2015/06/07

松園と華麗なる女性画家たち

山種美術館で開催中の『上村松園 生誕140年記念 松園と華麗なる女性画家たち』を観てまいりました。

上村松園を筆頭に、近代・現代の日本画壇で活躍した女性画家にスポットを当てた展覧会。松園の作品はたびたび拝見していますが、女性画家だけの展覧会は最近(少なくとも)東京ではなかったように思います。私自身も女性画家だけを特集した展覧会を観るのは初めて。

本展は山種美術館と実践女子学園香雪記念資料館の連携企画とのことで、両館所蔵の、明治・大正・昭和の女流日本画家の作品で構成されています。日本画で定評のある山種美術館のコレクションに、香雪記念資料館の女性画家コレクションを加えることで、より充実した内容の展覧会になっています。


第1章 上村松園

山種美術館ではこれまでも松園の作品を特集した展覧会が行われていますが、本展では山種美術館が所蔵する松園作品全18点が展示されています。

夏を意識してか、蛍や簾、蚊帳といった夏をイメージするものを取り入れた作品がいくつか並んでいます。蛍は松園が初期から晩年まで描きつづけたモティーフ。「新蛍」は簾越しの女性の立ち姿を、「蛍」は蚊帳を吊るす女性を描いていて、夏の夜風を感じるような風情があります。

上村松園 「蛍」
大正2年(1913) 山種美術館蔵

松園は徳川末期の風俗に一番関心を持っていたといいます。花を愛でる女性、歌を詠む女性、鶴を折る女性、針に糸を通す女性…。情緒があったり、可憐であったり、しおらしかったり。着物や帯の柄、髪型や簪、小道具など、どの絵も細かなところまでこだわりを見せ、女性の美しさを引き立たせているなと感じます。

上村松園 「詠哥」
昭和17年(1942) 山種美術館蔵


第2章 野口小蘋と帝室技芸員

松園に先立つこと40年前、女性で初めて帝室技芸員になったのが明治・大正時代に女流南画家として名を馳せた野口小蘋。本展には小蘋の作品が11点が出品されています。過去に何度か拝見していますが、これだけまとめて、ちゃんと観たのは初めて。

野口小蘋 「平安長春図」
大正3年(1914)頃 実践女子学園香雪記念資料館蔵

初期の画業では美人画を多かったそうですが、本展では南画が中心。とはいっても、女性らしさとっていっていいのか、丹念な筆致が隅々まで行き届いていて、繊細で柔らかな南画です。小難しい賛詩があったり、筆が変に闊達になっていないのもいい。

風雅な文人好みの理想郷といった趣の「幽壑閑居図」や「春山僲隠図」や、文人墨客の宴を描いた「西園雅集図」、中国画風のバラと水墨の笹の取り合わせが絶妙な「平安長春図」など、どれもとてもいい。

野口小蘋 「芙蓉夏鴨」
明治33年(1900) 山種美術館蔵

もとは四条派の絵師に師事していたというだけあり、鳥や植物が写実的だったりします。南画風の屏風「箱根真景図」も惹かれます。何ともない風景画なんですが、湖畔からの穏やかな眺めとのびやかな山の稜線、抑えた色合いが落ち着いた味わいでありながらも、適度に使われた金砂子が雅やかな品を感じさせます。


第3章 華麗なる女性画家た-幕末から現代まで

ここでは奥原晴湖、河邊青蘭といった南画系の女性画家の作品が充実。青蘭の「紅白冨貴図」は艶やかな牡丹と黒い岩のコントラストが秀逸。鮮やかな青緑山水の「松陰楼観図」も素晴らしい。白眉は中国風の官女たちの遊興する姿を描いた「態濃意遠図」で、豊かな人物描写、色とりどりの着物や花、細部までこだわった丁寧な筆致など、女性らしい視点で描いた非常に魅力的な一枚だと思います。

河辺青蘭 「松陰楼観図」
大正9年(1920) 実践女子学園香雪記念資料館蔵

河辺青蘭 「態濃意遠図」
明治22年(1889) 実践女子学園香雪記念資料館蔵

<人物画・風俗画>では伊藤小坡をはじめ、京都の松園とともに“三都三園”と並び称された東京の池田焦園と大阪の島成園の作品があります。ただ、焦園、成園とも一点ずつなのでちょっと物足らなさ感も。特別出品の池田焦園の夫・輝方の六曲一双の屏風「夕立」がとても端正な筆致で魅せます。

