2016/11/03

クラーナハ展

国立西洋美術館で開催中の『クラーナハ展』を観てまいりました。

クラーナハといえば北方ルネサンスの代表格ですが、イタリアのルネサンスの画家のようにメジャーではないですし、まさか日本で展覧会が開かれるとは思いもしませんでした。

本展は、ウイーン美術史美術館をはじめオーストラリア、ドイツ、オランダなど世界中から集められたクラーナハ(父)の貴重な作品を中心に、クラーナハ(子)やデューラー、またクラーナハにインスパイアされた現代アートなど約100点で構成された日本初のクラーナハ展になります。

澁澤龍彦を通じてクラーナハを知った身としては“クラナッハ”という方がピンと来るのですが、本展は“クラーナハ”を使ってるので、ブログでも“クラーナハ”とします。


1 蛇の紋章とともに-宮廷画家としてのクラーナハ

クラーナハは若くして宮廷画家になったようなので、早くからその才能は高く評価されていたのでしょう。ただ初期の作品を見ると、後年のような特異な画風ではなく、どちらかというとオーソドックス。悪く言えば目立った特徴もなく平凡な感じがします。初期の木版画なども展示されていましたが、細密描写で名を馳せた同時代のデューラーと比べてしまうと、やはり見劣りします。

ルカス・クラーナハ(父) 「聖母子」
1515年頃 ブタペスト国立西洋美術館蔵

会場にクラーナハの1510年代の「聖母子」とその20年後に描かれた「聖母子」が並んで展示されていました。前者はイタリアのルネサンスの影響を感じる典型的な聖母子ですが、後者は背景が黒く塗りつぶされ、バロックを先取りしたようなコントラストの効いた描写とクラーナハらしい独特の表現で、この20年の間に画風が大きく変わったことが分かります。


2 時代の相貌-肖像画家としてのクラーナハ

クラーナハは宮廷画家として半世紀にわたり三代のザクセン選帝候に仕えたといいます。時代はルターによる宗教改革がはじまり、代々のザクセン選帝候はルターを庇護。ザクセンはプロテスタント運動に重要な役割を果たし、クラーナハは画家として時代の証人となります。

ルカス・クラーナハ(子) 「ザクセン選帝侯アウグスト」
「アンナ・フォン・デーネマルク」
1565年以降(1575年頃?) ウィーン美術史美術館蔵

ここでは時の選帝候などの肖像画が展示されてるのですが、背景が青緑だったりウグイス色だったりするのがユニークですね。また、中世の肖像画というと腰や胸より上を描くのが普通ですが、全身の肖像が多いのに気づきます。全身像の肖像画はクラーナハが先駆けなのだとか。


3 グラフィズムの実験-版画家としてのクラーナハ

クラーナハは画家としての顔だけでなく、印刷所を経営してたり、市長にもなったり、事業家としての一面も持っていたようです。ルターが聖書を刊行したときもクラーナハは挿絵を描き、印刷まで引き受けたといいます。中世の画家によくあるように、大量生産が可能な版画は収入源として有効だったのでしょう。クラーナハは版画にもかなり力を入れていたようです。

ルカス・クラーナハ(父) 「聖クリストフォロス」
1509年頃 アムステルダム国立美術館蔵

「荒々しくうねる描線とダイナミックに展開された構図」がクラーナハの版画の特徴とあり、パッと見よく分からなかったのですが、一緒に展示されていたデューラーの版画なんかと比べると、確かにうねうねした感じが分かり、なるほどなと思いました。


4 時を超えるアンビヴァレンス-裸体表現の諸相

やはり素晴らしいのは後期の作品群で、「ヴィーナス」や「ルクレティア」といったマニエリスムな裸婦画には目を奪われます。クラーナハといわれ、思い浮かべるのはこの独特のエロティシズム。ミロのヴィーナスやルネサンス期のイタリア絵画の裸体表現のような均整美ではなく、決して理想化されてるわけではない、ビミョーにリアルでどこかフェティッシュな肢体が逆にエロティックです。

ルカス・クラーナハ(父) 「ヴィーナス」
1532年 シュテーデル美術館蔵

ルカス・クラーナハ(父) 「ルクレティア」
1532年 ウィーン造形芸術アカデミー蔵

黒い背景に浮かび上がる白い肌、一糸まとわぬ肌に身につけたアクセサリーや透明の布、そして蠱惑的な表情。ただ官能的な裸体画というのではなく、女性に秘められたエロティシズムが、なにかジワジワと浮き出てくるようなそんな感じがあって、ゾクゾクします。

ルカス・クラーナハ(父) 「泉のニンフ」
1537年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

「ルクレティア」は3点出品されていて、それぞれに少しずつ異なるのですが、出品作の中ではウィーン造形芸術アカデミー所蔵の物が白眉。クラーナハは工房で息子や弟子を使い、人気の作品を複数制作していたということですから、ここに並んでいる作品の全てが必ずしもクラーナハが描いたとは言えないのかもしれません。

