて、たとえば描く対象の人物の背景や風景といった空間表現にも関心を持つようになったといいます。 それは生活の変化やバルビゾン派の影響もあったという話でした。

「羊飼いの娘」は一見印象派を思わせるような作品。解説者の安井さん曰く「明るい色を積み重ねる印象派に対し、ミレーは濁った色の積み重ねで光を感じさせる」とのこと。画材不足のため過去にサロンに出品し不評だった作品を塗りつぶし、本作を描いたのだとか。


Ⅳ 家庭の情景

40年代終わりから家庭の慎ましい暮らしやバルビゾンの村の生活を描いた作品が登場します。それは再婚と子どもの誕生、またバルビゾンへの移住などで生活に大きな変化が現れたのが大きいようです。

[写真右] ジャン=フランソワ・ミレー 「編物のお稽古」 1860年頃
[写真左] ジャン=フランソワ・ミレー 「編物のお稽古」 1854年頃

母親が娘に編物を教えている姿を描いた同主題の作品ですが、よく見ると、左の女の子より右の女の子の方が少し年長で、手にしているかぎ針も左の子は2本なのに対し、右の子は3本持っていたりします。母娘はミレーの妻と娘がモデルといわれ、構図はオランダ絵画の影響を受けているといわれます。

[写真左から] ジャン=フランソワ・ミレー 「糸紡ぎ、立像」 1850-55年頃
ジャン=フランソワ・ミレー 「バターをかき回す若い女」 1848-51年頃

ミレーは似た主題を繰り返し描いていて、たとえば「種をまく人」もほぼ同様の構図の作品が山梨県立美術館にあったりします(実際には5点あるという話もあります)。本展でも編物を主題にした作品が複数あったり、『オランダ・ハーグ派展』で観た「バター作りの女」とほぼ同じテーマの作品があったりしました。 

[写真右] ジャン=フランソワ・ミレー 「ミルク缶に水を注ぐ農婦」 1859年
(三菱一号館美術館寄託)
[写真左] 黒田清輝 「摘草」 1891年(三菱一号館美術館寄託)

途中、≪ミレー、日本とルドン≫というコーナーがあり、日本人画家がミレーの影響のもと描いたとされる作品が展示されています。 黒田清輝の「摘草」は、画面奥の積み藁がミレーぽいということですが、作品自体はあくまでも外光派の明るい雰囲気で、ミレーの色彩感とは異なります。ただ、黒田はフランス留学中にミレー作品の模写をしたり、バルビゾン村を訪れたりしていたということなので、ミレーを意識していたのかもしれません。

[写真左] ヨーゼフ・イスラエルス 「別離の前日」 1862年
[写真右] ヨーゼフ・イスラエルス 「病み上がりの母と子ども」 1871年頃

コーナーの最後には『オランダ・ハーグ派展』でも感銘を受けたイスラエルスの作品が2点。『オランダ・ハーグ派展』でイスラエルスは第2のレンブラントとも呼ばれるという解説を読み、その時はあまりピンときませんでしたが、この2点は正に第2のレンブラントともいうべき光と影で納得します。本展の解説では、イスラエルスはミレーの影響を受けているともありました。


Ⅴ ミレーの遺産

ここでは晩年のミレー作品と、ミレーやバルビゾン派の画家の影響を受けた次世代の作品を紹介。特に良かったのは、ミレーやルソーに影響を受け、牧場の動物や人物を印象派のような明るい色彩で描いたというジュリアン・デュプレで、バルビゾン派の暗く貧しい風景も、なんだか健康的で陽気なものに見えてきます。

[写真左から] ジュリアン・デュプレ 「ガチョウに餌をやる子どもたち」 1881年
ジュリアン・デュプレ 「牛に水を飲ませる娘」 1880年代
ジュリアン・デュプレ 「干し草づくり」 1892年

最後は晩年のミレー作品。何度も描いてきた「編物のお稽古」は未完成の作品ということですが、印象派の出現を予感させるような、これまで作品とは違う光の表現が印象的。「ソバの収穫、夏」も夏の陽光の明るさや背景の広がりなどディデールまで丁寧に描き込まれています。そもそも労働の姿から悲壮感はなく、収穫の喜びが伝わって来るようです。

[写真右] ジャン=フランソワ・ミレー 「ソバの収穫、夏」 1868-74年
[写真左] ジャン=フランソワ・ミレー 「編物のお稽古」 1874年

ミレーの作品は25点と決して多くありませんが、バルビゾン派やハーグ派の画家の作品などボストン美術館の選りすぐりの作品が揃っています。このあたりの作品がお好きな方にはオススメの展覧会です。


※展示会場内の画像は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【ボストン美術館 ミレー展 傑作の数々と画家の真実】
会場: 三菱一号館美術館
会期: 2014年10月17日(金)~2015年1月12日(月・祝)
年末年始休館: 12月27日(土)~2015年1月1日(木・祝)
開館時間: 10時~18時(金曜(祝日と1月2日を除く)は20時まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日: 月曜休館(但し、祝日・振休の場合は開館。1月5日は18:00まで開館。)


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