池田蕉園 「春流」
明治~大正時代 実践女子学園香雪記念資料館蔵

木谷千種 「夢の通路」
大正6年(1917) 実践女子学園香雪記念資料館蔵

ここで特に印象に残ったのは木谷千種の「夢の通路」。なんでしょ、この艶めかしさ。ゾクゾクするような美しさです。ほかにも河鍋暁斎の娘・暁翠の「紫式部図」や、松園に師事したという九條武子の「紅葉狩」もいい。九條武子は“大正三美人”に数えられたほどの美人だそうで、写真が飾ってありましたが横顔がさすがに綺麗。

片岡球子 「北斎の娘おゑい」
昭和57年(1982) 山種美術館蔵

戦後の女性画家の代表といえば、片岡球子と小倉遊亀。片岡球子の「北斎の娘おゑい」はまるで啖呵を切ってるようなインパクトのある作品。小倉遊亀も舞妓や芸妓をモデルにした作品や、料亭の女将を描いた凛とした佇まいの「涼」などが並びます。

[左] 小倉遊亀 「舞う(舞妓)」 昭和46年(1971) 山種美術館蔵
[右] 小倉遊亀 「舞う(芸者)」 昭和47年(1972) 山種美術館蔵

山種美術館から徒歩約10分ほどのところにある実践女子学園の香雪記念資料館では『華麗なる江戸の女性画家たち』が開催されているので、併せてご覧になるとさらに充実した美術鑑賞になってオススメです。


【上村松園 生誕140年記念 松園と華麗なる女性画家たち】
2015年6月21日(日)まで
山種美術館にて


上村松園画集上村松園画集

2015/06/01

熊谷守一美術館30周年展

『熊谷守一美術館30周年展』に行ってきました。

熊谷守一が45年間暮らした椎名町の自宅跡にある豊島区立熊谷守一美術館。開館して今年で30年とのことでそれを記念しての特別展です。

といっても毎年この時期になると、「◯◯周年展」と記念展を行っているので決して特別なことではないのですが、それでも今年は節目の年ということで、熊谷守一の充実したコレクションで知られる愛知県立美術館の木村定三コレクションや岐阜県立美術館などから代表作が集められていて、また個人蔵の作品も多く借り受けています。

熊谷守一 「雨滴」
1961年 愛知県立美術館蔵(木村定三コレクション)

美術館は3階建てで、通常3階はギャラリーとして貸し出されていますが、今回は3フロアーを使っての展覧会。1階には後期の油彩画や彫刻、書など、2階は墨絵やクレパス画、3階は初期や戦前の作品から晩年の作品まで幅広く展示されています。

熊谷守一 「白猫」
1959年 豊島区立熊谷守一美術館蔵

単純で、どこか子どもが描いたようにも思える素朴な線描なんですが、猫にしても花にしても虫にしても、簡素だからこそ、無駄を省いたそのものの本質を捉えている気がします。どれも微笑ましく、優しく、温かく、心をほっこりとさせます。

熊谷守一は猫好きで知られ、猫を描いた作品が多くありますが、この白猫はハイコという名で、猪熊弦一郎の奥さんから譲っていただいた猫なのだそうです。猫好き同士で繋がっていたなんて面白いですね。会場には同じ猫好きで知られる藤田嗣治と一緒に写った写真もありました。

熊谷守一 「蝋燭」
1909年 岐阜県立美術館蔵

初期の作品は後年のものと全く違う作風で、東京美術学校での同期に青木繁がいたぐらいですから、明治の近代洋画の香りが強くします。大正から昭和初期にかけては厚塗りの油彩画なんかもあって、これも同じ人なのかというくらい驚きます。若いときの自画像と晩年の自画像も出てるので、その違いを観るのも興味深いものがあります。

熊谷守一 「ヤキバノカエリ」
1948-55年 岐阜県立美術館蔵

熊谷守一の画風の転換期の重要な作品「ヤキバノカエリ」も展示されています。結核で亡くなった娘・萬の火葬場からの帰り道を描いた作品で、同時期に制作された「仏前」が一緒に並んで観られるのは必見です。

最晩年にはほとんど抽象画のような絵も残していて、太陽と日輪を描いた作品は自分の自画像とも語っているのが興味深い。クレパスの仏画とか、かなりぶっ飛んでます。

熊谷守一 「朝のはぢまり」
1969年 岐阜県立美術館蔵

熊谷守一の作品は好きで、我が家の今年のカレンダーも東京国立近代美術館で購入した守一の作品のものなので、割と見知っている作品も多いのですが、それでもやはり板に油彩の質感とか茶の輪郭線とか、実物を見て初めて気づくことも多いですね。図録(1000円)は限定ですのでお早めに。