「泉のニンフ」も複数のバリエーションが制作されたといいます。どこか誘うようなポーズで描いていながら、誰にも裸を見せてはならないという道徳的な意味合いが表現されているそうです。正にアンビバレント。

ルカス・クラーナハ(父) 「正義の寓意(ユスティティア)」
1537年 個人蔵

「正義の寓意」は天秤と剣が慎重な裁きと判断の厳格さを象徴するといいます。これも透明な布をまとっています。そばには広い壁一面に、中国の画家100人が思い思いに模写した「正義の寓意」のズラッと飾られていて壮観です。


5 誘惑する絵-「女のちから」というテーマ系

“「女のちから」というテーマ系”というあんまりピンとこない章題ですが、女性の身体的魅力や性的誘惑に堕落し破滅していく男性への警告を描いた作品を集めましたということのようです。

ルカス・クラーナハ(父) 「ホロフェルネスの首を持つユディト」
1525/30年頃 ウィーン美術史美術館蔵

メインヴィジュアルにもなっている「ホロフェルネスの首を持つユディト」の表情を殺したユディトの冷徹な顔も恐ろしいのですが、隣の「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」のニタリとしたサディスティックなサロメの顔も恐ろしい。その先にはユディトに扮した森村泰昌の作品があって、森村泰昌のユディトから視線を左に向けると本物のユディトが目に入るという配置がまた絶妙です。

ルカス・クラーナハ(父) 「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」
1530年代 ブタペスト国立西洋美術館


6 宗教改革の「顔」たち-ルターを超えて

最後は裸体画と同じくクラーナハを代表するルターの肖像画を中心に紹介。「ルター」で検索すると、たくさんのルターの肖像画が出てきますが、あれほとんどみんなクラーナハが描いてるんですね。一体どれだけ描いたのでしょう。デューラーがルターと敵対する枢機卿の肖像画を描いていると紹介されていましたが、デューラーもルターの改革運動には強い共感を示していたそうです。

ルカス・クラーナハ(父) 「マルティン・ルター」
1525年 ブリストル市立美術館

プロテスタントはイコンを基本的に使用しませんが、信仰の模範として子どもを描いた作品は人気があったようです。メランコリーを主題とするデューラーとクラーナハの作品が並んでいて、デューラーは羽の生えた青年(天使)が頬杖をつき憂鬱そうにしているのに対し、クラーナハは憂鬱そうな女性のまわりを子どもたちが陽気に踊り騒いでいます。数学者でもあるデューラーの作品には魔方陣が描かれているとされ、芸術的創造的な霊感を受ける場面とも解釈されていますが、プロテスタントではメランコリー(鬱)は信仰を試す悪魔の誘惑と考えられていたそうで、クラーナハの作品は子どもたちが悪魔から守り、鬱を癒しているという宗教的な意味合いがあるようです。

アルブレヒト・デューラー 「メランコリア1」
1514年 国立西洋美術館蔵

ルカス・クラーナハ(父) 「メランコリー」
1533年(?) 個人蔵

訪れた日はまだ開幕2日目ということもあるのか、日曜日の午後とは思えないほど空いていました。受付前のロビーではクラーナハの生涯をまとめた8分程の映像が流れていて、3年をかけたという「ホロフェルネスの首を持つユディト」の修復の様子も紹介されてます。時間があれば、こちらを観てからご覧なられるといいと思いますよ。


【クラーナハ展】
2017年1月15日(日)まで
国立西洋美術館にて


ドイツ・ルネサンスの挑戦 デューラーとクラーナハ (ToBi selection)ドイツ・ルネサンスの挑戦 デューラーとクラーナハ (ToBi selection)

2 件のコメント:

  1. こんにちは、
    私も「クラナッハ展」を見てきましたので、画像と詳しい鑑賞レポートを読ませていただき、クラナッハの作品みたときの感動が甦って来ました。クラナッハの『ホロフェルネスの首を持つユディト』顔や衣装の美しさに魅了されましたが、左下の首を切られた生首が妙に絵の中に調和していて、不思議な魅力を感じました。クラナッハの裸体画しは非常に美しく顔は清純な少女のようでしたが、薄布などをまとっているのがかえってセクシーで、誘惑されてしまいそうな雰囲気を感じました。

    私は展示されていたルーカス・クラナッハの描いた作品を通じて、ルーカス・クラナッハという画家の本質を掘り下げて、ルーカス・クラナッハの全貌を整理し本質を考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。




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    1. desireさん
      こんばんは。コメントありがとうございます。クラーナハってほんと不思議な魅力がありますよね。「誘惑されてしまいそうな雰囲気」確かに分かります。

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