【熊谷守一美術館30周年展】
2015年6月28日(日)まで
豊島区立熊谷守一美術館にて


守一のいる場所 熊谷守一守一のいる場所 熊谷守一

2015/05/31

地獄のオルフェウス


Bunkamura シアターコクーンで『地獄のオルフェウス』を観てきました。

暴力、人種差別、因襲、閉鎖的な土地…。テネシー・ウィリアムズのキーワードがこれでもかというぐらいに散りばめられています。イギリスの若き新進気鋭の演出家が演出したとのことですが、演出は割と忠実に原作(一部改変してるところもある)の重苦しい世界を再現しています。変にエキセントリックになり過ぎず、それでいて気違いじみたおぞましい土地の空気と暴力に踏みにじられていく若者の姿がしっかり描き出されていたと思います。ただ原作の南部の根深い因襲やドロドロした人間関係が、映画版(『蛇皮の服を着た男』)ほど感じられなかった気もします。もっと生々しくても良かったんじゃないかと。

癌に侵された夫に代わって雑貨店を切り盛りするレイディは、“買われた”ように結婚した年の離れた夫と愛のない生活を送り、人生に疲れきっています。そこに突然現れた一人の若い男。閉塞的な生活で常にイライラしていた彼女に色気が戻ってくる、その様を大竹しのぶが実に的確に演じていたなと感じました。自由の魂の象徴である若者ヴァル役の三浦春馬は頑張っているし悪くはないんですが、“蛇皮の服を着た男”を演じるには線が細すぎ。色男としては通っても、南部の男というイメージがせず、テネシー・ウィリアムズ劇の匂いがしません。

精神がイカれた色情狂のキャロルを演じる水川あさみが怪演。現実離れした絵を描く保安官の妻ヴィー役の三田和代もさすがに上手いのですが、ヴィーとヴァルの関係がまるで母と子のようで、原作の不貞に近い関係が見えません。

この日は東京公演の千秋楽だったので、カーテンコールでは主役2人の挨拶も。演出のフィリップ・ブリーンはすでにイギリスにいて、この場にはいませんでしたが、Skypeで舞台を見ているのだとか。そういう時代なんですね。


テネシー・ウィリアムズ〈2〉地獄のオルフェウス (ハヤカワ演劇文庫)テネシー・ウィリアムズ〈2〉地獄のオルフェウス (ハヤカワ演劇文庫)

2015/05/30

海の夫人


新国立劇場でイプセンの『海の夫人』を観てきました。

演出は、2010年新国立劇場で観た同じくイプセンの『ヘッダ・ガーブレル』と同じ宮田慶子。現代の口語調に近い新訳による上演で、演出的な意図でもあるんでしょうが、イプセン劇にしては軽い感じがあります。若手の役者の台詞もアクセントやイントネーションがイマドキの若者の語感で、最初はちょっと違和感がありました。

医師ヴァンゲルと後妻のエリーダの関係と、エリーダと義娘たちとの関係、娘たちと若者2人との関係、そしてエリーダとかつての恋人との関係、そうした関係の中で感情の昂りや気持ちの波が寄せては返し寄せては返しを繰り返します。

エリーダとヴァンゲルのやり取りの合間々々に挿入される若者たちの戯れは、夫婦の深刻で重い空気を振り払うかのような喜劇性があり、まるで北欧の短い夏を謳歌する様にも似て、どこかベルイマンの『夏の夜は三たび微笑む』を思い起こさせもします。最初は戸惑った現代的な言葉のやり取りは、若者たちやこの家族の日常を生き生きとしたものにし、結果それが芝居のいいアクセントになっています。この軽さが逆にイプセンの世界をリアルで身近なものにしていて、これはこれで清新でいいかなと思うようになりました。

幼子を失ってから精神的にも不安定なエリーダを演じる麻実れいはイプセンらしい女主人公を体現していて圧倒的です。死んだと思っていたかつての恋人が生きていることを知り動揺するその姿、そして自分のアイデンティティに気づき自分を見つめ直す姿。その世界にどんどん引き込まれてしまいます。まわりの役者も巧くコントロールされた演技でバランスがとれています。みんなよく役のキャラクターを掴んでいて、とても好ましい演技だと思いました。

自由とはなんなのか。最後のエリーダの台詞に涙ぐむ女性がちらほら。ラストシーンは自分もちょっとぐっときました。


イプセン戯曲選集―現代劇全作品イプセン戯曲選集―現代劇全作品

2015/05/18

ボッティチェリとルネサンス

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『ボッティチェリとルネサンス - フィレンツェの富と美』に行ってまいりました(ってもう1ヶ月も前ですが・・・)。

ルネサンス期に活躍した15世紀フィレンツェ派を代表するボッティチェリの作品を中心として展覧会です。美術書などに載ってるようなボッティチェリの代表作というものはないのですが、それでもルネサンスの巨匠の第一級の傑作の数々を観られるというまたとないチャンス。

出品作約80点の内、絵画が約50点。17点のボッティチェリの作品(工房含む)を中心に同時代のフィレンツェで活躍したルネサンス期の作品が揃っています。

展示は、メディチ家とボッティチェリの関係と時代背景を絡めつつ絵画を見せる構成でちょっとした歴史の勉強。メディチ家の繁栄とボッティチェリの活躍は切っても切れない関係にあって、これはボッティチェリに限らず当時のフィレンツェの芸術家には多少なりとも共通するところがありますが、そのあたりが丁寧に説明されています。


会場の構成は以下のとおりです。
序章 富の源泉 フィオリーノ金貨
第1章 ボッティチェリの時代のフィレンツ - 繁栄する金融業と商業
第2章 旅と交易 拡大する世界
第3章 富めるフィレンツェ
第4章 フィレンツェにおける愛と結婚
第5章 銀行家と芸術家
第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容

マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写 「高利貸し」
1540年頃 スティッベルト博物館蔵

当時の高利貸しや両替商を描いた作品があって、これがまた不正でも働いているんじゃないだろうかという典型的な金に貪欲そうな顔。今も昔もこの手の人たちのイメージというのは変わらないんだなというのが可笑しいですね。実際には中世のキリスト教の世界ではお金を貸す際に利子を取ることは禁じられていて、メディチ家は抜け道を使って巨万の富を得たともいいます。

フラ・アンジェリコ 「聖母マリアの結婚」
1432-1435年 サン・マルコ博物館蔵

当時の歴史を振り返る史料に交じって、初期ルネサンスの絵画も展示されています。中でもフラ・アンジェリコの「聖母マリアの結婚」と「聖母マリアの埋葬」の二幅のテンペラ画。状態も良く、淡くカラフルな色合いや微妙な陰影など大変美しく、見惚れてしまいました。

他にも洗練された細工が施された美しい鏡や櫛、 色鮮やかで細密な絵が素晴らしいカッソーネ(婚礼用の長持ち)など、当時の貴重な工芸品も展示されています。

サンドロ・ボッティチェリ 「ケルビムを伴う聖母子」
1470年頃 ウフィツィ美術館蔵

ボッティチェリで最初に登場するのが初期の頃の作品という「ケルビムを伴う聖母子」。師のフィリッポ・リッピの影響が残っているといいます。額縁の金色の丸は金貨の模様なのだとか。

サンドロ・ボッティチェリ 「受胎告知」
1481年 ウフィツィ美術館蔵

会場のちょうど真ん中にある広いスペースはすべてボッティチェリ。正面に大きな「受胎告知」があり、それを取り囲むようにボッティチェリの作品が展示されています。ウフィツィの「受胎告知」は横5.5mもある大作で、施療院への奉納画と考えられているそうです。医学が発達していない中世の、病院という場での神への祈りがあったのかもしれません。

サンドロ・ボッティチェリ 「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」
1477-1480年頃 ピアチェンツァ市立博物館蔵 (展示は5/6まで)

ボッティチェリは聖母子像が多く、やはりその美しさと完成度の高さに驚きます。宗教画の場合、描かれるイメージも構図もある程度決まりごとがあったりしますが、この卓越した表現力と天性のセンス。とりわけ「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」の美しさといったらなんでしょう。マリアの優美な表情や、バラを効果的に使った画面構成と鮮やかな色彩の配置の巧みさ。そして得も言われぬ気品。素晴らしい。

サンドロ・ボッティチェリ 「キリストの降誕」
1473-1475年頃 コロンビア美術館蔵

「キリストの降誕」も興味の尽きない一枚。幼子イエスを、ヨセフ、マリア、幼いヨハネが礼拝している図で、横には羊飼いがいたり、遠くには天使や東方三博士も描かれています。ほかにも、ボッティチェリの傑作「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスだけを描いた作品など。その美しさにただただため息。

サンドロ・ボッティチェリ(工房) 「ヴィーナス」
1482年頃 サバウダ美術館蔵

ボッティチェリ以外の作品では、構図が「モナリザ」を彷彿とさせるロレンツォ・ディ・クレディの「ジャスミンの貴婦人」や、ボッティチェリの「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」と同じ柄の丸い額物を使っていたフランチェスコ・ボッティチーニの「幼子イエスを礼拝する聖母」、華やかな色彩と豊かな表情の工房作の「聖母子と6人の天使」が印象に残りました。

ボッティチェリと工房 「聖母子と6人の天使」
1500年頃 コルシシーニ美術館蔵

来年は東京都美術館で『ボッティチェリ展』があると聞きます。今度はどんな作品が観られるのでしょうか。来年も楽しみです。


【ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美】
平成27年6月28日(日)まで
Bunkamura ザ・ミュージアムにて


ボッティチェリとリッピ (イラストで読む「芸術家列伝」)ボッティチェリとリッピ (イラストで読む「芸術家列伝」)